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夢野メチタ - 2013年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


口笛

  夢野メチタ

I

目が覚めたら夢の中で
バスタブに転がる私は口笛を吹いていた
"史上最大の作戦"だか"コンバット"だか
曲名が思い出せない
膝を抱えて腕についた露をぬぐっている
汗をかいたぶんだけ薄くなった 胸/肩
  /指先
     いつもどこかを洗いはじめる
背嚢からボディーソープを取りだし隣で
痩身の戦友は故郷の恋人に手紙を書いた
「俺この戦争が終わったら結婚するんだ」
かすれる口笛
トランペットの音が高くなり遠くで爆撃
が鳴った/吊したタオルから雫が/ポツ
リ/ポツリ/と背中に
          /そして目が覚め
るとやっぱり夢の中で口笛を吹く私は膝
を抱えて曲名が思い出せない/// /
  /お湯から突き出した膝小僧が赤い
//  ///////喉が渇いている

先に行っていてください言葉は後から追
いつくので/そう言って送り出した人ひ
とりも戻らなかった/私は蛇口をひねっ
て行進を見守り続ける/氷づいたあしお
と静けさを帯びている/いつも通り注意
ぶかく洗うんだ歩くんだ/爪先を水弾が
かすめて泡が破裂して/空に浮かんだ半
月が昼間の蛍光灯に照らされ白く/蒸気
のなか目を開けても前が見えない/息が
あがり/既に満杯になった浴槽から温も
りが次々と溢れ出し/誰もが溢れ冷たく
なっても私は吹き続けた/今となっては
私自身を繋ぎとめる拙いメロディライン


II

かける言葉がない夕焼けを背にはしる私
影があとを追う/一瞬の夕立に洗われた
景色は水彩にとけて淡く私の眼には透き
とおっている
      /いつか緑だった遠くの山
山/季節もろとも移ろい行くと思ってい
た/いつまでも緑
        /狭い河川敷に下りて
球けりに興じる子どもの数/ひとつぶの
飴玉を落として幼児もはしる/手の平を
擦りむいて泣く//
         /斜面に咲いたあの
素朴な名前の草花を匂い/音を聴き/風
はなく/風はなくても響いてくる吹奏楽
の音色は川裏から意気とのぼって天高く

せきを切ったように溢れだした
あの日も空は赤く/私の手は大きな手に
握られて/枯れて久しい庭の池のことを
埋め立てたら犬を飼おう/白い大きな犬
がいい/川下から向かってくるランナー
はしる/はしる/並んで少し大きめの運
動靴の底/擦り減った放課後の行進曲が
いつまでも同じところばかり繰り返して
行き場のない足取りを私達は見下ろした
そこに人はなく照り返しを受けた川面の
きらめきが私達の不透明感を際立たせた
かすれた口笛で心もとない旋律をなぞる
吹けない私も素振りだけを真似て大きく

/手を振って速度を上げた/変わらない
景色が続く/長く生きているとこういう
こともある/断たれた季節を追いかけて
振り払うようにして /はしる/はしる


III

斜交いからの一撃を食らって馬は死んだ
「この糞坊主」と普段は温厚な市制官が
敵を八つ裂きにする信じられない豹変ぶ
りに戦争のなんたるかを知った午後九時

対戦相手は席を立ち煙草を咥え膠着する
戦局をながめた/彼はインド人で私は日
本人であるから共通する言葉は"カリー"
しかなく/私が給仕を呼んで「カリー」
と本場の発音でなめらかに注文するとイ
ンド人は変な目で見てくるので「お前の
ためじゃない」と心の中でののしった
僅かな優位も決定的な勝利には足りない
半ば諦めながら無難にルークを動かし私
も席を立つ/店には他に三組の客がいて
それぞれがそれぞれの戦いをしている
一組目/別れ話を切り出した彼氏に彼女
が食い下がる「君とは合わない」「会っ
てるじゃん」「ちがう!もう会わない」
「それじゃあ文通始めちゃう〜??」
二組目/テーブルに並ぶ皿/皿/ジョッ
キ/コースターの束/男はハムエッグを
頬張り立て続けにビールを注ぎこむ/深
刻な顔で店内を見回し/不意に立ち上が
ると勘定を済ませて雨の街に消えた
三組目は正装をまとった団体で/口角泡
を飛ばして政治的議論をしている
私はひとつ伸びをすると席に戻った/イ
ンド人は予想通りルークを当ててきて人
差し指を交差して引分けのジェスチャー
をする/私も懐からスプーンを取り出し
て"カリー"を食べるジェスチャーをする
活動家たちのテーブルから急進的で文学
的なゆび笛が鳴る/晴れやかなカリー/
文通/食欲/スプーン/ゆび笛/頂きま
すとかぶりついた瞬間街に火が放たれた


正月

  夢野メチタ

三が日は毎年家族で過ごす。朝はコタツにくるまって年賀状の仕分けする。おとん おとん おかん おとん おかん じいちゃん おとん あにき おとん おもち おとん おかん おとん なんこ じいちゃん おとん? おかん あにき にこ おとん。そのうちじいちゃんが起きてきて、お国のために〜て騒ぐから、じいちゃんそりゃてっぽうじゃねえちくわだって教えてやってちくわ咥えさせてやった。元旦だってのに外は雨模様で、やぁねぇもぅとおかんが雑煮かき混ぜながらこぼす。おかあさん、せっかくなんで今日は家でのんびりしましょうって、ねえさんがこぼした雑煮を片付ける。その左手には確かにほんもののダイヤが輝いていて、細いし、白身魚みたいだ。細いし、白身魚みたいだっていってみたら、もうそれどういう意味〜っていたずらっぽく笑った。今年初めての一家そろった食卓で椅子が一脚たりねえからおれだけなんか気つかうわ。気つかって数の子食べないでいたら、それでいいみたいな雰囲気になるのを待った。テレビがどこかの商店街の様子を映す。おとん、朝刊広げて電力はあるに越したことないってぼやいた。おかんは年甲斐もなく美肌とか気にして、こちらアセロラがお買い得ですよ。テレビがいう。ねえさんがいう。横であにきが黙々とエビの殻むいて、じいちゃん金ぷんとかばかみたいに浮かんでる焼酎飲んで、おとんおかんあにきじいちゃんねえさん、おれ。チャンネル変えて漫才やってたから、それみてときどき笑った。おれがばかみたいに笑ってるのみてあにきがちょっと睨んだ。あにきが食後にコーヒーなんか飲んでてじいちゃんすっげー嘆いてる。でもじいちゃん、コーヒーはアメリカのもんじゃねえよっておとん。おかんが笑う。おとんも笑う。ねえさんがいたずらっぽく笑う。おれ食い終わってすることねえから、チラシについてた福笑い切って遊んでんだけど、なんかい並べてもなんかい並べても目と鼻と口がはみ出る。じゃあなんだったらはみ出ねえんだよって思ったけど、だいたいにおいてはみ出てる気がした。


てのひらの秋

  夢野メチタ

(一)
秋、ゆらぎゆらいで定型にする、赤、一枚の花弁とひだる
息、野放しに、こおろぎと分け合いする左手をささげ
折り曲げた体躯から砂の、香ばしく明けそめる山の赤に
秋の道ゆらいで天高く空が落ちる、ゆれる、そよいでゆらぐ



声それて刈り入れられた、乾いて深くつごもる稲田、ほどけ
声をころし落ち穂のように伏せり、えにし、髪のにおいがなじむ
藁、あかりを食む間もなく、むしろを編む人のこより手を好む
肥える秋、左手に重ね、秋の虫のむしろ場にさしだす

秋ゆらいゆらぎって、たえに咲く花の昼にしに赤色をそそぐ
熟した木の実に洗い、むくろじの羽根をついて遊ぶ
息、野放しにあがり、さやいだ風に秋を感じる、手のひらに糸
道ゆらぎって持ちかえる夕、静けさ、さやいで弱弱しく握る

山田の、畦の、家路にむかう子供たちの足元、秋、ゆらぎゆらいで
暮れなずむすべての秋に
秋と言ってやりたい

(二)
おはよう、何度もあくびを噛みころす朝
こわばった心音が指先に伝わりすべり落ちた
道ばたで出会った猫と一夜をあかして、花をつむ
水色の、ひかりにとけて淡い

それからまた少しねむって

手向けた鶴が飛び立つのを待つあいだ
峠をわたる馬車がいくつもの秋をのせてやってきた
幌の中身をひとめ見ようと首をのばして立ちつくす、子供は見えない
馭者のくたびれた背中が遠くなる

「たおねずみが水路を駈けて逃げてくよ」
「捕まえようか」
「もう少し様子を見ていよう」
「なんだか空がくもってきたわ」
「躯は痛みますか」
「土がやわらかいから平気です」
「いま雨つぶが落ちてきた」
「車輪のあとを濡らしたね」
「いつまでも同じ姿勢で横たわっている」
「それにしても小さくみすぼらしい足あとだ」

雲が、雲を食む、空のすきま
いつしか周りには同じような猫が一匹、二匹、三匹と増えている
刈りたての稲の匂いにまぎれて、ごろごろと喉を鳴らしながら
何度も顔をぬぐう、ひなたの中で
幼い爪どうしが掻きあって衣ずれ、ほつれた糸が草むらにたゆんだ

三叉路のくぼみにのせた手のひらがなぞる
見えない足あとが延々と踏み固められた道につづく
農夫たちは寂しくなった土をおこして、おこして
深まっていくまぶたの裏に、歩いてどこまでも、振り返らない

それからまた少しねむって

花びらをつまみ、それを水にうかべて
ゆらゆらと梢がそよぐ透き通った点描の中で
沈むでもなく飛ばされるのでもなく、ただゆっくりと
流れにそって旋回していく様を見ていた

(三)
今日のわたしのお昼はてんぷら、てんぷら、てんぷらをたべるよ
「いなげや」でだいこん買っておろし金でおろす
お椀の中にかつおだし
しょう油を切らしたね かなしいねって

すりがらすの向こう側 日曜日がふっている
指で弾いてかき鳴らす 高いつめ切りの音も
緩しょう材が安いから 全部つつぬけなんだ
見えなくっておかしい お腹抱えて笑ったね

ふっとう

手のひら、かざしたらとても薄くて
大事に握ってたさいばし落としてしまった

手のひら、うれしそうに咲いていた折り紙の花 置いたまま
秋がきて もう、季節はずれになってしまった


symbol

  夢野メチタ

魚よりも虫に近い生き物だと知ってかなしんだ、君の背わたをぬいて食べ
ます。これ、いつまで泣いておるんじゃ。わしだって同じ気持ちだ。同じ
気持ちだよ。ミラー。ミラーの中に映る自分。おおきく息を吸いこんで、
吐いて、吸いこんで、吐いて。吸いこんで。背中で語る、わたしの予想の
ななめ後ろで洗濯機が産声を上げて、ほつれたボタンがからからと鳴った
。からから。からから。からから。

共振するラッセル音に合わせておどるサッカーボールです。かたい握りこ
ぶし大のヘリコプターが風を切ってすすむ。肩で息をして、そのまま。放
さないで。足のつかない対岸に置き去りにされたらどんな気持ちだって。
一本の棒になりなさい。そして、マニュアリストとして生きるのです。ふ
み切った抑留がつま先をつたう。サッシに挟まった苦い虫。あざやかな、
サルミアッキ。

すすむったらないって櫛でならしたじゅう毛と、仕切られた側からめぐら
す視線。もしも世界が120パーセントの勾配だったとしたら、いったい
何人が地に足をつけて立っていられるんだい。真剣な顔で傾いでいる彼が
おもむろに立ちあがると、突き立った木杭めがけてむんずとその長柄を。
掃除、洗濯、そのあいだに、まるで昔からの決まりみたいにつめたい水に
唇を噛みしめる。悔しくて、悔しくて。漢字とてにをはは新聞読んで覚え
ました。いずれは中国語や英語にも挑戦し、ヒンドゥー語とウルドゥー語
を、あれ?

隣家の戸板かち割って米びつ漁るうつけもん懲らしめるため開発されたん
が、電子釜やった。科学の発展には犠牲が漬け物や。博士は自論を証明し
ようと自ら戦地におもむき、カカオに撃たれて死んだ。かかるチョコスロ
バキアの国境では今も攪拌機を手に立ちつくす男たちが前掛けを黒く汚し
ている。甘いだけじゃだめだ、甘いだけじゃだめだ。焼けただれたバター
の匂いが一帯に満ちて、

ジェイミー、2本だけ火をつけて。
でもまだ食べちゃダメ。ちゃんと歌をうたってからよ。
ママの焼いたミートローフがなかよく切り分けられてみんなのお皿にのせ
られたちょうどそのとき、付け合わせのマッシュポテトは、俺も映画みた
いな恋がしたい、そう思った。彼のまわりには幼なじみのにんじん、彩り
のレタス、地中海産ブロッコリーが肩をよせて並んでいたが、畑で生まれ
た俺たちが、またぞろ家庭菜園みたいな格好で食卓に花を咲かせている、
うんめいのふしぎなめぐりあわせに、すっかり毒気をぬかれた様子だ。そ
の横では、ちゃんと山盛りのスパゲティがやわらかな湯気を立てて一家の
食欲を刺激しているし、卓の中央、ジェイミーがろうそくを灯した特大の
ホールケーキはケミカルなつゆくさ色で、子どもたちの目を輝かせるには
充分だった。坊やはどのドレッシングがお好みかな? ランチか、イタリ
アンか、それとも……アンド・チーズ! 今日は妹の誕生日だけど、ごち
そうを前に誰よりも楽しめるのは自分なんだとジェイミーは、言わぬばか
りにジェイミーは、興奮した高い声で答えた。そして、こうも思った。今
日がこんなごちそうなら、半年後のぼくの誕生日には、もっとずっとすご
いごちそうとプレゼントが待っているにちがいない……! たまらずジェ
イミーは、いてもたってもいられず、早口言葉よりも早いそそり声で訊い
てみるんだけど、

来年のことを言うと鬼が笑うよって母さんが笑った。

*

少し弱気になっていた
急行の連絡待ちを告げるホームの片側で、ひと月ぶりの声に安心している
元気にしているか、
受話器のむこうに耳をすませば、
ほらこんなに、
聞こえてくる戦隊ヒーローのかけ声が自然と顔をほころばせた
今日は公園に行ったと言う
砂場でどろ団子を作って、アヒルの遊具に食べさせた
3合炊いても足りないくらい、口いっぱいに頬張るの
そうやって日々いろんなものをつめこみながら存在を拡大させていくもの
やわらかな頬が会いたいと、言っている
来年なんて見えないけれど
子どもの成長していく姿だけはありありと思い描くことが

できた!

欠けていたピースに可能性をはめこんだらそれっぽくなってしまい、探す
手間がはぶけたような休日の午後に、一杯の紅茶と読みかけのページのし
おりをはさんで、日が西に傾こうとしている窓のむこうでは、買い物に出
かける人の背中や、忘れられた洗濯物がはたはたと夕日の色を取り込んで
、ありふれた街の景色を作っていた。今日のいい日を誰より永く掴んでい
たい。煙草をつまんで深く息を吐き出すと、ふいに誰かに同意を求めたく
なったんで、とりあえず笑ってみた。

寒いから閉めなよ。

白い煙は寒空をおよいで、言葉も一緒に飲み込んでいく。

文学極道

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