選出作品

作品 - 20061104_415_1650p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ポーたちの湖

  ミドリ


「ここらで動かなくちゃいけないね」

ポーはセバスじいちゃんのコップに
ポットの紅茶を
なみなみと注ぎながら言った

ふたりの乗った
ボートが沈みそうに たゆたっている
湖岸に繋がれた クジラたちの群れ

冷え切った湖の
ピンっと張りつめた静けさの中
ポーは じいちゃんの目を
じっと見つめていた

この湖畔にたつ街が
やがて暗闇に覆われると
ポーとセバスじいちゃんは
ボートを湖岸から離し
クジラたちの群れを誘導した

まるで怪物の中の
胃袋の中みたいだ

櫂を握り
ふたりは真っ暗な湖の
真ん中を 
力強く突っ切った

「クジラたちは 見える?」

ポーはセバスじいちゃんに訊いた

「あぁ ちゃんと後ろに居るよ」

街の人たちに
気づかれちゃいけない

舳先を跨いで
ポーは海に流れ着く 方向を探った
バランスを崩しそうになる

「ボートが熱くなってる!」
「なんだって?」

ポーはセバスじいちゃんに尋ね返した

「ボートがまるで生き物みたいに
 熱を持ってるんだ!」
「そんなバカな!」

バリバリという音と共に
ボートがムクムクと
怪物の毛に覆われていくのがわかる
ふたりの握った櫂は 手と足になり
舳先には吐息のように 白いものがくぐもって見える

「バフン」っと一発
ボートがくしゃみをした
ふたりは怪物の背の中で ひっくり返った

「バカな!」と ポーは言った

ボートは舳先で呼吸をし
櫂はその怪物の手足となり
体をのたうたせ自由に湖を泳ぎだしている

「ぼくらを案内してくれるらしい!」

目を大きく見開いたポーは
大きな声で叫んだ
セバスじいちゃんは腰を抜かし
ひっくり返ってしまった

首と顔をもったボートが
ポーの方へクルリと目を向けて
キュッとウインクしてみせた

怪物は大きな背中で ぐぃぐぃと
ポーとセバスじいちゃんを乗せ
クジラたちを引っ張っていく

薄暗がりの
湖畔の街を背にして
その小さな頭を前方に
くぃっと折り曲げ

一掻きごとに
クジラたちを率いて
怪物は 海を目指した