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Canopus (角田寿星) - 2009年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


たんぽぽ咲きみだれる野っぱらで、俺たちは

  Canopus(角田寿星)


とおくの丘で
風力発電の風車がゆっくり回っている
見ろよ あれが相対性理論てやつだ
他人事であればあるほど
てめえだけは平穏無事でいられる
俺は腹がへって
あんちゃんのつぶやきをろくに聴かずに
肉眼で空を凝視しながら
あいまいな合槌をなんべんも打った
たんぽぽが咲きみだれる野っぱらで
飛び交う綿毛にむせっ返りながら
俺たちは
たたかってるところだった

成層圏のむこうに
きらりと光る何かが見えたら
そいつが敵だ
事の真偽を確かめずに
俺とあんちゃんがぶっ放す
これしきのランチャーじゃあ
ちいさなデブリがあたった程度だろう
まっすぐな煙はどこまでもあおい空に吸いこまれ
ちりちりと空気の焦げるにおい
時間をかけてレーションをあたためた
この なけなしの軍用携帯食が
俺たちの一日分の命の代価だ
安いなあ ひとの命は
あんちゃんが鼻唄まじりにレーションをあける
ああ ああ 安くて旨い
まだ値段をつけて貰えるからな
いい身分だよ 俺たち

やつらの言う
「誤爆」ってやつを目撃したことがある
ちょうど人間の形に蒸発した影が
壁に貼りついてた
なにかをつかもうとするような
指の痕跡まではっきり見えた
やつらが本気出しゃあ このざまだ
このたたかいは
負け なんて生やさしいもんじゃない
首根っこをつかまれて悪あがきで
手足をじたばたしてるようなもんだ
よそうぜ そのはなしは
メシがまずくなる

宇宙に もいっぺん行けたならな
あんなやつらこてんぱんにしてやるのに
俺は眠くなって
あんちゃんの遠い眼をかえりみもせず
大きなあくびをしながら
いいかげんな合槌をなんべんも打った
俺の頬を つう とひとすじ涙がつたう
あくびのしすぎだった

ここはあたたかすぎるんだ。

成層圏のむこう
きらりと光る何かが見えて
俺たちは何も考えずに
照準をオートにしたまま
ランチャーをぶっ放す
あおい空にどこまでも吸いこまれる軌跡
消えていく爆音
と 空の色が変わり
真昼の星が輝くように俺たちの阿呆づらを照らす
命中か?
命中だ…逃げろ!
咄嗟に熱反射シートをかぶり
ランチャーを放り投げる間もなく
あんちゃんの右脚と
俺の右腕が視えない衝撃に撃ち抜かれた
ちょうど俺たちの脚と腕の形に
地面は蒸発し
大量の黄色い花弁と
白い綿毛の乱舞が
これでもかと俺たちの上に
降り注いだ

ちきしょう
明日っから仕事ができねえぞ
俺は痛み止めを打ち
歯と残った腕で ついさっきまで
俺の右腕だったものをきつく縛りながら
あんちゃんの絶叫に
どうでもいい相槌をなんべんも繰り返した

たんぽぽの咲きみだれる
野っぱらの ど真ん中で。


屋根の上のマノウさん(改訂版)

  Canopus(角田寿星)

そうして空にはいくつもの
ちいさな泡のような放物線と
とんびと
海のむこうの出来事が
屋根の上にはマノウさん
わたしたちは
目を閉じて見上げよう
歩道沿いにはあやめの花壇が
街角のアパルトマンには
大きな鏡が

マノウさんは屋根の上にいる
むくどりが鳴いてやかましい
あるいはホイッスルかもしれない

長い腕をした
山からの風がふいて
タバコの灰は はらはらとこぼれ
砂に埋もれるようにわたしたちは眠る
親しく思っていた
顔を持たない人から
「ちいさな善意や励ましや何気ない笑顔が
 どれだけ人を傷つけているのか
 考えたことがあるか」と
吐き捨てられる

マノウさんは屋根の上にいる
はにかむように
かるい会釈だけのあいさつを交わす

昼下がりの青空には真っ赤な鉄塔が
もみじ色の夕暮れには緑の浮き島が
夜には 汽車のあかりが
わたしたちは
目を閉じて見上げよう
もしかするとわたしたちにも
見えるかもしれないから

誰かを焼いてるたなびく煙とか
伏せられたままの写真立てとか
泣きながら迷い子がさがし求める視線の先とか
公園のベンチから立ち上がれない若者とか
人知れずついたわずかなためいきも
過ぎたことを悔やみつづける声も
手をはなれてただよう風船とか
これでもかと言うくらいあたたかい空だとか
屋根の上でどこかを見ている
マノウさん
とか


暴虐!怪人ホウセンカ男(Mr.チャボ、怒りの鉄拳)

  Canopus(角田寿星)

怒っている
しめった風の吹く夕方
私鉄沿線最寄り駅前「鳥凡」の店先に坐りこんで
怪人ホウセンカ男が
怒っている
風鈴の音色は不快にやかましく
日もまだ暮れないうちから
すっかり酔っぱらって
上半身は裸で 怪人ホウセンカ男が
怒っている

わめき散らし 周囲を睨みつけ
なあ そうだろーお と
遠巻きの野次馬たちに同意を求めるが
誰に何を言ってるのやら
見当もつかない
止めに入ったらしい戦闘員A氏が傍で傷んでいる
鳥凡のおっちゃんがカウンター裏で苦虫を噛みつぶしてる
ぼくは
急報で駆けつけたものの
つまりこの酔っぱらいをどうにかしろというわけですね
あまりな惨状に一瞬 呆然と立ち尽くした

怪人ホウセンカ男がカンシャクを起こすたび
頭頂部が噴火みたくはじけて
こまかい種が放射状に飛び散り
あいたたた
こりゃまたハタ迷惑な武器だと思う
戦闘員A氏と目が合った
これはフラワー団のミッションと…
「まったく関係ありません」
ということは勝手に酒飲んで酔っぱらって駅前で暴れてると
「チャボさんお願いです 殺さないでください
 悪のフラワー団幹部として
 きちんと更生させてみせますから」
わかった とりあえず黙らせるよ
さて
(たまには強いとこみせないとね)

ゴールデンチャボスペシャルブローが炸裂して
正義は今日も勝った
具体的には
殺せ 殺しやがれ
という声がしなくなるまで
目をつむって思いきり殴りつづけた
へんな体液がたくさんくっついて気持ち悪かった
怒ってんのは
お前だけじゃないんだ
と言おうとしてなんだか言えなくて
うつむいた

野次馬の人ごみのなか
正義の勝利をたたえるおざなりな拍手がぱらぱらと聞こえ
遠い日の出来事のように
ぼくはうつむいたままポーズを決める
チャボ かっこいい どこからか声がして
社交辞令とわかっててなお
泣きそうになる

じゃあ これで と
ぺしゃんこになった怪人ホウセンカ男をひきずって
駅前を後にした
ひきずられる体液がべったり舗道に染みこんで
なめくじの這った跡が
ぼくらのながい影といっしょになる
怪人ホウセンカ男は
いろんな液体で顔をべしょべしょにして
俺の人生てなんなんでしょうねと しゃくり上げてる
空には
無数のあかい凧があがってて
ぼくは口の奥でもごもごと反芻し続ける
ぼくらは
改造人間だから
人間のナントカとか存在するナントカとか
そんなものは もうないんだよ
そう
もう ないんだ
そうなんだ もう


山岳地帯(マリーノ超特急)

  Canopus(角田寿星)

この地帯では稜線をつよくなぞるように吹きつける風がけして浅く
ない爪痕を至るところに残している。砂混じりのかわいた大気に。
あれた山肌に。つつましい色を放つ丈の低い植生群に。かるくひび
割れたぼくの頬に浅くない爪痕を。それは海から届いた風であると
ぼくはやがて悟るだろう。
かさついた照り返しの激しさに汗で濡れたシャツが背にうっすらと
張りついている。ぼくの或いは岩々のみじかい影。束の間のコント
ラストを一匹の蜥蜴がいそがしく這いまわり時を置かず真昼の陽に
溶けて消える。会話もなく足早に通りすぎるぼくのみじかい影。

尾根をつたう道の眼下にひろがるのは見渡すかぎりの深いみどり。
人の立ち入ることを許さない暴力的な森が生をどこまでも謳歌する
かのようにつよい風を受けてざわざわと波打つ。
いちめんのみどり。
わずかなうねりは驚くほどにその色合いを変えながら幾億もの兎が
みどりのうなばらを走り去っていく。


山岳地帯。ここはいちめんの森に浮かぶ孤島。
視界はこんなに広がっているというのに海はどこにも見えない。


断崖を背にしながらわずかに広がる荒れ地をたどる。ばらばらにな
った材木のかけらと不揃いに並べられた大小の四角い石。それらは
かつて人の住んだぼろ小屋の痕跡だとは当人でなければ判るすべも
ない。
ここにはかつて子どもたちが住んでいた。親に見捨てられた他の世
界を知りようもない兄弟かどうかさえわからない子どもたちが。干
した草の根をかじり雨水をすすり数少ないぼろ布を奪い合ってそし
て弱く幼いものから少しずつ死んでいった。生き残った子どもは死
んだ子どもたちを石の下に埋めその死骸から花は咲かず果実はみの
らなかった。

森のはるか向こう。見えない海を南に縦断する特急列車の噂を旅の
手すさびに幾度も聞いたことがある。或る者はそれは人類に最後に
残された技術の集大成だと語り また或る者はそれはサハリン製の
ラム酒に呑み込まれた愚か者がみたあわれな幻影だと語る。或る者
はそれはあまりに早く通り過ぎるがために肉眼では見ることができ
ないまぼろしの列車だと語り 或る者はそれは真夜中に音さえもた
てず秘められたままに走り去っていくのだと語る。
南へ。南へ。南へ。
ここではないどこかの駅からここではない彼方の駅へ。ぼくは海洋
特急を折にふれて思い ここではないどこかの駅を思う。ここでは
ないぼくのどこかの旅を。

ここは山岳地帯。麓に唯ひとつ横たわるぼくらの駅はみどりに浸蝕
されかけて列車は山を登ることも森を渡ることもかなわず何年も立
ち往生している。
ほそながい雲がつよい風に乗りすごいスピードで頭上を駆け抜けて
いく。雲は山頂近くで渦を巻いて出来損ないの有機物のように拡散
し短い生涯を終える。そしてそれは海から届いた風であるとぼくは
やがて悟るだろう。

文学極道

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