◇ No.119 , '08/03/14 10:30:33 作成

2604 : ライドダウン/ライドアウト   '08/02/11 16:51:37 *3

     1

 それらはまさしく七色だった。やわらかい雪解け水よ、……丸い虹がせきららに包み込み、流されていくあなた〈読み手=お客さん〉の声は、A点とB点の分離を経て、さはりさはり浮遊しながら、降れた。
 A点とB点から織り成す声は、詩句の一つでもくわえこみ、私〈語り手=道化〉を渦巻きへいざなう。さまよえるそれらが一夜を共にし、分かち合った血と肉は、翌日パンと一緒に、どこかへ消失していた。A点が恥ずかしそうに笑うから、キャラメルを舐めると甘い。
 仲間が地下へ潜り、反芸術活動をしていた頃、私の恋人は詩句に撃ち殺される。享年二十六&黄金。恋人が渦に巻き込まれ死んだ日から、私の「この世とは別の世界」も死んでしまったのだ。

累積していく声は
私〈A点〉を憎しみへいざなう
パンがないなら盗めばいい
「反芸術の労働」
という名のライドが吹きすさぶ地平線に
新しい夜を連ねる
殺された人たちの声が聞こえるようになり
私〈B点〉の人生は破綻した
キャラメルの濃度で夜が過ぎ
それを望む人もいないのだから
新しい夜をむかえよう


     2

 現在の私たち〈書き手/語り手/読み手/死者としての恋人や仲間〉が未来へ進むとは限らず、決して時間は平等ではなかったから、群像の並んでいく光景を目撃しなければならない。焦点が未明のまま、終幕しない演劇、こうして又、一つの道を失う。

あなた〈A点〉は“流れ星”をさがす
昨日までの星は燃え尽きて
星が星をもとめてもしかたあるまい
(それこそ古びた映画さ)
コーヒーの染みのような波紋は
スカートで反芻する紋様を表現するから
恋人とのあらゆる行為が言葉として記され
あなた〈B点〉のノートを埋め尽くしていた

 死者としての恋人が戻ってくる詩は、しとやかな波紋へ為り変わり、こわごわしているくちびるに孕んだ詩句の一つでもくわえこむ。それらはまさしく七色&黄金(流れていくのも幸せだ)。歌はいいね、流れていくから、おどれるから。
 新しい夜をむかえる旅、あなたを渦巻きへいざなう声がはなればなれ、A点は波紋で、B点は紋様みたいに構築されて、出たり入ったり、観念という名のゆうれいたちが遊んでいた。時々、消えて、顔や体を半分だけ表現しながら、ななはば、るるびる。


     3

 かさついた恋人にとって、雨はうるおいを与える慈愛だった。飛べないこの手で握りしめた言葉がやわらかくなっていく。雨音が【対なる幻想】を狂い直し、生滅〈B点〉から水滴〈A点〉へ導いた。その光景こそ、オアシスで水を飲む象、鼻の長さは時間を計る物差で、あなたが象なら、私も象さ。{コカ・コーラでのどをうるおす行為によって消暑した陰り/陰りとの戯れから忘却するわすれな草/わすれな草は消暑した陰りの中で咲いている}さわってごらん、ウェディングソングを奏でるピアニストの指先で、弾かれた言葉の連なりがノートを埋め尽くし、……、るうはん、わすれな草の陰り、もしも寒さが続くならば、あなたの服装の薄さに原因はあるだろう。タイツに毛糸のパンツ、コートとセーター、そして、おどれる恋人候補の何人かが傍にいてごらんなさい、添えられたアイスクリームもやわらかく溶けて、暖まった肌においしい。詩句はコーヒーで、情緒がフレッシュ&シュガー、よく考えてみれば、詩は甘いばかりじゃないね、スイートな「この世ならざる世界」を語らしめよ、かさついた髪にとって雨は、キューティクルを齎す慈悲なのだ(ジェイムス・ジョイスによろしくと伝えておいて)。


     4

 はばたきがこそばゆい。さまよえるそれらは一夜を共にし、分かち合ったワインとパンが翌日、詩句に撃ち抜かれた。劇場で共鳴する声、語り手たち〈役者=私やあなたの代弁者〉が織り成す「反芸術の労働」という名のライドは吹きすさぶ地平線で、詩を触媒にしながら、自分の子供だった彼らの声を聞く。未明な焦点が過去へ進むとは限らず、ありとあらゆる群像を目撃しなければならない。こうして又、一つの道を見いだす。

 やがて、星という星は“流れ星”になるだろう。丸い虹がせきららを包み込み、七色に分離した光像、そこから、黄金は滲んでいく。

 言葉を啄む鳥のゆくえがC点(あなたは時計みたいなものだ)。したがって、誰にしてみてもC点はゆくえ知れず、時々、オアシスで水を飲む象の背中に乗り、羽を休めている。弾かれた言葉の連なりは紋様を構築し、反芻する観念という名のゴーストたちが揺れていた。

 かさついた詩句にとって、波紋は抒情を齎す儚さね。{飛べないこの手で握りしめた言葉がやわらかくなっていく/添えられたアイスクリームもやわらかく溶けて/キャラメルを舐めると甘い}さわってごらん、寄せては返すA点とB点、それらをさらっていくC点のはばたき、もしも寒さが続くならば、私〈書き手〉の服装の薄さに原因はある。


     5

反逆の季節は終わり
草を啄むじゃじゃ馬〈B点〉
おだやかな草原
微風〈C点〉は髪をくすぐり
ロック‘n’ロールしている
[流れていくのは幸せ]
泳ぎ疲れた少女のスクール水着〈A点〉が美しい

『マイ・フェア・レディ』をたくらむグエン・サード・ラインフォードと、最終的に拒んだローラ・ローラことロラン・セアックの物語は終幕し、滲む灯が薄らいだ夜を演出する。
 雪になりそうな今宵、くちびるを合わせながら、孕んだ詩句の一つでもくわえ込む。やがて、丸い虹が見られることだろう。

「それらはまさしく七色だった。やわらかい雪解け水よ、……丸い虹がせきららに包み込み、流されていくあなた〈読み手=お客さん〉の声は、A点とB点の分離を経て、さはりさはり浮遊しながら、降れた。」

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080211_235_2604p


2600 : 宇宙を感じて  木戸 '08/02/09 00:42:59

1
空を見上げて
光る星の名前を
僕は知らない

そんなくせに
じっと見つめて
なかよくしようぜ
って
話しかけるんだ





2
誰だろう
あんなところに
いこうだなんて
おもったのは

誰だろう
そんなこと
じつげんさせよう

したのは

ガガーリン

アームストロングがとんでいった
むかいさんも
もうりさんも
とんでいったね
ついでにぼくのこころも
とんでいったんだ





3
空気のない
冷たい世界に
僕たちは憧れて
ロケット飛ばして
シャトル飛ばして
がんばってるね

大きな望遠レンズで
星をみて
うへえ
と言って
星がいっぱい流れるのをみて
うひゃあ
と言って願いごとするんだ




4
宇宙を感じてみると
僕の思う世界なんて
ほんとにちっこいものだね

だからといって
自分の悩みが小さいとも
思わないし
僕の命がちっこいだなんて思いたくない

でもそんなこと忘れちゃうくらい
宇宙は宇宙なんだよなあ

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080209_198_2600p


2571 : 悲しみの小石  殿岡秀秋 '08/01/25 23:11:57

ベッドに横たわるきみに
背中を向けたぼくの
胸に小さい石が固まる

きみのささいな否定形の言葉を
核にした小石が
痛みだす

ぼくは膝をかかえて眼をつむる
きみは溜め息を
ぼくのうなじに吹きつける
そこだけ皮膚が砂利になる
きみは子どもをあやすように
硬くなったぼくの肩をたたく

きみの思惑を超えて
言葉の礫が
ぼくの胸に当たった
それはきみの罪ではない
塗りたての土壁のように
ぼくの胸がめりこみやすいだけだ

きみの問いかけに
いや何も
といって
あとの言葉は
胸の庭で岩になる
そこは小宇宙である
水はないのに
透明な流れがあって
岩と岩との間を
清めていく
そこにきみの沈黙も
岩となって横たわる

ぼくは眼をあける
天井に小粒の白色電灯の星が並ぶ
ひとつ青白く光るのがぼく
離れて赤く光るのがきみ
天の川に隔てられているように見えて
庭の石のように近い
透明な気が流れれば
ふれあうことができる

  母の愛に飢えて
  得られなかったときに
  ひび割れてできた胸の隙間に
  きみの言葉が落ちてしまった
  もともとその空洞を埋めて
  しなやかな胸になるために
  きみといるのではないか
  
ぼくは思いなおして向きなおる
きみはやわらかな掌で
小石を溶かそうとする

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080125_877_2571p


2597 : 雪の日に  吉井 '08/02/07 00:50:20  [URL]


  つごもりの月が
 何事もなく通りすぎるように
 逆立ちしても感覚できない世界が
 鼓膜を隔てた外耳の向こうにあった

 あなたは降りつづける雪が見る夢のように
 わたしのそばで一途にセーターの毛玉を取っている

 朝取りの真子かれいは腹這いに並べられ
 その黒目はわたしを追い求めてなおも呼吸していた

  便器の底に沈む顔の影が
 今日より先もずっと
 見るよりも儚く想うよりも切なく
 外耳の向こうにゆれてあった

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080207_173_2597p


2592 : 「 裂け眼。 」  PULL. '08/02/04 08:45:56  [Mail] [URL]



 眼醒めるといつも渇いている、頭を起こす。
と、ひび割れた裂け眼からはぼろぼろと砂が
流れ落ち、床に。溜まりをつくる。砂は、ぎ
ぃぎぃと声を上げ蠢き、啼いている。渇いた
指を伸ばし、触れる。砂はぎぃい!と叫び、
指先に噛み付く、噛まれた傷口はぼろり崩れ
落ち、床に。啼かない砂になる。なおも抉り
込んでくる砂をもう片方の指先で穿り、出す、
砂は、ようやくおとなしくなり、丸まり、さ
らに丸まり一回り、ちいさく、丸まる。


 裂け眼をきつく閉じ、耳を凝らし、生きの
いい砂を一粒一粒、拾う、生きのいい砂の声
は張り詰めていて、薄い硝子を擦り合わせた
ような、色。がする。集めた砂は革袋に詰め、
腰に下げる、拾い終わる頃にはもうすっかり、
朝になっている、ぐったりとした残りの砂を
直接手に掴み、裏庭に向かう、手の中の砂は
抵抗し弱々しく、わたし、を噛む。


 裂け眼を布で縛り街に、出る、街では音。
が、色付いて、いる。


 砂埃を巻き上げ街を渡る風は、太陽に、焦
がされた海とおなじ、色。誰もいない商店の
店先で揺れるのは、砂漠で、溺れる魚の喘ぎ
とおなじ、色。袋小路の酒場で恋人たちが耳
打つのは、蜘蛛の、巣に迷い込んだ夜霧が弾
けるのとおなじ、色。路地裏で石を蹴る子供
たちの口から漏れるのは、紙に、書かれ燃え
ることばの幽かな溜息とおなじ、色。道端で
朽ち果て土に還るひとがたの、風に、撫でら
れ削られる囁きは。渇いた地面に耳を当て、
息を止め、聴こえてくる、わたし、の中を流
れるのとおなじ、色。


 等価交換所に近くなると、革袋の中の砂が
いっせいに、ぎぃいぎぃい!とひどく啼く、
蠢く革袋を抑え付け、交換所に入る。交換所
の主人は体中の関節が銹びた、色を鳴らすの
っぽで、特に利き手の薬指がかすれ、銹びた、
色を鳴らす。机に革袋を置く、主人は、節く
れ立った薬指で引っ掛け、秤に、載せる。銹
びた、色が、ゆっくりと数を数え、その色の
数だけの、土と、海の涙が、机に出る。それ
を空になった革袋に詰めわたし、は交換所を
出る。銹びた、薬指に怯える砂の啼き声が、
遠くに、聴こえる。


 夜になる、夜の色、は。熱された太陽が海
の中で冷えてゆくその、色。路地裏の子供た
ちが、石の上で、燃え尽きた寝息を漏らすそ
の、色。裏庭の土の中で朝に撒いた砂たちが、
灰になり、土に抱かれ眠るその、色。そして
わたし、の中を流れるものたちが「つちをく
れもっとつちをくれ。」と餓えた喉を鳴らす
その、色。


 布を外し、裂け眼を、開く。熱いものが溢
れ床に。落ちた、わたし、は。泣いているの
だった。




           了。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080204_119_2592p


2606 : 発狂詩篇II  故松原  吠 '08/02/12 03:34:01

私は現在、ゲイが世界を救うといった内容の、セミドキュメンタリーを執筆しようとのアイデアを放棄した。そして、残るもう一つの案、私を愛すべき混乱へと導いた諸々の、中枢神経興奮剤、幻覚剤及び不可避的な運命の手綱に似た、ある種の決定的な不協和音に就いて、世界中のいかような大著にも記されていない、偶発的な、自身のポーズの取り方に就いての覚え書きを、詩集の片隅に収録しようと思い立ったのだ。それはしかし、至極突拍子もない結論を生むだけに思えるが、私には、敢えてその事業を遂行しなければならない理由があるように考えられるのである。このような経験をしたのは、絶対的に世界中で唯一人なのであるから。
 古来より、どんな哲学者がどのように世界を認識したのかなどは、ここで語るべき具象ではない。私にとって世界とは、枯れ果てた戯言である。とはいえ数学者の正確さと同様に、メタンフェタミンやアンフェタミンの常用は必然的に精神異常を惹起する。私にとっての生とはヴェルレーヌがデカダンスと呼んでいた芸術の、実際的な戯画化であり、ジャン・ジュネのそれと類似項が多い。しかしながら、ジュネが自然発生的なホモセクシャルであるのに反して、私は繊巧に化粧を施した、幾分傾斜した倒錯性欲者である点に於いて、最も顕著な相違点が認められる。私が提唱する、ネオ・デカダン運動とは、自身の退廃性を、公然と衆目に露呈する作業工程であり、私はこの資本主義産業大国に於いて、いかなる労働にも従属していない。「窃盗は美徳である」、とはプルードンやサド公爵の文献を齧っていく内に芽生えた発想であり、私は現在までに数多くの戦利品を掌握して来た。
 私は戦略的にゲイ売春を行い、そして、ヘロインと引き換えに私が中東系不法滞在者の膨大な量の精液を、舌によって導き出したというのに、その男が一向に約束の粉末を持って現れないので、翌日、包丁でその男を威嚇ないし牽制しようとして、少年と少年の神秘的な遊戯が行われるガラス細工のような公園で、その、イラン・イラク戦争を経験したであろう元兵士が姿をみせるのを待っていると、代わりに覆面パトカーが現れ、ああ、なんという廃残であろうか、私は法規の番犬に長々と銃刀法違反なる調書の作成を手伝わされた挙句、初めて精神病院に強制収容されることとなったのだ。私はアルコールとベンゾジアゼピン中毒であり、ゲイと何度となく裸で抱き合ったまま、あの人間を別次元へと誘う、マジックマッシュルームを試みてきていたが、その時は、なんら、精神の不調を感じ得なかった。「ゲイ売春をしている」と、皮肉たっぷりに保険指定医に発言したのが彼らの常識を逆撫でしたのであろうか。
 しかしながら、二度目にこの狂人の根城に収容された際、私の本来芸術的な精神は、手酷くちょうちゃくされた、蓮華であった。その時分での私は、アルコール、ベンゾジアゼピンに加えマリファナ、ハッシシ、LSD、DMT、MDMA、コカイン、メタンフェタミンを生涯の伴侶に、名指ししていた。もはや私の平静は影を潜め、混沌が新たな私の帝王として、君臨していた。私の選択した、この威光に溢れた蹉跌を、誰が嘲弄出来ようか。私はあらゆる国家形態、あらゆる思想、あらゆる宗教、あらゆる習俗、あらゆる団体または特定の個人、過去及び未来等一切の自由を侵犯する観念的桎梏の鋳型にはめこまれるのを、極度に忌避しただけだ。私はもはや傲岸不遜に、己の凋落を崇拝しよう。この自己顕示の復権は畢竟、東雲に惑乱するロマン派詩人の脆弱さを孕むが、それは同時に、ジュネの、モーリス・ピロルジュに対しての、強硬無比な、意思の結晶に、極めて酷似した、ナルシスの茨冠であろう。
 薄暗い保護室のベッドに、四肢体幹を縛りつけられると、フロイトの猿真似をした、髭の精神科医が、どうしてここにいるか解るか、と、当の本人にも解る筈の無い、奇怪な哲学的難題を俄かに吹き掛けて来たので、私は、ではあなたにはどうしてここにいるか解るんですか、と、病みきり淪落しきった二匹の蒼白な蛭を、幽かに蠢動させて、揶揄した。
 どうしてここにいるか。私には自ら狂人屋敷での落伍を己の宿命として、過大にせん望していた嘗てがあった。生ける残骸。この種族は、いかなるイデオロギーも相手にせず、ただ道化の迷妄の為だけに、命を燃焼させるのである。私はこのタイプの肉片が、至高至純の魂を備えていると、常に夢想していた。(この後も幾度か、私は私に強制的に囲繞される、この退廃の、いや人類の聖地に、付け狙われる事態に陥るのであるが。)
 私がメタンフェタミンをこの上なく嗜好する理由に就いて、その効果切れの際の劇烈な精神の沈鬱状態に於いて、生物学的には単にドーパミンの過剰放出に他ならぬのであろうが、あの屡々被害妄想を伴った、精神の寂寥とした暗夜での、煩悶呻吟と共に解される、絶対的な懐疑性及び普段は人格の防衛機能に、辛うじて守られている、私の魂の奥底に眠る、血も凍るような猛獣、凶暴性の轟音と、理性が儚く土崩瓦解して行く、その日常と懸隔した次元に所在を求むる、デカダンスの完全なる開花に、どうしようもない、一毫の幻惑を覚えてしまう人間だからであろう。私がメタンフェタミンの他にも、違法薬物を愛するのは、それが第一に、私の仇敵たる国家体制に、激しく糾弾される類の毒である、という認識の確実性に於いてであろう。私はこの悪魔的な毒婦に額衝く。
 坂口安吾は、「堕落論」の文中で、人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ず、堕ちぬく為には弱すぎる、と断じているが、その実、人間は、一夜の内にメタンフェタミンに溺れ、その副作用である食欲不振を、カンナビスを繰り返し燻らす動作によって追い払い、精神錯乱の所産である、被害者意識によって、たった今、産声をあげたばかりの該児を、易々と死の淵に放り出せる程、単純な生物であるのも、また峻厳なる事実なのだ。言わば退廃は、人類の不可抗力であり、私のネオ・デカダン運動とは、闇雲にフランス文学を担ぎ出し、古典芸術の復興を賛美するポーズとは、対極をなする威圧であり、しかし翻るが私は詩人であり、テロリズムを助長しようと努めているのでは、無い訳である。私の詩は、常に異端ならざるイデオロギーの、処刑者である。願わくば小生の退廃が、少しでも文明の車輪の、潤滑油とならんことを。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080212_258_2606p


2595 : 青梅街道  まーろっく '08/02/06 21:00:18

青梅街道は二月の光のなかにあり
遠い思いばかり身を刺して吹きすぎる

若い革ジャンの背中ふたつ
どこまでもバイクで追っていた
影でのみ記された風の詩想

西は奥多摩の紅葉に燃えて散り
東は首都の心臓に刺さる矢となる
青梅街道善福寺あたり
ゆるいS字カーブを鋭角に感じるまで
スピードに震えていた日々

許されぬまま置き去られた花のように
愚行ばかりが沿道に咲き残っている

新宿。際限もなく紙幣の乱痴気騒ぎは続いていた
高層ビルに排気音を叩きつけるのが好きだった
あの沸騰した時代の夏の夜
都庁舎建設地には巨大な基礎坑が穿たれ
作業灯が点々と地の底までともされていた

お前はまるでSFアニメみたいだと笑い
飲み干した缶コーヒーを穴の中へ投げ入れたのだった

ああ それはひとつの終止符として落ちた
この街道の 若さの 風の詩想の
けれど俺たちはただ予感しただけだった
遠い地の底から小さな悲鳴が届いた時に
ふざけ笑いを消しながら

青梅街道は二月の光のなかにあり
遠い思いばかり身を刺して吹きすぎる

お前がいない街角に
風の詩想が吹きすぎる

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080206_170_2595p


2527 : ホンコンガールズ・チャイナドレス・シースルー   '08/01/05 00:00:09 *3

     1

 おっぱいというのは、いいね。形といい、色といい、手触りといい、この世のどんなものよりも、人を安らかにさせてくれた。例え、美貌によって引き裂かれた醜聞、“ホンコンガールズ・チャイナドレス・シースルー”、恋が醜い感情と表情で終演し、みじめな孤独の日々に舞い戻り、後悔と挫折の我が人生を恥じるクリスマス、それでもおっぱいを憎む気持ちになる男はいないのだ。人の憎しみや醜さを肉体へ返す為に、人は自殺する。精神的な自殺は虚無にある。では、虚無とは何か。凪だ。穏やかな漁村に人影はなく、潮騒がたなびき、船は出航した。おっぱいからハリケーン、風と共にちょうちょがひらひら、なめなめする舌は猫だミルクの、あの娘はグルーヴィー、うずまく海藻、たつまきヶ原にて、ミントのシャンプー&トリートメントで髪を洗う、おっぱいをもみながら。

 おっぱいの「っ」、白さ、かいなの入れ墨はバタフライ、ネイルのジェルスカルプは龍、横揺れな再生を繰り返し、おれんじは熟れて、猫が飛び上がる。
 熟れて飛び跳ねた。


     2

 手紙を引き裂いて、海へと投げ捨てる。恋は言葉で綴られるものじゃないよ。くちびるに宿るのさ。ディオールのピンクのルージュで飾られた吐息の甘さ、カシスウーロン。那覇からの使者、横揺れしているおっぱいが細野晴臣の『COCHIN MOON』ではなく『泰安洋行』、船を並走していた渡り鳥がくわえて、誰に訪ねても行方知れず、ペン先のにじみ、黒さ、昏睡している隣の客室で、ビリーザブートキャンプのDVDが流れている気配を感じながら、肘を伸び縮みさせて、なにせ私(語り手)の乙女心なんてものは、うららかだ、臭い鍋に蓋をする如く、漂流しなければなるまい。おっぱいの揺れほどあの娘が臭いわけじゃなし、平和を与えてくれる恋は、運命も溶けていき、真剣な顔のまま、他者を標榜した。今宵は追情がにぎやかで、白いサンタクロースが並走している。雪とは無縁の海上で、この散文をしたためる私に足りないのは、宛名だ。一人の時間がくれたものは、諧謔という名の過去で、復習されることのない裂け目は、悪夢を与えない。詩はこの世では咲かない花に囲まれ、漂う定め。美貌によって引き裂かれた“ホンコンガールズ・チャイナドレス・シースルー”が醜い感情と表情で終演し、新しい出会いを演出する為に、肉体を引き締める。恋の始まりが、言葉であっても、恋の終わりは、言葉であってはならない。そして、別離の瞬間、人は夢を見る。悪夢は終わり、言葉で綴られることもなく、身震いが孤独を呼び覚ます。行方知れずな潤んだくちびる、うららかが溶けて、追情に身を延ばす我が乙女心という名の感傷を、お客さんにお伝え出来ない。よくある話さ。


     3

 おっぱいをもまれながら/般若たちが輪になっておどる/混雑した隠れ里を/チャイナドレスから覗く/まったくこの頃ときたら/北原白秋の『邪宗門』さ//ナ・パ・テア/渡り鳥と共に撃ち殺されたたつまき/首を吊って/海の暗がりで泣く少女が//マイムマイム。
 あのくらがりで、般若になっておどる/


     4

 船内の食堂はクリスマスパーティー、合唱とウォッカで騒がしいロシア人の一団が、食堂を占拠していた。彼らは不眠症で、自国を憂い、聖歌の意味に涙しながら、世界の平和を貨幣価値から願う。貧困で苦しむ家族の娘は身売りして、その娘がロシア人たちと一緒にウォッカを飲んでいるところを眺めていると、人生も悪くない気分になる。“ホンコンガールズ・チャイナドレス・シースルー”の刺繍(電車で揺られたり、パルコでショッピングしたり、雑貨屋のパンダ、好んだあのキャラメルミルク)、私が着るのは背中に「ARASKA」と雪山が刺繍されているベルベットのスカジャンで、左の腕に犬ぞり、右の腕には白熊、ロシア人たちはコミケへ行く様子、ドラゴンボール、メーテル、ファティマ、綾波レイ、ハイジ、七割女装の集団を見ていると、人生も悪くない気分になって、私の般若の夢が誰にとっても行方知れずならば、彼らのコミケ亡命、メイド喫茶、アニソンも西の民には行方知れず。那覇が枯れ果て、砂漠の中に基地、流民と娼婦と写真館しかなく、ハブの毒でやられてしまっても血清が届かないから、はかない。


     5

 那覇からの使者=私の使命は、ハブの毒を中和する血清をフィリピン→マカオ→ホンコン経由で入手して、戻ること。うみんちゅー滅亡の日まで、あと六十八日しか残されていない。
 木下杢太郎、平野万里、吉井勇、与謝野鉄幹、そして本名隆吉の北原白秋は早稲田大学文科一年生、ニ十三歳、この「五足の靴」が南へと旅立った。
 うずまきが死んで、静謐に包まれる海は精神的な死そのもの。Y雑な遠近法で描かれた故郷の米軍キャンプに屯する流民、“ホンコンガールズ・チャイナドレス・シースルー”からハリケーンが起こり、イカした舌は罪だキャラメルミルクの、私のデートコースを刺激してくれる。


     6

 恋もほろ酔いなら、海は揺れる。新たな出会いが母屋の中、産声を上げるのを待っていて、“ロマンス・ラブリー・ホンコンホテル”、路地裏の屋台で売り買いされる小鳥のモビールはニ十三羽、旦那がいつも留守なので、未亡人さながらの夫人が、ホテルの客としけこむのはインモラルなのか、なんて悩むよりも、夫人を相手に落花生の塩バター炒め&ビールでほろ酔いなのが人生、そしてお客さんにとっても旅情だろう。自分が醜いのなら、仮装すればいい。しかし、いくら言葉を隠せても、肉体は隠せない。匂いを香水で上乗せし、踊り果ててもおっぱいが揺れる。もしも、人生におっぱいがなかったら、人は人生の航路を見失う。過去は再生されない、死んだ者も生き返らない、葬式を済ませ、言葉を海へと流したならば、浮かばれない容貌は破り捨てて、再び生きるためだけにウォッカを飲もう。音楽が流れている、陽気で寂しいボサノヴァ、美貌の姿形は人に愛される為のもの、恋こそ人を美しく変貌させるパーティーさ、どんな容貌でも孤独のままではいられない、……そこにおっぱいがあるかぎり。小鳥のモービルが風に揺られ、糸をほつれされていた。真新しいモビール細工のはばたき。

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080105_489_2527p


2599 : あらかわようこちゃん 01  いかいか '08/02/09 00:35:38

ろうじんたちのいねむり
わたしたちのそぼはえいえんにせつげんをあるかない
どこまでもしらないふりをして
あのひにかじつをかじったまま
げつめんへおちる
こかこーらをのみながら
さんだるを
そしてぱらそるに
きえたとけいを
そんなうさぎたちが
わらいながら
トステラカトンのゆめをみる
ひらかれたのはじゅうろくぺーじで
そこからおちたろうじんは
わたしのつくえのうえで
もんくをいってから
つくえから
ばけつへとびおりる
かえるのおうが
しずかにおしえるのは
みみをふさげば
こきゅうができるよ、っていって
みみをふさいだかれのせなかから
ゆっくりとほうしがたちのぼったら
へやはしろのなかで
いねむりつく
むすうのさいきんたちが
ほんをたべて
れこーどをたべて
それからそれから
まどをたたいて
せれもにーを
すてっぷをきざめないのはいつも
どせいからやってきた
めいどいんちきゅうのうちゅうひこうしか
ことばをしらなかった
あふりかのしょうじょか
かのじょのかみには
ちいさながけがあって
そこからふたりのおとこがとびおりるのさ
それをしっているのは
はこにしまいこまれた
あめのひにかじつをかじらないひとたち

あめのひにかじつを
そこからたれたいってきが
やけのをうんで
そのなかから
ちいさなあしたをつくりだす
それからそれから
さいしょのほんはとじられて
いまだだれもひらいたことがない
ほんがはじめてひらかれたまま
とじられる
ほんはむしくいだらけ
ほんをかじることができたら
まっさきにみしぇるれりすのししゅうをかじって
きっとさんみがきいたあとにつよいこうしんりょう
さいごにあまみがひろがってから
とどめにあめのあじ
それがかれのほんのあじにきまっている
だってかれはあふりかで
ほんをかいてほんをすてたんだから

にちようびに
めいいっぱいぴくるすをはさんで
よるにそなえる
からになったびんに
あつまるのは
だれもしらないもじたち
それをたべに
むしたちがあつまってきたら
わたしはてをのばして
ものがたりをつかむ
すぐにぽけっとにしまいこんで
まくらもとで
くさをかじるねずみたちに
そうげんのものがたりを
てんじょうでねむってばかりのふくろうに
おおかじのはなしを
そしてしらないだれかに
わたしのものがたりを
すこしだけおしえて
すぐにまたとじる

それをなんどかくりかえして
なんびゃっかいめかのよるに
めのまえに
やけのがあらわれて
わたしたちのそふが
せつげんをあるきはじめ
そふたちはいどをほる
そのせなかには
やっぱりしらないことばがたくさんあって
それをひろって
ぴくるすに
ちょうしょくのときに
もしぱんとぎゅうにゅうのあいだで
わへいっじょうやくがむすばれなかったら
わたしたちのいえは
すぐさまやきはらわれて
えいえんににわとりをかかえてにげださなくちゃいけない
にわとりのはなよめになるのは
ひかりのそくどで
そしてめをふさいで
さいごにてをたたいてから
やけのにわたしのあたらしいいえはおちてくる
そしてわたしはそこにすんで
ねむるまえに
いつものように
そうげんをやきはらって
ものがたりひらいて
すぐとじる

バンソウコウでうめつくされたほんのなから
いちぺーじだけをきりとって
だんろにくべる
そしたらどうなるかって
それは
わたしたちのそぼとそふが
ゆいいつわたしたちにおしえてくれたひみつ
こんやもし
あなたのいえがさむいなら
だんろに
そしてやっぱりいえはもえおちて
やけのがひろがるけれども
ものがたりは
わたしのてのひらなのなかで
ぱんとおとをたてたら
すぐさまかけだして
わたしをおいぬいてから
ふりかえって
わたしをいえへむかいれてくれる
そんなまいにちを
しらないだれかさんたちへ
そしてあのひみつを

それからそれから
ざんねんだけれども
きょうのはなしはここでおわり
あとはよるにだんろに
いちぺーじを



とりあえずチョコレートをよこせよお前ら

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080209_197_2599p


- ealis -