すまし汁を一杯のむと、もうとっぷり夜は
ふけていた。この家にはこの家なりのやり
方があるようで、何本もの腐りかけの鍬を
軒下からつらねるようにぶら下げているの
にはたまげたが、今夜はとまっていきなさ
い、としきりに泊まりをすすめてくるのに
は、怪しむほかない。わけをきくと、帰り
道には、首絞め街道をとおらなければなら
ないから、妖怪にでくわしてはならぬとい
う配慮であった。おかみさん、大丈夫つす
よ。そんなの信じやしません。かえります
かえります。月のまばらな時間帯であった。
月がいやに眩しい。わけありの眩しさであ
った。くろぐろとひときわ密林のつづく地
帯にさしかかって、音もなく街道のわきか
ら開かれつつあるなにかにたいして、足腰
がふるえてゆくのを感じた。時間が混血さ
れてゆく気色だけが、体を、とくに四肢を
中心に流れてゆくようでみつつ、よつつ、
くらいの気概ではどうにもなりそうもない
力が、周囲からのびあがってくるようであ
った。
せばめて、せばめて、
ゆくしかない
精一杯、せばめて
私、
街道を越えるには
命を懸けて
せばめて
こうして、呼吸のひとつ
みだりに唱えてしまい、
首から
すこし汗が
殺気立ってゆくまで
首絞め街道の周辺は、あきらかに違ってい
た。不穏な力とでも言おうか。おそろしい
力を感じた。体がせばまってゆく気がする
いや、そうしなければこの街道を生きてぬ
けてゆくことなど不可能だろう。月光がま
ぶしい。なにもかも、ひかれるままにつま
されてゆくのだ。私の気概とて例外でない。
死ぬということはすなわちそういうことで、
私は、街道を抜き足でかけてゆく。せばま
る道筋にそって、息がのばされてゆく。生
命の力は、それに反して薄れてゆく。言葉
のひとつや、ふたつ、かけてからの時間の
ほうが、よほど長く感じることをいまさら
気付いて、泣いた。眩しい月に作用して、
どうか命だけは、と泣き崩れた。首絞め街
道は、音もなく、しかしなにか音を成して
いた。月ばかりが眩しくて、私はそのまま
意識が消えてゆくようであった。
すまない・・・
まだなにかしてやれることも、あつたろう
に、このやうないきざまは、くれゆくしげ
みから、すまない。わたしは、すまない。
となきつかれても、おしいくらいに・・・
選出作品
作品 - 20050430_243_209p
- [佳] 首絞め街道 - 望月 悠 (望月からHN変更しました) (2005-04)
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首絞め街道
望月 悠 (望月からHN変更しました)