うさぎの体表から柴が覗いている
短くて白い毛に混ざってびっしりと
柴箒だかタワシだかに似て
「どうしてですか」と問うても
うさぎは小馬鹿にするように
充血した瞳を光らすだけでした
昼には弟が帰ってきました
うさぎと話せるのは彼だけだというのに
奴隷のように押し黙り草刈るばかりです
夜になればきょうだいで肩を寄せ合い
裏の離れに寝ます
妹がようやく闇から帰ります
めずらしく「独りでは眠れない」と
重く伸び過ぎたマッシュルームボブに涙を滲ませる
私は落ち着くまでと抱き締めるのですが
彼女は一晩中叫び続けました
あああああああああ波が 来るんだよ
あああああああああみんな 死ぬんだよ
妹を抱く手に力を入れるほど
弟が怪訝な顔をしてこちらを睨みます
眠れないのはそいつだけじゃないんだ
私の念仏は子守唄でした
教えてくれた人はかつてこの家に居たのか
それとも認識自体が幻であるのか
潮騒の音で目を覚ますのでした
昨日まで田園風景の広がっていた
離れのぐるりを海が囲みます
黒潮だから黒い水なのだね
むこうの岩壁に打ち寄せては牙のように高く
波を躍らせ砕き散らすのです
それは当然の如くにこちらまで押し寄せ
昨日耕した畑もうさぎの食糧も離れの古びた畳も
ざらりと嘗めて向こうの用水路まで流れ込む
本当だね
あれだけ耕した畑も明日までに干乾びて
塩が噴出してしまうのだろうねえ
ふたたび昼が訪れると
うさぎの柴の謎が解けました
彼はずるりと脱皮をしたのです
柴が骨の役割をするので
即座に立派な剥製が
出来上がるのでした
選出作品
作品 - 20051018_660_638p
- [優] 剥製 - 鈴川夕伽莉 (2005-10)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
剥製
鈴川夕伽莉