選出作品

作品 - 20080213_292_2609p

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トロゼの街のブタ

  ミドリ

トロゼの街のアパートメントに
一人で住んでいたブタは
ある晩
幸運にも女管理人と一夜を共にすることができた

その日ブタは地下鉄の駅に
新聞を買いに走った
途中で通行人の肩にぶつかり
「コノ野郎!」と罵声を浴びせかけられ
やっとの思いで地下鉄にたどり着いたブタに
店員は哀れな目を彼に向け
「(新聞は)売りきれましたぜ」といった

「新聞をくれ!」と
ブタは店員の襟首をつかみ怒鳴った

「ねぇーもんは ねぇーんですわお客さん」
ブタは歯を喰いしばって
「新聞をくれ!」といった

「それなら私の家に一部ある」
「どこだ!」とブタは店員にいった
「10分くらいのこった しかしその間アンタ
店番してくれるかい?」

「10分だな?」と
ブタは念をおした

「あぁ10分だとも」と店員はいった
店員が自宅に新聞を取りに帰る間
ブタは店番をすることになった

仕事帰りの
赤いブーツを履いた女が一人
チューインガムをブタに差し出した
「これを一つ頂戴」

ブタはレジの扱い方を知らない

「すまんこったお客さん
そのチューインガムは賞味期限が切れとりましてね
売れんのです」といって一難を切り抜けようとした

「あたしはいつも此処でこのガムを買ってるの
賞味期限切れなんて そんなことないはずよ!」
女はプリプリしていったが
ブタは「もう10分待ってくれ!」といった

「怪しいわね あなた・・・」
女はブタに疑わし気な目を向けた
「10分待ってくれ!」とブタは繰り返した
「警察呼ぶわよ?」
「どの辺が怪しいんだ!」と
ブタは逆上した

「全部」

女はこともなげにいった
トロゼの街の夕暮れも 足早に過ぎ去り
通行人もまばらになったころ
店員が戻ってきた
ちょうどブタが女にビンタを喰らい
鼻血を出して路上に倒れているときだ
ブタはもつれた足でフラフラと立ち上がり
女にもう一発ビンタを喰らうと 気絶した

ブタが目を覚ましたのは午前の2時だった
クロック時計の横で アパートメントの女管理人が
ブタを心配気に見つめていた

「ここはどこです?」
「あなたの部屋よ」
テーブルに擦り切れた新聞が一部あった
ブタはそれをぼんやり見つめ
そして激しくすすり泣き肩を震わせた

「マルタ」
マルタはブタの名だ
「あなた路上に倒れていたのよ
昨日も一昨日も その前の日も
この一週間 ずっとよ」
そういって女管理人はすすり泣くブタの肩を
強く 強く抱きしめた