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fiorina - 2016年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜空の彼方

  fiorina

少し遅れて教室に入ってきた洋平先生が言った。

「さっきのクラスでね、一升瓶にためた水を捨てて、みんなで片付けようとしてたんだ。
すると、ひとりの男子生徒が、逆さにした一升瓶のおしりをこうやってぐるぐる回してるんだ。
どうしてそうするの?って聞いたら、
わかりません、ただ、こうすれば早いんじゃないかと思って、というんだよ。」

先生は口をつぐんで、少し頬を紅くした。
生徒たちは、突然の謎のような解答のような話を黙って聞いていた。
そして
洋平先生はきっと、理科の先生であることが嬉しかったんだ、と思った。


        *


数学者と物理学者の偶然の出会いから、遥かなる素数の謎が解明されようとしている。

この宇宙の最も小さいものと最も大きなものが螺旋を描いてつながっている。

星空を見上げる私の目に、

回転する一升瓶の口から光る水流が勢いよくほとばしる。

洋平先生と私たち、あのとき出会ってましたね。

渦巻きって、やっぱり偉大でしたね、と、

認知症を少し患ったあとで亡くなったという先生に語りかける。


(少しなおしました。16/03/09 23:15)
(元に戻しました。16/03/27 16:58 )


永遠の魚

  fiorina

        わずかな時差があるのだ
        あなたの声がとどくまでの一瞬に
        わたしの裏切りがあからさまになる
        夜ごと
        祭りの場にひきよせられて
        わたしを守る沈黙に
        逃げ込めない

        うたい
        おどり
        火に追われて
        それでもきらめいていた
        いちずという名の やいば

        あいだけが持つ
        やいばがあるのだ
        やさしさがその刃を研ぐ
        さいごにころすために

        呼ぶこえ
        せめぎあうなみだ
        の いちずを振り回したあとに

        抱く腕は
        じぶんをまもるためにあるのではない
        と 知った

        知ったおんながいちずを捨てた すてた朝
         いちずに泣いた

        やさしさのなきがらよ
        しあわせになってね
        うらぎりが追いつけないつかの間だけ
        まもってあげる
        いのちの砂から
        つめたいあなたを洗う 波うちぎわ

        記憶のとどかぬ 海からの声
        身をていして
        さかなたちが

          いきよ    という

        そのように



               *旧作


フェノ−ルフタレイン

  fiorina




  −この試験管のなかの透明な液体が
   アルカリ性であることを証明せよ−

   試験管に
   一滴のフェノールフタレインを落とす
   液体が桃色に変わると
   アルカリ性は証明される


理科の時間に指名され
試験管の液体を
フェノールフタレインの瓶のなかに
誤って落とした
あっ と先生が叫んだとき
ひと瓶のフェノールフタレインは
桃色に変わった
小さな過失
(実験は成功)
見守るクラスメートの瞳に
アルカリ性は鮮やかに証明され
わたしの記憶に
取り返しがつかない ということの実感が
せつなく刻まれた

   *

「そのとき きみは
幼い手で
きみ自身を証明したんだ
千回試みることのできる量を
一回で使い果たす
小さな過失のふりをしてね」
笑った後で
「瓶のなかの未来をたいせつに」
預言者のまなざしを 残して去った
(さよなら わたしのフェノールフタレイン)


過失が証明したもの


この血のなかに
身を傾けて
未来という瓶に躍り込もうとする
衝動の一滴がある
千回試みることのできる愛だって
一夜で使い切る
心細い一滴がある
その一滴のなかから
なつかしい声が聞こえる

「瓶のなかの未来をたいせつに きみ自身を」

   *

ゆうべ
空いっぱいのフェノールフタレインが
桃色に変わった夢を見た
冒されていく草原を
もう逃げられないふたつの心が
空の色に染まりながら 滅びた


誰かが
何かを証明しようとしたのか
過失のふりをして


泣いて目覚めると
ガラス戸の向こう
透明な朝が置かれていた
新しい 無数のあやまちのために


とおる

  fiorina



とおるの祖母は 大連のおかる
村でおかるばあさんと呼ばれた日
昔日の面影双眸にひそめ
巾着のような口もとを文句ありげにとがらせて
ぜんそくの激しい発作の間も
長キセルを手放さなかった

大連を引き上げ
縁組した養子に嫁を迎え
とおるが生まれた

とおるは
あおい形のいい頭と
澄んだ眼をしていた
小児麻痺で
片足をしゃくるように引きずって歩いた

村の外海に砂利船がきて
クレーンで作業した日
子どもと 守りをする年寄りが
防波堤で見物した

突如
鶏の鳴くような絶叫がこだました
とおるが海に落ちたのだ


わたしは
海に落ちたとおるも
その救いあげられた様子も見ていない
ただ
島を背景にしてクレーンの黒い腕を斜めに突き出した砂利船と
なにかを烈しく呪いながら
防波堤を端から端まで狂ったように走る
おかるばあさんの姿と声を
記憶しているばかりだ

おかるばあさんはとうに逝き
四国の大学に学んでいたとおるが
海に落ちて死んだ
自慢の愛車で自分から落ちていったのだと


とおるの祖母は
大連のおかる
とおるは
あおい形のいい頭と
澄んだ眼をしていた

文学極道

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