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美裏

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


永久圏外

  美裏

弱酸性のお前らがのさばるこの街
わたしはそこをすり抜けるように歩く
耳にイヤーフォンを突っ込んで
最寄りの駅まで向かう道のりに
日本一うまいラーメン屋という看板が三枚あったことについては
わたしは
特に
思うことは無い
無いね
ああ無いよ
なぜならこの世界はむちゃくちゃだから
一見、理論整然としているように見えて実際はそうではないから
だから
わたしは突っ込んだイヤーフォンから
わたしの求める情報だけを摂取する
だが狂い始めた歯車は止まらなかった
お気に入りのラブソングからは毛細血管という言葉がやたら登場
おちつけ
わたしは大丈夫
歩調を緩め、目を閉じて、深呼吸をし、再びこの世界を凝視した
………
そこはいったい何処だったのだろう?
確かに数秒前と何も変わっていないように思えた
近くで誰かが叫び出した
「風上に逃げろ!」
それが合図だったのか、交差点にいた人々は大きなうねりとなり一方向へと駆け出した
わたしは茫然と立ち尽くしていた
そこへマウンテンゴリラを乗せた人力車が登場
「自分の星を探す旅に出る途中です」
荷台のゴリラはそう言うと直後、電信柱にぶつかって脳をはみ出させた
人力車を引いていた男はアスファルトに散らばったゴリラ脳をごそごそとかき集めようとしている
ねじり鉢巻をぎゅっと締め下半身には何も履いていない
………
わたしは黙る
木の葉が風に揺れ
マフィアが大きく、くしゃみをした
気づけば降り注がれているのは夏の日射しだった
オフィス街の、その、ど真ん中で子どもたちがレディオ体操をしている
「うでをおおきくまわしいいい、がむをかみかみいいい」
傾きかけてるビル
いつそれが崩れ落ちて子どもたちをぺしゃんこにしてもおかしくない
見つめる一級土木建築士
区役所の人間に怒られていた
「あんたよくもこんな欠陥構造物を作ってくれたな!」
だが建築士はそのずさんな工事をワイルド、と言い切った
わたしは駆けた
学校へいかなくちゃ!!
信じられるものは何も無い
わたしは最後の記憶を頼りに行動を決めるしかない

『6時34分の快速急行におくれちゃう』

息を切らして到着した駅前のタクシー乗り場
冬眠から覚めたクマさんたちが大挙していた
「ここどこ?」
「えき」
はあはあ……
わたしは肩を揺らしその光景を眺めた
私鉄を使って街まで降りてきたのか?
クマさんたちは各々の手のひらにSuicaをセロハンテープでぐるぐる巻きにして貼り付けていた
だから電車に乗れたのだ
改札を通るときJR職員は何も言わなかったのだろうか?
ホームへと向かう途中さらにぞろぞろとやって来るクマさんたちとすれ違った
自動改札で職員はややうつ向き加減に両手をへその辺りに置き何も言わなかった
クマさんが自動改札をくぐり抜けるときのマニュアルが無かったからだ
わたしはケータイ画面を開いた
『永久圏外』
パタムと閉じて
もう学校に間に合わないことを知る
わたしは歩を緩め引き返すことにした
再びロータリーへと続く階段を降りて行った
太陽は眩しく、空は青く澄み渡っていた
わたしは、なんだか、愉快な気持ちになってきた
空からうどんが降ってきたのだ


航海に出ようよ

  美裏

新大陸を探す航海に出ようよ
いますぐに
思い立った今日というこの時に
持ち物はポケットの中に入るもの
航海に出よう
吠えまくる犬といっしょに
こんないいお天気の日に
わたしたちはお出かけします
そしてもう二度と帰ってきません
「さよなら」
は大気に散るように消えていきました
前世のように遠ざかる日々
学校で
先生に「階段に座るな!」と注意されたわたしたち
「ご指摘ありがとうございます!」
と一斉に立ち上がりお辞儀をした
「ふざけるな!」
と怒鳴られてびんた
こんな理不尽なことってある?
いや
ない
と自問自答にこくんこくん頷く
わたしたちはただはしゃぎすぎて酸欠で死にたいだけだったんだ
でも祭りの閉鎖
それに伴うやり場の無い想い
ペットボトルのラベルを剥がしたりしているうちに
いつも夏が終わってしまっていた
いつもわたしたちは遅すぎる
取り返しがつかなくなってようやく気付く
そして
賞味期限のきれたやばいショートケーキをむしゃむしゃ食べて
「おいしいね」
って
わたしたちの舌は終わっていた
だから
新大陸を探す航海に出ようよ
ポケットの中にコンビニのレシートを入れて
わたしたちは新大陸を探す航海に出る

わたしたちは卒業式に出席しない
終わりは自らの手で行うのです
ふらりと道に迷ったふりをして
もう二度と戻ってきません

潮風を浴びて
きみの最後のリンスのいい匂い
「あんた、素敵な方向音痴だね」
そう船長に誉められた
まあね
わたしは笑う
そうしてぐるんぐるんアレを回す
道連れなのだ
わたしの感覚に
でもそのおかげでくじらに会えるよ
きっと
虹色に輝いてるまだ誰も見たことのないやつ………

わたしたちは旅に出ました
それからかなりの月日が経ったようです
新しい大陸はまだ見つかりませんが
予兆はあります
もし誰かさんが言ってみたいに
この大地がほんとに真ん丸なら
わたしとあなたも再び会えるかもしれませんね
その時はもっと違った形でわかり会えるかな?
でも
でもね
世界の端は崖になっていて
そこから落っこちて死んじゃうかもってちょっと思ってる


屋上からの景色

  美裏

わたしたちの学校の屋上はあらかじめ封鎖されていた
高さがあり
そこから落下すると危険だからという正当な理由がある
しかしそれに伴う閉塞感をどう考えてるのかね、あんたたちは
「落ちるなら、ここではない別の場所からやってくれ」
結局、おとなってのはそんな生き物なんだね
わたしたちが落ちるか落ちないかは関係ない
わたしたちのピュアを斜め横からズタズタに切り刻むな

屋上へと続く鉄の扉
そこには魔術師による結界が敷かれているわけではない
ただ100均、辺りに置いてあるちゃっちい南京錠がぶら下がっているだけだ
だから結局、問題はわたしたち自身なんだとも言える
その気になればいいだけなのかもしれない
やってみる?
やってみようよ
じゃあ来週にね
そして、その来週に
わたしたちは焼きそばパンをお口に突っ込んで自殺したい気分のままだった
「起きろって、屋上の南京錠、突破するんだろ?」
何いってんだこいつ………
と顔をしかめた後
思い出した
あそうだったね
わたしはなんだか自分が英米小説のような世界へ足を突っ込んでしまった気がしていた
「サリンジャーって知ってる?」
わたしは机にうりゃーって背伸びして言った
友人は
「名前だけね」
と言った
「初めてサリンを作った人なんだよ」
わたしは嘘情報を友人に仕込む
「へー………それ嘘じゃん」
すぐバレた
そしてその後なんのフォローもしないままわたしは立ち上がった
廊下を歩いた
友人はてくてく付いてきた
階段をせっせと上がる
辺りに、だあれもいなくなる
扉は簡単に空いたよ
なぜなら鍵があるからね
4時間目の体育が始まる前にわたしたちは体育倉庫の鍵をもらいに職員室に行った
そこで体育のヒゲちゃんは自分のクラスの日誌に何かを書き込みながら言った
「あー、そこに掛かってるから取ってけ」
観音開きって言うの?
その中には我が校のキーがずらり
この学校の安全に対する認識の高さに乾杯
「乾杯!」
そうしてカルピスなんとかをぐびぐび飲んだのがさっきの昼食ってわけ

ギギイと錆び付いた音を立て扉が開いた
その先に広がる屋上の景色
「おおうっ」
わたしは強風にスカートをはためかせその中を歩いた
(髪形が多分すごいことになってるな………)
だがどうでもいい
「いーっすね」
端まで来てそこに腕をつき、見慣れた校庭を不思議な角度から眺めていた
友人のポケットから出ているストラップは桃色の見たこともないキャラで
それがあっちこっちに勢いまかせで揺れていた

たった一度のことだったんだけど
わたしはこの日のことをよく覚えている
そしてあの日、屋上から見下ろした校庭で
ちっちゃくバレーボールをしていた人たちは
今はどこで何をしてるのかな?
とかよく思うよ


仲直り

  美裏

きりんちゃんに噛まれた
かぷりって
わたしの頭がすっぽり収まった
目の前に広がる暗黒
きりんちゃんの口内だ
ぶひいぶひい生ぬるい風がわたしの両耳を通り抜ける
唾液まみれのわたし
(ねえ、きりんちゃん出して)
でもその声は届かない
ねっちょりした舌がわたしの顔面を舐め回した
きりんちゃんがモグモグし出した
こらあ
わたしは草じゃないよお
でもきりんちゃんはモグモグをやめてくれません
やめてくれー
わたしは外界に残されている手のひらできりんちゃんの頬をぺちぺち叩いた
だせー
そしたらきりんちゃんはわたしが食べ物ではないことにようやく気づいたらしい
わたしの頭をぺっと吐き出した
はあ…………はあ…
やっぱシャバの空気はうまいわ
ねとねとの顔面でたった今まで自分の頭を頬張っていたきりんちゃんを見つめた
きりんちゃんは言いました
「すみませんでした」
なかなか立派なきりんちゃんじゃないか
「たべものとまちがえました」
それにしては随分とモグモグしてたよねえ
わたしはきりんちゃんと仲直り
きりんちゃんはわたしに美味しい葉っぱが生えてる場所を教えてくれた
それはいらないけどさあ
ケンカしたってわたしたちは仲直り出来る
「ごめーんねっ」


チェリー

  美裏

さくらんぼ軍団が攻めてくる
わたしは築城して守りに入る
さくらんぼ軍団がお堀の周りを埋め尽くす
兵糧攻めを開始する
わたしはこんなことじゃめげないもん!
涙目になってスイカバーが食べられないことを我慢する
「スイカバー食べたいよ………」
禁断症状がうずきだす
うー
イライライラ
「姫、これ以上スイカバーを断つと姫の生命が危険ですぞ」
爺が言う
「わかってる」
でも無いものは無いし
我慢するしかない
ガマン?
ああ、わたしが一番キライな言葉じゃないか
わたしは城に残されていた兵士たちに命令を出した
「とつげきいいいい」
誰も突撃しなかった
しーん
わたしは顔を真っ赤にさせて怒った
「なんでいかないのよお!」
側近の一人がしゃがみ、床に顔を近づけ言った
「姫………我が軍の約半数がすでにさくらんぼ軍団に寝返っております」
なんだってえええ
側近がお堀の方を指さした
わたしもそっちを見た
さくらんぼ軍団のすぐ隣りに竹ヤリを持った人間が直立していた
はや
寝返ると同時にさっきまでの味方に攻撃準備
(………もう、わたしも寝返っちゃっていいかなあ?)
それで空っぽの城をみんなで攻めるのだ
でもそんなこと口に出したら側近にぶっ殺されるんだろうなーって思って何も言えない


撃ち抜く

  美裏

夏休みの終わり
風は生暖かく
頬につつーっと汗が一筋、流れる
もうすぐ雨が降るのかもしれない
セミはそのことを知っているのか
薄暗くなりかけた空にますます狂気じみた絶叫を繰り返す
わたしは
部屋で撃ち抜いた
撃ち抜かれたそいつはと言えば
ごとりと落下して今は床で這いつくばっている
うつ伏せで表情は確認、出来ない
わたしはベッドに腰掛けた最初の姿勢のままそれを見つめていた
いち、にい、さん…
動かない
はい死亡確認
ようやくわたしはちいさなため息をついて安堵する
手元のマンガ雑誌を手繰り寄せてめくる
曇り空の午後
雨は降るのかなあ?
…………
今日、何度目のことだろう
わたしは部屋の中を移動するそいつの音を聞いた
顔を上げると同時にその音は止んだ
わたしは最小限の動作で部屋の中を見回した
天井の一角にそいつの姿を確認した
わたしは視線を外さずに標準を合わせる
これから先、起こることがすでに起こった後のことのように感じられるのだ
実際、わたしはそいつを撃ち抜いた
びたんと一度、壁に大きく貼り付きのっぺりと剥がれて床に落ちた
死んだ?
そいつがさっきまでいた天井には
血痕が散らばるように広がっていた
わたしはカルピスを飲みに台所へ向かった
原液をコップに注いで、薄めて
その最中、さまざまなことを思った
けして愉快ではない

文学極道

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