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Canopus (角田寿星) - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


バンドネオン

  Canopus(角田寿星)


レクエルド。
砂時計が音もなくなだれを成して舞い墜ちる
夜にあなたは迷いこんできたちいさな銀河を
手のひらでつつむように抱きとめる 葉脈を
透かしてみえる地球の裏側では生れながらに
しろい瞳のマリーアが影のまま生きつづけた
腰かけた椅子がわずかに浮きあがりそれでも
なお部屋に壁は在り床が在って誰も知らない
ラピュタがゆるやかな光芒をはなつ雲の濃淡
垣間見えるのはおそらくあなた 忘れられた
歌をうたう バンドネオンのはじまりだった

ハカランダ。
水のにおいがする波の音がきこえる日だまり
にたたなずむギターのように古い三階建ての
事務所あなたは仕事でいそがしく窓をあける
知る人のない並木道を踏みしめた 薄紫色の
花の絨毯をふたり 深く知ることの難しさを
確かめようとかたく手を握りしめる瞬間その
手のひらと手のひらのわずかな間隙を狙って
散りゆく花のかけらが忍びこみ溶けて静脈を
遡る 毛細血管から支流を抜け本流へやがて
心臓ちかくの大血管に到達する あたたかい

オルヴィード。
色鮮やかに縁どられた外壁を持つ建物の群れ
が鳥のように河岸に列をなす折しもあなたは
源流より大河へつづくながい旅程を終えよう
としていた草原を渡りあるいた記憶も誰から
ともなく伝えつづられた物語もたった今この
雑踏でうたいおどられる劇中劇さえも過去の
事象として忘れられた 変わり果てたあなた
にとってあなたは誰なのか思い出せない風が
いつしか体内をめぐりあなただけが持つただ
ひとつの音を響かせる バンドネオン ロカ


屋根の上のマノウさん

  Canopus (角田寿星)


空にはいくつもの泡のような放物線が
とんびが 海のむこうの出来事が
屋根の上にはマノウさんが
わたしたちは
目を閉じて見上げよう
歩道沿いにはあやめの花壇が
街角のアパルトマンには大きな鏡が
わたしたちは

そうしてマノウさんは屋根の上にいる
むくどりが少しやかましい
あるいはホイッスルかもしれない

山からの風がふく
タバコの灰がぱらぱらとこぼれる
砂に埋もれるようにわたしたちは眠る
「ちいさな善意や励ましや何気ない笑顔が
 どれだけ人を傷つけているのか
 考えたことがあるか」と吐き捨てられる

そうしてマノウさんは屋根の上にいる
かるい会釈だけのあいさつをする

昼下がりには真っ赤な鉄塔が
夕焼けには緑の浮き島が
夜には汽車が
わたしたちは目を閉じて見上げよう
屋根の上には マノウさんが


ミンミ十字路で、ぼくらは微笑んだ

  Canopus (角田寿星)

すこし涼しいね エマさんがささやく
たしかに風が吹いている 夜からの風だろう
もう七月で冬の足音がきこえてくる
いろとりどりの十字路 ここは見晴しがいい
少し背伸びをするだけで
100キロ先の海が見渡せるところ
エマさんの髪もトマムの長いコートもみえる
十字路のはじっこで三角形に並んで
ぼくらは 互いの名を呼びあった

しろい大きな道をくだっていく
かつてここで新種の恐竜が発掘された
鏡のむこうに鎮座する十字路
白鳥の北十字星はここからみえないし
太陽は西からのぼる
ネイティヴは言いたいことが言えないので
みんな笑顔が貼りついている
ぼくらは通過した 通過する者にふさわしく
いろとりどりのまぼろしの十字路を
地元の慣習にならうように
沈痛の微笑みをたたえたまま

いつか船は出航したのだろう
しろい砂のなかを
どこまでもどこまでもどこまでも
エマさんはベンチに腰かけて編物に余念がなく
トマムは緑の丘でながい杖にもたれて立ちつくす
通過する者は
通過する者たちと視線を合わせない
果てはあるが終点のない
夕闇があたりをつつむと
もうすぐ朝 空を見おろす
南をさした十字路の舳先でぼくはおおきな伸びをする

すこし涼しいね エマさんがささやいた
夜からの風をふかく吸いこむ
かつて十字路で肩を組んだ記憶
距離と時をおいてトマムもぼくも振り返り
ああ 涼しいね 
同意のことばを漏らす
いろとりどりの十字路で
ぼくらはいつか再会し 微笑んだ


給水制限の朝(Mr. チャボ、正義と友情と愛とナントカと)

  Canopus (角田寿星)


雨は降らなかった 猛暑だった
埃っぽい早朝だった
突然のはげしいノックの音に眼をこする
ふあい なんか事件っすかあ 立ち上がりながら
生あくびひとつ 鍵は開いてますよお
次の瞬間 ドアノブが壊れそうな
いきおいで回って

青ざめた怪人サボテン男が顔をのぞかせる
ぼくは背中をぽりぽり掻いている

「どうかたすけてください」
絞り出すように話す怪人サボテン男は
先週の決闘の痕も生々しく
頭と両腕に包帯を巻いてて 首にはカラー
(そうだ 町内ガマンくらべでぼくに負けて倒れた時に
 火鉢に激突しておでん鍋に腕を突っ込んだんだっけ)
両眼もまだ渦巻き模様のまんまだ

フラワー団の怪人たちは花の改造人間だから
水だけでもしばらく生きられる
ところが折からの水不足で
総統以下 怪人たちに甚大なダメージが
「このままではフラワー団が滅びてしまいます
 人助けだと思って どうかおねがいします」
いやいや君たちは怪人で ぼくは正義の味方で

ぐるぐる目玉の半病人サボテン男とともに
釈然としない気持ちのままフラワー団基地へむかう
街はずれからさらに山をひとつ越えて
「花 売ります フラワー団」の
粗末なちいさい看板が立ってる側道を右にはいる
せまい砂利道をぬけると 視界がいっせいに広がり
いちめんの花畑が
つよい陽射しを一身に浴びて

枯れかかっていた

怪人たちはユリ男もヒマワリ男も土気色の顔で
両脚をバケツに突っ込んだままぐったりしてる
眼を閉じている 顔にセミがとまって鳴いている
バケツの水が緑っぽく淀んでいる
総統がいちばんひどい
腕がぐにゃりと萎れて骨が消えている
おっさん おっさん タケのおっさん
人間だった頃の総統の名前をぼくは繰りかえす

「みんなグロッキーで動けるのはぼくだけなんです」
ふらふらと悲しげにつぶやくサボテン男
…戦闘員A氏は? 彼はまだ生身だろ
「A氏は今は電車通勤です 九時には来ますよ」
そうだよね たしかA氏結婚したんだっけ
フラワー団からの招待状に欠席の返信を出したことを思い出す
みじかい祝電を送った ほんとは行きたかったんだ
ほんとだよ

軽トラックを調達してきた戦闘員A氏があらわれる
「チャボさんは大丈夫だったんですね」
と 流れる汗も拭わずにA氏
ああ ぼくは試作品だから おかげでいつも腹ぺこだけど
軽トラの荷台にはポリバケツが山と積まれてて
きっとあちこち駆けずり回ってかき集めたんだろう

「さ ぐずぐずしてられません 行きましょう」
ながい沈黙があって ぼくはうなずく
「はやく 水を」

水源地へ突っ走る軽トラック
運転席に戦闘員A氏 助手席にぼく
「ぐーるぐーる ぐーるぐーる」
荷台ではサボテン男が
ポリバケツの山といっしょに揺れている
「昔を…思い出しますね」
うん… 戦闘員A氏はマスクの下で苦笑い
ぼくは外の景色をながめるふりをする

この後に起きたこと ぼくらがしたことを
ぼくはここに書くことはできない

戦闘員A氏とかたく抱きしめ合って
サボテン男の肩をポンとたたいて
かわいた朝のなかを
無言のまま
家路についた
喉はからからで
セミがみんみん鳴いてて
バイトを休んだ言い訳をあれこれ考えながら


もいっぺん、童謡からやりなおせたら

  Canopus (角田寿星)


詩 って なんだろうね?
君がぼくに訊ねる
ぼくは 脱いだばかりの
クツ下のにおいを無心に嗅いでいて
君の問いに答えられない
君の目とぼくの目とが ゆっくり重なる

たとえば 早朝の草野球
主将どうしが試合前に握手しながら
詩 って なんだろうね?
という会話はしないだろうし
あるいは 帰りがけのコンビニ
店員のおねえちゃんが
付けまつ毛をパチクリさせて釣りを渡すとき
詩 って なんだろうね?
と話しかけはしない

思えば 結婚して10年になるけど
君とぼくが
詩について話したことは一度もないんだ

詩 って なんだろうね?
君は ぼくに今すぐにでも訊ねてほしい
その時ぼくはきっと
足の裏のにおいを嗅ぐふりをして
困ったような笑顔を君にむけるだろう
詩は たぶん
読んだり暗誦したり歌ったりするものなんだ
と 思うんだけど
ぼくはやっぱり君の問いに答えられない

ぼくら もいっぺん
童謡からやりなおせたらいいね
ぼくら幼稚園のスモック着て 手をつないで
廃墟に腰かけて空を見上げて
体験した戦争とかの
記憶をすべてうしなったままで
そして君とぼくは 詩の話をしよう
今ここには 君とぼくと詩しかいないから
夢や木の葉の話でも
故郷の大きな火山の話でもいい
そうだぼくは ぞうさん とか
みかんの花咲く丘 とか
それいけアンパンマン に
比肩しうる詩をいつか書くんだ
わけのわからないたたかいにわけのわからないまま参加させられて
今この瞬間に世界のいたるところで叫びごえひとつあげることなく
消えていくいのちがどれくらいあるのだとしても
それでも詩は必要なんだと
できるかぎり胸をはって

ねえ
詩 って なんだろうね?
ぼくは君に
ひとりごとのようにつぶやいてみる
君は子どもたちの世話とか
夕食の支度に忙しくて
ぼくの問いに
答えられない


ムルチ(『帰ってきたウルトラマン』より)

  Canopus (角田寿星)


アナタハ ダレデスカ

身寄りも帰る場所もなく来る日も河川敷を掘じくる佐久間少年ですか
地球の汚染大気に蝕まれ余命いくばくもないメイツ星人ですか
ふたりきり
河川敷の工場跡で
下水道に住む食虫動物のように
体を寄せあい
日々の食を求め
地中に隠された円盤を探し
メイツ星に還る日を夢みて
ひっそりと
誰にも知られずに生きていたかった

アナタハ ダレデスカ

商店街のシャッターは閉まってなかった
家々の窓は開け放たれていた
朝には子どもの挨拶がひびき
陽が傾くと夕餉を呼ぶ母親の声がきこえた
おつゆが さめるわよう
昭和40年の貧乏ったらしい東京で
煤煙と排ガスにまみれ額に汗して働き
善良であれば幸せになれると誰もが信じていた
同じ人々の同じ笑顔だった 違うものを悪と憎んだ
無関心な雨が
時代を洗い流していった

アナタハ ダレデスカ

あなたは誰ですか
少年のささやかな夕餉を踏みつぶす腕白どもですか
お前にやるものは何もない と
少年を突きとばすパン屋のおやじですか
こっそりと売れ残りを少年の懐に押し込む看板娘ですか
少年に理解を示し円盤を一緒に探す郷隊員ですか
街角の電柱からそっと顔をのぞかせる一介の虚無僧ですか
ただ通り過ぎていくだけの人の波ですか
表情もなく降りそそぎ洗い流していく雨の瞬間ですか
来る日も掘じくりかえされる存在の糞ったれな砂の一握ですか
あなたは

金曜日の夕暮れ真空管が描出するぼんやりしたフラグメント
ガキの頃はウルトラマンが出て来さえすれば何もかも解決するのに と
なすすべもなくうたがいもせずやがて雨がとおりすぎていくのだろう

あなたは
堪忍袋の緒を切らし少年を排斥すべく暴徒と化した
八百屋ですか薬屋ですかスーパーのレジ係ですか大工の棟梁ですか
「その子は宇宙人じゃない 宇宙人はわたしだ!」
少年を救おうとたまらずに正体をあらわしたメイツ星人に
善良な市民たちの平和を守るため立ちあがり発砲した
正義感あふれる純朴なお巡りさんですか
メイツ星人の封印がとけて
すべてのかなしみとにくしみと怒りをこめて目覚め立ち上がる青き怪獣
ムルチですか
それとも

「勝手なことを言うな…怪獣をおびき寄せたのはあんたたちだ…」
「郷!街が大変なことになってるんだぞ…わからんのか?!」

そう
愛らしき人類の平和を守るべくはるかM78星雲よりやって来た
正義の巨人
ウルトラマンですか

燃えさかる炎はすさまじい豪雨をよび対峙するウルトラマンとムルチを洗い流す
ムルチのブルー
ウルトラマンの銀
ムルチの流した涙
ウルトラマンの流した涙
ムルチの頚部から噴出したみえない鮮血の飛沫
豪雨は
洗い流し
そして三十年がたちました
誰ともなくつぶやいて

少年は父親になり
道のまんなかに立って
うつむいて
みえない雨に打たれるように
両肩から湧きあがる自問の声をこらえている

ボクハ ダレデスカ


狙われた街/狙われない街(メトロン星人)

  Canopus (角田寿星)


こんな日はめったにないけど

たとえば
なにもかもが真っ赤に染まる絵のような夕焼けの日

空は思いのほかよごれてしまって
あるいは記憶のなかの夕焼けとどこかちがっていて
こんな日はほんとうにめったにないけど

そんな見事な夕焼けの真ん中で
すきとおるように立っている虹色の何かがいたら
それはメトロン星人なのだ と
あきおさんが教えてくれた

そんな日はタバコを喫ってはいけない
タバコに仕込まれた毒が頭にまわって
誰かを傷つけたくなる
それはメトロン星人のしわざなのだ と
これもあきおさんが教えてくれた

子どものぼくはタバコを喫わなかったが
母子家庭の生徒をいじめる教師
何かと絡んでくる不良もどき
傷つけたいヤツはいくらでもいた

ぼくは体をきたえた
背は一年に30センチも伸びた
大人になって タバコの味をおぼえて
それで
多分
きっと
誰かを
傷つけながら
生きて

それはメトロン星人のしわざなのか
あきおさんは教えてくれなかった

あきおさんは逝ってしまわれたのだ
2006年11月29日午後11時45分 享年69歳
あきおさん最後のウルトラ作品で
メトロン星人は地球を去っていった
こんな星いらん 捨て台詞をのこして
あきおさんもこの日本を
去っていった

折にふれてぼくは
今もさがしてしまうんだろう
あきおさんのおもかげを
いつか視たはずの
記憶のなかの
あの夕焼けを
そんな日は
めったにないのだけど
そして
夕焼けの真ん中に
蛍光色の影をおとす
メトロン星人の
後ろ姿を
今も 

ぼくは。


時折の笑い声が、そして

  Canopus (角田寿星)



草はらの草の丈が少し低くなった窪地に
テントは立てられて
そのかたわらに
とうもろこしの絵がかいてある木箱
寄り添うように ふたつ
上には座布団が縫いつけられ
厚手の膝掛けが
かわいた風に旗めき
それに向かいあうように
木箱 もうひとつ
8インチのトランジスタテレビが
あたりをおだやかに照らし
司会者の絶え間ないトークに
時折の観衆の笑い声がひびく
つい先ほどまで先住民の老夫婦が
寄り添うように ふたり
木箱に腰をかけ
だまってそれをながめていた
時折の笑い声が
彼らの顔を煌々と照らし
かつて焚火や昔語りやギターが担った役柄を
テレビはじゅうぶんにはたしていた
老夫婦は
崖下の厠にでもいったのだろうか
連れだって
しばらく前に座を外したきり
戻ってこない
あたりは闇夜
テレビはちいさな半径を照らし
膝掛けがかわいた風に飛ばされて
時折の笑い声が
束の間の静寂を
そして

文学極道

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