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Canopus (角田寿星) (Canopus(角田寿星)) - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


風を釣る

  Canopus(角田寿星)


風のなかに
釣り糸を垂らしている
それはおぼろげとなってしまった古い
記憶をせめて呼び醒ますよすがではなく
かなしい決意でも無邪気な思いつきでも
その日の飢えをしのぐための
投げやりな衝動でもない
そう 映画はつい先頃終わってしまったんだ

セミの声も
カエルの歌もまだきこえない
森の下生えにはやわらかな地衣が
灰とも靄ともつかない細かな粒子が
濡れそぼった銀幕の名残が世界をひそかに凌駕して
あるいはこのまま暴発を待ってる
「このままじゃ 囲碁も打てないねえ」
栗坊主頭の童子がふたり
いかにも手持ち無沙汰ふうに
眉をさやかに寄せて笑っている 実のところ
囲碁も碁盤もまだ発明されてなかった
それどころか
クヌギもセキレイも
木挽の小屋から立ち昇る炊煙さえもまだ
名札を失くした卵のように
眠っていたんだ

ふふん ふんふん ふん ふふん
ふふん ふんふん ふん ふふん

世界が少しづつ鼻唄で充たされていく

ぼくはこれから生まれてくるだろう
ろくでもないものどもについて思いを馳せる
ぼくは笑う
ぼくの意思にまるで関係も頓着もなく
生まれてくるだろう ろくでもない
愛おしくも騒がしいものどもを
ぼくは待ってる
ぼくは目を閉じたままでいようと思う
釣り針の尖 きらりと何かが光ったけど
それはきっと気のせいなんだろう
草原のロウソクに
いっせいに灯りが点ったけど
それもきっと風のいたずらなんだろう


星になる方法

  Canopus(角田寿星)


なあ あんちゃん
俺たちふたり ドラム罐転がして
まっすぐな坂道のぼっていこうよ
ここ二週間 頭は痛えし咳がとまらねえ
たぶん少しだけちがった空気吸って さ
たぶん少しだけちがった景色を見に行こうよ

せまい国道を車がびゅんびゅん走ってる
大粒の雨がおちてきて すぐに土砂降り
シャンプーも石鹸も持って来なかった
俺たちはかるく舌打ちする
あんちゃん 今 ドラム罐の手をはなして
頬にかかる雨を拭ってなめてんだろ
しょっぺえのか しょっぱいんだな

なにか楽しいことでも思い出そうか
ボイラーの下にネコが四匹寝そべってるとか
国士無双十三面待ちとか

雨粒は線になってどんどん幅をひろげて
雨の垂幕を俺たちはくぐり抜けていく
しろい昼 くろい夜
ページをめくるたんびに
回転するドラム罐の中で俺は目をつむって
肩があらぬ方向に曲がってはまた戻る
ドラム罐転がすふりをして あんちゃん
俺たちきっと
地球を転がしてんだよね

(一九九九年二月十四日、惑星探査船ボイジャー一号は、
 地球から四十億マイルの地点で、草原で少女が微笑む
 ように振りかえり、彼女の母星をみつめ、最後から二
 番めの任務を遂行した。
 地球を発ってから、すでに十三年が経過していた。
 彼女のフレームに映るのは、寄り添うような光の粒。
 太陽とその惑星たち。太陽系の「家族写真」を撮影し、
 地球に送信した後に、彼女は永久にその瞳を閉じる。
 現在も彼女は最後の任務を遂行中である。彼女は宇宙
 塵のただなかを突っ走る。どこまでも遠くまっすぐに。
 その瞳を閉じたままで。瞳を閉じたまんま。)

あんちゃん
俺たちふたり たぶん肩を並べて
このまま海まで連れてってくれよ
水がいっぱいだから風呂にも入れるよ
それに虹を見れるかもしれないし
海辺を列車が突っ走ってるかもしれないし

あんちゃんの尻ポケットに
くしゃくしゃの千円札が一枚
雨に濡れて底に張りついて
どうにもならないほど溶けかかってる
虎の子だってのに
どうやって直そうか ふたり思案にくれる

俺たちのドラム罐に
あんちゃんが顔を突っ込んで覗いてる
俺たちは顔を見合わせる
そこがまるで井戸の底みたいな
満天の星空だったらいいのにな
なあ あんちゃん
泣くんだか笑うんだかどっちかにしようよ
誰が死んだとか きっとどうでもいいよ
ああそうだ ドラム罐を雨がたたいて
やかましいんだね
やかましいんだよな


肩にふりかかる、雨が

  Canopus(角田寿星)


肩にふりかかる、雨が、
どうしてもやまないのなら
そっと傘をこわしてしまおうか
暗い昼の空、信号機がにじむ、
雨雲はつつましく北東を向いていて

シャツの背中に変な汗をいっぱいかいてる
シャツの背中に変な汗をいっぱいかいてるよ
と 言われる
水はけのわるい古びた団地が
ぼくの故郷だった

ぱらぱら、ぱらぱらと、ここちよく雨音がひびくのが良い傘の
条件である、と 父さん、いつだったかあなたは話してくれま
したね、父さん あなたのつくる傘は大きくはないけれど、ぼ
くはあなたの傘の雨音で眠りました、そして雨に濡れた冷たい
肩で目を覚ますのですよ、靴がよごれないよう気をつかいまし
た、雨はどこまでも肩にふりかかる、父さんの肩は、ぼくより
もさらに濡れて、重く冷たい両肩を岩のように振りしぼり、父
さんは、ひとつひとつ、ていねいに傘を仕上げていきます

国産の傘は売れなくなって
修理に訪れる人もみるみる減って
ぼくは団地を出て
ちいさく貧しい傘をひとりで差すことにした

     、、、雨が、、、、、肩に、、、、
     、、、、、ふりかかる、、、、、、
     、、、、、、、、、、、、、、、、
     、、、、、、、、、、、雨が、、、
     、、、、、肩に、、、、、、、、、
     、、ふり、、、、、、、、、、、、
     、、、、、、、、、かかる、、、、
     、、、、、、、、、、、、、、、、

傘、傘、傘、道行く人、傘の花が咲く、誰の肩も雨に濡れ、濡
れた肩を寄せ合う、幼な児をしっかりと抱いている、落とさな
いよう、みづいろの濁流に溺れないよう、父さん、ぼくは偉大
な傘職人ではありませんでした、ぼくの傘は、皆が濡れないよ
う、あたたかく包みこむには、多少ほころんでこわれているの
です、父さん、そんな時あなたはどうしていたのか、今になっ
て折にふれ思い出そうとします、誰の肩も雨に濡れ、誰の傘も
こわれているのか、いやむしろこわれているのは暗い昼の空で
あり、肩にしつこくふりかかる雨であり、そんなことはないよ、
と、肩を隠して諭している、ぼくが浮かべた、つくり笑い、で、
あって、

肩にふりかかる、慈愛の雨が、
どうしてもやまないので
ずっと傘を差している
雨は肩にふりかかる


生還者たち(マリーノ超特急)

  Canopus(角田寿星)

そんなの嘘よ と
ベッドに腰かけた少女は私の目の前で若草色のワンピースを腰までたくし上げ
秘所を露わにする。不釣り合いな厚手のストッキングを躊躇なく下ろしそして
両大腿に咬み合わさった品質の悪そうな義足を優雅にはずした。

少女はシャツでも脱ぐようにワンピースをもどかしげにさらにたくし上げる。
下着をつけていない。少女の腹部と乳房と犬のような乳首。海辺の寒村にはめ
ずらしいほどの白い肌がまぶしく窓辺の光をうけて揺れている。少女の栗色の
ながい髪が脱いだワンピースに引っかかり跳ね上がり
しずかになる。
あなたの服を脱ぐのを手伝えなくてごめんね。少女は半分ほどしかない白い大
腿をほぼ一直線にひらいたまま恥ずかしそうにささやいた。


崖のうえの孤立したこの小屋が村でただ一つの宿である と
崩れそうな岩場を登りながら案内人代わりの男が私に教えてくれた。聞くとこ
ろでは少女は五年前に海辺で全裸のまま倒れていた。誘拐でもされたのだろう
まだ幼いその少女の体にははっきりと乱暴された痕跡がありそして
両大腿がばっさりと切り落とされていた。
少女には発見される以前の記憶が欠落していた。余程の出来事に少女自身が自
らの記憶を閉ざしてしまったのか。村びとの看護の甲斐あって快復した少女は
崖のうえの小屋に住まうようになり今では旅人の面倒をみながら体を売ってい
るのだと。

そんなの嘘よ。少女はゆっくりと私の首に両腕をまわす。

たとえ記憶になかったとしても本当にそんな目に会ったのだとしたら男に触れ
られることに心が耐えられるものだろうか。いくつかの逡巡の後に訊ねてみる。
いいえ。死に触れられるよりか ずっとまし。
小屋の大きな窓。その上辺を一匹の蜘蛛が這い回りその神経根を縦横に放とう
と待ち構えている。蜘蛛の神経根はあまりに鋭敏であるがため獲物の捕獲に激
烈な痛みを伴いそのためこの地方の蜘蛛は獲物が掛かるたびに笑い声とも泣き
声ともつかない叫びをあげるという。少女は私に覆い被されたまま示指を突き
だして蜘蛛を撃つふりをしながら
うふふ。嘘。
顔をあげて私の下唇をあまく咬む。

やがて少女の顔がうつくしく歪む。
白い肌がうっすらと汗に濡れて透きとおる。


はるか昔の言い伝え。
ささやかな光を宿した内陸の宝石にそれを凌駕する眩さをもった圧倒的な光が
襲いかかりささやかな光はなす術もなく消え去った。
五年前に人の通えない森の奥で突如暴発した巨大な光の柱についてこの村の誰
もがかたく口を閉ざしている。管理局サイドの閲覧可能なデータではこの事件
に関する記載は一切ない。名も無いカメラマンが森に喰われながらその命と引
替えに撮影したデータからは断片的ではあるが破滅的な何かが生じた可能性を
見て取れる。そしてその現場から流れる川の下流に村は位置している。

嘘よ。なにもかも嘘。みんな嘘を言ってる。
わたしは生まれた時からこの村にいるの。両脚の「これ」は鉄道事故。
わたしは母親の仕事を継いでるだけ。
うつむいた少女のほそいうなじを窓辺の光がやわらかく抱いた。

少女は若草色のワンピースをふたたび羽織り枕のうえに器用に跨がってベッド
サイドのちいさな丸テーブルに丁寧にカードを並べている。聴こえないくらい
の声でひくく歌をうたいながら。
人は誰も惑星を抱えて生きていく…けして自ら輝かない星…光をそして浴び…
ジョーカーのない32枚。欠落だらけのこれがカードのすべて。わたしが海辺に
打ち上げられた時これだけを持ってたんですって。
少女は私と視線を合わせない。
嘘だけどね。

わたし
あなたに会えてよかったと思うの と
少女は腰をあげて私と向き合いまなじりをあげる。若草色のスカートがかるく
跳ね上がり揺らぎ切断された大腿をすっぽり覆う。かつてない少女の瞳の輝き
に私はその昔私が愛した女の面影をつよく感じ狼狽する。少女の口許が痙攣す
るように何かを告げようとするがことばにすることができずに

そんなの嘘よ と
肌の赤みを消して視線を落とす。

文学極道

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