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摩留地伊豆

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


まるちーちゃんとうじむしおじさん

  摩留地伊豆

(1)

まるちーちゃんは
にさいのまるちーずけんのおとこのこです
おうちがないので
いつもひとりでさんぽしているまるちーちゃんは
よくきんじょのかいいぬたちに
ばかにされていました

ぶるどっぐけんのぼびーは
「おまえは、くびわもしていないし、すごくよごれているな」
「なかまや、ごしゅじんさまはどこへいっちゃったんだ」
と、まるちーちゃんがいつもひとりぼっちなのをしっているのに
わざといじわるにそんなことをいいます

そして、ぼびーのごしゅじんさまに
「こら、いくわよぼびー」
と、いってしかられても
ごしゅじんさまにつれられて
ずっと、とおくにいっても
いつもにやにやとして
まるちーちゃんをみていたのです

でも、まるちーちゃんはとてもつよいこなので
そんなことをいわれてもへいきでした
それにまるちーちゃんには
ゆめがあったのです

それはいつかぼびーが
「このへんにはおまえそっくりなへんなおじさんがいるぞ」
「そのおじさんうじむしをびんでそだてているんだってさ」
「おまえのごしゅじんさまだろ」
と、はなしていた「うじむしおじさん」にあうことです

どうしてかわからないけど
「そのおじさんなら、ぼくにやさしくしてくれるかもしれない」
「もしかしたら、ぼくをかってくれるかも」

そうおもったまるちーちゃんは
よるもひるもずっと
「うじむしおじさん」のおうちをさがしていました

(2)

そんなあるひまるちーちゃんは
うじむしのたくさんはいったびんを
とてもだいじそうにかかえたおじさんをみつけました

そのとき、たまたまとおりかかったぼびーが
「きょうは、ごしゅじんさまとおさんぽかい」
と、にやにやしていったので

(ああ、このひとが「うじむしおじさん」にまちがいない)
と、おもいました

とてもうれしくなったまるちーちゃんは
わんわん、といって
そのひとにかけよりました

でも、びんのなかのうじむしにえさをあげている「うじむしおじさん」には
そのこえはきこえないみたいでした

まるちーちゃんはおおきなこえでもういちど
わんわんとなきました

すると、びんのなかをのぞきこんでいた「うじむしおじさん」は
すこしびっくりしたようなかおでまるちーちゃんをちょっとだけみましたが
またやさしいかおでうじむしたちをみました

そんなやさしいかおでじぶんのことをみてほしいとおもった
まるちーちゃんがもういちどなこうとしたとき

おじさんはおおきなこえで
「うるさいぞ、なんだこのきたないいぬは、あっちへいけ、しっしっ」
といいました

まるちーちゃんはとてもびっくりしましたが
おじさんにあえることをゆめでみるほどにたのしみにしていたので
そこからはなれることができずにいました

すると、ごんっというおとがして
めからぱちぱちとひばながでて
あたまにはおおきなたんこぶができました

「うじむしおじさん」がまるちーちゃんのあたまに
いしをぶつけたのです

そして、「うじむしおじさん」はまるちーちゃんをおいていってしまいました

おじさんがいってしまってとてもさびしいきもちになったまるちーちゃんは
ちいさなこえをだして、おおきななみだをながして
なんじかんもなきました

ごしゅじんさまにすてられたときも
なかなかったのにです

(3)

まるちーちゃんがないていると
ひとりのちいさなおんなのこがかけよってきました

「どうしたの?」

おんなのこはたんこぶのできたまるちーちゃんのあたまを
やさしくなでてくれました

まるちーちゃんはなきやんで
わん、といいました

すると、おんなのこのおかあさんがやってきて

「めぐみちゃん、もういくわよ」
といいました

「でも、このこけがしてるよ?」
おんなのこがいいました

「いいから、ほっときなさい」
おんなのこはおかあさんにてをひかれて
いってしまいました

まるちーちゃんはもうたくさんないたので
さんぽにでかけることにしました

さんぽのとちゅう
あきたけんのけんたと、しばいぬのめいにあいました

にひきは、まっかになったまるちーちゃんのめをのぞきこむと

「あれ、こいつのめまっかっかだぞ」
「きっとないたんだよ、なきむしやーい」
などといってはやしたてました

まるちーちゃんがはずかしそうにしていると
にひきとまるちーちゃんのあいだに
すうっとぼびーがはいってきました

ぼびーはまるちーちゃんのめをじいっとのぞきこんだあと
くるっとけんたとめいのほうをむいて

わんっ、とほえました

けんたとめいはびっくりしてきゃいんとないて
ごしゅじんさまたちにつれられて
いってしまいました

ぼびーもだまってごしゅじんさまといっしょに
いってしまいました

(4)

あるひ、まるちーちゃんがおきにいりのこうえんにある
どかんのうえでひなたぼっこをしていると
おんなのこがおおきないたをたくさんもってやってきました
このあいだ、たんこぶができたまるちーちゃんの
あたまをなでてくれたおんなのこです

「うんしょ、うんしょ」

おんなのこは、もってきたいたをどさっとおいて
まるちーちゃんにこういいました

「わんちゃん、おうち、ないんでしょ、めぐみがわんちゃんのおうちをつくってあげる」

おんなのこは、せおっていたりゅっくさっくから
くぎと、かなづちをとりだすと

「おとうさんのをもってきちゃったんだ、ないしょだよ」

にっこりわらってそういうと
どかんのうらのめだたないばしょにいって
くぎをかなづちでたたいて、まるちーちゃんのおうちづくりをはじめました

とん、とん、とん

おんなのこはまだちいさいので
くぎをうつのがあまりじょうずではありません
まるちーちゃんはおんなのこがてをたたいてしまうのではないかと
しんぱいしてみていました

「いたい、わーん」
まるちーちゃんがしんぱいしていたとおり
おんなのこはひだりてのひとさしゆびを
かなづちでたたいてなきだしてしまいました

おんなのこのことをとてもしんぱいしたまるちーちゃんは
はしっていって、おんなのこのたたいてしまったゆびを
なんどもなんどもなめました

おんなのこはすぐになきやんで
まるちーちゃんのあたまをやさしくなでると
また、まるちーちゃんのいえづくりをはじめました

「できた」

もう、ゆうやけでそらがあかくなりかけたころ
ようやくまるちーちゃんのいえがかんせいしました
おんなのこのいえづくりを
ずっとしんぱいしながらみていたまるちーちゃんでしたが
いえができるととびあがってよろこびました

「めぐみちゃん、いつまであそんでるの、ごはんだからかえってきなさい」

「はーい、おかあさん」

しんぱいしてさがしにきたおかあさんにつれられて
おうちにかえっていったおんなのこをみおくると

まるちーちゃんはじぶんのこやのまわりをぐるぐるとまわりました
ちいさなおんなのこがつくってくれたので
こやのかべにはすきまがいっぱいありましたが

まるちーちゃんはうれしくてたまりませんでした

そして、よるになったので
まるちーちゃんはじぶんのこやにはいって
すやすやとねむりました

(5)

それからというもの、おんなのこはまいにちのように
ぱんをもってきてくれたりして
まるちーちゃんにあいにきてくれるようになりました
まるちーちゃんはおんなのこがきてくれるのを
いつもたのしみにしていました

そんなあるひ、おんなのこがまるちーちゃんをこうえんにつれていきました
そして、

「めぐみがまるちーちゃんをきれいにしてあげるね」
そういって、こうえんのみずのみばのじゃぐちをひねると
おんなのこはもってきたせっけんで
まるちーちゃんをごしごしとあらいました

おんなのこがいっしょうけんめいにあらってくれたので
まるちーちゃんのけはぴかぴかになりました

そしておんなのこはぽけっとからぴんくのりぼんをとりだすと
まるちーちゃんのあたまにつけました

まるちーちゃんはおとこのこなので
ぴんくのりぼんがちょっとだけはずかしかったけれど
おんなのこがとてもよろこんでいたので
うれしくなってはしりまわりました

まるちーちゃんがはしりまわっていると
けんたとめいがさんぽにきているのをみつけました
そしてけんたとめいのごしゅじんさまが
ひそひそばなしをしているのがきこえてきました

「いやねえ、あのひと、またきてるわ…」

ごしゅじんさまたちがみているほうをみると
さなぎがいっぱいはいったびんをもった
「うじむしおじさん」がいました

うじむしおじさんは、なにもしゃべらずに
さなぎのはいったびんをじいっとのぞきこんでいました

まるちーちゃんはまたいしをぶつけられるとこわいので
けんたとめいのごしゅじんさまのうしろにそっとかくれました

すると

「あのひと、ほんとうにきみがわるいわ」
「うじむしをびんにいれてかっているなんて、どんなびょうきをもっているかわからない」
「このこうえんにこないでほしい」

ふたりはずっとうじむしおじさんのわるぐちをいっていました
それをきいていたまるちーちゃんは
なんだかはらがたってきて、わんっ、とおおごえでなきました

けんたとめいのごしゅじんさまは、はじめはびっくりしましたが
おんなのこがせっけんでけをきれいにしてくれて
ぴんくのりぼんをつけてくれたまるちーちゃんをみて

「あら、かわいいわんちゃん」
「どこのおたくのわんちゃんかしら」

と、くちぐちにいいましたが

まるちーちゃんがおこってずっとほえるので
けんたとめいをつれてかえっていきました

「なにしてるの、もうかえろう」

おんなのこがよびにきたので
まるちーちゃんもかえることにしました

まるちーちゃんがふりかえると

うじむしおじさんはまだだまったまま
びんのなかのさなぎをみつめていました

(6)

まるちーちゃんとめぐみちゃんはとてもなかよしになりました
ふたりはかけっこをしたり、めぐみちゃんがなげたぼうを
まるちーちゃんがひろいにいったりして
とてもたのしくあそびました

そのひ、いつものようにおかあさんにつれられてかえる
めぐみちゃんをみおくってしばらくすると
めぐみちゃんのおかあさんがひとりで
まるちーちゃんのおうちへやってきました

まるちーちゃんは、いつもおそくまでめぐみちゃんとあそんでいるので
きっとおこられるにちがいないとおもって
どきどきしました

でもめぐみちゃんのおかあさんは
すうっとまるちーちゃんのまえにすわりこむと
まるちーちゃんのかおをじいっとみたあとで
やさしくあたまをなでてかえっていきました

そのよる、めぐみちゃんのおうちでは
かぞくかいぎがひらかれました

おかあさんがめぐみちゃんに、まるちーちゃんのことをかってもいいかどうか
「おとうさんにきいてごらん」
と、いったからです

めぐみちゃんがおとうさんにきくと

おとうさんはめぐみちゃんとまるちーちゃんがとてもなかよしなことや
めぐみちゃんがまるちーちゃんのめんどうをよくみていることを
おかあさんからよくきいていたので

「いいよ」

と、いいました

めぐみちゃんはうれしくて

「ばんざーい」

と、いいました

(7)

まるちーちゃんはめぐみちゃんのかぞくのいちいんになりました
めぐみちゃんはがっこうへいくまえとゆうがた
まいにちまるちーちゃんをおさんぽにつれていってくれました

めぐみちゃんががっこうへいっていないときは
おかあさんがせなかをなでてくれたり
とてもやさしくしてくれました

ゆうがたのおさんぽで、まるちーちゃんは
ぶるどっぐけんのぼびーといつもすれちがいます

ぼびーがいつもわんっ、となくので
まるちーちゃんもいつもわんっ、となきました

にちようび

まるちーちゃんはめぐみちゃんと
おとうさんとおかあさんとみんなでこうえんにいきました

まるちーちゃんはこうえんでめぐみちゃんとかけっこをしているとき
べんちに、はえのいっぱいはいったびんをうれしそうにみつめている
「うじむしおじさん」がすわっているのをみつけました

うじむしおじさんがびんのふたをあけると
びんのなかのはえたちは
いっせいにそらへとんでいって
あっというまにみえなくなりました

うじむしおじさんはすこしさみしそうにわらって
そのようすをながめていました

まるちーちゃんも
はえたちがいっせいにそらへきえていくのを

じいっとながめていました

(おしまい)


タバコの弊害とニュースキャスター

  摩留地伊豆


ニュースキャスターは俺の表情などお構い無しだ
俺は事件を映す無機質なレンズじゃない
スイッチを切られる事にも動じずに
奴は正体を現し
三色の線となり点に消えた
それでも納まらぬ怒りに追い討ち
コーヒーを煎れた後でタバコを切らして居る事に気付く

<雑草>

それ自体がその名を持つ訳では無い
各々に名は有る
特に特徴の無い草
或いは広く名を知られぬ草
自生する草
それらを引っ括めて雑草と呼ぶのだろうが
自らを雑草と呼んだ紫の竜胆はどうだろう
それは自生する誇りの象徴なのか
或いは全ての無名な草への愛なのか
そんな事を紫の竜胆に尋ねた所で
風に吹かれて鳴らない鈴を鳴らすだけ

…と、ここまで

一通り独り言を終えた俺が拡声器のスイッチを切るのを待っていたかの様に
突然女性店員が話し掛けて来た
「ソフトですか?」

タバコを求めたコンビニエンスストアのレジの前
その店員が客に尋ねる様な物言いに憤慨した俺は
彼女に一矢報いるべくソフトともボックスとも付かない言葉を模索する

(ソックス…ボフト…ソックスでは靴下と混同されるおそれがあるな…)

長考…
長考に次ぐ長考…

そして沈黙

空気を無くしたかの様な時の沈黙を初めに押し出したのは女性店員だった

「すいませんレジお願いしまーす!」

おかっぱ頭の小柄な女性店員がその容姿に似合わぬ野太い大声を上げたので
驚いた俺があわてて辺りを見渡すと
後ろには長蛇の列
背景は紫のモヤモヤで、どの顔も黒く塗り潰され黄色い目は三角だった

(畜生…何時もだ…何時もこうなんだ!)

もたもたする俺を睨みつける世間の冷たい視線
一体この国は何時からこんなにもせわしなく先客を突付きまわす国になったのだ
怒りが頂点に達した俺は腹に有らん限りの力を込めて
一つ決断した言葉を吐いた

「ボフトで!!」

すると女性店員はオーバースローで振りかぶり
ソフトともボックスとも付かない
柔らかくも硬くも無いセブンスターを俺の額目掛けて投げつけた

「うわあぁぁぁ!!!!」

空気との摩擦熱により
紅蓮の炎と化したセブンスター
そのパッケージが脳内にめり込み破裂すると
逆回転の時計の針は朝靄のリフの中で急速回転を始め
ジーンズのポケットの中に隠し持っていた大正ビーズが
小さな炸裂音と共に弾け飛んだ
ジーンズの腿の辺りが血で紅く染まって行くのを眺めて居ると
血の赤みは少しずつ緑色に変わり
気が付けば辺り一面の煙草畑に来ていた

(もっとも俺は煙草の葉を見た事が無いのでその時は雑草だと思っていた訳だが…)

の規則的に並んだその雑草共が突然グァッパッ!と言う呼吸を始め
葉を一枚づつ畳み茎を短くして地中に潜り込むと
足から土の感触は消え
何時の日か蜥蜴の背中を顕微鏡で覗き込んだ時の感触が身体中を包み
漆黒の闇から更に闇へ
色即是空から更に無へ
そのような場所へ向かって居る事は何と無く感じられるのだが
何しろそんな経験をした事が無いので
脳が驚かない様に取り敢えず粘膜質のローラーが
身体に密着して気持ちが悪いウォータースライダーを滑り降りた
と、言うような体験をしている…と、言うような事にして
昨日の夜の様な箱の中へと飛び込んだ

箱の中はさして驚く事の無い普通の闇、夜
「真っ暗だ…ライターはどこだ」
ポケットをまさぐるとライターの部品らしい木っ端微塵の金属片に手が触れた
「そうか…大正ビーズが破裂した時か…」
仕方がないので壁のスイッチを押して蛍光灯を点灯させると
六畳程の全面Pタイル張り、そう、壁や天井迄全部Pタイル張りの部屋に居て
部屋の中央のパイプ椅子には四年ほど前に別れた妻が座っていた
彼女の前には男が立っていて何やら楽しげに話し込んでいる
彼氏だろうか、それとも新しい旦那なのだろうか
始めは少しうっとりと眺めていた俺だが
死に別れた友が三人程出て来た時にはうすうす感付いて来た
「夢だろ…」
だが全て夢では無いかも知れない
現に何時の日かの夢で六つ有る肛門の内どの穴から噴射させようか悩んだ時も
その中の一つは本物だったのだから
恐る恐る目を開けると

残ったのはPタイル張りの部屋だけだった

ニュースキャスターが笑う
ニュースキャスターが笑う
ニュースキャスターは俺
ニュースキャスターはお前
ニュースキャスターは役者
ニュースキャスターは仮面

何と無くそんな気もするが世間的には別にそうでも無い詩を詠んで
心を落ち着かせた後、勢いよくドアを蹴り開け
ドアの向こうに転がり込んだ

これは…

今度は部屋一面赤い毛足の長い絨毯貼りで
無造作に床に置かれたホワイトボードには
「天国」とだけ書かれていた
「誰かの悪戯なんだろう…」
納得した俺はホワイトボードの「天」の字を袖で擦り
備え付けの「ホワイトボードインキ」で「中」に書き換え
パンダが笹を食ってるイラストを添えると
「Tシャツにしたいな」等と独り言を呟いて次のドアを開いた

「うわぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

落ちる!!!
落ちる!!!
何処までも落ちる!!!
地球の裏まで!
或いは地球は消滅してしまったのか!?
それならば何処に重力が存在するのか!?
分からない!!!
俺は地球の上しか知らない…
部屋があると思って油断した
やっぱりさっき自分のイラストに和んでしまったのが…
いや、今はそれどころでは…

そういえばパンダの尻尾って白だったかな…黒だったかな…

あれれ…おかしいなぁ

するとその時!

「グオォォォォ!!」
空間ごと落下する俺の耳に
突然野獣のビーストの咆哮の様な獣の叫びが転がり飛び出てきた!
声を上げる間も無く空間は憧れの彼の股間のジッパーが開く様に裂け
亀裂の向こうからは凄まじい冷気が襲いかかってくる
「グオォォ!!」

その時だ!

体長二メートル位の白い獣が亀裂を抉じ開けて身を乗り出し
俺の顔を覗き込んで来た

白いパンダだ…

こうなるともう俺の怒りは止まらない

「てめえ…」

白いパンダは隙を伺う様に俺を睨み付けていた
摺り足で距離を詰めた俺は渾身の力で拳を握り締め

「模様はどうしたァァ!?」

全体重を右の拳に載せ白パンダの額に叩きつけると右手の指が全部折れたので
テレビ、冷蔵庫、カーテン等思い付く全ての物を具現化し
左手であちらこちらに投げ散らかしてやった

そして具現化した白熊の縫いぐるみを投げつけようとしたその時
奪い取ろうとした白パンダに弾き飛ばされた俺は
背後に突然現れた下行きのエレベーターの中に叩き込まれて
又緩やかな下降が加えられた

余りに突然だったので
エレベーターの壁に衝突した衝撃でエレベーターの天井から落ちてきて
床を突き抜けて消えて行った黒パンダの尻尾も見ることが出来なかったが
まあ良しとしよう
兎に角今はパンダの事から離れた方がいい
体操でもして気を紛らわそうと軽く跳び跳ねると
足を踏み外した俺は黒パンダの開けた穴から転落した
「今、時速何キロ出ているのだろう…」
もう叫びも出なかった

猛スピードで落下する空間の中で墜落する俺
何処までも続くエレベーターシャフト
余りにも単調なシャフト内の景色に退屈し居眠りを始めた頃
事態は急変した

…上昇

上昇!
太陽を突き抜ける上昇!!
数万光年の地球を眼下に…
否、実際には小さ過ぎて肉眼で見る事は出来ないが
兎に角…

今回ばかりは数万年後迄には望遠鏡を用意したいと考える余裕も無く
ただただ怖かった
手も、足も、どこもかしこもガタガタと震え出し
滝の様に汗を流し
内蔵どころか細胞全てが萎縮するのを感じた

「ふひぃ…!」

悲鳴とも嗚咽ともつかない
何とも情けない自分の声にふと我に帰ると

恰幅の良い中年男性が俺の目を覗き込んでいた

「伊藤…」
「何回言えば分かるんだ」
「その商品はそこじゃないだろ!!」

さっきからまるでコンビニエンスストアの店長の様に振る舞うこの男の事が
気に入らなかった俺はなるべく大きな声で

「はい!」
「はい!」
「わかりました!」

と新入りのバイトの真似をしてからかって遊んでいたのだが、

「伊藤!レジ行け!」

この時ばかりは本当に不安だった
俺はレジスターなど触った事がない
しかし店長が俺の全部の指の骨が折れた右手を心配してくれた事を思い出し

震える足を抑え
勇気を振り絞ってレジに立った

(店長、見ててくれ…俺…やるよ!)

初めての経験に緊張して朦朧とした俺は
緊張の余り意識を失っていた
途中で誰かと何か会話した様だったがまるで覚えちゃいない
ボヤける視界の中に…

…ヒッ!!!

列…
長蛇の列
店外迄続く列!

その先頭は仏頂面の…



……

先輩の田中さんが叫んだ

「レジお願いします!」

田中さんは優しく俺を導いてレジスターの横に立たせ
慣れた手付きで仏頂面の俺を消滅させると
応援に来た店長と一緒に物凄い勢いでレジスターを打ち始めた
すっかりレジ打ちの魅力に取り付かれた俺は
田中さんの指先をじっと見詰めていたが
視線はいつの間にか田中さんの横顔に移っていた



「グァッパ!」

店長の下品なげっぷの音が店内に鳴り響くと同時に
本日のバイト終了の時間になった
着替えを済ませ帰宅しようとする田中さんの背に
俺の喉から自然と声が出た
「田中さんのレジ…マジ、パネェっす…あの、今晩一緒に食事でも…」

田中さんは一瞬驚いた顔をしたが、少しだけ微笑んで

「今日は用事があるから…明日なら…」

やった!

それからどうやって家に辿り着いたかは覚えちゃいない

すっかり冷めたコーヒーを飲み干し歯を磨き
テレビのニュースキャスターにキスをして布団に潜り込んだ

「黒…」

何かが閃いたが何の事か分からないので
にやけて

眠りについた

「タバコの弊害とニュースキャスター」

…終

文学極道

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