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riala - 2006年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


指鳴り

  riala

指を、
落とした
遮断したとき
たぶん、亡霊で
雨をさまよってる
昨日の夜の裂けたところから
ほとばしる過去の遮断機をくぐって
滑車を引っこ抜いて
風みたいにして、来たんだ
虚無
でも、動悸はする


咲いたものと
咲き終わったもの
咲きはじめたのと
あったの、それとか
全部なぎ倒して(しまったの)
ふるえる葉先、地面に織り込まれた
緑のありか
花は、飛びました。


雨が地に吸い込まれ
霧になって
街をむさぼる
家並みはまるく削がれ
屋根は色を飛ばした
用水路に潜んだ六月は
指先のような細いものから
流れていった
鉄柱は剥がれ、銀色にしなり
滑車だけが回った
目まぐるしく 

剥がれた
銀のひとひらのように
どこにいても、ここにいる気がしない


回る回る 滑車
からからからからからからから、目まぐるしく


雨音

  riala

海に雨が降っている。国道にはひっきりなしに車が通り、水しぶきと雨がどちらともなく互いをこばみ。
老人はつえをついてるのだが、ついていないようにも見える。それほど道路は滲んでいた。老人がいたことに気づいたのは声を掛けられたからだ。声を掛けられていなかったらたぶん家に帰るまで、後ろに老人がいたことを知らなかっただろう。それに僕は帰るってことを諦めてしまっていたから、老人のことを全く知らないで暮らすことだってできた。
「落としましたよ」
雨粒が耳に入り込み、海の底であぶくを飲み込んだように息が詰まった。
振り返り、老人の顔を見る。
何日も雨が降らない乾いた地面に、両生類の背中がひっそりと眠っている。色の抜けた肌。
何も見当たらない事を確かめてから、僕は
「何も落としてません」と答えた。
何も落としてませんよ。

老人は不思議そうに首を少しだけ傾けて、それから僕などはじめからいなかったように雨に煙る海へ視線を移した。

僕らが来た道から、女の人が走ってくる。
スカートが足にぺたりと張り付いてとても重そうだった。
サンダルの足首は水しぶきに消されてしまいそうだった。
息せききって走ってくると、呼吸を整えてから女の人は僕にお辞儀をした。
ご迷惑をおかけしました。
動かない黒い瞳。
彼女は、海のほうを向いている老人の背を軽く叩いて帰り道を促した。
そのまま帰って行こうとする老人のすぐ後ろで、もう一度僕を振り返り
軽く頭を下げた。
背の高い女の人は首を少し垂れ、老人はもっと深く、そばに誰かがいることを知らなくていいくらいに、深く。

愛というものが落とせるものなら、僕は全部落としてきたのだ。
雨のなかに。


水音

  riala

蝶が落ちる。
水浸しの世界で
失くした、大切なもの。


何日も続いた雨で、僕らはとても弱っていた。話し合うことさえしなくなった。それでも僕ら(少なくとも僕は)干からびた土地に降る雨のこと、その雨に色を映して咲く花があることを思い出していた。帰るところがあった僕の鮮やかな翅のことも。

水になるまえは
          蝶だった。たくさんの燐粉を降らせて海を渡った、何色もの帯の重なり合う水しぶきのなかに七色の虹。雨が音もなく降っていた。ずっと前から。老人のつえの先から雨は押し寄せた。ひたすらに雨だった老人。僕の後ろ、帰るという当たり前の沈黙。


「落としましたよ」
振り返り、老人の顔を見る。
何日も雨が降らない乾いた地面に、両生類の背中がひっそりと眠っている。色の抜けた肌。
何も見当たらない事を確かめてから、僕は
「何も落としてません」と答えた。
何も落としていません。

幾日も止まない雨の向こうから女の人が走ってくる。
足にぺたりと張り付いたスカート、浸水しているサンダルの足首。
女の人は僕にお辞儀をした。
ご迷惑をおかけしました。
水底の黒い瞳。
彼女は老人の背にあっという間に覆いかぶさり、濡れたままの全身でもう一度僕を振り返り軽く頭を下げた。ふるえる水面に沈みながら、背の高い彼女は首を少し垂れ、老人はもっと深く、そばに誰かがいるなんて知らなくていいくらいに、深く、溺れ。
老人は持っていたつえで僕を少しだけ傾け、それから僕などはじめからいなかったように帰っていった。


託されたすべてが濡れていた。

文学極道

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