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尾田和彦 (ミドリ) - 2005年分

選出作品 (投稿日時順 / 全17作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


見つめないで下さい

  ミドリ



モガディシオの海岸に

その美しく輝く君の裸体を寝かし

TBSからカメラ一台をかっぱらって

世界中に生中継したい

時代は1970年代が良い

ベトナムでコーンフレークの缶詰を開く茂みの黒人に対して

あるいはサルトルがもの欲しげな指を組合わせる

サンジェルマン・デプレのカフェテラスにおいて

穏やかな心を取り戻す為のすべての人々の戦いの為に

夏の終わりのJR中央線

乗り遅れたおっさんが

ドアーに挟まれて言った言葉がそれで

「あまり見つめないで下さい」

多分そのおっさんは51歳で商社に勤める

肩書きは次長で

東大を2浪して入った卒業を間近に控えた息子が一人おり

普段から家族に憎まれ

生きてきた50年とやらの歳月に自信をなくし打ちひしがれ

挟まれたドアーの中で告白してしまったのだ

「あまり見つめないで下さい」

多分日曜日の朝

選挙に行くと言って戻らなくなるタイプが

こんなおっさんだ

例えば美しい女を見かけると

俺はDNAを駆け上がる激しい血の流れを感じてしまう

そしてアンドロメダの流星群に向かって祈りを捧げてしまう

大事なのは死ぬ前の愛だ

人の言葉はロゴスの祭壇を駆け上がるえくりちゅーるの勝利であり

カラの言葉を狂い抱く重層な音楽だ

地球からは今争いはなくなった

戦争はテレビの中でしか起こらない

君らはみな丸腰で愛に満ちている

愛について語り合うための

十分な長い夜もある


教会

  ミドリ



動物を律するのは不可能だ

赤むけの腹がふくらんでいる

魚を見たときそう思う

その教会の内部は

ラス地のモルタルの壁で

口の利けない神が

野菜倉庫かなにかみたいに

佇んでいる

きっと2、3人女が寄れば

想像力を妊娠してしまう

そんな神がいて床に疵

何をするにも頼りなく記憶に縋り

人の壁に突き当たる

入り組む陽射しに指を組み

格子の椅子に腰に壁

自分を迎える為の

十分な時間を与えたはずなのに

少しの準備もなく

弁明にまわる

藁のごとく座る

人と神


僕と麗子

  ミドリ



僕らは梯子が欲しかった
やがて起こるだろう戦争に
発狂しないよう
小さな子供を昇らせる

剃刀に
血を走らせながら
三億年の未遂を窓から開け放つ

きまって麗子はバルコニーにいる
水銀のように身体を抱えこみ
頭部まで昇らせる
掌握された共有者が
自殺を従わせる太陽の下

受話器を取り上げながら
死んだ時のために連絡を取るダイヤル
きまってその顔は
初期社会主義体制下の
スターリンのような顔で
まるでムッソリーニに話しかけるように
あどけない緊密な会話を取り交わす

だが誰もがロボットとは違う
官庁オフィスのどの部屋にもかけられている
時代との癒合という鍵を回せば
僕や麗子の中に住まう国家が
ひと独り分のスペースさえも
ないことに気づけただろうに


ヴェガ星

  ミドリ




今ヴェガ星へ飛び立つ為の、小さな宇宙船を用意しています。
シャワーを浴びているとき、ムクムクと股間が競りあがってくる感じで。頭の中にある、創造的アイディアを、電子レンジでチンすること約3分間。ガンマ線が大脳新皮質をキャッチした瞬間の値が2000デシベル。
人が電波から逃れられなくなってから刻んだ生活の歴史が、問題なくヴェガ星への道程を示しています。
時々マンションから10分のところにあるコンビニへ、わざわざジョージアを買いに行き、そこで一日に必要な本数分だけ、マルボロのメンソールを買い足し、後で必要になるだろうローリエと単三のアルカリ電池と、それから0.3ミリのシャープペンシルを買います。
同義的な選択肢から、宇宙船はエンパイア・ステートビルの屋上で待機しています。
そこから見下ろせばユダヤ教とキリスト教が、良いチームメイトとしてベースランニングの良い走者のように、市場経済というグラウンドを走り回っています。
ところでこの宇宙船にはまだ、リチャード・ニクソンのようなヴェトナムを指示する、タフなやり手が乗り込んでいません。
無人のコックピットを待避させる宇宙船は今、彼と二人きりになれる瞬間を、まるでヴェガのような輝く目で、待ちわびているのです。


追悼 焼きそばパン

  ミドリ




ローソンで僕らは
ポケットの中のつり銭を握りあう

地下鉄のトンネルの
心のスキマを煮詰める対流から
溢れだした 泡のようなティーンエージャーたちの
コンビニ前のたむろ

都議選のラウンドスピーカーは 
彼らの胸をつく高さになく
エビアンの
凍結するような一気飲みが
サボテンたちの
言葉だ

知り合いをもたない顔の
街たちが少しずつ似ているせいか
携帯の中の
「愛している」たちが
一組ずつ空中でイク
ガンガン激しく 空が破けるほど腰をふり
いまシテイルけれどまたシタイ
一組ずつ輪になって空でイク

トーキョーでリビドーが
ガンガン岩盤を突き上げる
シブヤでシマネ出身のロッカーが
摩天楼を6弦の指にまわし
イスラエル出身のマチルダが 六本木で
黒人のベンに9秒台の大陸間弾道弾を打ち込まれ
日本人の僕らは
すしバーでサイダーと中トロからはじめる

中指を世界の中心で垂直に立て
サンクスに寝巻きのまま買出しに行き
賞味期限切れの焼きそばパンの前で
サンブン的な行列をしよう
アキハバラの電子記号の中に
ネイションのキセキを聴こう
カブキチョウの片隅で
メソメソしている華僑をみつけたら
肩に手をまわし
円の皺をていねいに引き伸ばし
シュウマイのようにくるんで差し出そう

トーキョーからマンハッタンへ
ロンドンからソウルへ
デリーからマラケシュへ
行列の先頭は
いまセブンイレブンの焼きそばパンの前にいる
明日の君かもしれない


♂ゴール記念日

  ミドリ



ブラウスのボタンをはめながら
舞ちゃんはいった
「コンドーム付けてなかったでしょ」

とてもわかりやすく 僕はうろたえた
さっきまでの幸福感は
まるでモネの静物画のように 静止している

舞ちゃんお目は怖かった
いつものような
愛にパトスを送る
恋愛のフィールドに
ファンタジーを与える
あの優しい目ではなかった

それでも
結婚とか どうなのよとか
そのへんのややこしい事情を
持ちださないのが
舞ちゃんの性格だ

とりあえず僕は白いブリーフをもち上げ
気をとり直して
お茶のむ?
なんて言ってみるが
まるでバルチック艦隊のように
横っ面の銃砲が
こちらを向いているのがわかる

あーそうか
やっぱコーラか
普段は反米反帝である僕も
こういう時には
合衆国の偉大なカルチャーの力を借りる


夕べ舞ちゃんと2週間ぶりに 飲みに行った
仕事がうまくいっていないだの
金欠だの
みっともない愚痴を
ダラダラ言っていた気がする

しかしホテルにチェックインしたのが
10時前だとすれば
舞ちゃんにはまだ
終電というものがあったはずだ
最初から僕とえっちする気で来たのか

とにかくそれが
付き合いはじめて4ヶ月目の
僕らの♂ゴール記念日だった

ホテルで向かえた朝
すっぴんで寝ている舞ちゃんの浴衣

ウーム

僕はタバコを咥え
コトを終えた狼らしく
深々と煙たいものを肺に送りこむ

しかしだ
子供ができたらどうするんだ?

「それが未来だとは思えない」と
舞ちゃんが起きてきたら
泣いてみようか
それとも今度はゴムをしっかり付けて

ダメ押しのゴールを
舞ちゃんに決めようか


牛飼い

  ミドリ



アメリカのポートランドで
夜はバンドでドラムを叩き
昼間はバスの運転手

昼下がりの公園で
君と目と目が合った瞬間に
大事なことが
僕の胸ん中で目覚めたんだ

恋人をつくることも
酒を飲むことも
無駄ではない
確たる結論を
僕らはきっと
生きていたんだ

ポートランドの午後11時
地下鉄でサラリーマンが
長椅子に座って
欠伸をかみころしている

彼はきっと牛飼いで
スラム化した現代の
人々の胃袋にヒレ肉を送り込む
店舗マネージャーにして
スーパー営業マン

鉄筋コンクリート19階建ての
その1階にフックされた店内を
せかせかと歩き回る牛飼いは

時計の真ん中で
まっすぐに12を指し示し
立ち上がる長針たちの
放牧マネージャー

タミル語とイタリア語と
ベンガル語とカンボジア語の入り混ざる
店内の
文明を預かる
まるで梵語研究者

そして僕らはそのミシガンという店で
ブルーノ・ノッリの曲をサラダ料理にして
即興で曲を叩く
まるで街は錆付いた沈殿物を
底で抱えるように変身していく人々の顔は
その止まり木のような店で
音とリズムを南へ運んでいく

人々はまた懐かしがって
アインシュタインというカクテルや
ベートーベンというジンを分厚い手で握りこみ
いかにもクールに
そして突発的に
その手つき口元へ次々に運んでいく


ダチョウの足元に気をつけろ

  ミドリ



鉄くず工場で
僕らはビックバンに台風の目を埋め込む
ボイラー労働者

まだ幼いコドモをステテコに背負い
女教祖がM字開脚する
その黄泉のつぼみへ
ハートのBボタンを16連射

星でNASAが盗撮した
ジャージ姿の宇宙人の
ハレンチでオーボーなタレこみネガを
金ゴテで焼き

最終兵器を念力で操れる
C組ののぶ子ちゃんの
ブラ姿を見たさに居残る
体操服 黄昏時の放課後

カブトガニの甲らを
やや深めにかぶり
黒電話のダイヤルに
しがない人差し指を鍛える
しろたえのエクトプラズム

ブチックが3軒できれば
銀座通りと名づけられた田舎の商店街の街で
いまものぶ子ちゃんの入れたての
ぬるいスープのバイブレーションを感じる

校庭の楡の木にみんなでのぶ子ちゃんを縛った
僕らはみんながガンダムのようにヒーローで
バッファローマンのキン消しを
国語の時間に後ろ手にまわしあった

生徒会長のまさのぶの
チヤクラを啓くような朝礼の独演
僕らは中間テストに
孕んでいく記憶をカズノコのように
次々と産み
たこ焼きのような整然とした
教室の40マスの一つ一つに
それぞれの飽和を
ピクリとも動きやしなかった

マラソン大会でいつも宇宙と交友するように
先頭を駆け抜けて行ったやすしは
今年も資生堂のアンカーだろう
彼はいまも風のスコラ哲学を両足で駆け抜ける
マンタ

どこかで何かが崩れていた
C組ののぶ子ちゃんのランドセルに入れた
僕らのバイブなたて笛は
今も怪しげな光沢を放っている

あの駅前のインベーダーゲームにためらい
そしてゲームオーバーを叫んだ
のぶおの祈祷のようなベイブな表情が
白痴を噛むような
僕らの表情のどこかで
後ろ側からヘッドロックを
今もしっかりと入れている

日本からアイルランドへ流れる
進化の動きをくいとめなければならない

自慢の前歯にレジスタンスを喰いとめ
赤信号に立ち止まるダチョウの群れの背を押し
唐突な平和への降伏を極限状態へ追いやり
JRの駅長さんが誘導する
中心への無条件降伏の朝を
バーゲンセールの前かごの利他行為を見張り
異端とみなされないための
斜め45℃体温を背に持ち
連合国側の不発弾の眠る
ジョシコーセイの体を
65歳 定年後のにわかオタクたちを
すみやかに
そしてゲンジュウに包囲せよ


舞ちゃんのこと

  ミドリ



舞ちゃんは
しののめ高原鉄道に ひとりで乗っていた

かわさきにいた頃から 白血病で
彼女をあいする男はみな
無口でなければならなかった

そして一緒にねむる時は
ミッソーニのパジャマを着て
クマのプーさんの絵本を
ていねいな物腰で
朗読しなければならなかった

もう明日の朝には
舞ちゃんの魂は
この世を
さすらってしまうかもしれないのだ

「本当に会いたい人とは
 ついに会えなかった・・」
というのが舞ちゃんの口癖で
その時 君の丸顔は
とても怖いほど 正直なカタチをしていた

死ぬ3日前

一人で外出したいと言った舞ちゃん
その大きな瞳の
星空のような目や
流星群が堰きとめられたような和音

いつものアダージョなキスをして
生まれたてのこどもが
裸で必死に這い上がろうとする
あの勤勉な頬のゆるみを残し

少女がこの世に譲っていったものを
僕はうっかり
奪うことができない


宇宙船のさっちゃん

  ミドリ




宇宙船がひまわり畑に着地した
宇宙人たちは
30分で着替えを済ませ
ハッチをしっかり閉じ
キーホルダーをポケットに仕舞った

クリーム色の彼らの肌は
人目を引く

チュー坊と言われたひとりが
ハンカチで額を拭きながら
「ちょっとウンコしたい」と言った

リーダーのポン太が軽く目配せすると
チュー坊は茂みの中にしゃがみ
ひとときの思いを過ごした

さっちゃんという女子中学生が気を利かし
そっとティッシュを手渡してやると
チュー坊はすまなそうな顔でそれを受け取り
きっちりと拭き取りながら
「悪いね」と言った

リーダーのポン太が重要な発表を仲間たちにした
「地図 持ってくんの忘れた・・」

カバちゃんという受け口の男が
交番に行っておまわりさんに訊けばいいと提案
彼は一度地球に来たことがあって
みんなから頼りにされている

「みんなで手分けして交番を探そう!」
ポン太はテキパキと仲間に指示を下した

果てしなく続く
カラカラの夏
宇宙人たちには汗腺がない

チュー坊は
星に残してきた妻子を思っていた
そう言えば上の子は今年 小学生だ
妻にいつまでも
内職の仕事をさせてすまないと思った

さっちゃんが
ふらりとソープランド街へ入って行くと
客引きがもの珍しそうに店内へすっこんで行った
茶髪のスカウトマンがホープを咥えてやってきて
さっちゃんに
「ねえーちゃん エエ乳しとるやんけ」
と軽くジャブを打つ

さっちゃんはビックリしてホッペを赤くした
彼女は農家の娘さんで
夜這いとかで
色んなえっちも経験済みだが
お金で体を売ることについては 両親も反対している

「まー 事務所で茶でもどや」
という誘いにまんまと乗った
押しの弱いさっちゃんは
宇宙人の
地球での就職組 第一号だ


「サヨナラ」の言葉

  ミドリ



冬の西日が射し込む病室で
みっちょんが見舞いに来てくれた

「朝一番の新幹線で
 大阪から来たんだよ
 お見舞いには何がいいか
 オカンと喧嘩しちゃった」

そう言って笑ったみっちょんに
サイドテーブルの林檎を掴んで
投げた

「40度近くも
 熱出たそうやね」

器用に果物ナイフを回しながら
涙声で言った

親の監視を逃れて
会っていた学生時代が懐かしく
これが同じふたりだと
思えないくらいの
今があった

自称 非行OLのみっちょんは
一週間の有給を取って
靴下とパンプスを脱ぎ
ベットの上にあがり込んで
「何しようか?」
なんて言ってる

「あした東京タワーに行ってくる」
クリスマスの準備の始まった
街のイリュミネーション
僕らはサンタクロースの
ラッピングされた人形みたいに
横になって
テトリスみたいに
体位を変えた

学生の頃は
朝までスーパーファミコンをして
東京の会社に
内定の決まった朝も
ふたりのマリオは
クッパと闘っていた

白いウサギのポシェットから
みっちょんは
東京のアルバイト求人誌の
広告の切り抜きを取り出し
「へへへ」と
気味の悪い声で笑い
「あんたと生きたいの」と
言った

「手術せにゃイカンだろ?」と
体を通る
カテーテルの熱量が増す
みっちょんの看護婦さん宣言に

僕は「サヨナラ」の言葉を
少しずつ
探し始めていた


間隙

  ミドリ



バスタブにはった湯
地方都市のホテル
モジュラージャックを抜いた
壁のカーテン
テーブルの上のミネラルウォーターが
温度を上げていた

駐車場にバックで
車を止めると
梅雨が明けたばかりの海
シーリングファンの
揺れる部屋
身体が疲れ果てていて
南風に伝ってくる

シャワーを浴びた舞が
濡れた髪を梳かし
タオルを巻いて出る
クッと背を衝かれるように抱いて
またキスをする

煽られて取れた
胸に巻いたタオルが
足元に落ちて
カマンベールチーズに
ゆっくりと指を入れた
ガブリと頬に膨らむ
カツサンド

5年前
会社の酒宴で
向かい合わせになった舞と僕
悪戯っ子のような笑みを浮かべ
僕の顔を覗き込むと
シャンパンを抜くみたいに
話かけてきた

2本の足をブラブラさせ
パーカーフードを被ったその瞳は
ピンク色した頬を
髪を顔にうずめ
銃ていで叩くように
テーブルにつっぷした

六本木で飲んだ後
ふたりは初秋の夜風を
ポケットに突っ込んだ

その場所で
星屑を寄せ合うように
ふたりは唇を重ね
そして突き放すようにして
交差点で別れた

ドンとふたり
仰向けになったビルの屋上
「会社を辞める」といった舞の
その五感をくすぐる声が
緊張の割れ目から
突き刺さったみたいに
空を見ていた

舞はバックから
リゲインを2本取り出し
パキッとあけて
「うっせー やつらだぁ!」と
大声で叫んだ後

ガブガブ飲んで
空になったピースの箱を
ヒョイとビルの隙間に向かって
思い切りスローイングした


寝顔

  ミドリ



リモコンで冷房を止めると
舞はサングラスを外し
主食のサプリメントを口に入れる

白いタンクトップの下の
ブラを外すと僕は
乳房をつかみ
強くキスをする

そのまま二人はベットから落ち
椅子で頭を打ち
テーブルの下で
パンツを下ろして
古本のように積み重なる
アルファベットのBみたいに
強く抱く

抑制の効かなくなった体がふたつ
互いを求め合い
ギュッと抱きしめあって
キスばかりしている

電話台で
ファックスの音がして
咳き込む舞が
身を離した瞬間

僕らは群集の中にいた
排気ガスを吹き付けるバス
交差点で立ち止まり
広告の看板の文字が
人々の行動をレイアウトしていく
ローティーンの少女たちが
アヒルのように
ミスタードーナツに入っていく

レジスターがあき
つり銭をジャリと掴む
店員の指
カフェバーでコンサバの女が
薬入りのカクテルを飲まされ
便所で輪姦されている

ソープランドで働き始めた舞は
帰るなりヒールも脱がぬまま
座り込んで泣いている

僕は舞の着替えを手伝って
身体を拭いてやる
タバコを吸った後
少し吐いた舞を
ベットに寝かしつけ
灰皿の上で
火をもみ消した

防音ガラスの中で
ビリビリと耳を這う
地下鉄の工事が
束ねた髪の
舞の寝顔を
乱暴に寝かしつけている


  ミドリ



窓をあけ
洗濯物をサッととりこむ

旧式の黒電話を
ガチャンと切る

髪の毛を
ポニーテイルにしてみたり
変な格好をしてみたり
古びたノートの上に
点々と
「なぁに?」と書き込んでみたり

フレアスカートのポケットに
砂糖を入れ
くもったカフェの隅の席で
そっとカップの中に
塊りを半分落とす

私はそうやって
少しずつこの街を
占領していく

カップにミントを入れ
踏み倒した公団住宅の家賃の
架空の領収書に数字を入れる

私はそうやって
この国を
少しずつ占領していく

扉があくと
関係に区切りをつけるように
新幹線の扉は
またみんな閉まる

品川から列車は
私とヘブンスモーカーを乗せて
煙をたなびかせて運ぶ
男は
セブンスターを
背広の内ポケットから取り出し

差し戻すように
名刺入れに重ね
隣の女の手を握ったあと
また唇にはさむ

壊れたプライドが
打ち消していく言葉を
手のひらで持て余すように
唇から煙を吐き出す

日常の殺風景な景色の中に
消し込んでいくSOSの発信機が
ブルブルとテーブルの上と
椅子の下と
膝の間でふるわすように

女のガーターベルトをたくし上げ
そしてズッキーニを突き上げるように
男は私の中で
果てる


那覇

  ミドリ



国際通りを歩いていたら
みるみる空が曇ってきて
あわてて喫茶店へ駆け込んで
濡れた髪のままコーヒーを飲む

待ってる間に電話を掛けて
那覇で待ち合わせできる時間を答えて
平屋の吹きぬけの
畳の気持ちの良い部屋でハジメと会う

海とか空とか太陽とかに
すっごい魂が混じっている気がするんだ
死んだり病気したりすることが
この空の下で
生きてことが感じられるんだ

ミサトから電話が掛かってきたのは
ひめゆりの塔と首里城を見て
ハジメと一泊する民宿の窓
気持ちの良い風の中

週末はナイトマーケットになる
色とりどりの屋台の道
立ち食いのブラジル料理をふたりで食べて
小さなゲップをした後
生ぬるい夜風の中
ハジメの肩にもたれかかって

公設市場の棚の上にある
ゴーヤーを一本掴んで
タンクトップでサンダルの
私の見えない心を掴む


そしてハジメとふたりでトイレに入って
好ましくない格好で抱き合い
ガンガン ビールをあおって
本能の行方を追うような
濃厚なキスをした後
ミサトの着信へリダイヤルする

言葉にできるほどの
いま確かなものがここには無くて
さらに遠くなっていく気がする

<さよなら私の街 ミサト>


アトリエ

  ミドリ



紙をこする
チャコールの音が響く部屋
モデルに雇われた猫は
ねむたそうに欠伸をしながら
裸体をテーブルの上に広げている

デイバックから化粧道具をとりだし
バスタオルを巻いたもう一匹の猫が
テーブルの上に座る
ワンピースの猫と目をくみかわし
モデルを交代するワンレングスの猫
東京出張のとき
新宿でつかまえてきた猫だ

トートバックから
BALのトゥモローランドで買った
黒いカーディガンを羽織り
ほかの猫のすきまにお尻をいれる
人間で言えば
高校生くらいの彼女

緩いウェーブの髪を
ひとつに纏めた猫は
先月 栃木から家出してきたばかりで
まだ右も左もわからない京都で
途方にくれていた
五重の塔の縁先にねぐらを構え
夜の7時になると
京都駅八条口でアコースティックギターを奏でる
その曲に集まる
まばらなサラリーマンの目

昼間はスーパーの山田屋でレジ打ち
夜は男のアパートで洗濯もん
深夜には
信じられないほど乱暴に抱かれたあと
ポテトチップスうす塩味を指先でかじりながら
深夜放送を観て三角座り
「大事なことが見つかった」
そう残して去った男の背中を
アトリエの窓枠の外に見つめつづける22歳

時々 信号で車をとめて
歩行中の猫のあとをつけて行く
鼻先に煮干をつんと近づけてやると
たいていは5秒から6秒のあいだに落ちる
小脇に猫を抱えこむと
車の助手席に放り投げ
あとはアウディのアクセルを強く踏み込む
猫の瞳のなかに映りこむ街角や世界を
センターラインの向こう側へ
徐々に傾けながら


喫茶店「ハル」

  ミドリ



喫茶店のカウンターをデスクに
宿題のドリルをする女の子の指先から
ミサイルが5発飛ぶ
床に敷きつめられた石肌に落下
爆撃地は女の子の
スニーカーのつま先5センチ先

女の子の髪はピンクで
コットンキャンディー色の服と
なすびのようなぽってりとした身体
カウンターでモカを
彼女の母は挽いている

消しゴムでこする音と
モカをかき混ぜる音と
客のくわえタバコにともる火
冬には
誰かしら わかるはずもないけれど
なにかしら「わけ」を瞳の中に持ち
肩をすくめている
ひとときがある

カフェの名前は「ハル」
出窓には精巧なヨットの模型
ガラス磨きのクレンザーが
フタの開いたまま立っている
目を瞑ると
会社帰りの勤め人も
宿題をする学校の女の子も
店の看板を切り盛りする一人の女も
なにかしら「わけ」を
抱えて生きていることがわかる

今日もつま先で
爆撃がくりかえされた後
レコードから針を下ろすように
町は静かにターンし
闇をダッフルコートに包んでいく

文学極道

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