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ケムリ - 2005年分

選出作品 (投稿日時順 / 全22作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


(無題)

  ケムリ

そこに全てがある

酩酊の庭に キックの後に
オーバードーズの境目に 代謝と摂取のマッチポンプに
未開の言葉で語るように 時の鐘が音を消す場所に
赤茶色の小便に 蛇を噛むアダムのように

おれはベンチに座って誰かを待つ
枯葉は雪に変わり おれは埋もれて空を見る
黒い糸が垂れている 引いたら砕け散った
誰かおれに煙草をくれ 出来れば強いやつを

バクダットの鶏の腿肉に 吊革に垂れ下がる疲れた背広に
聖者の掘り当てた井戸に 孤児院の台所に
葉桜の公園に カンボジアの置屋に
極点の遷ろう日差しに 無限リピートのラジカセに

誰かが通り過ぎていく 緑の葉が芽吹いて
おれは眺める 歩き行く人々
木々は色づき アートマンをおれは流れる
留まり流れる ガンジスを流れる死産児のように

ラブホテルのメモノートに ライブハウスの便所に
大脳皮質の裏側に 終わらない射精に
ステップに立つゲルに 三万人の自殺者に
イスラムの祈りに ペンタゴンのデスクの上に

誰かおれに言葉を もっと強い言葉を
生まれた赤子の泣き声のような言葉を 熟成前のウィスキーのような言葉を
原初の光のような言葉を 落ちる飛行機の祈りのような言葉を
おれは流れる ゆらゆら 遠くなる

言葉遊びの器用猿に コンドームを買う高校生に
年寄り犬のような笑い声に 雪の中の羊の群れに
ジミ・ヘンドリックスの旋律に 俺の四弦ギターに
輸血パックの中に 千切れた舌のピアスに

「牛は第四胃が消化の要所なんだよ」
「君は速読が出来るか?」
「Fのコードが抑えられない」
「穴の開いてないジーンズくらい持ってないの?」

全てがある 俺の全てが世界の全てにある
嘔吐と寒気と薔薇色の空気が相互依存する部屋に
部屋の隅で胎児が笑っている おれを笑っている
へその緒を切った俺が間違っていた 胃液が匂いを無くして行く

316番地の街娼に マンホールの上の反吐に
膿んだ俺の薬指の爪に ハルシオンとロヒプノールのカクテルに
ビフィーターの衛兵に ロンドン橋落ちたと歌う子どもに
リタリンをくれと叫ぶ俺の友に そこに全てがある

終わり方を忘れた歌に 有名すぎるコード進行に
おれの血 言葉と諦観と代謝と摂取 おれの血
全てがそこにある 膨張していく
流れていく 全てがそこにある 死産児の歌う愛の歌


風景檸檬

  ケムリ

心地よい熱を持った幻に包まれて
穿った世界を鼻で笑った 素晴らしい風向きにラズベリーの匂い
熱病に吹く風 病交じりの歌声
檸檬の冷たさをイメージする昼下がり 
三つ数えたら街は崩壊する

グレープフレーツフレーバーの煙草が打ち消したもの
びいどろの甘さが世界を優しくした
偏西風が強すぎて 凧揚げが出来ない子ども達
みんな玩具のピストルを持って走っていった
三十九℃の優しさを感じて 

鼻孔の痛みが風を甘くした 跳ねた髪が空を近くした
街路樹が空を持ち上げてる 電線の網が雲を支えてる
額に落ちた葉が優しくて 世界は甘い匂いでほんのり冷たい
プレゼント持って家に帰る気持ちで
風景画に色を乗せる

きっとみんな窓をあけてる
窓枠についたあたたかい曇りくらい愛しい
きっと今日 熊たちは眠りから覚める
柔らかい冷たさ 甘い風の匂い 肺に落ちる優しい水滴
乾いた肺に吸い込む甘い冷たさ 

きっと今 世界の家ではみんなシチューを煮てる
エプロンに落ちた水滴くらい世界は優しい
冷えた爪先で触れる頬とよく熟れたオレンジ
子ども達はみんな疲れて帰ってくる
眠りにつきたいほど世界は優しい 

電柱の冷たさくらい心地よいものはなくて
このままずっと街に立っていたかった
手は赤く暖かくて 電柱の冷たさはどこかで覚えがある
すりおろした林檎のイメージ ほら世界は優しい
身体の重さが空気を軽くした 解け残った雪が優しく揺らした

三十九℃の優しさに流れて 熱い歌を吐き出した 
揺れる意識は世界を着色して
檸檬の冷たさをイメージさせる
口に含むびいどろの空想 甘くて冷たい世界
冷たい指先が頬を撫でる思い出 


曇り空の爆撃機

  ケムリ

花の名前を知らない 僕はまどろんでる
知らない歌口ずさむ君 もうすぐ坂になるから 
コーヒーショップの上空七千メートル
僕はまどろんでる 君はサンダルで歩いてる

マンデリンを200グラム ポケットから千円札
笑うように枯れた日々のために
複座で眠ってた女の子のために
コックピットを開けて手を振るよ

何気ない顔して星は揺れた
手を繋いだら上空七千メートル 
髪を切りすぎて泣いてた女の子のために
僕はまどろんでる もうじき街路樹が尽きるね

百円玉で紙コップのチェリービーンズ買ったね
爆撃機は高度を下げる オナモミをくっつけられた女の子のために
坂道を両手広げて サンダルを風が洗う
薄いブラウンの髪が星を射抜いて行く

僕はまどろんでる コックピットを閉めた暖かさで
複座から友達が揮発していく
君は不機嫌な顔をしてドアを開けた
カリタから人々は流れ出してく

ほらあれが火星なんだ 真昼でも見えるんだよ…

僕はタンポポの群生地に狙いを定める
まどろんだ意識が落ちる前に ドリップしすぎた痛み
君は物憂げにコーヒーを飲んでる
さあ ゆっくり墜落しよう

並木道の終わりみたいな日々のために
君は気にも留めない 僕はまどろんでる
幸せな女の子はみんな綺麗で
爆撃機はゆっくり墜落していく


スピリット

  ケムリ

西日の丘でハッシシを吸いながらライオンは燃え尽きた
スピリットは蒸留されて煙と一緒に滑空する
コヨーテは眠る ペヨーテ・ボタンを齧るように
煙草をくれ 赤い目をした怪物のために

嘘をつくみたいに手を繋いだら
魂は蒸留されていく 徴税人の唇に触れる前に
夜は煮詰められていく 色は失われていく
ぐるぐる回る南京錠をかけられた世界

マリファナを吸う彼女は十七歳で
窓からは年月が流れ出していく そして僕らは眠る
十億年前の泥土のように 僕らは眠る
魂は気化していく

たてがみが崩れ落ちた そしたら扉は開いた
僕らは夜の終わりについて考える
そこには痛みが 夜の痛みが 海月の沈む街がある
神様が助けを求めるなら 僕は洗礼名を捨てよう

千七百五十六階建てのビルから 猿の手は星を掴もうとする
六十七階で老人は腐っていく
屋上で子ども達は手をつないだ
成層圏で凍りついた 届かない手たち

魂は凪いでいく 赤い目の怪物は月に向かって七回吠えた
電気仕掛けの遠吠え防止首輪は彼を八回殺した
猫の尾は鍵の形に折れていて それは今扉の前で千切り取られた
僕は万力に両手を挟んで 五時間かけてねじ山をみんな潰そう

成層圏で友達はみんな凍りついてる
オープンハウスで眠る子ども達みたいに
彼女は眠ってる 発育不良の肋骨を抱え込むみたいに
足の無い鳩は飛び立って行った

北極星の初列風切り羽根が落っこちてきた
夜は窓から歩き去っていく 季節に落ちた吸殻みたいに
まだ言い残したことがあるんだ
でもいいんだ たいしたことじゃなかったんだよ

火の手が東の園から上がるころ
魂は家路につく 一欠けらのパンをポケットに残したまま
魂はまだ淀み始める 格子模様の朝日に断ち切られた弱さ
もしあなたが望むなら また魂は気化していく


青いジャム

  ケムリ

日曜日の悲しみを1ダッシュ 飲みすぎた錠剤を三つ
パンダが生まれたニュースが一本
オレンジつぶしてカシスを入れたら
飲み干して煮詰めよう 青いジャムの作り方

校庭の隅っこに埋められた悪魔が
林檎の芯を探す朝もや 柴犬の尻尾の気持ち
安息日にはためく洗濯物
洗礼名を思い出したら きっと幸せになれるよ

風を受けて水面が嘘をついた
金魚鉢の焦点で人食い花が育っていく
絵が描けたらって思う みんな上手くいく気がしてる
青いジャム 世界に塗って甘く齧るよ

水面は柔らかい冷たさで煮えていく
脱線する列車や飛んでいく銃弾のリズムで
丘の上では賛美歌が鳴り響いてる
出来ればバスケットケースが欲しいんだ

ねえ 僕はジャムを煮るよ
神様と仲直り出来る気がしたから
ねえ 君はパンを焼いてくれないか
青い世界はきっと甘いんじゃないかと思う

パンクした自転車と履きつぶしたバスケットシューズ
灰皿のマリファナ 懺悔室に格子模様の朝日が落ちてる
ベースラインが平和公園から聞こえるよ
青いジャムを煮詰めよう 神様と仲直り 

みんなそこにいるんだろう 
午後のお茶の会に間に合わせよう
洗礼名を思い出せたらいいんだけれど
思い出せなくてもいいんじゃないかな みんな幸せだから

青いジャムを煮詰めよう シュガーは多めがいいってみんな言うんだ
バスケットケースに何を詰めよう
きっと明日手に入るってみんな言うんだ
青いジャムを煮詰めよう みんな幸せだから みんな幸せだから


シベリア爺ちゃんと唄のない街

  ケムリ

この街は真っ白な壁に覆われている
街からの出口は北と南に一つずつ そこから人々は影踏みして去っていく
残るのは長い兵役に疲れた彼らと
ざらつく味のスープに慣れた僕らだけ

今日も爺ちゃんはチェスをする 僕のナイトはルークに阻まれる
「もうじき春が来る」彼は僕が生まれた時からそう言っていた
時々爺ちゃんは不思議な喋りかたをする
揺れるような音 伸びたり縮んだりする しわがれた唇

真っ白な壁は日に日に近づいてくる
年寄りはみんなポケットにピストルを入れている
それはずっと撫でられていて 角が綺麗になくなって
砂浜に流れ着いた硝子の欠片みたいに見える

「あそこはここよりずっと寒かった。私はね、塩ジャケが倉庫にあると聞いて…」
この話は何度目か 僕は七つの時にそれを数えることを止めた
「ジャガイモはな。幾ら腹が減っていても塩が無いと食えないんだよ…どうしてもね」
僕はナイトを進める それを見つめるまっ白い象みたいな眼差し

爺ちゃん 僕は言う 
「もうじき春が来る」爺ちゃんは答える
そして爺ちゃんの口からは不思議な言葉が漏れる
伸びたり 縮んだり 上がったり 下がったり 

爺ちゃんはピストルを撫でる
つるつるして 真っ黒で 柔らかく光るピストル
それは長い間に角がすっかり落ちて もうピストルとはあんまり呼びたくない
みんなのポケットにある不思議な重さ

「キンキンに冷えたピストルは指にくっつくんだ。剥がすと肉まで取れちまうんだよ…」
爺ちゃんはそうやって僕に指先を見せる 分厚い古樹の皮みたいな指先
「手袋だけは大事にするんだよ 私が教えてやれるのはそれだけだ」
爺ちゃんは眼鏡を外して 少しだけ目を細めた

だから 爺ちゃんが死んだ時 年寄りたちはみんな空にピストルを掲げて
僕は降りしきる雪の中 手袋をつけた手を空に掲げてた
街からはその日もたくさんの人々が去っていった
そして僕の口からも不思議な言葉が流れ出す

「もうじき春が来る」
誰かが言った その声は伸びたり 縮んだり 大きくなったり 小さくなったり
人々は何も言わずに 振り返らず街から去っていく
振る舞いの茹でたじゃがいも 年寄りたちは塩をつけて齧った

不思議な声はこだまし続けた
いつか ピストルはポケットの中で消えて行くんだろう
ざらつくスープと甘みの無い街
不思議な声はずっと消えなかった そして壁はいつか僕らを消してしまうんだろう

もうじき春が来る


ヘッドフォン・チャイルド

  ケムリ

鼓膜を針が貫いた 部屋の隅っこは膨張していく
矯正器具つきの歯で笑う君が好き
ヘッドフォンは外さないから ハリネズミは今日も転がってく
そんなことはみんなわかってるよ 女の子が見せ付ける心の傷みたいに

あんなに待ち望んだ消えない虹がかかったのに
立ちすくんだままチューインガム噛んでた
歩道橋の淵から女の子は泳いで行った
ヘッドフォンチャイルド テレビの液晶を歩くよ

迷子の影が焼きついていく
喫煙所で孤独が層を成していく
なんで飛ばないの? 不思議な言葉は金属質の匂い
ヘッドフォンチャイルド マイナーコードの隙間で膝を抱いてる

蝶番が落っこちたから 最初の森へ帰りたがってる
七つ足の古代の生き物みたいに 
明日にはきっと高潮が来て みんな同じシャツを着たまま
窓を開けたら瞼が溶ける夜 ハリネズミは膨張を続ける

鋼鉄の雨が降る海でもがいてた 原初の繋がりを求めて
両手を広げたら 小さな心臓が軋む音がした
そしてみんな息をする 脳を貫いた針の痛みを知って
ヘッドフォンチャイルド 並木道は空へ続いてく

みんな路上に張り付いたまま
ヘッドホンを耳に当てて 手首の傷で繋がろうとしてた
世界が終わる間際にしか生まれない子どもがきっといるんだ
ヘッドフォンチャイルド 泣きながら歩くよ

天井から落っこちてくる爆弾の空想
青空にへばりついたトカゲみたいに
喫煙所の無言は手を繋ぐ僕らの暗号
ヘッドフォンチャイルド 循環コードから落っこちていく

* THE BACK HORN 「ヘッドフォンチルドレン」へのオマージュです。


Blue bossa

  ケムリ

少し古いジャズの音 甘ったるいピース
転がる海月と音のない街 街路樹に縛り付けられた三日月
青い夜に鼠が鳴いてる 階段を昇る歌声
香水の匂いがするステンドグラス 林檎の入った紙袋

西日の丘に落っこちた爆撃機から
タンポポの種が飛び散って 夜の街に花開いた
浮遊する言葉は二十五時の鐘に寄り添って
千鳥足の魂は旋回する 星空に放つショットガン

気まぐれ四行詩 四言絶句で言葉は死んでく
賛美歌の降り注ぐ街で鼠が鳴いてる
階段に座り込んだ子どもは 星空の向こうの悲しい大人のために
カクテルグラスに十円玉をたくさん入れてる

世界は三人連れの女の子でいっぱいなんだ
猫を連れて歩いて行こう みんな幸せだったふり
音楽と酔っ払いの世界を探してる
あとはもう無くていい

ドレッドヘアに指先からませて笑おう
女の子の足首にはいつもコウモリの影がある
ただただ言葉を紡ごう 意味なんて無くていい
生むために殺して 殺すために生もう

十字交差点の真ん中から人々は羽化していく
鼠は屋上に昇って力尽きる ヒマワリの種をポケットに入れたまま
セックスを覚えたての高校生みたいに 覚えたての英単語撒き散らして笑おう 
伸ばした手は空を掴むポージング 高層ビル群に降り注ぐ燐粉

もう言葉でさえなくていい 十代の性欲みたいに撒き散らそう
誰もが飛び去る時ちょっと悲しい顔をした 
街はオーガズムを迎えてる 律動にあわせて腰を振るんだ
屋上で乾いていく鼠のために(望んでいいなら幸せなあの子のために)

ピアノソロが終わらない 苦しみに似た絶頂
溶解した言葉が流れ込んで来る ぬるい夜風に鼠は砕けて行く
そして誰もが微細な粒子を吸い込むように歌った
同じシャツを着て手を繋ごう 言葉は孤独じゃない


灯し樹の下で

  ケムリ

このままゆらゆらしてたら世界は終わってた
そんなのが最高だって ずっと思ってる
背中に羽根をつけて海を目指す人たちみたいに
むせ返る夏の声と 降り注ぐ蝉の街へ

葉脈をリタリンが駆け抜けていく
鍔迫り合いの痛みが戦場に花を咲かせた
玩具のピストルの弾痕からは真っ白の花が咲いて
吸い上げる幹に緑の痛みが 濃い果実酒のように

眠れ眠れ 銅のうさぎみたいに
青く燃える海に水銀船が幾何学模様を描いていく
波打ち際に落ちた白いワンピースと
麦わら帽子にすがりついて泳ぐ女の子

夜にしか飛ばない鳥の群れが ビル群に着地していく
赤銅の錆に似た虫たちが 五つの足で涙を塗りつけて
嘘つきの唇から揮発していくアルコールのように
吸い上げる痛みに大樹は朽ちていく

灯し樹の下で 女の子は海を見ながら
ゆっくりブラウスを脱いで それから両手を空に突っ込んだ
麦わら帽子をさらった風は 蔦に捲かれてゆっくり腐っていく
葉脈を駆け巡る音の中 灯し樹の下で


夜の子

  ケムリ

息を潜めて 夜の隅っこに座ってたんだ
ポケットから煙草を取り出して 火をつけようとしたら
空に向かう夜鷹の群れの 柔らかな発光を見た
きっと寂しくないなら だれも空なんか飛ばないんだろう

ねえ 窓を開けようよ
猿の手がノックした窓辺で
女の子は僕を見て やっぱり孤独だった
ねえ 窓を開けようよ

日が沈むまでは西日の丘でゆらゆらしてればよかったんだ
引き絞った林檎の弦で 太陽さえ縛れそうな気がしてた
柔らかいくるぶしが水面を撫でるような
満潮を迎えた海に小石を投げるような気持ちで

枯れ葉色のバスが置き去りにしたギターケースから
また夜鷹が飛び立って行った
汗が引いても走り出せなかった人のために
まどろんでるあの子のために

街路樹で眠る鳥と繋がる夢を見た
世界の隅っこから聞こえる子猫のリズムで
暮れて行く世界から消えていった燃える葉の甘さ
鼻に絡む痛みを懐かしく思った

ねえ 窓を開けようよ
子猫のリズムでノックしたけど
じゃれつく指先から指輪が落っこちた
ねえ 窓を開けようよ

濡れてしまったポケットの手帳を開いて
言葉の海に溺れる落葉を待った
あの子の言葉が少しだけ湿ればいいと思って
窓枠を抱いて眠った


ホットケーキ

  ケムリ

月曜日の足取りに シーツに残った日曜日の残り香
四つ切りの太陽に八月の蜜をちょっと垂らして
誰もがネクタイを締めて歩き出す頃
柔らかいほこりの中クロールする

並木道を歩いていくイメージから
ずいぶん遠いところで眠ってた
鉢植えのサボテンに小さな花が咲いたから
ホットケーキミックスに悲しいニュースは聞かせたくないね

ミルクの柔らかさと指先が舐めた甘さ
フライパンの上で陽炎が踊ってる
新聞の折り目から苦い味が立ち昇って
飛行機が落ちるってみんな囁いてた

明日は晴れるって聞いたのに 誰も信じないんだね
立ち上がる気泡の数だけ悲しいニュースはあるって
フライ返しでひっくりかえしたら
香ばしい世界に八月の蜜を

四つ切りの幸せに八月の蜜を垂らして
三枚重ねの朝日にナイフを入れて齧ろう
オレンジジュースにカンパリ垂らして
朝のニュースさえ愛せる八月のホットケーキ

さよならを手首に巻いて歩くひとの群れが
街並みに鳥の声を響かせて
硝子窓はもう眠気を忘れてしまった
蝉はまだ眠ってるのに 蝉はまだ眠ってるよ

まばたきするくらい長い季節に
柔らかな喧騒が世界を愛しくさせた
焼きたてのホットケーキ 四つ切の太陽に八月を添えて
聞こえる寝息くらい街並みを優しくさせた


雨の底にて

  ケムリ

眠れない女は乾いていく
窓辺で泣いてる仔猫の前足に
シルバーリングはめた薬指に
雨が強くなる

バスルームでママが腐っていく
疲れすぎた鉄の壁に覚めていく景色
ラジオから戒厳令 こどもの頃見た冬の夜空みたいに
「ネスカフェがお送りしました」

扉の前で千切り取られた前足と
冷凍庫で分解していく薬指に
部屋の隅で誰かが泣いている
蛍光灯の紐が引き千切れた

ショートピースの缶に星が落ちていく
息を切らせた年寄り犬の匂いがする
それは神々の体臭
あるいはポータブルトイレの底で眠るあなたに

複眼のこども達が並木道を歩いていく
虫の羽根に似た透明さで
くちびるにへばりついた煙草の葉を飲み下すとき
雨が強くなる

月の傾きを数えていた掌に
このまま真っ直ぐ揺らめいていける
水銀の銛を喉元に打ち込んで 彼らは真っ直ぐ歩いてくる
二十一錠の安らぎを連れて

ラジオから伸びた指先が 脳をくすぐる痒みに
こども達は肩車を重ねて月へと伸びていく
喉元から垂れる水銀啜って
雨が強くなる


せかいのはて

  ケムリ

いまここは世界のはてのアパート
みんなまた吊るされていったよ
夜になるとシャム猫がくるから
釣瓶おとしをずっと見ていた

ロシナンテ型永久機関の列車が
西空のむこうでカーブしていく
ほおずきくゆらせる煙をすいこんで
ここはいま世界のはて

動物ビスケット齧って夕食にしてたら
お隣さんがさんまを焼いている
手紙をはこんできた人たちが
みんな歩くことを忘れてしまったみたいに

ねこが眠るトタン屋根みたいな街で
青インク沁みる夕暮れのふちで
ことばをさがすことに疲れた人たちが
土なべで焦げるご飯のにおいがする

買ったばかりの自転車で河川敷を走っていた
光る石をポケットに入れて
カレーの匂いのする軒下を走り抜けた
ここはいま世界のはて

塀の上を両手ひろげてあるく影が
道に忘れられたかたっぽのサンダルが
街並みに汽笛をひびかせた
ここはいま世界のはて


ボート・ピープル

  ケムリ

麻袋からこぼれた星たちが
爆撃機が置き忘れた飛行機雲が
夜空で溶け合う手のひらの群れに
砂鉄に埋もれる花の匂いがする

水面をゆらす小船の足跡に
目のないさかなのひそやかな発光が
水面に並んだミルクの王冠に
船出の櫂はいつも流木から作られる

流線型の波紋はうろこのかたさで伝わって
繋がれない耳たぶを静かになめとっていく
くすり指で触れたこめかみと
つま先で紡ぎあう人たち

舌さき湿らせて砂粒を集めていく
水平線で交じり合おうと
櫂がゆらした異国のペットボトルと
流木につかまって眠る羽根のない虫たち

海をきりさいた三角の波紋を
目のないさかなは追いかけていく
繋がれない手のひらの微かなひかりが
星たちを空から掻きとっていく

水平線で交じり合おうと
子どもたちは波打ちぎわでシャツを振って
ひかりのカクテルにまぶたを焼きながら
サンダルにくっついた貝をポケットに入れた

眠りをゆるされたくびすじに
櫂を抱いてまっすぐおちていく
ひかりのカクテルにほどかれながら
水平線に交わっていく


ミルクの街

  ケムリ

夜を蹴とばすバスケットシューズの痛みで
焦げた雨の匂いに避難案内が空を指してた
路上でカノンを弾く女の子は
透き通る指先に鉄のアメンボを抱いてる

爆撃機のベースラインで崩壊する街並み
窓枠から夜の虫が舞い上がっていく
神様は教会でネクタイを締めなおして
うんざりするくらい匂う焦げた夏の雨

おやすみのキスも雨の塩気で錆付いてる
三本弦のギターに止まった白い鳥
夜が明けるころ 子ども達は空へ泳ぎ始める
雲の花が咲いてる 眼球さえ溶かす色彩で

金属質の指なのに なんでそんなに優しい音なのかな
しまい忘れた夏のセーターから匂うような寂しさで
白い水面を踊る鉄の指先から 垂れるミルクの音がしてる
避難標識の指し示す方向へ 光る虫の羽根を集めて

街をミルクが満たしていく
みんな空を見ながら手を打ち鳴らした
ノイズの数だけ確かになる匂いがある
窓から伸びる手と手は繋がっていく

音が満ちて息さえも出来ない
指先は滑らかな水滴のリズムで踊り続ける
長い髪が星を射抜くように揺れて
ミルクの街は沸点さえ越えていく

鉄の味の唇に古代の蛇を這わせて
手のひらに落ちた星を飲み込んだ
願ってもいいならあの子に会いたくて
バス停でずっと待ってるイメージで


ドアボーイ

  ケムリ

どこかの部屋であなたはシルクのドレスを試着してる
テーブルに咲いた花 灰の匂いがする
ビルディングはマネキンだらけ
窓を開けたら爆撃機がコールサインを出した

夜は清潔 どこを舐めても冷たい味
ドアノブに触れてはじけた真っ赤な輪廻
そっと燻らせた空爆警報
その始まりをずっと祈っている

ドアにはデタラメなネームプレート
片っ端から開けてたら 入れ違いの嘘つきが歩いていった
非常階段の隅で女の子が腐っている
屋上の鳥は飛びたてないまま石像になっていった

そっと火をつけて夜の底に消えていきたい
窓に映るのはいつだって誰かの顔
猿は着飾ったまま非常階段を走り抜けて
43階のドアは全て開け放たれている

真っ赤なリンゴが載った藤の籠に
羽根のない虫が集っている
腐り始めた鉄の柱に
爆撃の始まりを祈っている

伴奏者を忘れたピアノソロ
高まりながら解けていけたらいい
ドアボーイは口笛を吹きながら亡命する
あなたはドアを開けようとはしない

腐り始めた世界の隅で まだ開け放たれないドアを探して
想像を終わらす爆撃を待ちながら
未だあなたは想像の果てにいる
音が消えたら死んでしまえるといい


夜が来るまえに

  ケムリ

崩れ始めたりんごのふちで
濃紺の羽根の虫たちが 灯りはじめた街灯を
水面をわずかに冷やす風にのせて
雑貨屋の紙袋抱えて 家に帰ろうよ みんな帰ろうよ

迷子の影が抱きついてくる
焦げたにおいが遠のいていくさみしさに
ロングピースくゆらせて
枯れ始めた庭ははっかの匂いがする

はだかの猫たちが路肩で震えてる
笑えるなら笑えばいいと
ポケットの煙草の葉っぱ撒き散らして
無邪気な影が重たすぎるんだ 

ただ 夜になると いつも 落ちていく
穏やかな朝を呼んで来ると言うけど
この世の果てで眠り続けてる
あなたは想像の果てで待っていると

ぼくらは家に帰れる
歩きつかれた虫の温かさで
ぼくらは家に帰れる
洗濯機の中で乾いていく星たちに

西日を嘘にしたセーターの匂いが
立ち枯れた指先が世界に触れていく
あなたはすすきを揺らす風に疲れて
僕らはそこで再び出会うだろう

疲れた靴底を優しく重ねて
落ちていけるやわらかさ
あなたはそこで笑って
きっと 何度でも


眠れバオバブ

  ケムリ

如雨露の淵で溺れる蚊トンボに
乾いた骨の擦れる音がする
塩化銅の水辺に真っ赤な葦の啓示が咲いて
子ども達は靴底に優しさを隠した

如雨露がポケットに入らなかったから
みんな両手に青い水を掬って
梳る世界に虹がかかればいいと
やわやわと溶け合うことを夢見ながら

無脊椎の魚が煙の中を
無色透明な友達の影を連れて
補助輪の付いた自転車の音色が
地平の果てに嘘を運んでいく

大人たちはクロールする 
地平の中 かすかに沁みる夕暮れの甘さに
脱ぎ捨てたシャツの彩色の海から
子ども達の寝息が聞こえる

緑の蔦が痛みを連れて 子ども達を抱きとめていく
大人は交わっていく ほどけかけた靴紐を気にしながら
原初の魚が揺らした緑の水面に
青い大人が降り注いでいる

緑の眠り 子ども達は真っ直ぐに空へ
青の循環さえ断ち切るパオパブの午睡で
彩色の海は緑に喰われて行く
青い大人は交わり続ける 緑に終わる循環の果てへ


断ち切られたら

  ケムリ

西日の丘から伸びる教会の影が
十字に伸びる世界に唾を吐いている
熟れた背中を蹴り飛ばした沈む林檎の匂い
月がドラッグされていく

星を隠した生まれたての掌
滲み始めた灯りを憎んでいる人がいるよ
カスミソウをひとつ 手折っていく
錆びた線路を枕にして

歌うひとは世界から剥がれていく
警笛が鳴り響く
長い夜に別れを告げた子ども達
眠るあなたを蹴り石にして

夜の淵は送電線の向こう側
誰かが繋がろうとしている
カテーテルが突き刺さった鼻腔を並べて
歌いながら剥がれていく

電話ボックスが吊りあがっていく空
羽虫が光を纏いはじめた
指先に群れた星を掻き散らして
子ども達はもうヘッドフォンを外せない

路地裏の糸を引いて 誰もがエクソダスを歌った
大腿骨咥えて嗚咽を堪えたら
滲む灯りを一つずつ舐めとって
歌いながら剥がれていく 断ち切られた 世界へ


最初の子ども達へ

  ケムリ

ブランコを漕ぐ子の足元に
光る羽虫の大河が揺れて
彼らはひかりの中で
まぶたを失うところから生まれて来た

崩れかけたビル群の屋上で
背中のない風が群れている
無線機のコールサインを思い出せずに
ずっと落陽を続けている

目のない魚の背びれの数だけ
星と星を麻糸で繋いでいく
珊瑚のふりをして目を閉じたのは
あたたかだったときを思い出すひと達

化石になった羊歯の葉が
時計塔の丘で揺れている
地平を小さくノックしたなら
終われない子ども達の影ふみが聞こえて

羽根で泳ぐひかりの虫
子ども達を抱いて流れていく
あの子の足元に
落ちる光の交差する場所に

ひかりの果てへ 最初の子ども達と
背中のない風の群れを抱いて
まぶたのない夜に眠れ
世界はあどけなく それでもひかっている


デッド・ベース

  ケムリ

煙草咥えてビール片手に突っ走っていく
二塁はきっとギアナ高地の向こう側
ホームベースの代わりに置きっ放した資本論
ロングピースフィーバー(いっつびゅうてぃふぉー!)

少年非行を憂いたぼくらは
金属バット片手に交番の前でリンボーダンス
ドッグ・ファイトを始めよう
グレネード・ランチャーに詰め込んだ発泡酒

打ちあがったフライの軌道で
四億年後の太陽が輝いている
キャッチャーミットを覗いたら
尻尾のない犬が笑っている

没個性の全身黒タイツが予告ホームラン
金属バットに極彩色の愛と平和
チアガール規制に怒った奴らが
七色のアンダースコートで空を飛んでいく

イージーライダーを知らない世代が
チョッパーハンドルで三遊間を駆け抜けて
コールサインはガンホー・ガンホー
誰もが三塁へ走る朝がある

全身黒タイツの全力疾走
高らかに叫ばれたボークにジーマの瓶が空を砕いていく
月面宙返りするヘビー級ボクサー
金メダル放り投げてモッシュ・アンド・ダイブ

煙草咥えてビール片手に
風船にくっつけてこっそり飛ばしちまえばいいんだ
遊撃手が墜とした女の子のみつあみ
息を切らして駆け抜けていったんだ


ONE LINE(TWO STYLE)

  ケムリ

星空の下の教室で黒板に書かれた動詞活用は一つも理解出来ない。アンダーパスを燃え上がる男が歩いていく、目が覚めたらバースデイケーキになって飛び去っていくような目つきで。三角眼鏡でスーツの女は黒板に教鞭を叩きつけ、それをあらゆる国の子ども達が見ている。俺以外の全てが新しい言語で語り始めようとしているのに、未だに俺はそれが理解出来ない。月からチェロキーが落ちて来て、鉛筆の刻みは数え切れず、爪楊枝理論のすみっこにしがみ付いて男はアンダーパスを歩いていく。ありふれたモチーフ、月が食まれていく、椅子を斜め倒しにするのは危ないとパキスタン国籍の少年に語りかけるが、もはや誰も黒板からは目を離そうとしない。

ずぶ濡れのドレスで女の子が踊っている。
あるいはそれは転調の合図だった
世界は確実にコード進行を違えて
俺は星を見上げるが もう誰も見上げない

燃え上がる男がアスファルトと抱擁する傍で、左利きの猫が深海魚を食べている。誰か踏み鳴らせよそのバスケットシューズで、あるいは土踏まずの深い柔らかな足で、踏みつけないでくれその従順さで、スーパーノヴァについて馬鹿馬鹿しい話をしよう、チェロキーのエンジンにこっそりジッポ投げつけて。昨日までハッシシを売っていた男がコーランで暖を取り、ドラムカンにはナンが貼り付けられていく。チョークの粉が焼けた男の唇だった場所に注がれ、俺は葡萄酒の不在に涙する。

星を隠そうとする掌が
あるいはそれを優しさとしているような
女の子はずぶ濡れのドレスを広げて
子ども達の消えた路地裏で 俺は独りでそれに拍手を送った

子ども達の指先が一つになっていく、引き剥がそうとするのは俺一人で、男は立ち上がって家への道を思い出そうとする、しかし猫の尻尾は相変わらず鍵形に折れていて、子ども達はどうしてもそれに触れたくて仕方がない、良く見てみれば女のスーツは微細な繊維で縫い合わされてそこには鉛筆の通る隙間はなく、あるいは俺が生まれて来る余地さえない。

造花の消臭剤が星を吸い込んでいく
避難標識を探す燃える男の群れ
あるいは解けていきたい人々の
教育はいつも夜に行われる

ガイドラインを女は宣言し、教鞭の先端で俺の左の目をつきぬいた、気づけば男の子のミサンガは全て切り離され、相変わらず俺は時代遅れで、動詞活用をノートに纏めたいのに鉛筆の論理はいつも破綻している。燃え上がるチェロキーの左ハンドル、そして抱擁を続けても消えない炎、あるいはバースデイケーキになって四つ割にされた月まで

文学極道

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