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浅井康浩 - 2006年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


No Title

  浅井康浩

ほら、意味のない渦を巻き込みはじめて、浸透が始まったよ
ほら、透過性そのものとなった人だけが見ることのできるあまいあまい変化たちだよ



降ってくるシュガーロールのようなしろい粉をあつめては
やわらかな時計仕掛けにふりまいてあるこう
あのとききみが見ていたひんやりとした地形図の青い果樹園にみとれて
とろける蜜に包まれた僕の舌があまい予感にふるえている



だって、
きみの声帯をまねするのはいつだって
半音階をかすれていってはのぼる発音が
どのような輪郭でさえももつことのない幻想をだれもかれもの想像のなかに
抱かせるからだし、
きみの
その感じやすそうな発声を聞くたびに
みずからの存在の稀薄さの濃度そのものが
みずからの輪郭をはからずも規定してしまっている呼び名へと
にじりよってしまうことにかすかないらだちを隠すことさえもできないこのぼくを



円環状の流れ、しかも支流そのもののひとつとなって
水質へと寄り添うようにすべりだしていくことはなんとしても避けたかったのだし
溶け込むように、包み込まれるように、などといって
ゆっくりと、そしてしなやかに滲みだしてゆく甲殻の表面の変化なんかに
うっとりと魅入られてしまう、なんて素振りは、できるはずもなかった
どのようなかたちであったにせよ
繊維質からなる身体の機能の、その逸脱からはじまる変容そのものとは
いつだって
甲殻の模様のかたちというものを
すこしずつ変化させてゆくことなのだが、
生身としてのみずからの言葉をその模様へと託すことへと繋がってゆく兆しもみえず
また、そのかたちから、何かを語ることではじまる、などということさえできないのだから
変容する甲殻にそっくりと覆われてしまうであろうわたくしの繊維質の身体そのものよりも
変容しているわたくし自身をどこまでも覆ってしまっているであろう液体とのつながり、
まといつくはずの透けた気泡との肌触りを、
滲み込もうとするだろうその浸透圧のなめらかさを、
そして、わずかに触れ合う箇所と、そのすべての余白との関係を
液体でさえ包み込むだろう空間へと共振するための「響き」へとむかって吹き込んでゆくということだけを。



小鳥をはなしてあげましょう、
孤島、葉脈、分泌液。あなたのくちびるへとのぼる、そのささやかな息づかいで
そっと ねがいのなかに やさしさをふきこんでゆこうとする
そんな かよわく ほつれやすい祈りの行為を
くちびると舌さきのふれることない [e]音の隙間へと
ひそませてゆきましょう
そして
しずかに祈りへとたどりつくそのまえに
言葉は声をうしなうのでしょう


No Title

  浅井康浩

やさしさを帯びてはあふれだす蜜という蜜のただよいのなかで交わされていった
質感としてではなく透過性そのもののやわらかさとなったあなたへの糸状の思い巡らしの
その内実へと、ありったけのファムな香りを含ませておけ
                       眠らないことでつぐなおうとする夜に
              あなたの呼気につつまれて、うっすらとあおくなりながら
           わたしはわたしの呼吸をあふれさせてゆくことになるのでしょう



青に満たされた空間にあって
蜜の蕊を震わせて、しかしまだ響きだけがかすかにきこえていることの
その不思議さになじみはじめるわたくしがいて
あるときは音のぬくもりなんかに抱かれて
甘ったるい体温へかたむいてゆくことの不思議さをゆるすわたくしがいる



いつかの気象図面がここいらの時間軸との交わりによって
いらいらと泡立ってゆくのが見えるよ
ここの地形図の一点からの風景は
平面としての図の想像を越えた高低の差でいっぱい
いつかのヘクトパスカルも
ここでは質量を四方にはりめぐらせたラウンドスケープそのものとなって
生成してしまうのだから
ときに土砂となり
ときに果樹園の果実となって
みずからが高低の差として現されるべき斜面をころがりおちたりもするのでしょう



また、ほつれることではじまってゆく変化をおもえば
最後に、濡れ尽くしたものたちへ、もうなにものでさえ
濡らすことのなくなってしまった水そのものたちへと
いまひとたびのささやかな感謝を。



どうしたって きみの眼と蜜とあおさに浸されてしまう
きみだったなら「海洋」なんてそっけないひとことで言い表してしまうはずの領域で
明るさやその翳りをもなくして
けれど色彩を忘れ去ってしまったものたちだけがみたすことのできる透きとおった哀しみだけが
かつて世界が青色だったころのなごりのように 遠くへ


No Title

  浅井康浩

そういえば明日、カントール忌だけの展翅
あかるい鱗粉をしたたらせゆくきみのために
こどものためのソルフェージュを。さぁ、




染みこんでしまうほうがいい。ここは、やはり潜れぬままに終わってしまった水泳のあと
の、あの午後のけだるさが満ちはじめてきた教室だから、そこにはきっと、どうしようも
ないねむたさにかたむいてゆくあなたがいるし、うっすらとあおいままの浮力に包まれて
いた、息をすることがみだらにおもえたそんなあなたであるために、からだじゅうをめぐ
るあのやわらかな酸素からこぼれ落ちたまどろみが、かなしみとなってほどけはじめて、
あなたのあかるい裸体そのものへとあふれだしてゆくその感触を、どこまでも手にとるよ
うにみつめることのできたあなたの視線のやさしさもあった。きっと、うすらいでゆくの
でしょうね、そう、きっとだれかにねむりをひきのばされてゆくのでしょうね、あわくて
きずつきやすいひとつの気管支となって。ひとしきり、あなたを想ううつくしいひとの視
野のなかへとおさまりながら。




dim.または dimin.音量を次第に弱めることを指示するディミヌエンドは、いま鳴り終え
たばかりの音域の消尽点をときほぐしてゆくかのようにして、かすかにひろがろうとして
はまた消えてゆくためだけのささやきをあかるいままに透きとおらせてしまうことがある。
それは、ほのかにひろがってゆくレモンピールのかろやかなあまさへと招かれて、どこま
でもやすらかに溶けいってしまうから、ときとして、その移ろいやすさが静謐さの変奏と
して鳴り響いてしまうこともあったりもした。ときに、そのようなしずけさに包みこまれ
るあなたの、しんしんとはきだすあおい息づかいにあわせながら、喉やくちびるをふるわ
せているささやきの、そのかすかないいよどみを聴きとることができたのなら、それはや
がて星辰のたわむれめいた航跡のきしみへと似てゆくことになるのだろう




きみがそっと目をさますまで、かすかにふるえることをゆるしておく
植物のえがかれたブルータイルにまぎれこむ卵殻めいた質感も
いつしか、水の銀河となってみずからを濡らしはじめるのだろう
針葉、群落、葉緑素。
ほどけゆく果皮をうすめるためだけに過ぎる時間はやがて洩れはじめるけれど、
きっと、かすれることで青としてのやさしい葉脈をとりもどしてゆくみちすじだから
きみには、いつか、プラネタリウムでみた星のはなしを


No Title

  浅井康浩

ゆるしあうりゆうはきっとわからないままだから、きゅっとなるむねのあたりからあふれ
だしてしまうかなしみにいつだってわたしはみたされてしまう、うしなってしまう。せめ
て、いだきあえたときくらい、ねむれるほどに、雪のかおりとなりますように。




もうすこしすればそこからあふれだすせつないみずにとけこんでしまう午後なのに
すっきりするほど泣いたからもうなにものこってやしなかったなんて、あなたがせなかを
むけたとしても告げただろうそんなつよがりがどこかでわたしをさびしくさせてしまうな
ら、はだけさせてあげるためのボタンをどうかうけとってくださいとためらったままのわ
たしには、やっぱりだれかのやわらかなてのひらがひつようであったりするのかもしれな
い。




あなたはもうふりかえることさえしないだろう。それなのに、いつものようにゆびさきへ
とひろがってゆく静脈にやさしさはあふれはじめて、みずうみに似てゆくあなたがこわい。




どこまでもしろいメンソレータムを塗ってあげるね。きっと、抱いたらすぐにしみこんで
くるあなたの傷のぬくもりが(いたい)。きっと、そんな場所にながいあいだいたふたり
だから、きっと、わたくしの体温はあなたのやさしさなんかに取り囲まれて、どうしよう
もなく、あい、とか、いろんなものにからまってしまう、そうしたきもちすべてがあなた
というものをどこまでもとうめいにしていってしまうから

そうやって、ささやかにみとどけてあげてほしいの。
かつてはそこにあってきらめいていた、いまはうしなわれてゆくものとして消えかかって
しまったすり傷までも、きみに。

あなたがやわらかなてのひらでひっかいてくれたきずあとは、どうかなくなりませんよう
に。なめらかだったまっさらであった、いままさになくなってしまってゆくわたくしとの
へだたりが、どこまでもいたみのなかでキラキラとしていますように。

文学極道

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