#目次

最新情報


佐藤yuupopic - 2005年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


真っ黒い炭酸水

  佐藤yuupopic

「壊れてしまった、もう鳴らない」
真っ先に思った

夜の海で落としてしまった、いや俺ごと落ちたと云う方が正確だろう
堤防が途切れる処で
ただ、島を
見たかっただけだった
イヤな事が続いて酷く酔っ払っていたんだ
ケータイどころじゃない
俺だってあやうく死ぬ寸前で
見上げた海面が炭酸水みたく泡立ってた

水は
冷た過ぎると痺れるなんて知らなかった動かないが手足は未だあるのか眼球膨れる鼻とハラワタ喉の奥捻じ上がる塩辛い痛い痺れる痛いいやもう痛くない何故か頭の中に炎上するビルが浮かんだ月の光がひんやり射して静かでキレイだキレイだけどそれが何だ、て云うんだああ、こんな処で終わるのか音が無いこの泡は俺が吐いているのか最低で終わるなんてそれこそ最低だ、どうか、
どうか、
俺に
起死回生のチャンスをくれないか

真っ黒に水を吸って
全身真白に膨れ上がった
俺は
夜の浜辺をそぞろ歩いてた
男の恋人同士に
消滅寸前で
助け出された
ごめん、ムード台無しにして
俺はまさに無様の中の無様王だ
でも
無様でも何でも構わない
あんな処で終わりたくなかった

有り難う恋人達
二人は優しかった
舌焼ける缶コーヒー
自分らの上着にくるんで
ずっしり濡れた身体を両脇から捉えられた宇宙人みたく抱え国道脇まで寄り添い
タクシーを止め
ケータイも財布もポケットの中一切がっさい落とした俺に
札を何枚か握らせ
「そんな事どうでも好いのよ。しっかり帰って眠りなさい」
連絡先も名前も教えず
いたわりながら後部座席に押し込んだ、
バックミラーの中小さくなってゆく手をつないで見送る二人を
塩で焼けただれ半ば潰れた目で
見送った

彼らに出会えて好かった
すげえな神様
きっと
あなたはそこにいるんだな
生まれて初めて、
心から、有り難う

なのに真っ先に思ったのが
「壊れてしまった、もう鳴らない」
だなんて
他に考えるべき事なんて
いくらでもある筈だったろう
お前
単なるバカだろう
だからこんな目に遭うんだろう

「番号がわからない 下の名前と生まれた町しか メールもやらない、て 今時めずらしくないか 故意じゃない でも、もう会えない 去年 空港で 出会っただけの あの子に」
なんてな
メモリーがなんだ
大バカ野郎

生きていれば偶然だってあるだろう
本当に会いたいと願いさえすれば
いやもっと
他にも願うべき事はあるだろう
あの二人に何か返す事だって
それから
彼ら以外にも

歯がガチガチ云う
俺、生きてんだな
運転手さん、暖房上げてくれて有り難う

魂込めて起死回生図れ、


ダンボール二十五箱分

  佐藤yuupopic

厚手のシャツやレコード盤と、共に
折りたたんでしまわれていく
日々

昭和アパート、の二階
肉屋のコロッケ
常食
窓から覗く黒い川
昼なお暗い
俺の部屋

考えるな
ガムテープ三十センチ余りで
びーッ、
と閉じてしまえ
全部。


掃除機をかけるたび現れる
ぎくり、と刺す
亡霊
(ちぐはぐな、ピアス)

(ゆるんだ、アメリカピン)

(甘く、香る瓶)

(髪のように長い、もの)
お前たちはもう死んだ、
いらない

潰れた店の跡 更地、元の光景はおぼろ、記憶の曖昧
流れて寄せて
俺の事実も
波が引く如く消えて往くだろう、
半月もすれば


この町が
俺を忘れ去る前に
爪跡ひとつ残さず
消えてやるのだ

最後に鍵をかちり、
と云わせたら
さらば、
汽笛上げる間もなく
出て往くつもりだ

たったダンボール二十五箱分の
俺は。


改札口

  佐藤yuupopic

Tさんが来ると云うので、水炊きでもしようと
新聞紙にくるんだ土鍋を出して
それから
改札口まで迎えに行った

私が、台所に立っている間、
Tさんはすることもなく
テレビもレコードも、荷解き前の
しん、と静かな午後に
水をひたひた、春菊、
じゃくん、じゃくん、と刻む音だけ響いて

鍋を囲めばなおさら、口数少なく
湯気をかきわけ
ただ、宮崎地鶏をつつくほかなし

私が、お皿を洗っている間、
Tさんは
洗濯機のホースのゆるみを直し
サッシに油を点し
それから、なおも口数少なく
縁側に並んで
麩饅頭をいただきながら
あまく薫る、静岡茶を飲んだ

夕方になって、
Tさんがそろそろ帰ると云うので
今度はアパートから駅まで、先刻来た道を

Tさんは
切符と一緒に
改札口に、吸い込まれていく

一度、振り返って、もう一度振り返って手を、ひらひら
三度目は、もう振り返らない
ホームの柱と、夕陽の陰になって
もう見えない

次の約束もせず
私たちは二度と一緒に住むことはないのだと

胃の上の辺り
ぎゅうう、と
初めて逢った時みたい
に、なって
痛い、
塩っからい、
苦い、
熱い、
何かが、ぽたん、
と手の甲に落ちて、ああ、
「おかえりなさい」、て云いたい
自分から手、離したくせに、今更
どうかしている、と

電車はTさんを乗せて
がった、ごっと、しゅう ごーう

小さくなって、
消えた


クライシェの星

  佐藤yuupopic

先刻、起きたら

姿
鏡に映らないし
裸足で降りた
春迫る中庭のグリン、濃い影、落として揺れてる
のに、わたしにだけ、影がない

(わたし)
棘に足、取られて
こんなに血がにじんでるのに
痛くない

(じき、)
明るい日曜の昼日中
鉄塔にも
乗り捨てられたポンティアック6000STEにもあるのに

(死んでしまうのかな)
わたしにだけ、影がない


(一昨日

紙幣五枚、とバミリオンイエロのキャンディ両手いっぱいで、わたし、買われた
あんなふうにしてお金、もらうの初めてでひどくびっくりした
断ったのに、
キャンディ、もほんのちょっとだけで好かったのに、
ど、してもくれたがるからみんなもらった

かわりに
「内股の刺青。
(去年
フランクフルトで友達になった
キーファーに似た面立ちの若い彫り師が入れてくれた
日本では見えない星座の、
形)
美しいから俺に頂戴」
て欲しがるから、たぶん二度と会うこともないけど、やさしく触れる入り方も、
指も、それと、声も、悪くないから、

あげた)


先刻、起きたら

ああ、
違う。
きっと
眠ってるの、起こさないよ、にベッド、滑り出て
靄がかる白い朝を
タクシーが拾える処まで
(ただ、ずっと
キャンディ、かすかに、甘い、くちびる、噛んで
自分のつま先だけ、しか見てなくて)
一人
歩いてた時から
既に
こうだったのに気づいてなかった
だけ、で

(刺青、あげてしまったから、)
理屈、わかンない
けどアタマじゃなくて、ここに、すとん、と落ちるみたく
そう
わかった

クライシェが彫ってくれた、

いつの間にかわたしの一部じゃなくて全部になってたンだな、
て今更
右足のつけね、さみしい
わたし、あんまりに、うんとバカで
そんなしても、もう戻ってきやしないのに

声を上げて
泣いてしまった


アイス

  佐藤yuupopic

俺はまだゆく気はないよ
おまえと春午子(はるこ)をおいてゆく気はない
時々島のよに飛び石のよに記憶が途切れる
けど大丈夫
何一つ失くしてはいない

透明な液体が身体を巡り
栄養がしみては漏れ
血を脈打たす
俺は
点滴につながった一本の
生かされた
管だ
でも
まだゆく気はないよ
少なくとも黙ってゆく気は

痛む背骨を裂いて
黒い鳥が躙り出ようとしているのが
わかる
飛び立つ気配
近づく
でも、まだ、
その日ではない
俺はまだ
放つ気はない

器の蓋によそった粥を
一匙一匙忍耐強く口に運んでくれる
(少しも欲しくないからもういいんだよ、と思うけれど
おまえが平気な素振りで、眉をわずかしかめるのが、つらいから、俺は、ゆっくりゆっくり飯粒を噛んで、ゆっくりゆっくり飲み下す)
おまえの指がうんと好きだ
最近淡い色に爪を塗っているね
春午子が生まれてからだったか、それより以前のことなのか
定かではないが、いつしか止めてしまったようだけど、近頃、また
塗り始めたね
(初めて出会った大学の構内が思い出されて、
胸に何かが灯ったみたく、あたたかくなる)
おまえの指が好きだ

窓の外は吹雪いているようだね
風が強いのだろう
引き千切った紙片のよに舞う

いや
雪じゃない
そうだ、四月だもの
ああ
桜か
あれは桜なんだな

(まるであの日みたいだ)

桜吹雪く昼下がり
産院へと続く急な坂道を
俺は上って
おまえ達に会いに往った

何か欲しいものはあるかいと訊ねた時
おまえは
「アイス、アイスがたべたいの」
と、しきりに云ったね
覚えているかい
俺は覚えているよ
今も
先刻観た夢の続きのよに
あの日の続きにいるみたく
思うよ

ミルク色の手足を持って生まれた娘の名前をアイスにしようと云った時
おまえが強固に反対するから
止めたけど
冗談半分のふりで結構本気だったんだ
アイス
「いつか 誰かを 愛す」
なんて
好い名前だと思わないかい

愛す
愛す
おれは
おまえを
春午子を

(酷く

怖い

でも、

おまえには

決して

云わない)

そして

あの
春午子が生まれた
薄桃に降りしきる花びらの午後を
苺のアイスを二人で頬張った午後を
いつまでも
愛す



黒い鳥よ
どうか
まだ、

はばたくな


音のない旅

  佐藤yuupopic

病院ゆこう、なんて
ゆわないで
わたし、病気じゃない
なンも見えなくなるつまんないだるい薬、
もう、
飲みたくない

見せたいとは思わない
あなたに
この景色、
たぶん、きっと、分け合えないと、
思う、から

気が散るのと、違うの
視点、
乗り移って、瞬間、
無音、
それから
何処までも、旅
また、ゆくの
あなたの顔ばっか、見てらんなくなる
ごめんね

急上昇
すっごい高いとこまで、
鳥と違うトび方
ビュん、と
越えて、
タワーの天辺まで、

高層作業員青年のアタマん中、銀色、ベビーピンク、かなりロマンチック、
高架くぐって
一番ホーム、電車、パンタグラフ、ダイヤ型、ごと通過
喫茶店、
紅茶にほどける角砂糖の、泡、
は、金色
目抜き通り
誰の、か、わかんない
肩越し
褪せたグリン
バス、のタイヤ、
水たまり、踏み越えて、跳ねる、飛沫
路地、
誰かの庭、
蓮の葉にでっかいしずく、
きらきらり、
再上昇、

俯瞰
開発跡地
ビルの欠片
更地に落ちる、影
乾いた風、
砂埃
わたし、ずっと昔の
今日
生まれたの、て
不意に、
思い出す
途端、

急降下、

二階の窓、
五センチの
隙間
から、滑り込む
柔軟剤、かおる、シーツの皺に、
光みたく
ふんわり
着地
ああ、
意識
やっと、
あなたの指先に、
ゆうべのチョコミントアイス
味の、くちびるに、
ただいま
も、いちど
声に出さず、ちっちゃく、
ただいま

わたしの、こ、ゆうとこ、きらい、だったら、
全部、きらい、なのと
いっしょ

そんなかなしい顔
よけい
かなしくなるから
しないで、
なおんないし
なおす気ないの
どうしていいか、わかんない、
ごめんね


電線町、夜を戻る

  佐藤yuupopic

夜が、明るいじゃアないカ
灰銀色
一体
ドうした

地下鉄の階段
上ってサ、
おろしタてスニーカー、の

止まる

空、
閃ク、
ストロボフラッシュ、
花火と見マごうばかり

ケド
通り、人の気配ナく
稲光
頗る
静か

急キ立てる
感情、
シビレに近い
感情
指先、引きツる
肩震えル
見上ゲる
で、
不意に
気ヅく

「東京には、
イや、
この町には、
膨大に電線が張り巡ラせてアったのダ、普段は見えなかったダケ」

空、閃ク、
の中、
黒々

浮かび上ガる、
沈み込む
死にカケた生き物みたク

「ひしめきアう古い住宅のすき間とイうすき間中をうねうねと、入り組み
手を結びアう路地裏の端から端まデ 電柱の数以上に張り巡ラせてアったのダ」

瞬雷、落雷、電線ちギレる、焦げた煙吐く魂のナい身体クねらせる、
蛇みたく ク、巻きツく、焼ケ死なス
妄執ジみたビジョン、降りてキて
さア、
もイちど
指先、
引きツる

空、
が、
閃ク、

無意識に

速メる
帰っタら、
アなたがいたらいいナ、
アノ鍵、使ってたらいいナ
でも、
でも、
ソれも
妄執

空気
繰り返シ動いテよどみ
アスファルト、湿っタ匂い
さらに足
速メる
速メる
速メる

アあ、
音もナく、

もうジき雨が降り出しそうダ

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.