選出作品

作品 - 20060519_053_1275p

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メアリー、メアリー、しっかりつかまって

  一条



ちょうど南の角を曲がって適当にうろついていると、何十周年だかを迎えた
美術館をかすめた。入り口脇に並んだ屋台の主人は、ひどく退屈そうだ。ず
っと西に戻ると通り沿いのクラブに偶然出くわし、店の中には入らず、そこ
での行列と服装チェックの様子をしばらく見物することにした。供述による
と、この時すでにぼくは殺されていたようだ。行列の中間では、若者同士の
小競り合いが始まり、それを仲裁するために低賃金で雇われたガードマンが
駆けつけた。やがて、低賃金で雇われたガードマン同士が小競り合った。彼
らに不動産を売りつける奴が後を絶たない理由が、これだ。入店拒否された
連中は、そのまま南下し、この街を流れる一番大きな川に架かる橋に集合し、
みな欄干に整列し、右から順に飛び降り始めた。ぽしゃんぽしゃんと続けざ
まに人間が吸い込まれる光景を眺めながら、誰が誰を愛しているかなんて今
は知りたくもないと思った。ましてや、この世の中には、おぼえることも出
来ないことがたくさんあるのだ。供述によると、このあと、吸い込まれるよ
うにぼくも飛び降りた。太陽はすっかりと落ち、ねずみ花火がシュルルルル
と夜の空を散らばり始めた。ちょうど、手を伸ばせば届く距離に、ひとつの
ねずみ花火が旋回していた。そいつは、一番シュールなねずみ花火だった。
一番シュールなねずみ花火がシュルルルルと旋回し、火の粉を散らしていた。
そして、そのまま垂直に上昇し、夜の空に吸い込まれてしまった。供述によ
ると、この時すでにぼくたちは、巨大なサークルを形成していた。それは取
り返しもつかないくらい巨大で、誰にも責任が負えないようなものだった。
サークルの中心にいる人物は、無垢に煙草をふかしながら、ただ南の方向を
狂いなく指差していた。しばらくすると、指の先っぽが二つに割れてしまっ
た。彼は退散し、彼の役割を他の人間が引き継ぐこともなかった。そして、
このまま朝までまっすぐ過ぎてしまった。目覚めたばかりの子どもたちが、
眩しい日差しがふりそそぐ街に現れ、ちょうど南の角を曲がって適当にうろ
ついている。供述によると、誰が誰を愛しているかなんて誰にもわからなか
った。ましてや、この世の中には、おぼえていないことがたくさんあるのだ。