選出作品

作品 - 20070904_507_2312p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜叉ヶ池

  兎太郎

少女の指はきつく閉ざされ 
その両手が掬った水が 山の上におかれた
そんな池のほとり 龍神さまのちいさな祠に
少年と少女は手をあわせた、
パーンの祠にいのるダフニスとクロエのように

少女をみつめすぎた少年は じぶんがかのじょになったようにかんじつつ
かのじょに乳房があることをふしぎにおもう
すぐそばにあった扉がひらかれ 未知のほほえみがあらわれた
少年ははじめて光に手をふれる
光は弾力をもち 意外なおもさ

少女はおもった、
この水に素足をいれても まむしにかまれる心配などしなくていいのだと
かたくのび ねじれていく少年
笑いながらくるしむかれのありさまに 少女はとまどったけれど
炭酸水のようにはじけながら 流星群がかのじょの喉をすべりおちていくと
龍神さまのこころにまんまんとみたされて 
かのじょはじぶんのやるべきことを悟り それをおこなった

もりあおがえるのおたまじゃくしが いっせいに身をふるわせ
微細な三日月やビーズ細工をまいあげる・・・・・・

くりの花のにおいとゆりの花のにおいがまじりあった
すずやかなひと掬いの水のそば むすばれあった小指と小指
少年はやわらかさをとりもどし 瞑目してあおむけによこたわる
かたわらに少女もよこたわり おおきな空をみあげる、
きらめく少年の眼で
さらさら さらさら ながれていく薄い雲
その底にしずんでうごかない濃密な綿雲に 血がにじんでいく