一筋の光陰のなかへ
去ってゆく
北のバスの後ろすがたは
どこか さびしい
男の背なに似ていた
今宵
月の鏡をあおげば
白冴えの雪の花房が
さくさくと舞いおちる この
道は
名も知らぬ人びとの歩いた道 それは
湖へ
遠い湖へと
名も知れぬ私を届けてくれるだろうか
それとも
望んではならぬものを望んでしまった
孤高のひとのように ただ
胸に抱く一葉の
湖の底に
はかなく沈んでしまえるだろうか
浅く開けた不眠の目
そっと 深くとじてやれば
黒の瞳があらわれ
膝をおり
すこしうつむき
手のひらにすくい
髪をとかし
口ずさみ
やわらかな呼吸の脚韻は
頑なの心にさえ触れてしまう ああ
匂い立つ
りんごの香よ
その赤紫の香に引き寄せられ
いとしさとくやしさの
螺旋のように織り流れてゆく この
道の
奥へ ずっと奥へと
音もなく深まりゆく
雪けむりに包み込まれていた
湖よ 私だけに許された
藍の面に
こまかに広まる波紋のひとつひとつが
幾重にも淡い影をなし
雪が凍える肩へ
とけゆくほどに もはや
ふたつにひび割れることのない
湖よ この失われてゆく私の
枯れおちた左側から いま
あの
みずみずしい月の白い炎へ
ひとひらの冬の蝶が
旅立つ
選出作品
作品 - 20050530_463_247p
- [佳] 冬の蝶 - 丘 光平 (2005-05)
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冬の蝶
丘 光平