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鈴木歯車 - 2019年分

選出作品 (投稿日時順 / 全9作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


藍色ドライ・シロップ

  鈴木歯車

本の中には病気しかないよ。粘度のかぎりなく高い泥の中を泳いで,しんとした警告とともに20歳になった。確かに言ったさ,過ぎ去った諸々はいつか魚になるって。振り返ると記憶とノウハウは自然力の葬式に列をなして藍色,藍色,藍色。苦い煙のイニシエーションを終えて,あえなく問題用紙に逆戻りする。地球なんて青い琥珀,インテリアの化石さ,ぼろぼろの宇宙船さ。ホラまた,存在,掘り起こしに調査員が派遣されていくじゃないか。おれの匂いは腐った調味料,冬の熱っぽい日には恐竜の影がたしかに生きているんだ。無味無臭の影がまだそこでは生まれては姿を消す。この気持ちなんだろうおれ死にてえのかな,良いことひとつも無かったくせに,しみったれた反省会なんてしたくなるから冬はきらいだ。
ときおり息のつまる夢を見て目を覚ます。でも精神科なんて結構ですぼくも皆も極度に薄まったコンクリートなんで。砂場の中,即興でしゃべった音階がすぐ答えに祀り上げられて嫌になる嫌になる。

白い。白い。

そう無人駅だ。「終点……『百葉箱……百葉箱……』」俺たちは感動した。千の弱音で俺を刺す森林。夏の音を探そうとあてなくバスに乗る。終点はもう知らなくていい。乾ききった頓服薬のような関係。スピッツが「言葉ははかない」と歌うのがよくわかって悔しい。世界中の雑草に水をやって後は,どうにか目に入るものだけ片付ける。どろどろの冷や汗,もうあの味に悩むことはないだろうドライ・シロップ。"助けてくれてありがとうございます."と言葉少な,乾ききった僕はリターンする。――不発音とともに落日。
「すべては肯定も否定もなくただ黙っているのみである」誰かが言っただろう一番黒い夜,関節をすべて外したような詩をこそこそ,そしてまた日が……


田中のバカヤロー

  鈴木歯車

愛のように気まぐれなさびしさを振り払おうとしたが、考えるのをやめて、また酒を注ぎに行く。病的な愛を、美を、俺はもう否定しない。

洗濯機の脱水機能がここんとこ中途半端だから
「しっかりやってくれよ」とつぶやいた。干し終わって我に返る。
そうだ。こいつには初めから、意思なんて無かったじゃないか、と。

毎日毎日が俺を弱くする。誰もが俺に微小な殺意を持っているみたいだ。
何のことは無い。腹が痛くなるほど聞いた学校のチャイムが、今は目覚ましにすり替わっただけのことだった。
俺が田中の裸を知る前、「深夜に泣きたくなったら聞いてみてくれ。きっと死にたくなるから」と教えてくれたロックバンド、なんて言ったか。名前まで忘れてしまった。
そこらへんを支配しているのは「俺のせい」という、ただ苦いだけのサプリだ。

突拍子もないことばっかりやって、ウケを狙っていた小学5年の俺。でも田中、お前だけはついに心から笑うことは無かったな。なんであのとき不満の一言ももらさなかったんだ。優しすぎるのも、後から苦しむ神経毒なのに。

そんな彼と、何をとち狂ったか、ペッティングをした。夏が終わりかけて、サイレンがうるさかった。

気持ちはよかったが、夜中に無性に死にたくなって、タオルで首を絞めたが、泣きながら目が覚めた。結局そんなものじゃ気絶がいいとこだったな、と。そしてある恐ろしい予感がよぎった。口の軽い田中がばらすかもしれないのだった。

明くる日を境に、毎朝8:30の学校のチャイムはすべてを巻き戻す号令に聞こえ始めた。通ってた学校がクソ田舎にあったから、寝転んだって何もないくらい通学路はきれいだった。それが憎くて憎くてたまらなかった。いっそ気でも狂えたら楽だったろうな。絶対に。何かが乗り移ったように、俺は田中をいじめ始めた。

3年後の中2のときに、田中は首を吊って死んだ。あの日、口に含んだ陰茎を思い出した後、よくやったと思った。お別れ会の後、俺たちは田中の机でポーカーをした。正義ぶった女子が血相変えて「やめてよ!」と怒鳴りこんできたが、俺たちは冷笑した。そういやあいつ殴られてたな。俺は止めなかったけど。恨むなよ田中。俺だって加虐者と被害者のスレスレで死にかかってたんだ。

にしても、なんでお前、もっと早く死ななかったんだろうな。

俺があいつの裸を知る前、「深夜に泣きたくなったら聞いてみてくれ。きっと死にたくなるから」と教えてくれたロックバンド、なんて言ったか。名前まで忘れてしまった。SNSも公式HPも無いから、解散してるのかどうかさえ分かんない、細々と観客3人のライブやってた、あきらめの悪すぎるバカヤローたち、まるでお前みたいだったな。あんなの聞いてちゃ誰だって死んでしまうよ。それにしても思い出せねえな。

なあ田中。

あれ何だったんだよ

教えてくれバカヤロー。


盲目

  鈴木歯車

おれは水溶性だから
泣いている人とか、
こういう灰色の天気が
嫌いだ、

カゲロウみたいに
目の前がふらふら歪んで、
傘の無い人もろとも
いきなり消えてしまうのは
怖いな、

”匂う”
”何の匂い?”
”雨の匂い、
いや、鉄の匂いがする”

鉄の匂いがするのは、
電線は目の前を切り落とす
空間兵器だから、
ご覧、もうすぐ
暖かい夕焼けが来て、

朝はしっかりしてたはずの
おれの目もやすらかに
衰えていくから、
盲目のきみをちょっと
うらやましい、と思った


花譜

  鈴木歯車

呼吸器のような花びらが
白い風に静かに揺れている
しかし 遠ざかるぼくの歩調とは
どこまでもすれ違ってしまう

曇り空へ巻き上がって しだいに
同化するレジ袋に
なぜかぼくはちょっと 憧れつつ
飲みかけの冷たい缶や
燃えていくタバコを とうとう
路上に捨て去ることはできない

午後から100%の ぬるい大雨なのに
ゆっくりと回転していることは
切り傷が目印だから分かる

色の薄い少女が
感情を川に流していく
それは敬虔なひとの祈りとよく似ていて
泥まみれのサンダルを 
ちょっと揺らしていた

彼女は歌っていた
くるくると踊りながら 徐々に
りんかくはフェードアウトしていく
完全な消失のあとに残ったのは
ただの花の香りだけであった

重い夜が止んだ頃
みずからが手放した懐かしさで
渇いていた目の奥がやけに
うつくしく苦しんでいた


ぼくのずっと後ろの方で

  鈴木歯車

気管支が人より狭くて
たばこを吸うたびに 
のどのおくで波の音がきしむ、

いつの間にか
やわらかすぎる風の速度が

死ね死ね死ね死ね死ね、

みたいな空耳を残して
細い体をすり抜け
ドップラー効果みたいに
ずっと後ろの方で
みずいろの生き物に進化する
その風はきっと海からやってきたんで
ぼくはつい走りすぎてしまう

薄まっていたはずの傷が開く
巨大な昆虫の羽のようにゆっくりと開く
ふいに 過去の自分と
すれちがっていたような気がして
振り返ってみたがそこには何もなく
ぼくだけが 白々しい光のもとで
さざなみのように呼吸していた


編み物

  鈴木歯車

あなたはある日から編み物に熱を入れはじめた
はじめ一本だった糸を、互い違いに名前を付けて、
それらで淡々と、まぐわいを繰り返すことがたまらないのと
笑っていた 
ひどく静かに

実はあなたを黒い淵から救い出すつもりだった
ぼくは編まれたものを 
ハサミで引き裂いたりもした
事実、かぎりない交配の果てに
生まれたものは化け物ではなく
おびただしい数の ただの赤い毛糸の衣類だったのに

何がそんなに恐ろしいの、とあなたは言った
そんな話が持ち上がるたび ぼくらは殴り合ったりもした
何が恐ろしいのかはとうとう分からなかったし
こんな季節に赤いセーターなんて
狂っているのか、

ぼくがその部屋をこっそり出て行ってから数年が経った
逃げるように職と住所を転々としているから
友達のいないまま暮らすのには慣れたが、
部屋がいつまで経っても片付かないのは何でだろう?
そういやあの編み物はどこにしまっていたんだ
埃一つ無い モデルルームのような1LDKだった気がする
ぼくが結局着なかったやつらは一体どこへ?

(たとえば皆のパラメータが多角形で現れたりする
様々な図形のなかで ぼくらは
凹んだ部分をみがき続けることで現れた空間の 
何ともいえない鋭さについて誇っていたのだ
そして意味の分からない動作を
おはようからおやすみまで繰り返すあなたを何と思っていたか、
今はもう思い出せない)

今日も妙な夢を見た
赤い糸があなたの小指から出てきて
ぼくのうなじにじゅくじゅくと寄生していく
あなたとひとつになってしまわぬように ぼくはどこかへ走り出す
ただそんな夢だった

あなたは今でも あの清潔すぎる部屋で
誰にあげることも叶わない帽子を捨てずに
洗い続けているのだろうか
自分以外の痛みには鈍感な性分だったから、
いつか訳の分からない どす黒い毛玉になり果てても、
あなたは帽子やらセーターやらを
洗濯機で あらあらしく洗った後
それでも消えない一抹の赤色に
心臓に近い形の愛を見出して
静かに笑っているのだろうか
肌寒い部屋の中で いつまでも いつまでも


ひかりのこ

  鈴木歯車

涙の漏れた少女たち
が仲間を増やしつつ、
西へ向かうのを見た
地平のきわで彼女らが平熱の太陽になったとき 
いくつものワンピースが祈りを聞きながら
倒れて倒れて倒れまくる、

そうだ あれは、
ひどく小さなかさぶただった
横断歩道をきちんと渡って 戦争に行ったっきりの
きみの擦り傷だけを
今でも覚えている

光の長さを知らないから ぼくは
色彩を信じられなかったし
廊下のはじでとめどなく
まとまりを無くしつつもあった

 ほんとうに、終わるのですか
  さあ、それはまだ、

今度こそたしかな明日がどこまでも
きみに続いていますようにと
あやまりながら祈っている
 
  終わるのですか
   それはまだ

夜明け、
走馬灯がふるえ 突然に花開く
数字にまとまった名も無き人らは
つま先から光の子へと生まれ変わって
しらむ空にむかって ゆっくり歩みはじめていた


白い棟の群れで

  鈴木歯車

膨大なまま死んでいる白い棟の群れで
ひとつだけ消える窓の明かり
また 誰にも看取られぬ朝が来て
ぼくはひどく浅く目をつぶる
幼いころから親しんできた
瞼の裏のあざやかな残像
そして夜明けはそのまま 闇の方へと走っていった

(みずうみの いちばんふかいところへ
     あおむけでしずんでいった おとこの子と、
  紫のうなじがかわいい、白い肌の女子高生と、
   屋上で静かに/静かに話をした)
(はじめて見る雲の形が
やけに気にかかった/
空には電線が張られていたから
ぼくらは飛び降りることができなかった/)

なんだか息を止めすぎていたみたい、
ゆっくり明滅する光がやがて
ぼくの視界を粉々に砕く予感
それに立ち向かうため すべての細胞はいきり立って
他でもないここに ぼくを連れ戻していた


戦争が終わるまで

  鈴木歯車

「世界は眩しいからね」
というくぐもった声を、本当はずっと覚えているから、言われたとおりにサングラスを外してしまいたかった。
ずっと極地の夜にいるみたいですよね、死なない方法をなりふり構わず探している。社会から外れるなら、ついでに正気も外そう。さよなら、ぼくはたった今から清潔な病院で縛られていく。それでも忘れ物が減らないのは、ぼくが優しいからだよ。初めて学校に置いてきた傘を、ひとりぼっちにしたくなくて。

   子供たちが裸のまま、水たまりを踏み割ってる。
   雨のリズムと末路だけは、
   みんなはじめから知っていた。

   はじめから

 もっとかさぶたを剥いで?空の、もっともっと上の方から。透明な砂に撃ち抜かれても走り続ける姿は、新しい神様との戦争みたい。
虹以外のすべてが洗い流されたら、ぼくはなんて言おうか。とびきりのものが出るまでやり直している。

文学極道

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