選出作品

作品 - 20071020_730_2397p

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帰途/のようなもの

  レルン

私は帰る
私は帰りたいのだ
洗い物を終えたばかりの
泡たちを眺めて
そう思う
そう思った場所に空港が建つ
泡まみれの手続きを済ませて
私は帰る/帰りたいのだ


離陸するときの
重力が心地よい
窓に貼り付いたフィルムをはがすことを
許されたような気分になる
そして私がお土産を買わない理由は
そこにあって
お土産は重い
重くて
安定している、
安定飛行に入ったら
映画が始まる
緑色のスクリーンに
うつしだされるのどかな戦争、


戦争は知らない所で起きる、
農夫と美しい令嬢が恋に落ちる、
ふたりは夜を重ねかわいい子供をもうける、
彼らは何も知らない、
知らなくていい、
緑色のスクリーンに余計な知識や慣習や経験など必要ない、
空っぽの冷蔵庫にハムをぎゅうぎゅう詰める作業を私はしていた、
吐しゃ物とリトルリーグ用のグラブを払いのける作業、
エンジンのかからない車に乗って、
音楽のかからないスーパーマーケットに行く、
そこでハムを買う、プリマハム、プリマハム、日本ハム!
主演の女優は私の知らない言語で知らないと叫ぶ、
知らない言語で叫ぶ知らない人種とその後ろにひかえる知らないつくりの家と知らない植物たち、
その向こうでひかり、
緑色のスクリーンにうかぶ空白地帯、
またひかり、
空白地帯は大きく広がる、
知らない植物が、
知らない建物が、
知らない人種が、
知らない映画が空白、
スポンジにくっついて離れない泡、
空港に置いてきた笑顔、
そしてスクリーンにうかぶ空白地帯、

私は帰りたいのだ/帰れないのだ。



……着いたら
私は二時間泣いて
散乱させた家具たちに謝罪して
6番線ホームに行く
そこにはいつものように出征する若者がいる
軍歌を歌う彼の家族に
敬礼のようなもので応える彼は
どこ行きの列車に乗るのか
それは知らないが
私はお土産を両手に抱え
緑色の列車を待つ