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葛西佑也 - 2006年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


バレンタインのこと

  葛西 佑也


*お弁当のこと

今日もお弁当を 自分で
作ったってことを
フタをあけて初めて気づく
しょっぱいってこと、は
しあわせなんだと
自分に言い聞かせて
きんぴらごぼうを咀嚼、する
いつかの 女の味
に 似てるんだね これ



*屋上のこと

あたしのこと すーき?
それはもう聞き飽きた、と
思いつつも
舌を絡めてやる
お昼の歯磨きをしていないことを
思い出して 一瞬引き戻されるけど
すぐに忘れてしまう
そういうのもいいじゃんって
思う なんか自然体で


*昨晩のこと

台所で母さんが泣いてい、た
理由 は 分からないけれど
あの涙もしょっぱい だろうから、
きっと、しあわせなんだろうと
思うことにして
きっと明日は お弁当がないだろうから
自分で作るべき日なんだなって
自分に言い聞かせ て
あー ねむーい って一言


*先生のこと

せんせい ぼくは まだ
子どもなんです どうしよもなく
どーしよーもなく 子ども
だから、せんせいに色々
聞かなくちゃいけない
しゃっぱいのこととか
一瞬についてのこととか
気づくってどういう意味なのかとか
せんせいが生きていてくれたら
ぼくはしあわせなのに


*砂のこと

ゆめ、で なんども
なんども 砂漠が やってくる
そんなものは望んじゃいないんだけど
もしかしたら、砂が恋しいのかもしれない
ちいさいころ たくさん
砂遊びをして、しまったから
安部公房の「砂の女」が、
頭をよぎって
女はかなしいのかなって


*告白のこと

ラブレターがたまらなく、好きなんだ
おくるのも もらうのも
書きながら、読みながら
どきどきするんだ
伝えたいんだ しあわせだよ
しあわせ
きっと 愛しているんだと思う
だから、バレンタインを前にして、
すべて おわりにしたいんだ

って思う


抱擁

  葛西 佑也

青い絵が
こちらをじっと見ていた
むしゃくしゃしたので
白い絵の具で、
ラクガキをしてやった。

その絵が、今
美術館 に 飾られている
有名な画家が
描いたものらしい。

螺旋階段をあがっていくと
吹き抜けの天井から、
まっすぐに ひたすらに
光が差し込んでくる、
手を差しのべようとして、
さらわれそうになる 自分を
寸でのところで引き止める

存在を忘れられた友人が、
不意に何かを
告げようとしたのが
分かったので
「絵?」、と、
聞き返す
返事はなかった
空気は塩分を
含んでいる
呼吸をする度に
しょっぱいので。

友人は
羽、に夢中になっていた
湖に降り立つ天使の
跳ね飛ぶ飛沫が
シミのように見える
中年女性の多くが悩む
それに似ている
絵もまた
老化しているのか
そうだろうか

舌がざらざらする
僕は 塩を感じる
そこではじめて、
ここが円形の建物だと
知覚する
友人はまた
存在を忘れられている


青い絵を舐めていく、
額も含めて 隅々 丁寧に、
しょっぱくないよ しょっ
ぱくない。
なんで

衝撃のあまり、
身動きが出来ない
それでいて 
体中の繊細な部分の
震えは止まらない。
存在を消した友人が
後ろから、僕を
抱きしめている。


あるいは、朝日か、チョコレートか。

  葛西佑也

寝起きは、不機嫌
な ぼくなので、
世界の終わりの
ような顔をして、
何もかも、どうでも
よくなっている。

なので、

ぎゅ ぎゅっと 後ろ
から だ きしめて、
さらりと キスして
とろーり とろーり
チョコレートみたいに
しちゃって(ください)。


「ぼくは、この願望が
ずっとずっと ふへんてきなもの』
だって。」

中央が程よく、へこんだ
まくらに、顔面をうずめて
ぺろぺろっていやらしく、
味わうチョコレートの
鉄っぽさで、ぼくは
ぼくは いかれてしまうの。


ぎぶみぃちょこれいと/

/ぎぶみぃちょこれいと

ぎぶみぃちょっこれいと/

少しさび気味の、
金属片からは、血の味
がしています。
ここが戦場ではない!」
とでも言うのですか。

朝が、もうそこまで
迫っている。
ことに、車輪の音で
気が付いて、
ふっと我にかえっ
てしまった。
口の周辺は、
チョコレートで
べっとべとで。

ぺろり ぺろり
ぐるり っと
何周も何周も、
このぼくの、ぼくの
舌で口の周辺を
なめまわしてやったら、
何かがとろけだして
朝なんてものは、
忘れてしまった。


第二次性徴

  佐仲

私は昨日生れたばかりなのに、今日もまた生
れなくては。清流のせせらぎが、私を運んで、
気がつけば汚穢な海。思い出しました。やっ
と。私はあなたにしずめられたんだ。お母さ
ん。

目覚めると、さわやかな草原で純美なうさぎ
をレイプしていた。今まで味わったことのな
い、欲求。知らない。知らなかったの。こん
なの。オオカミたちは狙っている。私の、私
のうさぎをレイプしようと。おまえらなんか
には絶対わたさないぞ! ケダモノたちめ!

お母さんは、どうして、私が生れたのに気づ
いてくれなかったの。たしかに、これ以上は
ないというくらいに簡単に生れてきた。まる
で卵みたい。だけど、あんまりだよ。ひどい!
うさぎの純白の毛が血塗られてゆ、く。ああ
ああ ああ/


肌を焦がす陽射し
肌をなでるやわらかい風
肌を触れ合ういくつもの家族が
小高い丘のキャンプ場
垂直に下げられた無数の釣竿
眩しさにしかめ面の
あどけない子どもたちよ 
君たちは殺される
最愛の人に
水面に映るの
私の顔に
うきしずみ/


私は昨日生れたばかりなのに、今日もまた生
れなくては。うさぎの血走った目を覚えてい
る。私は自分がいつどこで生れたのか、分か
らないけれど。ケダモノじゃあない、ケダモ
ノなんかじゃ。緩やかに流れる清流が、今日
も私を追い詰めている。生れなくては。


偏愛主義

  佐仲佑也

難解な数式を愛する友達が、

   好きで解いてるんじゃないんです。
   数式なんて、理不尽なんです。
   やらされているんです/強制。」


と、ぼくに言うので、/


キョーセー キョーセー キョーセー 
と復唱してみても、彼の言いたい事    
なんて、分かりっこなかった。
彼って、昔っから変っていたの。
そうなの?/かもね


彼の部屋の中 虫かごが、

   蛾だか蝶だかわかんないやつが、無数
   の やつが うじゃうじゃ うじゃうじゃ 
   が 近親相姦?/そうかな        


彼は
  お母さんが好きです。
  お父さんが嫌いです。
  数式は強制です。  
  虫は抑制です。」      


ねぇ、こぼれてる液が、 乾燥しているの  昆虫。 彼は華麗な手さばき
で、展翅/展脚していく昆虫の 動き/うめき。離して!ぼくの手を、それっ
てキョーセーってやつ?/そう。


崩れないように そっと、触れて羽 に撫でて 怖がらなくていいの。彼が殺
した?家族を? しょーがいないよ。どんまい。虫は逃げないよ それもキョ
ーセー ほんとう? コレが昆虫標本ってやつ
   
   また解かなければならないのですか。
   数式を。               
   標本の羽に触れるように、丁寧に。
   数式を。
   答えなんて要りません。
   とにかく解かせて欲しいんです。
   数式を。
   ああ 開かれていく 羽が脚が
   もう限界です。
   虫は抑制です。」


彼が殺した。家族を。どうやって? しーらない。ぼくが後ろから抱きしめた
彼を これでまた とじられたの。これもキョーセー?怖がらなくていいの、
ぎゅっとぎゅっと抱擁してあげるから彼を。

   お母さん僕の子を妊娠してください。
   お父さん僕を自由にしてください。
   早くしないと、虫たちの羽が脚が
   くしゃくしゃになってしま、う。
   そんなつもりはなかったんです。
   教えてください。
   ブランウン管って強制なんですか。」


彼は殺した
家族を


コンプレックス

  葛西佑也

あなたの名前をつぶやいていた。私は錆びた車椅子から立ち上がって、一人で歩き出せる。/ようになっていた?愛だとかは、どうでもいい。「愛って隣人愛?」東北地方の小さな街で生れた。真冬の、窓の外の、ように白い肌の赤ん坊の私。抱き上げる腕にいつも噛み付いていた。/その時は、世界は平和だったのですネ。雪解け水で錆びたんですよ、この車椅子。酷いでしょう。ええ、酷い。車輪は踏み潰している。毛布(あなたの名前が刺繍してあるやつ)を。


クラスのみんなに嘘をついている。「どうして?」って、私のために。真実は名前と身長だけ。(友達が欲しかったんだ。)うそつき。教室の隅っこで、独りぼっちで本を読んでいる。読書は独りぼっちでするものだから、それで、問題はないでしょう。時間が過ぎるのは、案外、早かったし。本当は、車椅子なんかなくたって、歩けるのだ。弱気でつぶやく相手は教室の隅の壁。誰も私を認めてはくれない。/うそつき は なかよし。友達なんていらないよ。なかよし は うそつき。埋まらない空白には辛めのガムを押し込んでおく。たまに、車輪は踏み潰してしまうガム(味がまだ残っているやつ)を。


ゆーうつ。気に入らないものは、すべて轢き殺す(習性)。ばれてしまった嘘と、崩れた人間関係は修正が効かないなんて、もっと早く教えてくれたらよかったのに。いじわる。いじわるは嫌いだ。私は寂しくてしょうがないだけだったのに。あなたの名前なんてどうでもよかった。愛は隣人愛。私はみんな家族だと思っていたのに。ネ。世界は真冬には戻れない(毛布はもう必要ないのですね。)。それが摂理というものだ。教わらなくたって、そのくらいは分かる。私は今日も、錆びた車椅子の車輪の音で、何度も目覚めているのです。


地球儀はまわらない

  葛西佑也

眠っているんですか?/てないですね。
あなたはそのお気に入りの、カーテン、レース
のやつのほつれを直そうと、必死になって毎晩。
ぼくは嫌なんだ/よ! ほつれてあいた穴を覗
けば、世界があるんだから!ねえ、やめよう。
それで、何にも気にせずに、深い眠りにつきま
しょうよ。こっちに来て。
(世界が見えていたっていいじゃん)

レースを縫い合わせる、あなたの、手、柔らか
そうでした。とても。ぼくはぽっかりあいた穴
から向う側を覗くことで、あなたの手を見る事
ができた/んです。
それが、世界でした。

/だから、ぼくは世界を愛している!/んです。
だから、掴みかけた空がラクガキだとわかって
も手をおろすことができなかった。
(ぼくがほしい/かったのは、死臭がしみつい
た手、です/した。毎日、ぼくたちのため、料
理をして、死臭がしみついたその手!/でした。)

あなたが世界を嫌うのは、ぼくの掴みかけた空
が青すぎるからなの?/ですか。(非現実的だ
ったのかしら?/ね)もう、がんばらないで。
あなたは、編み物だって縫い物だって苦手なん
ですから。/ね。

ラクガキをした人は、世界を見たことがありま
せん。/あるはずがないの、です。だけど、空
が青いということ、雲が白いということを知っ
ている/ました。(地球儀では空のことなんて
わかるはずないのに/どうして? 不思議。)

ラクガキは気が付けば部屋にあったんです。ぼ
くの部屋を訪れたたくさんの人々が置いていっ
て(くれた/の?です。)ラクガキのこと、本
当ですからね。

私/ぼくはあなたに言えないことがたくさんあ
るけれど、紛れもなくあなたから生まれたんだ。
信じて! たとえ、本当のぼくを知ってしまっ
たとしても、何も言わずに抱きしめて!/せめ
て。 ぼくがこの手をおろせるように。

目覚めると、穴の塞がれたレースのカーテンに
気づき/ました。ぼくは、そこにある不器用さ
をほどいて、もう一度穴をあけようとしている
/いました。

ぼくを、恨まないでね。
もうすぐなんだ!/です。
もうすぐ。
世界。

文学極道

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