選出作品

作品 - 20080202_037_2589p

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居間の遠景

  殿岡秀秋

夕食のあとでテレビジョンを観る家族
小学生のぼくの襟首から
侵入する影がある
何が起きたのかわからないままに
背中から胸の空に
黒雲が広がる

柔らかな影が
からだをつつみ
やがて
ぼくを消しさっても
なお残るものがあるのだろうか

晴れた空の下で
ぼくは気体となって漂うのか
それとも
影につつまれた瞬間に
別の宇宙に移って
冷たい星で震えているのか
そこでどんな姿に
変形してしまうのか

何もわからない
ぼくは口を手で抑える
氷の粒が飛びだして
部屋中に鳴り響きそうだから

テレビジョンを観る父や母は
目の前にいるのに
幕の向こうで
役者のように座っている
ように見える
雲のような影が
二人の襟首から入る機会を狙っている

いつか父も母も
それにすっぽり
包まれてしまうだろう
それは自分が消えるより恐ろしい

居間が遠景のように遠のく

夕食のあとテレビジョンを観る家族
ぼくは父親になっている
小学生の娘が
急に立ちあがり
首を振りながらつぶやく
どこへ行ってしまうの

死の影が
娘の襟首からはいったのだ
ぼくは答えることができない
忘れていることしか
だれもそこから逃れる術はないから

その娘も母親になり
ぼくは生き物としての任務を果たした気分で
夕食のあとテレビジョンを観ている
ぼくの生の影は
身の丈ほどに育っている