選出作品

作品 - 20050616_606_269p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


祖父はわっかにつかまって

  一条

さっきから父は猫を裏返している。母の土鍋が猫を煮込んでいる。さあ、召し上がれと寝込んでいる僕を起こし、母は玄関から勢いよく駆け出していった。父は庭で猫を焼き、テレビのチャンネルが低速転回している。おい、猫が焼けたぞと祖父が九畳の和室で悶々。落語は中断され、積み上げられた座布団の上で母は若い男性にもてあそばれている。おや、いつの間にと猫がニャンとも媚びた声を上げ、父はいよいよ白と黒の段だら縞になってしまった。ところが、母はすっかり丸裸になってしまい、猫は焼け、青白い煙がいくつものわっかになった。父はわっかに見惚れ、祖父は巨大なわっかにつかまり飛んでった。僕はこれ以上の足掻きを断念し、翌年の誕生日に欲しい物を紙に書き下駄箱に隠した。また来て頂戴と母は若い男性を見送り、さあさあ、ご飯にしましょうと裸の上にエプロンをつけ、台所で鼻歌を歌っている。包丁が猫を刻み、土鍋が猫を煮込んだ。おれの猫を知らんかと父が一人で騒いでいる。あっはんとチャイムが鳴り、母は勢いよく玄関に向かった。押し売りの訪問はもう懲り懲りだと独白している祖父にわっかの欠けらも見当たらない。母の手に紙が。あら、つたない字ねと猫料理を食卓に並べながら母は僕をちらと見る。僕はやけくそになり、煮えたぎる猫料理を口の中に放り込んだ。一体紙には何て書いてあるんだと父が新しい猫を裏返しながら騒いでいる。祖父はテレビの映りを調整していた。もう裏返す猫がなくなったぞと父が喚き散らしているが、僕たちには裏返すべき猫なんて最初からなかった。おい、もっと巨大なわっかを持って来いと祖父が地団駄を踏んだ。ついに母は僕のつたない字を読み上げた。あら、犬が欲しかったのねと母、なんだ、おまえ犬ころが欲しいのかと父、そして、一体どうニャっちゃうんだと言わんばかりに猫が咽び鳴いている。あれ、おじいちゃんはどこ行っちゃったのと僕が口にした時、祖父はわっかにつかまり空を。