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Canopus (角田寿星) (Canopus(かの寿星)) - 2005年分

選出作品 (投稿日時順 / 全12作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


海を渡る(マリーノ超特急)

  Canopus(かの寿星)

「線路の上を歩いて海を渡る
 それ自体はけして珍しい行為じゃない
 だが
 心してきいてほしい
 次の駅にたどり着くことのできる者は
 きわめて稀である

「大洋をどこまでも縦断する一本の直線
 それは島嶼
 それは紡がれたほそい蜘蛛の糸
 それは世界をやさしくコーティングするシナプス
 それは人類にただひとつ残された叡智

「必需品 まずは
 一本のおおきな水筒と
 絶縁体の手袋と靴を用意すること
 線路は帯電していて触れると必ず体を蝕む
 また駅間の距離は定かではないが
 夜通し歩いても二日は優にかかる

「マリーノ超特急は週に一本
 南回りの便ばかりが走っている
 急げ 急いで海を渡れ
 列車がぼくらを飲みこむ前に
 ぼくらの運命が
 サイコロのように決まってしまう前に

「線路のまわりの波はおだやかで
 はるか向こうには灯台がかすんでいる
 口笛を吹きながら渡った
 私を祝福する太陽と空と海と線路と
 旅の道連れにウミネコの泣き声と
 駅までの道のりはけして退屈しない

「われわれの旅程の
 妨げとなるのは高波だけではない
 強い紫外線と海風は確実に体力を消耗させる
 波に洗われる線路は
 常に横揺れをくり返し
 海を渡るわれわれを拒絶するかのようだ 

「そして今やかなしいことに
 イルカもクジラも人類の敵なのだ
 彼らに見つかったら最後
 四肢から徐々に喰われて
 私の存在した証はどこにもなくなってしまう

「このちいさな街に生をうけて
 なにひとつ不自由なく暮らしてきた
 それなのにどうしてだろう
 駅がぼくをいざなうんだ
 旅に出ようとぼくをいざなうんだ

「海を渡るには駅を見つけなくてはならない
 駅の正確な場所は誰も知らない
 規約上は誰にも訊いてはならない
 秘密裏のうちに目くらめっぽうに
 探す 薔薇の薫りのする方へ

「駅員は親切にも最低限の必需品を用意して
 ボン・ボヤージュ! 旅に出る者を祝福する
 駅員は海を許しなく渡る者を取り締まる
 彼らはためらいなく密航者を射殺する
 駅に駅員のいたためしはなく
 さびれたプラットホームがぽつんとあるだけだ
 駅は
 存在しない

「風をつらぬいてきこえるのは
 マリーノ超特急のユニゾンシフト
 姿をみたことはない
 音だけの幻の列車だ
 私は思い出す私の成し得なかったくさぐさを
 ユニゾンのこだまはいつまでも続く後悔のように

「ぼくははだしで
 海上のプラットホームに立っていた
 これからぼくの渡るまっすぐな線路だけを見ていた
 次の駅は
 かすんでまだ見えない
 歩きはじめる


Pointe (ポアント;つま先で)

  Canopus(かの寿星)

ぼくの知らない光
ぼくの知らない舞台
ぼくの知らない地平

君は舞台の袖で出番を待つ
淡い照明が
ツンと顎をあげた横顔を浮かべる
新しくおろしたシフォンのチュチュ
柔らかな菫色のトゥ・シューズ
小さな希望に膨らみかけた胸 覚えたてのパ
君は舞台の袖からまぶしくプリマを見つめる
アダジオからアレグロへ そしてパ・ド・ドゥ
速度を増していくピルエット
アラベスク・パンシェ グラン・ジュッテ
君の 外側を向いた指先とつま先が小刻みに震える

君の知らない闇
君の知らない北風
君の知らない茨の荒地
いや 本当は
ぼくもまだ知らない

コオル・ド・バレエにも
ぼくは君だけに視線を送るだろう
君の指先からつま先から こぼれ落ちる光の曲線を
ぼくは喜んで仮面の男になって
すべて飲み干そうとするだろう

プリマの賞賛に鳴りやまぬ拍手のなかを
君は両腕をあげ つま先をたてて
群衆の一人として旅立っていく
ぼくの知らない舞台 ぼくの知らない地平へ


MAKING EPIC

  Canopus(かの寿星)


●はじめに●

はじめに
大きなぬいぐるみを抱いた
可愛いコアセルベートに人生の苦味を少々
タブラ・ラサ
タブラの遠雷のリズム
クレシェンド クレシェンド
地平線を つっと引いて
近づいてくる拍動の朝に
視界には うす汚れた茶色い階段が
ぎいぎいと暗く鳴いてるのしか見えないけど
湿った三畳間の下宿で
布団にもぐりこんだ君しか見えないけど


●しあわせについて●

むかしむかし
ぬいぐるみをいとおしく抱いたよろこび
ぬいぐるみに布団をかけてあげたしあわせ
記憶する手のぬくもり 君は寝ぼけまなこで
洗面器に水を汲んできて
櫛に水をひたして
長い髪を梳いている
窓の隙間から湿った冷気が忍び込んでまぶしい
同じ水で顔を洗う
軽く体も拭く
タブラのリズムは目と鼻の先で
早くもシタールとギターが空から降りてくる
引き出しから古い手鏡を取り出して
にい と笑顔の練習をする
少し濁った洗面器の水を
ひとさし指でかき回して
歯は

歯を磨きに
君は洗面所へ降りていく


●あこがれについて●

(ロマンスに憧れることはあるけど
 ヒロインも経験してみたいとは思うけど
 ミニスカではしゃぐ高校生は少し羨ましいけど
 いつも同じジーンズを履いて
 悠久のリズムに身を浸しているうちに
 なんだか気持ちよくなってしまった

 友達とよく屋根には登った
 膝を抱えて生きていられるほど
 人に囲まれてはいないから)

パンの耳に砂糖をまぶして
それでもコーヒーはきちんといれた
朝ごはん


●不安について●

先だって汚してしまったジーンズが
まだ乾かない 二本しかないのに
空は今日も曇っていて君は短いため息をつく
ため息はスタッカートで
小気味よいギターに変わる
大きな不格好な黒い傘 くすんだトートバッグ
やさしいシタールのピチカート
自転車の鍵を持って


●子守唄●

シャッターの降りた早朝のアーケイドで君は自転車を停めた
どこか遠くで三線(さんしん)が聴こえて
君はそっと涙した


●MAKING EPIC●

ぎいぎいと鳴く茶色い階段を昇ると
湿った三畳間の下宿のドアには
「外出しています」の札
カーテンが降りて
部屋はいっそう暗く
誰もいない

人々の優しいことばは君のもの
絡んでくる酔っぱらいは君のもの
うねるタブラのリズムは君のもの
輝くシタールも君のもの
ひさしぶりに見た夕焼けは君のもの
カップに残ったコーヒーの苦み
河原でホタルを見た
頬をたたく風
あるいは強い雨
ちょっとお腹がすいて
友達の笑顔
青い空


みんな君のもの


龍との生活

  Canopus(かの寿星)


ぼくは龍と二週間ほど同居したことがある
猫のフクちゃんが何かひらひらした
長さ30cmくらいの紐とじゃれて遊んでいた
それが龍だった

あまりに哀れに干からびてたんで
風呂場で水をかけたら ジュッという凄い音がして
あたりが湯気でみえなくなった
風呂場の入り口で首だけ出して覗いてたフクちゃんは
バクチクが破裂したかのようにすっ飛んでった
視界がようやく開けたそこに
龍が浮かんでいた

以前 飛行機に乗って
上空から関東平野を眺めたことがある
平野のいちめんにうっすらと灰色の空気の膜がかかって
それはいちめんのスモッグで
こんなところにぼくは帰るのかと
暗澹たる思いをした
龍も同じ風景を視たのだろうか
こんなとこには霞はかかりはしないのに

はたして龍はタバコの煙には徹底的に弱かった
昼飯のお粥は箸を使ってペロリと食べた
フクちゃんはテレビ台の下から出てこなかったけど
二昼夜ほどして ようやくお気に入りのクッションで丸くなった
でも耳はピクピク動いていた
部屋の真ん中に龍 行儀よくとぐろを巻いて浮かんでて
チロチロと小さな炎を吐いて あ 鼻ちょうちん

新たに購入した空気清浄器の甲斐もなく
龍は日に日に弱ってちゃぶ台の上でぐったりとしていた
しかもフクちゃんまで思わぬ同居人に不貞腐れて
プチ家出をしちゃったんで
ぼくは龍を山に連れていく決心をした

上高地や安達太良山がいいか と訊ねると
龍はゆっくりとかぶりを振った
仲間はどこにいるのか との質問にも首を横に振った
ぼくは知った
人が龍を想わなくなって龍の個体数は減少の一途を辿ったのだと
そして彼こそが
日本最後の龍なのだと

ぼくは龍を信じよう
龍と暮らした二週間を胸に抱いて生きよう

ぼくは龍と卓を囲んで最後のお粥を食べて
お気に入りの この街でいちばん見晴しのよい丘で
龍とさよならをした
昼の白い月は思ってたより大きかった
龍は人間式のさよならをぼくに返して よたよたと
灰色がかった青空の彼方に消えていった
龍の通り過ぎた後には虹が架かるのだと
この時 初めて知った


白い自転車(オラシオ・フェレール「白い自転車」より)

  Canopus(かの寿星)


みんな
まだ覚えているかい?
白い自転車に乗った少年の神様を
くすんだベレー帽を耳までかぶって
よくとおる口笛でポルカを吹いていた
あの痩せっぽちだよ

少年の時代がかった白い自転車が
大通りを 商店街を 路地の津々浦々を
車輪を軋ませて走っていった
この町の誰もが少年を見かけた
少年の自転車が通ったあとには
彗星のしっぽのような白い光がベール状に広がり
懐かしいポルカの旋律がいつまでも残った
そしてこの町の誰もが その光を浴びたんだ

その瞬間から
町の小さな揉め事は解決し 車の中で悪態をつく人はいなくなった
いじめられっ子は友達と楽しく遊び 寝たきりの老人にお見舞いカードが届き
親に虐待される子供は姿を消し それどころか全ての子供たちが
デザートとプレゼントをもらって 仲良くそれらを分け合った
政治家たちは心の底から人々の事を考えて 涙を流して政敵どおし抱擁した

そんな突然で闇雲な
優しさと幸せに包まれて ぼくたちは
正直どうしたらいいのか分らなくなり しまいには激怒して
寄ってたかって少年の白い自転車を叩きこわしてしまった

少年の神様はしばらく自転車の残骸を見つめていたが
やがて無言のままどこかへ行ってしまった

みんな
もう再会したかい?
あの懐かしいポルカに 彗星の自転車に
町のみんなに笑顔を分けようと必死に頑張ってる
ちっぽけな少年の神様に

風の便りで きいたんだ
町のあちこちで 少年の神様をひっそりと見かけたって
あんな目にあっても どうして
この町を見捨てないのか分らなかったけど

この町にはまだ 深い痛みや憎しみや
暴力や嫉妬や悪意があふれていて
道ですれ違っても挨拶ひとつ交わせないけど
どれだけ心が豊かになったとしても
生きるかなしみは 消えはしないけど

夕暮れのひとり 帰り道
花屋の前に 電柱の上に みんなの心のなかに
曲乗りをしてくるりと回る
白い彗星の自転車に乗った少年を探しているんだ
みんな
覚えているかい?
人間が好きで好きでたまらない
健気な少年の神様を

今度会った時には もう間違えない
もう間違えたくない
ようこそぼくらの町へ ぼくらの心へ
白い自転車の少年の神様


世界がオワだなんて、そんな!

  Canopus(かの寿星)


 0

プリズム

プラズマ
スコープの内側

気を失いそうなくらいに
星空だけがキレイだった


 1

キラキラと一本に光をうける溝のなかをビー玉が転がっていく


 2

--ここも行き止まり?
--ああ。すっかり壊死を起こしてしまってる。
--あんなにまっすぐできれいな道だったのにね。
--ごらん。あの道も粥状残渣でいっぱいだ。
--この大荷物どうしよっか?
--どうするもないさ。道端に置いて引き返すとしよう。
--…終りかもしれないね。ここはもう。
--ああ。終りなんだろうな。
--逃げちゃおっか。
--ハハハ。逃げちゃおっか。…でもどこへ?


 3

ぼくが犬の記憶を失くしてしまって
犬は存在しなくなった
花が消え 学校が消え 大聖堂が消えた
歌声 写真 夕焼け 父 友
ぼくは誰の記憶で生きていたのか


 4

ビー玉 あ ビー玉 あ ビー玉
レギュラーパルス レギュラー レギュラー レギュラー
イレギュラー
レギュラー レギュラー
手ぇて てぇて やすんで てぇて
やすんで

やすんで

ころころころころころころころころころころころころころころころころ


 5

波止場は避難する人々で、すでに足の踏み場もなかった。
「星が2、3回、大きくまたたいたかと思うと、王子さまはその光を浴びて、
 まるでスローモーションのように、ゆっくりと倒れていきました。」
ひとつの時代が終わろうとしていた。形勢は傾いていた。
囲碁本因坊戦、大盤解説、梶原九段は飄々と終局近しを告げたっけ。
「ああ、この一手で、この碁はオワですね。」
このことばを待ってた全国の囲碁オヤジは手を叩いて喜んだっけ。
終末を声高に叫ぶひょろ長い救世主を、少女が道端に落としてしまった
人形を、先へ急ぐ人々の足が次から次へと踏みつけていく。


 6

薄明のなか 混沌の時代からずっと
運命の糸を紡ぎつづけていた三姉妹が
とうとうキレちゃった

「けけけけ」と奇声を発しながら
ぼくんちの5階の窓から侵入してきて
大バサミでありとあらゆるものをブッた切って
長い髪と薄手のスカートをなびかせて
美しく踊り狂って
去っていった

ブッた切られた
スキマだらけの世界でぼくはへたりこんで

ああ これも運命なんだろな
うすぼんやり思った


果てしない男たち

  Canopus(かの寿星)


(男声コーラス)
どんどど どどどど どんどど どどどど
わおう! わおう! わおう!!
どんどど どどどど どんどど どどどど
わおう! わおう! わおう!!

(黒ビキニのマッチョが百人 思い思いの決めポーズで
 地底より勢り上がる。)
マッスル日本!マッスルニッポーン!
チャチャチャ チャチャチャ 午後のお茶は起き抜けに!!
涙を流してマァァァーッスル!!

(テノールマッチョのソロ うやうやしいお辞儀の後に)
男が夢を語る時 どうして遠い目をするのだろう ララララ
男がペニスを語る時 どうして鼻の穴が膨らむのだろう ララララ
ねえ 噴水の向こうで微笑む インドのトラ刈りお嬢さん
男は やましくなんかない ただ魅せたいだけなんだ

(マッチョのコーラス)
脳も筋肉!ペニスも筋肉!ああ 沸き上がる湯気の彼方!!

(再びテノールマッチョのソロ 瞳をうるませて)
割ってごらんよ ぼくの頭を 覗いてごらんよ ぼくのペニスを
ぶらさがってごらん ぼくの肉体に もっと見つめて 口に包んで
ああ めくるめく世界 虹を越えて全ての答えを探しにいこう
お願いだから お嬢さん
「あらきれい、カマキリが共食いしてるわ」
なんて そりゃねーぜ!!


(男声コーラス)
どんどど どどどど どんどど どどどど
わおう! わおう! わおう!!


(マッチョ退場。続いてお相撲さんの群れ
 地平線の彼方より摺り足でやってくる。汗で光り輝く太鼓腹と共に)
どすこい どどどど 土星人!
ちちちち ちち 乳 地球人!
金星人は マタンキ マル金 キンボシさ
ああ うるわしのられられしき まァァァある禁!!

(バリトンお相撲さん 少々はにかみながら)
皆さん 忘れていませんか?省エネ 戸締まり 乳毛の手入れ
まわしラインも大切だけど 恍惚の! コーコツの!!
乳毛がおろそかじゃ ハダカの付き合いは出来ねえ!!
ハニー まだ終わっちゃいねえ 何も終わっちゃいねえんだ
すべては これから始まるのさ 夢を見ちゃあダメなんだ
そうさワシらは ドリームそのもの!!

(前をつつっと通り過ぎる呼び出し。
 いきなりの爆音 朝青龍が背中のブースターで 空から舞い降りる。
 雲龍型のポーズをキメたまま 周囲を睥睨して)

「殺すぞ。」

(お相撲さんコーラス)
イエェェェーイ!!
見てくれ 感じてくれ この軽やかなコーラス・ライン
そうさワシらは 空を飛ぶ!!
(お相撲さんは何を思ったか ひとり残らずまわしを脱ぐ。
 なんと まわしと思ったのは 新体操のリボンで
 ひらひら ひらひら あやなすリボンの波の中 お相撲さん退場。)


(男声コーラス)
どんどど どどどど どんどど どどどど
わおう! わおう! わおう!!


(いきなり波止場に空母が横付けされて 整然と行進してきたのは
 身の丈2メートルを超える海兵隊員たち。
 前をはだけた短いセーラーの上着に
 下半身は フンドシだったり バレエのチュチュだったり
 網タイツ ペニスケース 貝殻 天狗のお面 etc. etc.…)
おいらの都はハンバーガー そうさレタスが寝床
うっかり触るとピクルスさ ミンチになっちゃう!
(HA HA HA! HA HA HA!)
そうさ そうさ そうさ 何でも最後はケチャップ!!

(志村けんも真っ青の 白鳥のチュチュをつけた黒人隊員
 見事なボーイソプラノで)
ひとかけらの優しさ そんなもので女が口説けるかい?
ひとかけらのダンディズム そんなもので敵が殺せるかい?
この世は食うか食われるか! 鞭で打つか打たれるか!
ぼくちんは打てば響くの打たれりゃ疼くの けなげな働きアリさ
ああ女王様 ぼくちんに翼をおくれ 翼をおくれったら!!


(そして全員の踊り。歓声をあげてマッチョと力士が乱入。
 ローションの雨の中 くんずほぐれつの技の掛け合い 飛び散る下手投げ。
 満面の笑みを浮かべて躍動する。
 ストップモーション。)
どんどど どどどど どんどど どどどど
わおう! わおう! わおう!!
どんどど きんにく どんどど どすこい
どんどど ピクルス どんどど どどいつ
わおう! わおう! わおう!!
どんどど どどどど どんどど どどどど
わおう! わおう! わおう!!
(フェードアウト)

幕。


ハロー、Mr. チャボ(Mr. チャボのテーマ)

  Canopus(かの寿星)


ずっと
胸のエンブレムを隠して生きてきた
正義のヒーローが
ひとりいた
今どき分りやすい悪なんて
そこらそんじょに転がってるもんじゃないし
ギターが弾けたらよかったのに
古い劇場の丸屋根の上で
下手な口笛をふいていた

風を呼んで さけんで
やんなっちゃって やっぱりやめて

イヌのケンカの仲裁はキライ
口のなかがイヌの毛だらけになって
気持ち悪いから
警察にはしばしば職質された
ヒーローという職務上
嘘はつけないことになってるんで
恥ずかしいけど答えるんだ 正義のヒーローです
お巡りさんは
深いため息をついて
その後 こんこんと説教をくらう

ハロー ぼくはここが好き
ハロー ぼくはお日さまが好き
ハロー ぼくは君が好き
ハロー ぼくはみんなが好き

だからこうして丸屋根の上でマントをひるがえして
幸せ祈って
ずっと口笛ふいてるんだ

風を呼んで さけんで
やんなっちゃって やっぱりやめて
風を呼んで さけんで
やんなっちゃって やっぱりやめて


大トランポリン駅にて

  Canopus(かの寿星)


3か月前にあたしをふった
彼氏が旅に出るってんで
40度の熱があるのに あたしはたたき起こされて
着のみ着のまま
葛西シルチスのアマゾン鳥が啼く金町方面
あたしひとり 駅まで彼氏を見送りに

プラットホームには この駅始発の列車がもう待機していて
そのむこうには彼氏がはじめてのデートの時のように
大きく手を振って笑顔であたしを呼んでいた

ただあの頃と違っていたのは
駅の構内が全部トランポリンで
あたしも彼氏もぽんぽん弾んで
彼氏なんか完全な球体で 器用にぽんぽんぽんぽん
あたしはぽんぽん揺られて高熱でうんうんうなされて
彼氏に急いで近づきたくても入場券しか持ってないから
うっかりバウンドがはずれて列車に乗っちゃったら死刑だから
膝とおしりで慎重にぽんぽん
発車のベルが今にも鳴りそうだった

「なんだいそのカッコは」
球体の彼氏はにやけて舌舐めずり
口を裂いて大きな舌から触角を伸ばして言った
そうだ あたしたたき起こされたんだっけ
ベッドでうんうんいってたままの格好だ
髪はぼさぼさ
パジャマの下 はいてなくて
おまけにゴムゆるゆるのパンツで
寝る前にちょっといじった所にシミがついてて
トランポリンが弾むたんび そんなとこがまる見え
胸もお腹も少しはだけて 隠そうと思ってもうまくいかない
ぽんぽんあたしは丸まって 「お前のシリ サイコー」
そうだあなたはあたしのヒップラインが好きだったんだっけ
あなたは触角の先から目を突き出してにやにや
久しぶりに視線が痛い
たくさんの突起を伸ばして あたしをさわって
長い舌であたしのお腹を舐めまわして あたしはのけ反って
高熱で頭が痛いのに あ と小さく呻いてしまう 彼氏の喜ぶ声

あなたとの思い出は 別れる前に交わしたいことばは
こんなんじゃないのに
ほかにもいろいろあるはずなのに
こんなことありえないのに どうして
ぽんぽん がんがん

でもね
あなたとあたしって
同じ高さにちょっとの間しかいないじゃない
バウンドの高さもリズムも まるで違うから
いつもいつも擦れちがってしまって ほんとはね
あたしもあなたといっしょに行きたいんだけど
列車に乗ったら死刑だから 死刑になっちゃうから
しかたないじゃない さよなら
あたしはあきらめたように少しだけ泣いて にっこり笑って
別れのキスも出来ないで

あたしはぽんぽん うまく弾めるようになって
彼氏は突起を下に伸ばして ぽーんと飛び上がったかと思うと
不定型になって窓の隙間からにゅるにゅる
列車にさわやかに乗り込んで
発車のベルが鳴って
でもあたしはそれを見ていなかった
あたしもいつの間にか完全な球形になって
ひとつの眼球になって
ゆっくりとあたしにあたしの瞼が覆い被さった
瞼の内が熱いのは高熱のせいだろうか
あたしの眼を閉じたその瞼をあなたは
いつまでも覚えていて

ください


流星雨の夜(マリーノ超特急)

  Canopus(かの寿星)


海上を突っ走るマリーノ超特急は
どこまでも青い廃虚やら波濤やらが
混じりあったりのたうちまわったりで
車輌の隙間から
夜が入りこんでくる頃には
俺もアンちゃんもいい加減しょっぱくなる。
こんな夜にはどこからともなく
子どもたちの翳がやってくるんだ。
ひとり またひとり。
いつしか客車は
子どもたちの翳でいっぱいになる。

客車の最後尾は
夜になっても灯りが点らない
俺とアンちゃんは
錆びた義肢がやたらに疼いて
この時刻にはすっかり眼がすわっている。
痛みはアルコールで散らすのが
大人のやり方
子どもたちの翳がやかましくてしずかで
どうしようもない星空だ。

あ 流れ星。
夜空にまんべんなく降り注ぐ流星群に
子どもたちの翳は歓声を喚げる。
また流れ星。またまた流れ星。
天をつらぬく光線はそれにしても多すぎて
ケムリがのぼりそうなくらいの勢いだ。

夜空に投影される子どもたちの翳。
祈りはとどまることなく続けられ
流星をすくおうと両手を伸ばして
さっきまで暗やみに泣いてたカラスが
どいつもこいつも
瞳を輝かせて笑っていやがる。

ああ そうだ。

俺もアンちゃんも知ってるんだ
こいつは流れ星なんかじゃない。
空にかつてひしめきあった人工衛星のかけら
そいつの迎撃に発射されたミサイルのかけら
遠いそらの向うで繰り広げられた
過去の無色な戦闘の成れの果て だ。
そいつらが毎晩のように地上に降り注ぐ。

ぼくの手みつかんない。もげちゃった。
ママ どこ? ママ?

アンちゃんが眼を閉じたままつぶやく。
ごめんな。
どうやら俺たちはお前らに
世界をそのまんまで渡す羽目になっちまった。

歓声が遠のいていく。
流星雨がやんで
子どもたちの翳は
騒ぎ疲れて眠りにおちる。
ひとり またひとり。
冷蔵庫のような体型の車掌が入ってきて
窮屈そうに背中を折り曲げながら
眠った子どもたちの翳ひとりひとりに
一枚づつ毛布をかけていく。
子どもたちの翳は
夜に暖められて消えていく。
ひとり またひとり。

車掌が子どもたちの翳にちいさな声で
抱きかかえるように
なにごとかささやきかけるが
よく聴き取れない。


やっぱりおおかみ

  Canopus(かの寿星)

(佐々木マキ、73年、福音館書店)


0(プロローグ)

(おおかみは もう いないと
 みんな おもっていますが
 ほんとうは いっぴきだけ
 いきのこって いたのです
 こどもの おおかみでした
 ひとりぽっちの おおかみは
 なかまを さがして
 まいにち うろついています)


1

影のない おだやかな光に包まれたみちは
明るすぎて あまりにもなつかしい
くろい影をおとすのは ただひとり
ひとりの おおかみの子供だった
両手をポッケに つっこんで
まだ生えそろわない牙を もぐもぐさせて
仲間を探して 毎日うろついて
(どこかに だれか いないかな)
います


2

ウサギの街に着く 交差点でも
影が おおかみなのか
おおかみが 影なのか
ややこしや ああ ややこしや
ガラス窓にだって おおかみはいるけど
だれも 答えられやしないんだ
ウサギ連中は白すぎて 影なんか
持ちあわせちゃいないから
および腰で 背中をむけて
扉を閉めちゃえば
万事解決すると 思ってるんだ


3

(け)

小さな おおかみは
ウサギも 赤ずきんちゃんも
丸のみなんて できやしないよ

(なかまが ほしいな
 でも うさぎなんか ごめんだ)


4

午後1時25分 ヤギの街で
陽は おだやかに高く
そうごんな そうごんなまでの
平屋の教会に ヤギはつどう
おそろいの あおい僧衣と
おそろいの しろいあごひげ
たんたんと たんたんとすぎる 昼
おおかみは ひとりぽっち


5

ブタのバザールは いつも盛況
おもいおもいに テントを張って
さあさあ なんでもあるよ
花屋 肉屋 八百屋 パン屋
せともの屋 古どうぐ屋 コーヒー店
通りは買い物ぶくろを抱えた ヒトの波
じゃなくて ブタの波

(みんな なかまが いるから いいな
 すごく にぎやかで たのしそうだ)

毎日開催 ブタのバザール
よってらっしゃい みてらっしゃい
なんでもあるよ 老若男女のブタさんがた
ブタさん ブタさん 子だくさん
第1と第3にちようびは おやすみです


6

バザールを行く ブタの波に
この身を ゆだねたい

けれども ひとりぽっちだから
街のはずれまで きてしまった

買い物かごを下げて ブタがひとり
壁に あおいチョークで
たのしく らくがき
おおかみを みつけて 逃げていく
無言のままで

(け)
黒いおおかみには 染まらない


7

ヘラジカ中央公園は おおきな森のなか
ヘラジカ中央駅から シカの脚で1分です
すこしだけ おおきな崖も こえます
公園には ひろい道路も 
噴水もあります
みんなの集まる広場も
遊園地も
レストランもあります
シカのパラダイス みわくのでんどう
というのは 冗談ですが
上品で おちついた
歓声のたえない 公園です

(もしかして しかに なれたら
 あそこで たのしく あそぶのに)


8

おれは こどもだから
遊園地は大好きだ たとえそれが
ヘラジカの 遊園地であって
おおかみの それでないとしても

たとえここで 風船が 天たかく風におよいで
アイスクリーム売りが ベルをならしたとしても
それは おれのものでない

観覧車が 空をあざやかにいろどり
メリーゴーラウンドが よろこびを回して
手オルガンが 楽しいしらべを奏でたとしても
それは おれのものでない

くろい影の おおかみの おれは
両手をポッケに つっこんで
枯れ葉を 踏みしめる


9

(おれに にたこは いないかな)

ヘラジカの遊園地が 閉園するまで
一日中 そこに いてしまった

どうしても 去ることができなかった


10

夜の
ウシの街を あるく

さびしいのは なれてしまった
なんども なんども
そんな夜を あるいてきたから

はらぺこなのは いつものこと
おおかみが はらぺこなのは昔から
さけられない 宿命だから


11

だんろは こうこうと燃え
灯りのした
ウシの家族が 食卓をかこむ

とうさんウシ かあさんウシ
にいさんウシと こどものウシ
みんなそろって もくもくと
ええ ウシですから もくもくと
ささやかな夕食を たべています

食後のお茶の用意も できています
かあさんウシは あみかけのマフラーを
隅の 小さな丸テーブルに 置いています
花びんの花が 咲いています
柱時計が ちくたく ちくたく
午後6時44分のことでした

こどものウシは にこにこ
笑っています

すべては
そう すべては 窓のむこう
ウシの家での できごとだった


12

はらぺこだった
あしは 棒になった
おおかみの仲間を探して
おれの 居場所を求めて

道に迷った わけじゃ ないけど
ここが どこだか わからない

(おれに にたこは いないんだ)

街のはずれ 一夜のやどを
墓場に もとめて おれは
ごろんと 横になった

おおかみの ご先祖が
会いにきて くれないかな
仲間の ゆめを みたいなあ


13

「詩中詩:おばけのロケンロール」

ぬばたまの ぬばたまる夜
ぬばたまった おばけの 影はしろい
なぜなぜしろい? おばけだから しろい
さけ もってこい
りんご もってこい
ドーナツ もってこい
リードギター ひとだまシャウト もってこい
ぬばたまの ぬばたまりけり りんご
のめや うたえや
さわげや わらえや
わらった わらわらうくちもとが
ぬばたまる歯なしじゃ はなしになんねえ
歯なしは しゃれこうべから かりてこい
それが おばけのおしゃれ
しゃれや うたえや
おどれや わらえや
ひとだま つかんで ぐるぐるまわせ
琵琶の かたりに ぬばなみだ
ながす 目なんか もっちゃいねえ
しゃれた 歯ならび かちかちならして

かきならせ ぬばたましい


14

おれは ねていた
墓場で おれは ねていた

おばけの 夢をみた
おばけは おれに 似ていない

おおかみは 夜に とけるから


15

旅のはて
旅のはてなんて だれが決めた
空は 今日も流れているのに

また しろい朝がきて
ひとけのない ビルの屋上を
ただひとり 両手をポッケにつっこんで
ぷらぷら 歩いていると
ひとり 屋上に つながれた
ひとり乗りの 気球を みつけた

ひとりぽっちの 気球と
ひとりぽっちの おおかみと


16

ビルのうえ つながれた気球
あかい レモンの風船
あおい 三角の旗が ひるがえる

気球にのって このまま ここから
おさらばしよう とも思ったさ
おおかみは もういないし
おれに 似たこは いないし
みんなが わらいさんざめく 姿をみるのは
つらいし

でも な おおかみは 強いんだよ
たとえ 絶滅寸前でも まだ おれがいる

(やっぱり おれは おおかみだもんな
 おおかみとして いきるしかないよ)

気球は 気球で ひろい空を 駆けてくれ
おれは おれで ひろい世界を 駆けていくよ


17

つながれた ひもを ほどいて
気球は 空に のぼっていく
おれは 気球に のらなかった
おれは ビルの屋上から
気球を 見送った

気球は ぷかぷか 空におよいで
小さくなった

(け)


18

気球は 気球
おれは おれ
おおかみは おおかみ
やっぱり おおかみ

ひろい ひろい 空
ひろい ひろい 世界
たくさんの いきもの
やっぱり おおかみ

(そうおもうと なんだかふしぎに
 ゆかいな きもちに なってきました。)

きょうも はれ


残酷!怪人スミレ女(愛と哀しみのMr. チャボ)

  Canopus(かの寿星)

ふたつ先の しずかな私鉄の駅でおりて
ふたりは歩いた チャボとスミレ
おだやかな秋の風がふいていた

さほど高くない丘を見上げるように
さほど広くない その公園はあって
まばらな紅葉が申しわけ程度に秋の日を染める
人出は意外に多く ひびく子どもの嬌声
路駐の車の迷路に挟まれそうになって
ふたりして頭を ひょこ と上げ ほほ笑み合う
空いているベンチが見つからないまま
ふたりは歩いた

チャボの差し出した右手に
さりげなくスミレが寄り添う

スミレがチャボのオンボロアパートに越してきて
挨拶がわりに 切らした醤油を借りにきた
お礼といってはなんですが 豚汁の差し入れ
弁当をつくってもらった時は感激した
メザシをめぐる 小谷少年との壮絶な一騎打ち
スミレの部屋でふたり ソーメンをすすった

「食べ物の思い出ばっかりだなあ」
「だってチャボさん いつもお腹すかしてたから」
「泣いて歓んでたっけ 俺」

ふたりは 仔犬のように
黄色がかった芝生を走り回らなかった
林のどんぐりを拾い集めなかった
裸足になって足を池にひたしたり
寝っ転がって空をながめたりしなかった
ふたりは歩いた
さほど広くない公園のおなじ道を
ぐるぐるぐる 何回も 何回も 何回も

そしてこれからのことは 一言も語り合わなかった

ふたりは歩いた
おなじ改造人間 手と手をかたく組み合わせ
ふたりは歩いた チャボとスミレ
おだやかな秋の陽が ただただふたりを照らした

今日は どうもありがとう
さほど高くない丘のてっぺんで
ふたりは見つめあう
スミレの頬が上気しているのは
瞳が潤んでいるように見えるのは
夕陽のせいだろうか
チャボの表情は翳になってて分らない

じゃあ
チャボとスミレ 絞り出すような声で

闘おうか

文学極道

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