#目次

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破片 - 2014年分

選出作品 (投稿日時順 / 全8作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


現象の冬

  破片

か細い手つきで摘み取られた
ピアノの音みたいな雪が
無様に弾けて
着地すると、そこから
ひたひたと
硬い水が鉱物に染み込み
反対に、
ぼくから、あなたが
染み出していく
溶媒となる雪や、ぼくが、
晴れ渡りそうな明け方に
焼かれていなくなる
あなたは
凍りついていく一切の
旋律を蹴散らしていく

スエード生地のブーツ
濡れて黒くなり、爪先には
いつだって凛とした音階を
くっつけて
ぼくは見ている、
あなたが楽しそうに歩くのを
ぼくはずっと見ている
つもり
歩いているのはぼくで
歩いているのはあなたで
ぼくの少し張った肩幅が
あなたの滑らかな肩の線から
ずれてはみだす
その度に誰かが死ぬので
泣いてばかり

死んでいった人たちは
今何を思っているか、なんて
何も思っていないだろう
やたらと乾いているだけの
冬にも、たまには雪が降るけど
一日か二日で消えてなくなる
そんな感じ
あなたも、そんな感じ
知ってくれればいいんだ
だから、積った雪は融ける、
音も感傷もなく

ぼくの中にあなたがいるだなんて
そんな風に言うつもりはない
その言い方が何を表すか
ぼくにはまだわかっていないし
しかも事実ではないように思う

幻象という語彙
多分ここでぼくはけつまずく
あなた、幻象(?)
そんなわけがない
あなたの匂い
あなたの声、そしてなで肩
全部感じ取れる
それらは一つの楽曲として
抑揚や強弱、
出張り、引っ込む、
弾んで落下するあらゆるものを
指し示している

路面は凍り、さらに黒く
冬は厚く
冷たい空気を地上に押し込み
あなたはぼくから
染み出していく、今

きょうとあしたの境目で
もうすぐあした、が
きょう、になるこの座標点で

長い髪を下ろし
もこもこと可愛らしい
防寒のファッション
顔の半分がマフラーで隠れて
とても不細工だよって、
本気でひっぱたきにくるから
言わない
雪で織られた
服を身に着けて寒くないかと
ぼくはいつも心配だった
でも触れてみると
やっぱり毛や綿で出来てて、
体温の、あったかい

いっこ、涙が流れる
ぼくはピアノが弾けない
あなたは中空で
鍵盤を叩きながら
また、泣く
陽射しが屋根と屋根の間から
漏れ出てくる
地平線からあなたが射抜かれる
ぼくは幻象じゃないから
あったかく、受け止める
人が死ぬ
半分も見えていない
太陽の裏側で
昼と夜とが混ざり合って
何も見えなくなるその
スケール、狭間、
黒く艶々したピアノに
ぼくは縋りついて
温かさがどんなものか知る

奏でる端から凍りつき
脆く、重く、
墜落して、水びたしになり
用いられる
幻象
という語彙、そして
幾度となくつまずくぼくが
あなたとなって
鍵盤を叩く、あなたは
鍵盤を叩く
あなたは泣く
ぼくは雪が融けるだけだと
言って聞かせる
あなたは泣く
冷たい雪の服を着て
陽射しはあまりにも繊細すぎて
横風に揺れる
あなたは泣く、泣きやまない
あなたはぼくから染み出す
影が二つできる、わけがなく
ピアノの艶やかな表面に映る
あなたの赤いマフラー
今もどこかで誰かが死ぬ
一秒ごとに人間が死んでいく
冬の、雪融け

さよなら
樹木は葉を落とし、
氷みたいな重たい雪も
その内ぜんぶ篩い落とすから
あなたは凍りついていくだけの
ピアノの楽曲を蹴散らす
幻象じゃない、
冬の夜が明ける、誰も幻象じゃない


Have a nice trip

  破片

そこにトリップがある。
目の前を通過していくバスの額には、知らない銀河系の名まえが記されている。路面を噛んで離さない車輪の溝に、いつの日か、人間の手で取りあつかえない鉱石の欠片が擦り込まれ、ぼくたちの瞬きの狭間へ、鋭く青い炎の閃きを残していくだろう。

そこにトリップがある。
ぼくは、つまり、一種の病気なんだと。誰にも伝わらない金属質の言葉を静かに訴え続ける。あなたは介抱してくれる。ダウンに落ちた、静かな高ぶりを、旅立たせてくれると、残るのはぼくだけで、少し雑に触れるあなたの指先はいつも、太く強靭な鋼線に区切られた青空を指したあと、消えてなくなっていく。あなたは解放してくれる。心に囚われていく、心が。ぼくを作り出す電気信号を導いて、いつも、正しい方向に。ただ、生活を忘れようとするぼくをいつまでも黙って見守り続けてくれていた。帰ってきたときは必ず、ぼくはあなたに惹かれている、あなたを忘れるまで。あなたのあったかい言葉の一つ一つが、いかなる言語にも翻訳できなくなって、あなたに恋しつづけたまま、言葉が声になり、そしてスケールもメロディもない音に成り下がるころ、青空の色合いは三回変わっているだろう。また再びあなたを覚える。

そこには青い炎と、旅路がある。
火は、水面の上の、
刻まれた模様が
すぐに均される
脆い道筋の轍を辿る、
だから青いんだよ、
外へ出ようとする
多くの乗客は
身じろぎもしないまま
ギリシャ文字の
四番目までを手に取り
全て
夢の中のことであれば
と、
祈る
一度も光ることのない
祈りの手つきの、

せんせい、
目盛りの中の、目盛りを、
あと、その中の
もっと小さな目盛りを
数えていたら、
暖かくなってきました
雪が、空中でとけていく
もう寒い日は
来ないのですね
あふれだす陽射しを受けて
せんせい、
前髪がそっと流れる
またいつか、

全ての整数が、1の倍数であると
誰も教えてくれなかった
永遠に連なる、数の車両には、
あなただけが乗り込んでいる
ぼくたちの大地から、
南十字星へと到達して、もっと長く、
永く

触れることができない、それは、凪いだ青空との距離に似ている。
空は見えている。指は届かない。ただ滑らかな表面を切り刻む鋼線にも。
そこにはぼくたちが通っている。ぼくたちはぼくたちに触れることさえできない。
無限には至らない距離を、ぼくたちは無限と呼んでいる。
人が死ぬことのできる電圧を通しておきながら、人はみな穏やかに暮らしている。

そこにトリップがある。
小さな渦潮が巻き続けて、いくつもの銀河になるこの海を、忘れることはできない。砂浜には眩しい石灰質の足跡が、保存され、打ち寄せる波が、それをずっと浚うことなく、ゆるやかにうねる。波間に浮かぶ何番目かもわからないギリシャ文字と、時おり弾ける新たな文字が、少しずつ海を揮発させていくだろう。産み出される銀河はどこまでも青く海の色をしていて、青く、炎の色をしていて、ゆっくりと、自ら蒸発し、絶えていく。すべての物質と、生命を燃やす海が干上がっていくから、箱舟はいらない。あたたかい手も言葉も。数を記すための指が残るはずもない。声に火が点く、青い海水が、車輪のついた鉄の箱を飲み込む。

解析され尽くした音階で、喋り声はぶ厚くたるんだ。縦、横、斜めに交錯する人々の赤らんだ表情がとても生々しくて、羨ましいと思う。静かに繋がれている手を引き千切る、奔流の中で、握り込まれて白くなった指の節々が、じんわりと感覚を放していく。
海からの風で、あなたは不機嫌になる。潮の香りは青いのに、悲しそうな顔をする。かなしい、と発音するための脈拍で、あなたの身体が透過していく。決して凍りつくことなく、そのあととけ出すこともなく揺らぎ続ける海面の中を、ぼくたちはずっと漂っていたいだけだったのに。冬の海の中を。冷たくも、あたたかくもなく、ただ炎が燃えることのできるだけの温度を宿して。

音階と、色彩と、
その二つに
ぼくたちは還元され、
いるはずのあなたが
いない
見えている、
いない

並置された宇宙や、
その中の銀河を
そして恒星と、
星座、新しい
文字の連なりと、
口笛を吹く
音に火が点り、
トリップという
言葉を囲う
いくつもの注釈を
数えて、
数に変換されたすべての、
硬くあたたかい文字を、
紙のように軽やかに
破り捨てていく

冷たい晴れの日に、
せんせい、
霜はどうして
寒い土の下が
好きなんですか
あったかい処に
生まれてみたいと
どうして
思わないのですか

季節が廻らなくても、
海は、熱いです、ね
爪先の届かない
深い処では、
また、かなしみに
青く暮れていく
ぼくたちが、生まれ、
生まれていることを
忘れるまで
燃え続けている
そこで、
少しずつ削られ
金属でできた珊瑚礁が
崩れていった
立ち上がる気泡の中に
超新星の熱と、輝きを
虹彩の、向こう側へ、と

せんせい、
あなたは、
日向が嫌いだった
ぼくの手の中に
深海の中央に
世界中を繋ぐ電導線に
目の前の雪解けにある
青い炎を
永遠に
見守り続ける恋人
トリップはまた、
ひどいダウナーみたいだ
青くて、そして冷たくも
あったかくもないけど
なんとなく、熱いよ
あらゆる音階が沈黙して
色彩は残らず青に
収束していく
言葉だったものが
悲鳴を上げて
分解していく
果てしない数の森に住む
せんせい、
あなたを残して、
どうして
右へ進むことしか
できないんだろう


春を慈しむ

  破片

花冷えという言葉をぐちゃぐちゃに砕いて踏みにじってから一日は始まる。きみはどうだろう。遮光できない薄っぺらなカーテンみたいな霧雨の降るこの日に季節感の損なわれた厚着をしてくる人たち全部、腐って汚らしい色した花弁の下に埋めて踏みつけにして歩いていきたいとそう思ってるんだろ。

爪先の高さに地平線。ずっと変わらない夜明け色の街並みを眺め下ろす。向こうにある何だか知れないただ高いだけの建物へと一足で飛び移る。この上空ではいろんな人たちが墜落していく。大丈夫。空も地面もなくなってる。夜明けの空と街と血管みたいな道路と、同じ色を共有している全てが融け合っていく。彼らは何でもなかったみたいにしてもう一度自分の足で立つよ。空だった場所に。空じゃなくなった場所に。彼ら自身の上に、下に。

まだ自分が喋るべき言葉を探している最中の幼い女の子がきみの頬に触れる。そこはびしょびしょだったけれど女の子は驚いただけで触れた手を引っ込めることはしなかった。大人から見たらひどく拙くそれでも最も強く真っ直ぐな言葉で、高い建物の屋上から飛び降りようとしてる場合じゃないよと言いかけたところできみが寒さに凍えて温かさをせがむような目で女の子の唇を見つめていることに気がついたから、ぼくは初めてきみに手を触れた。手を手で軽く上から押さえるだけのコンタクトが交わされて女の子は消えてなくなった。目の前のか細い金網の柵がとても高く見える。三日ぶりの晴天に温められていきながら凍え続けている。

指の間から抜き取られた一本の煙草を奪い返す。麻雀牌は強く摘むなと教える。埃をかぶらないギターには決して触らせない。この季節には部屋の空気清浄機を毎日連続稼働する。一緒にいる時スマホは見ないでほしいとお願いする。一緒にいる時コンピュータの電源は入れない。映画を見る時はホラーでなくても電気を点ける。

だから、いきなりきみに頬を張られた時、やっぱりな、と思った。

ぼくはどうしても墜落することが怖くて耐えられない。花冷えの季節が終わろうとしている。葉桜が一番乗りを高らかに宣言したら人は新緑に追い抜かれる。光がそろそろ人間にとって毒になるくらい太く眩しくなってきた。若々しい梢に砕かれた光の粒子を吸い込んだ時自殺しようと思った。今なら凍えることはないだろうって思う。ほんとうに唇が欲しかったのはいつもぼくだった。きみはそのふりが上手かったからふりだって気付かなかった。きみの唇じゃなかった。あの時きみを制止しておいてよかった。お母さんと覚えたての言葉を叫ぶ女の子が何事もなく駆けていってよかった。

きみはいつもふりだったんだ。これからはぼくも全部ふりで通す。手始めにきみに手ひどく振られて絶望と失意の内に自殺するふりをしよう。


みずのなかのおとうさんへ

  破片

あのね、
父性は遠い星座を象る
α星なんだよ、

幼い頃。
深さの判らないほどぶ厚い入道雲が恐ろしかった。
屋外での遊びを禁じられる台風をこの手でやっつけられないか考えていた。
飲み物はいつでも冷たくて真冬でも温かいものなんて飲みたくなかった。
終わってしまった短いたばこのフィルターに残る味を試していてゲンコツされた。
星が輝いていることをただ煌びやかできれいだと思えていた。
まあるく、やわらかな、じぶんのほっぺが、何よりも嫌いだった。

水位が上がって星を浸す
風が、止まない
あなたたちを追い越して吹く風は
とてつもない熱量で街を乾かした
蒸発した水の行き先は?
ここはきっと宇宙の最下層

見上げれば、
水底が大きな屋根だった

白銀と、濃紺のうねり、
沖から手紙が届く
触れることのできない
熱い筆跡を、いつまでも保存していたね

父よ

今から行く者のために、
天候は悲しげな相貌
まずは言葉を上書きする
言葉が上書きされて
上書きした言葉を水で上書きする

あなたたちはどこで呼吸してるの
液晶の海、可視化処理された素子となって
息吹を手放して、
温度を奪われて、
硬質で密度の高い疑似宇宙の
しがらみの中に瞬き
身じろぎさえ許されない、そんな処で

天候が変わる、また変わる
星々は霞む、
ぶ厚い天蓋に護られて
真空から逃げる
ひとびとの、嘔吐
その吐瀉物で、同胞をたくさん
救い出してきた

父よ

硝子細工の塔の天辺
碧く透き通る建造物から
あなたが飛び降りる
そこは空だよ。
自由落下には果てがあり、
空に殴られて人体は潰れるから
ひとは空に上がっちゃいけないんだよ。

とろ火でゆらゆら
星が煮立って
硝子の表面みたいな
光沢のある宵の下
燻されて美味しい
鮭のぶつ切りを肴にして
あなたはいつまでも、

さかな? 魚?
違う、さかな。肴だよ。
上書きされていく

ここは宇宙の底
なにもかもが乾いた電脳の界面
住んでいるひとはみな
星からの風にやがて斃れる
液晶を泳ぐ光子信号と、
質量を奪われた実体と、
それだけで水も炎も描き出せる場所

底。
ひとつずつ星座が崩れていくのにあわせて、
いくつものα星が落っこちていくのを見ていた
まあるくやわらかなじぶんのほっぺが、
ぼくは、お父さん、何よりも嫌いでした


正対する空白のための分割和音(重奏からなる)

  破片

煙草を一服する。
視座は連なり、順序の法則の中で燃え尽きるあなたの骸。
もう一度、煙草を一服する。
薄く伸びる煙を吐き出すたびに削り取られていくのは、いつだって。

昔はカリン塔より高い位置に空間は存在しないと思ってた。そこは地球上の場所として認識されるべき成層圏内でも、宇宙でさえなく、その間にぽっかりと生まれ落ちた無だと、思ってた。誰の目にも触れない場所だったから。

紙面に記述された神話の頁を破いて、男性は解き放った精液を拭う。一面の荒野だ。ウルルを砕いて敷き詰めたみたいな色彩の中で、粘性の高い水分が荒れ果てた大地に捌けて引き千切られていく。そんな時無数の言葉が降ってきたとしたってどうしようもないだろう。たとえばそれが恋人を慰めるための水っぽい口づけに変わるとしても。男性はね、一行の文章があれば射精できるんだよ。
雨が降ればいい。できれば誰かの熱を飛ばしてやれるくらいに冷たい雨が。幼い女の子がレイプされないように。乾き切ったものを全て両手に抱いてくれるように。

自分の頭に突き付けたショットガンをぶっ放したKurt Cobainも、泥酔した状態でガードマンと乱闘してぶっ殺されたJaco Pastoriusも、同じ人間だとはどうしても思えない。生まれ変われないまま、巻き戻しも叶わないまま、彼らは死に終わるまで死んでいる。他の誰も立つことのできない視座は空っぽのままいつまでも残っているだろう。埃をかぶって重苦しく凝り固まっていく人間の行き先には鈍色の曇り空が広がる。あなたはいつだってその光景を見てきた。数多のミュージシャンが歩いて行く、撮影された写真のようなうつくしい正確さを持った、その場面を見てきた。
あなたたちを愛してるのに、どうして宛先が見つからないのだろう。海と空とが仲睦まじく色合いを揃えて、ぼやけたものをそのままに遍く抱きしめる。打ち寄せる波の飛沫から立ち上る、乾く間際の血のにおいだけがあって、あなたたちはそっと投げ渡される愛に応えることもできない。

煙草が短くなる。
宵闇を透す街並みは大きな棺としてあなたの身体を受け止める。
吹きすさぶ太陽風で、
削り取られていくのは、有機物だけが持つ絶え間ない循環だった。
一切の音が聴き取れなくなる、
その奔流を音楽と呼ぶのなら。

やがて太陽は世界へと接近してきて、連続性の途切れない街並みにも夏という新たな銘が追いつくだろう。
アコースティックギターの柔らかなエコーが掻き消されてしまうほどの熱気と喧騒があなたの元にもやってくるから、そんな処で一人、楽器を携えていても仕方がないよ。いいから財布と携帯電話だけ持って女の子とセックスしに行けよ! 余計な物は持っていかなくていい。あなたの人生を支えてくれるクソ真面目な読み物も、気が狂ったみたいに金を注ぎ込んだ楽器も、何もいらない。あなたの渇望を満たしてくれるのは、夏である今はたぶんセックスだけだ。あなたも女性が好きな男性であれば、難しい読み物の代わりにただ甘やかしてくれる声があって、爪弾く楽器の代わりに誰かの乳首があって、それだけで良いと思うんだ。あなたを呼ぶ声が聞こえる。小型のスピーカーとマイクが搭載された携帯電話から。
全ての人体が腐り落ちる前に、人間は地上に根を生やすべきなのかもしれない。その時どんな色の枝葉が伸び、どんな色の花が咲くのかまだ誰も知らない。もしかしたらそれは思わず自ら目を背けたくなるようなおぞましく醜い生き物かもしれない。でもどうやって人間だったそれが、人間だった時の過程と技術を踏まえてセックスするのかは、ひどく気になる。夏だから煙草は控えるよ。なんだかニヒルやクールを気取るのは許されないような気がして。
高鳴る心臓が不整脈にひどい雑音を差し挟む。あらゆる方向に伸びあらゆる方向から集まる交差点をおんなじ顔した人々が退屈そうに行き交う。星が滴り落ちる月無しの盆の夜に怒号が飛び交う。自分のためだけに歌を歌って、あなたのためだと言って別の誰かをぶん殴って、違法な薬物を服用して季節を聴いて、血行の良くない痺れがちな足を引きずって近場の浜辺まで出かけていく。そんなに苦しいなら一回死んでみてもいいんだよ。

いつもあなたが昇る、
stairway to heaven
すれ違いのない道のり
立ち止まる前にはいつも
toとheavenの間の
無限にも等しい
発音の断絶が襲いかかる
あなたはあなたじゃなかった

・You know you’re right
 火葬された骨があんな色になるなんて誰か知ってたか。俺のじいさんが粉微塵にされて出てきた時、僅かに残された骨の塊は翠やら蒼やら不思議な色をしてたよ。清潔な火葬場に存在しない死臭を嗅ぎとって、周りの人たちは静かに啜り泣いていた。
 遺影にはいつまでも若々しいあなたを、棺には駆け抜けて疲れ果てたあなたを用いて、そしてみんなは必ずそのどちらかに縋りつく。吐き気がした。顔の部分だけ窓みたいに開くことのできる棺に、閉じられる前の棺の中に並べられた滅びかけの花束に、爬虫類の鱗みたいな顔に。その頬に、吐瀉物をぶちまけてしまいそうだった。
 あなたはどうして自分が、未だに誰からも殺されずに生きているのか不思議でしょうがないと零した。年端もいかない小さな女の子の身体に性愛を注ごうとするあなた。隆起のない穏やかな肉感の乳房に狂おしいほど惹かれていると言った。人体の中で最も肌理の細かい幼い女性器ほど魅力を感じるものはないと言った。色目や下心から縁遠そうな純真で真っ直ぐな人格こそ愛すべき人物像そのものだと言った。まあ、垂れ下がりそうな皮の中に腐肉を詰め込んだような老いた人間をレイプするのと同じくらい正常だよ。そう言って俺は殴った。
 噴水のある広い公園では幼い子供たちが休むことなく走り回っている。パタリロの中で男の子の靴には羽が生えているという一節を読んだことを思い出す。羽が生えているから、どんなに飛んでも跳ねても立ち止まってしまうことはないという。あの子たちを焼き払えばさぞかしきちんと骨が残るのだろう。遺影には一切の脚色がなく、命を欠落してなおその頬は柔らかいままだろう。
 あなたはどこに行くつもりなんだ。
 誰かが俺を殺してくれると信じてるんだ。

 また再び取り換えられた銘が声を媒介に伝わり染み渡っていく。
 気候は、いつしか土着するようになって、

・November rain
 パイプオルガンは祝福と神聖をノートするための道具であり、用いられる論理は人間へと降り注がなければいけない。組み上げられ築かれたものは余すところなく音へと還元され、与えられた熱が冷めてしまった人々の心に、もう一度火を灯すために鳴り響く。旋律と呼ぶにふさわしい見えない流れの中に放り出されている人と人とが、流れていってしまわないように手を取り合うと、november rain、死に終わったミュージシャンが涙を流すおばあさんのためにその席に着く。
 少しだけくたびれた青空が、おだやかに、真っ白な棺を運び、送る。収穫されたさつま芋の温められた氷砂糖のような甘さを、忘れることができないのに、わたしは赤土の荒野に立ち尽くして独りで射精している。
 記述される前の神話があるために、人は生きている。神話に書かれたように人は人を愛して、身体が濡れる雨には恵みを読み取り、樹齢数百年の大木をも瞬く間に断ち割る落雷には断罪と怒りを解釈する。
 あなたには、もう風化してしまった物語のたった一行さえも壊すことができない。でも、そんな人間だからこそ生涯の伴侶を見つけ、婚姻を結ぶことができるのでしょう。誰かと結ばれずに朽ち果てた人々は、新しき、旧き、西の、東の、どの物語にも登場しない。真空へと放り出され、星になることも出来ず、呼吸が止まり身体の中から爆ぜて跡形もなく飛び散るのでしょう。

逆さまの、
街路樹が枯れ落ち、
今までの世界を
執拗なまでに見つめていた
ひとつの視座が
転覆すると、
あなたは音もなく死んでいく
残された唇には
火の点いた煙草をあげるよ
いずれ燃え尽きたら
その骸に火が移るように

暑くなり、寒くなる、を繰り返し、血の滲むようなざらついた声で誰かのために祈ることがあるなら、何度だって限りない熱を求めてほしい。

あなたは、あなた、
ではなくなって、
あなたは別のあなたになり
あなたは空っぽのまま
取り残されるから
そこにはまた、
あなたが生まれる
連なりが崩される
あなたではないあなたと
あなたであるあなたが、
焼かれて骨になった
わたしの、場所に、
空は巡り、星が落っこちて
落っこちた処では
穿たれた巨大な虚空に大反響した、音楽が、迸る。


邂逅

  破片

 しあわせが燃え上がり、足跡だけが増えていく。二十秒の苦しみと、青くなくなったものたちをすりきり二杯、ゆっくりと、噎せ返らないように吸い込めば文明の体温に酔っ払って、いつまででも眠れそうだと思えるようになる。はじめまして。未だ出会ったことのない人たちと出会うことで、かたちなき足跡の主は、存在する青いものの全てに火を点けて回る。

 指先がふれあうと星が生まれた。それはとてもかなしくて、空っぽだった。夜の向こうに朝なんてないってこと、知らなかった頃に帰ろうと思うのに、人間みたいには消えてくれないあの星がまたたき続けているから、地上のどこへ行ったとしても思い出すことになるのだろう。順接の優しさにもたれかかる姿は、醜いだけだから、ふれあった指先をねじまげて手折ることにした。

 いたみを歌声に、いとしさを嘔吐に映し出す。吐き出される無数の蛹たち。みんなの羽化を待っているあいだ、銀翼をはためかせる鳥たちが見せつけるように飛翔している。早く上がりたいね。知らない顔、知らない声を踏みにじって、切り貼りされた空の継ぎ目をもう一度引き裂いていくその循環が赤く、送電線の被膜の内側で束ねられたままじっと身を潜めている。蠢く蛹たちの生命に寄り添う、菌糸にも似た日々。

 一つの切れ目もない曇天の下で、上昇の軌跡は、線分として貶められる。深く切りすぎた爪を悼む少年はまだ、愛を口にすることができない。言葉を溜め込んでいくための喉ぼとけはまだ薄いから、うわずって飛んでいくだけの声はどこにも着地できずにちぎれていくから。直線にも似た終わりのない航路を進み続ける踵に、誕生の祝日から飛び立った炎が迫る。そしてまた貶められる。凍えるほどに冴えた青空の下で。

 均一だった砂浜の地面をおびやかす足跡が、行方の知れない生命の寄り代となり、繁殖を繰り返している。はじめまして。たった今生まれたばかりの少年たち、そして少女たち、生まれたら、朝が来た。来るはずのなかった朝だ。こんな日には人間だって鳥のように空を飛べるだろう。上がっていったら空からの殴打をかわして、どこまでも果てることなく飛行し続けていけばいいと思う。絡み合う睦言から作り出されたいくつもの帰結を、きみたちだけは持たない。その身軽さをもって。

 青くないものを追いかけて、ときどきは浮遊する肉体を繋ぎとめて、何度目かわからない、たった一度だけ使えるあいさつを交わす。空と海が見えなくなる場所で、あかるくうつくしいだけの夜明けを背に、まだ動けなくなったままでいる人々の呼吸が、いずれ聞こえてくるように祈りながら、耳を澄ます。
 はじめまして。はじめまして。はじめまして。
 日食の起きなかった正午、それぞれが息づいてから集合していくしあわせの、描くもの、炎に焼かれながら失われない人の論理、足跡を数える、数えきれない、はじめて見つけた痕跡が減ってから増えて、そうしてまた減る、二百八十四人目、生まれたときから少年だった、目の前で浮かび上がり空へと落ちていくのを、見ていない、大脳の右隅に炸裂するはじめての誕生日を意識として摂取することが、できなかった誰かがいる。夜。朝。昼。はじめまして。


訪問

  破片


きちんと丈の詰められたジーンズの裾から
生活が侵入してくる
足の向く先すべてに、
ぼくの虚像が立っている
冬至を迎える、その日まで
削り取られるだけの昼を辿っている
ねえ、その丘の上に
夕焼けが落ちてないですか

はじめに心を捏ねまわす
球体の表面を覆う繊毛が
ぼくたちなんだよ
風邪を引けば抜け落ち
痛みと共に血が流れる
目覚まし時計が鳴き喚いて
身体を起こすヒトの朝
窓から見える向かいの家が
恐ろしい速度で焼け崩れていくのを
ぼんやりと見ていられるのが
ぼくたちだ

涸れてしまった夜の鏡面に
支えを求める手は
ずっと虚空を掴んだまま
寝苦しさに開いた眼が
永遠に続くかもしれなかった黒の反射を
引きちぎる一粒の過去を捉えた
夢で見た一切のものを放り出して
明日という日を時の流れで繋ごうとする
最後の一粒を飲み下し
また上に重ねるように
たくさんの錠剤を空いた瓶に詰めるだろう
交錯が終わらないのだから

落としたものを拾い上げるために
つらくても朝、起き出すこと
海も街もそして夕焼けも
ぼくのものではないということ
ぼくたち、という
複数代名詞をつくるのが
ぼくだけだと、いうこと
ここに夕焼けはありませんでした
こま落ちした映像を見ているみたいに
今日が終わった

袖の隙間から手首を伝って
人の命が流れ込んでくる
葉を散らす過程を見せずに木は立ち枯れ
一つの生活が終わろうとしている
ここにはぼくしかいないけれど
うつろう星座の向こう側には
凍えた主格を封じ込めて巡る時代が
すぐそこまでやってきている


雨上がりの夜

  破片


夜更けすぎ、雨は上がった
おはよう、
と、まろび出た月明かりに
夜は青くにじむ
星がいっそう燃えさかり
微かな苛立ちとともに
瞬く、消えそうな輝き、
遠くで風が鳴って
影絵の学校の門が鳴って
通り過ぎた足音が
ふたたび鳴って、
ゆるやかな勾配のふもと、
てっぺんのその先は見えない
見なれた道の続きが
とりのぞかれて
切り立っている
そら寒いほど白い
光がわだかまり
浮かぶ夜との繋がりを
引き裂かれて、できた
空白を埋めるために
あそこの中空を漂う風
だんだんと、
道の先から削られて
悲鳴は音を高くし
月明かりと、作られた光と、
溶け合って
ただ正面に見据える
空白だけが変わらず、迫り
誰も通らなかったはずの路地
縞模様の野良猫へ
兆すはずのなかった動揺
ここは、どこにでもある
果ての一歩手前。

文学極道

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