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浪玲遥明

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


フロムS・トゥS

  浪玲遥明

アスファルトで固められた道路を歩いていました。ところどころ罅割れた隙間から洩れる月明かりが、足元を照らしてくれる夜。星空には引力があるので、屋外を歩いていると時々、宙に浮きそうで怖かった。流線形のメロディが映る水たまりで、アメンボがすやすや眠っていました。

立ち止まって目を閉じては、瞼の裏に明日の太陽を探すのですが、何度試しても見つかりません。ただ、画用紙の中で風が吹き、少年が広い草原の中でカマキリと一緒にバッタを探しているだけなのです。太陽が無くても、空は青かった。

それでも歩き続けると、道路の傍らに生えている見たこともない樹の枝から、葉っぱが一枚ペロリと剥がれて、ひらひら舞い落ちながらだんだん赤くなっていくんですね、地面を見るとその樹の周りだけ真っ赤に染まっていました。

(それにしても、星空を見上げる人は星や月に何を期待しているのでしょうか。この間、通りすがりに獅子座をハサミで切ってみると、ライオンと鯨が生まれて、鯨が星屑をすべて飲み込んでしまったので、私の夜空は空っぽです。ようやく星空の引力を心配せずに安心して夜の街を歩くことができそうで、ほっとしています。)

封筒には、草原で吹いていた風と、ライオンの鳴き声、流線形のメロディ、それからアスファルトの隙間から洩れていた月明かりを一緒に入れておきました。今思えばきっと、あの赤に染まりながら舞い落ちた木の葉が明日の太陽だったのですが、掴み損ねた今となってはもうどうしようもありません。しかし、僕はまだ生きています。あなたを愛しています。どうか、忘れないでください。

(そうそう、水たまりは実は海でした。)


二度寝

  浪玲遥明

淡い桃色の朝焼けがしずかに蒸発して、音もなく空が青くなるのを、じっと窓
越しに見つめていた。貧弱なスピーカーから流れる音楽と、母親のすすり泣き。
どうやったって布団から出られはしないんだ。カチ・コチ・カチ・コチ。突き
刺すような一秒一秒が、痛い。起き上がらなくてはならない。起き上がって、
朝食を食べて着替えて靴を履いて自転車に乗って、学校に行かなくてはならな
い。手のひらのなかの現実を、握りつぶすことさえできなかった。

昨日の夜から吐き気がひどい。枕元には洗面器もビニール袋もないから不安だ。
寝返りを打つたび、背中の筋肉の隙間にふっと、青い液体が流し込まれる。カ
チ・コチ・カチ・コチ/かすかにきこえる秒針の音。母親はさっき仕事に出か
けた。体のどこかで神経が切断され、この体がどこまで自分のものなのか解ら
なくなったのはいつだったか。再度接続を試みている。起き上がることなど、
目が覚める前から諦めていた。

(瞼の裏に広がっている雨上がりの草原、そこでは、歩き続けないといけない
のだと、歩き続けなくては死んでしまうのだと、なぜか知っていた。太陽が見
えない曇空。しめった足音に雑草が踏みつぶされていく。ときどき隕石が降っ
て僕を打つから、体の所々に青い痣ができた。痛くはない。顔だけぼやけた友
達が現れては消える。大丈夫だよ、体の輪郭だけでも君が誰かは解るから。消
えていく。何も喋らない。表情もない。消えていく。僕はただ歩く。)

だんだんと雲が減って、太陽が見えるようになると、草原も乾いて、そのぶん
体が重くなる。足がもつれ転んで、膝にかすり傷ができた。地面に手をつき下
を向いている僕の横に立っている君は誰だろう、見上げようとして目が覚める。
鼓膜を甘噛みするように、音楽はまだ流れていた。窓越しに見える空は、雲ひ
とつない晴天だ。まばたきを繰り返し、やっとのことで重たい上半身を起こす。
僕はひきずってでも、遅刻してでも、今日もまた学校に行くんだろう。

文学極道

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