選出作品

作品 - 20060323_411_1083p

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バイクのある情景

  まーろっく

 夜勤あけの若者がいて、溶接の閃光とプレス機の打音
の果てに漂着した土曜日の午後遅く目覚める。そこにあ
る彼のからだがもはや半獣神になっていたとしても、コ
ップに溢れ出た液晶に映りこんだ幻だと言えるだろうか?
 なお正確に言うなら彼の下半身は獣ではなくV型4気筒
1200CCのバイクであり、それは馬という馬の腹を裂
き終わった時代のごくあたりまえな神像であるかもしれ
ない。
 彼は驚愕と共に未知の言語を口走るが、それは例えば前
世紀にたっぷり血を吸った雲が聞き耳をたてるような類の
言葉だった。たとえ見開かれたまなざしの下にある彼の
暗黒の口腔からカムやクランクの回転音だけがしていたと
しても。
 彼は傾きかけた太陽を追って走らなければならない。都
市の1万の窓をよぎる影として。地図の盲点を貫通する一
個の弾片として。危うい軌道を描いて墜落する太陽がゆら
ぎ、彼の上半身は外野手のように背走する。 あらゆる秒
針をくぐりぬける彼の後ろで、外壁をはぎとられた欲望は
赤茶けた印画紙に崩れ落ちる。ハイウエイは蛇のみごなし
のうちに緩やかに倒壊する。
 かつて友人を埋葬した丘陵の頂上で、彼は未知の海を目
にするだろう。その時、人間の歴史のうえではじめて発せ
られたある問いを叫喚しつつ、彼は太陽を飲み込んで沸騰
する海へと駆け下る。
 せりあがる水平線の一端に、火傷と切り傷の夥しい痕が
ついた、そこだけが人間として残された手のひらをかけるた
めに。