選出作品

作品 - 20060406_866_1142p

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職人とブタ

  ミドリ



湾岸を行く高速道路を 車で5時間くらい走っていた
後部座席ではブタが眠っている

100円ショップで買ったブタだが
カフェオレもトーストも 毎朝きちんと食べるし
寝巻きと着替えの服と 歯ブラシを
いつもリュックサックに入れている

海峡を横断するあたりで彼のケータイに着信があり
ちゃんとブタには彼女だっているのだ

しかしブタには帰るところがない

サービスエリアで トイレの脇にあるゴミ箱に
ブタを右手で深くつかんで 投げ捨てようとしたが
丸顔のくせにけっこうヤツは 恐ろしい目をして

「俺をそのゴミ箱に投げ捨てるのはいいが
 それにあたって俺にもさ
 ちゃんとした十分に納得する説明や
 それを受ける義務と権利がある
 つまり インフォームド・コンセントというやつだねと」

マルボロを吹かしながら ゴミ箱の上で
ブタは上目使いに僕を見上げながら言うのだ

サービスエリアのレストランで
僕らは向かい合わせになって昼食をとった

嫌な食べ方をする
ブタはまるでポリタンクだ

食後のコーヒーを飲んだ後
僕らは再び車に乗り込んだ

バックミラーでブタを確認すると
彼はヘルメットを被っていた
そこにはゴシック体の文字で
「安全第一」と そう書かれていた

160キロほど出ていた車のスピードを
アクセルを少し緩めると
彼は再びヘルメットを脱ぎ
ぐうぐうと物凄いイビキを立てて眠り込んだ

目的の街に着いたのは
予定より遥かに遅かった
陽はとっくに暮れていたし
メインストリームの商店街のシャッターも
ほとんど閉まっていた

車を止めると僕は眠っているブタを担いで
知り合いの工場に向かった

油のしみついた店の壁と
乱雑に転がるいくつものコイルのある工場
施盤やボール盤 グライダーや金型などがあり
立てかけてある壁の試作品

「すまんが コイツを”溶接”してくれないか?」
僕は担いでいるブタを 背中で揺らしながら
知り合いの職人の男に頼み込んだ

「不可逆的で絶望的で 世界との繋がりに遮断された断絶
 死の観念だけが残り 意思や感情が 完全に消えうせ
 信仰や疑いすらもない つまりそいつを俺に ”溶接”
 しろってことかい?」

僕はゆっくりとブタをコンクリートの上に下ろした
そしてブタの体に
愛や真実が この工場の中で
溶接され 溶かしこまれていく様を

深夜の2時頃に至るまで
横で一緒に 付きっ切りで見守っていた

仕事を終えた職人の男は
「明日の朝
 こいつが ブタが目を覚ますまで
 俺たちも少し眠ろう」

彼はうす汚れた軍手をギュッと脱ぎ捨てながら
こちらに顔や目さえ向けずに
僕にそう言い放った