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みつとみ - 2006年分

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


斜線ノ空

  みつとみ

カーテンのすきまから、
むかいの住宅の屋根のうえ、
うすくもり空を見上げる。
幾本もの電線が斜めに走っている。

窓を開けると、
わずかに残されたうすい青から、
凍えた風が吹きこむ。
手をさしのばすと、
ふいに、指先が切れる。
見えない有刺鉄線が、
空と街とを区切っている。

(ソノ先ニ手ヲノバセバ、
(光ニ触レラレルダロウカ。

わたしは、さらに空に手をのばす。
透ける世界の縁をつかんだ。
(傾イテイル。
指先に力をいれると、傷口から血がにじみでる。


(光冨郁也)


色彩のカラダ

  みつとみ

わたしのカラダ。
植物のツタのようにほそくねじれて、
せかいの天蓋にむけて、
のびていきます。

くるぶしまでのひたる水。
は さざなみのように、
わたしをすくめ。

日のひかりいっぱいにあびて。
風 にふかれて葉がゆれる、
色彩のカラダ。

ゆれる紅の花を咲かせます。
おおきく手をそらいっぱいひろげて。
色彩のカラダ、
せかいの天蓋をこじあけます。


(光冨郁也)


乾電池

  みつとみ

 夏風邪が治ったころ。台風が接近する前。あさってには北上し、上陸するとTVが予報を流していた。デパートのミニ扇風機はもう売れ切れていた。わたしに必要なものはデパートには売っていなかった。その帰りに、なくしたものと思っていた、神話の本を、浜辺の流木の陰で見つけた。本は水を吸ってふくれている。表紙の砂をそっとぬぐう。表紙の精霊の女の横顔がにじんでいる。台風が来たら、きっと本は波で流されていただろう。
 本を手にすると、女の声が聞こえる。何を言っているのか意味のとれない、言葉にならない声だ。女の声はかすれている。とぎれとぎれに声は風に運ばれてくるように、わたしの体に伝わってくる。曇った空の隙間から光がかすかに差している。
 後ろポケットに本を突っ込み、わたしは空き地に戻った。けれども乗り捨てられた車はもう撤去され、ただタイヤだけが残っている。タイヤの上に立ち、女の声を探して。どうしたら会えるだろうか。辺りを見渡す。空き地のすみにはコンビニの袋が捨てられている。

 わたしはコンビニに向かった。乾電池を何本か買う。乾電池の数を確かめる。どこに行ったら女に会えるだろうか。台風が来る前の海岸通りは凪だった。自分の鼓動の音だけが聞こえる。通りを右に左にさまよう。きっとあるはずだ。女の声はまだしている。わたしは掲示板の地図により、それに見入った。自分のアパート、浜辺、空き地、道路、バス停、コンビニ、デパート。
 スクラップ置き場。地図の方角と実際の道の方向を確かめ、走った。デパートの裏手から、走ったり、歩いたりして十分、町の自動車工場のわきにあった。
 スクラップ置き場、に置かれた車。高く積まれている車は、不安定に見える。塗装のはげた車、ドアのとれた車、フロントがつぶれた車。そして角の手前にあった、タイヤのない白いセダン。
 近より外から見た。ダッシュボードの上のミニ扇風機。わたしは車のドアを開けた。中に入る。ミニ扇風機を手に取り、スイッチを押す。プロペラは回らなかった。そして、コンビニの袋から乾電池を取り出す。乾電池を入れ直し、ドアを閉めた。ミニ扇風機がゆっくりと動き始める。回った。が、プロペラはすぐに止まってしまう。電池を入れ直す。スイッチを押す。スケルトンのボディから配線を眺める。また電池を入れ直す。スイッチを入れる。動いた。わたしはフロントにミニ扇風機を置き、誰もいない助手席に向けた。風が吹く。プロペラの回る音だけがしている。西日が差し込みはじめている。プロペラの風が吹く。
 その風の先から、透明な女の髪が、光りながら揺らぎ出す。次第に女の姿が浮かび上がる。女は正面を見つめている。わたしも同じ方向を見る。スクラップ置き場の廃車の山の間から見えるのは、縦に切り取られた深く蒼い海だった。

 女はしんきろうのようにゆらいでいる。わたしは半透明な女の手を握ろうと手を伸ばす。女は振り向き、ゆっくりと笑うように目をつむった。指が触れようとする、その端から、光の砂となって、女のかたちをしたものが崩れていく。髪の先が風に舞い上がり、消えていく。わたしがつかもうとした手は、表紙の痛んだ本に変わっていった。挟んであった栞も見当たらない。ミニ扇風機の電池は切れていた。新しい電池を入れるが、もう動かない。壊れてしまった。寿命の尽きた電池がシートの下に落ちていく。オモチャのミニ扇風機を握りしめる。
(わたしがふれようとしたものは)
 わたしは空いた助手席の本に、手を重ね、そのまま、夜を迎えた。本をつかみ、腿の上におく。まだ台風がこない夜は、透明で、静かで、やわらかだった。女が、まだ、そばにいるような、そんな気がして。目を閉じると、光っている何かが見える。本から手をはなし、のばせば、何かにふれられるような。


*「バードシリーズ最終章」/シリーズ中、これだけ投入してなかったので。


平野

  みつとみ

風の音。わたしは平野に立つ。西の空は錆びた色をしている。

離れたところ、陸橋に車が列を作って走り去る。月が風に揺れている。風の音が、遠くの車の音が、わたしの耳の中の音が、入り交じっては、かき消されていく。

わたしは立っている。ひたすら乾いている。風に吹かれて、舞う土埃を浴びて。
 
ゆっくりと軋みながら、傾いていく世界、わたしはひとり平野に立ち続ける。西の空が紺色に風化シテイク。


燃料切れ

  みつとみ

 ひとりでどのくらい走ったのだろうか。アクセルを踏み続け、狼と平行して草原を突き抜けた。車体に草や砂利があたった。街の明かりは遠く、荒れた地の草は時に刃物となって、金属をも切り裂く。途中、音がしたので、岩でタンクが裂けたのかもしれない。やがて車は動かなくなり、メーターは0を示した。ガソリンが切れた車から、しずかにかげる地平を見ていた。斜め下方、日が暮れかかっている。ハンドルの汗ばんだ手をはなし、眼鏡のフレームを上げる。指ひとつ分、見える光景が上下する。

 ジャケットの襟を立てて、ガラス一枚に冷え始めた空気が隔たられている。地平、風で草むらが波打っている。なびく草の先。遠くこの平野は、海につながっている。焼けた西の空から、風が吹きつづけている。
 かすかに蒸発したガソリンと古いシートの匂いしかしない。わたしのまわり、ガラス窓から顔をだすのは狼の目と鼻。一頭、また一頭とわたしの車を囲む。獣の灰色がかった銀の毛が風になびく。窓ガラス一枚、車体の金属一枚で、わたしは隔てられている。狼、この地では滅びたはずの種族。

 一頭、また一頭、増えてくる。うろつく。七頭はいる。ときおり光る眼。
 ダッシュボードを開ける。なにか役にたつものはないか。車のマニュアル本、車検証、ジッポのライター、ティッシュ。地図。足下の赤い発煙筒。ナイフはない。しかたなく閉める。
 もう一度、アクセルを踏むが、車は動かない。拳でクラクションを叩く。その音に、染まる雲は裂けていく。

 日が暮れた。風が車の窓にあたる。いつしかハンドルをつかむ手は乾いていた。狼らは見えない。力なくエンジンのキーをとめ、また回す。なにも変わらない。シートにもたれる。身体が重い。顔をあげて、前方を凝視する。気分が悪くなって、手で口をふさぐ。指があごの輪郭をつかむ。寒い。暗い地平には限りがなく、そして夜は続く。
 窓から見える影の大地と、紺色の空とに挟まれ、わたしは眠りにつこうとしている。

(この地にひとり取り残されてしまった)


砂漠となる

  みつとみ

 冬の空は乾いている。車のデジタル時計を見る。空腹で気持ちがわるく、くらみを覚える。午前9時。いや10時だったろうか。昨夜、車の周りにいた狼らはいなくなっていた。車の外に出る。眼鏡のフレームを人差し指で上げる。ライターをジーンズのポケットに入れる。荒れ地を歩く。だるい。ふらつく。空を仰ぐと、ただ青い。風が吹くたびに、錆びた色の草が波打ち、地平まで広がっていく。草原という海原でひとり漂流している。空っぽの胸のなかまで、風が音を立てて、吹き込んでいく。

 歩く。スニーカーがこんなに重いなんて。歩く。ざわつく肺に、吐き気がして、腰に手を置く。頭が熱くなる、視界に光の尾がいくつも回り出す。身体が固いものに押しつけられたように傾く。意識が渦のなかにのみこまれる。地にひざを付け、わたしは倒れた。

 寒い空の下で、わたしは汗をかいている。額から流れた汗がこめかみをつたう。幼子のように体を丸める。枯れた草がわたしを包み込む。ずれた眼鏡の位置を直しながら、眠る。草の端が口の中にはいる。乾いた味だ。

 仰向けになる。地べたから見上げる空は、きれいだ。透明な青い色。眼鏡のレンズ一枚分隔たっている、距離。手を差し伸ばしてみる。何もつかめないけれど、空へ。薄ぺらい雲の隙間から、太陽が現れてくる。ゆっくりと。そして雲に隠れる。風が地を這ってわたしの顔を撫ぜる。空には何もないのはわかっているのに。風にさらされ、わたしはゆっくりと冬の砂漠になる。

 のどが渇く。水を飲みたい。口を開ける。虚空に向けて。水の代わりに乾いた風が口のなかに吹きこむ。
 眼を開けると、冷めたい太陽が空一杯に広がっていた。まぶしい。砂となったわたしの身体を、風が吹き飛ばしていく。


*平川先生のご指摘の点、検討して修正しました。ダーザイン校長のご指摘の件は、この板では修正は無理です。冬休みの宿題ということで、いつか詩集にするときまでに考えておきます。

文学極道

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