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緋維

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


自転車と彼女

  緋維


自転車で緩やかな一本坂を登る
足に力を込めてペダルをもう一漕ぎ、
一瞬 僕は世界のてっぺんに立つ
さらさらとした陽のひかりが、
或いは僕の腰に手を回す君の、
長い栗色の髪を、彩る

 疲れた?
 疲れるもんか。
 汗、かいてるよ。
 それでも、疲れるもんか。

勢いをつけて さらにもう一つ ペダルを漕いだ
世界中の風を集めて、
鮮やかに縁取られながら、
僕は走る
君の、きゃあ、という楽しそうな声を聞きながら、

 悪い癖だよ。
 なんだって?
 あなたの、悪い癖。

当然ながら坂は終わり、
自転車ごと横に倒れた
草原に無遠慮に身を投げ出して、
君は笑う
楽しそうに 心底
僕は、
君は、笑う

相変わらず陽のひかりは、さらさらと柔らかく、彼女の髪はくっきりと彩られ、
僕自身は何も動かず、
ただ、転がる一台の自転車だけが、僕をかたどる


ライタップ、エン、ダンス

  緋維

喫茶店のブレンドコーヒー
うずをえがくミルクなんてごめんだった
人工的な甘味を加えるさとうみたいなもんなんて 論外
照明のオレンジのあかり
なんだか見覚えがあるんだけどなあ かわりばえのないだらんと延びきった感覚のなか、
店員の「ごゆっくり」の笑顔
ああ そうだ
歯医者のらいとに似てるんだろ
寝てやるよ
違うって 眠ってやるんだ

ぼくは鳥
せかいにあさひをゆらすのは
ぼくのこえ
ゆめにいつくしみを
ぬれたつちのにおいにかんじる つまるおもい
うちゅうになみだをおとすのは
よごしちゃったんだよ
すな ていどならたべてあげようか
ぼくは とり

駅にひっついている図書館
親子連れの膨大さ
品揃えに文句をつける中年女性
笑いながら対応する係員
虚空の中に受験生
なあ それ さあ
金庫に埋まってんだって

まみどりなきぎにあこがれなんかいだかない
だってぼくは とり
それ そのもの
ぼくは このよでたぶんゆいいつの そのもの それじたい
どう?
いとおしいでしょう

しろいあさひがなつかしいくせにきいろいよるをもとめるのはどういうりくつなんだろう
でも ぼくは
うん いいんだ
きにしないことにきめたんだ

今思えば 先刻の喫茶店でね
深刻そうな面持ちで
Sサイズのコーヒーに
漫画から飛び出したとしか思えないビジュアルのサラリーマンが
シロップを3個も入れやがった
いかれてんだ、あいつ
電車の時間はとっくに過ぎた
田舎のここは
次の電車が2時間後だってさあ
うん 悪くない
悪くないな


(むだい)、

  緋維

手の平からするすると逃げていく透明に輝く砂糖がある日とてつもなく愛おしく感じたのは決して嘘ではなく、
あるいはそれが(例えば悲しみを伴うものだったとしても)(例えば許しを乞うものだったとしても)(憎しみを促すものだったとしても)、

それは冬の太陽を感じさせる優しさでこの部屋を包み、
排水溝に渦巻く垢を撫ぜながら、
そしてすべての人類からあらゆる慈愛とを受けながらも、
反射してちらちらと輝くそれは、ゆっくり溶かしていきます、溶かしていきます、

色のないこの部屋に、
それだけが色を成すようで、
しかしその感覚は錯覚だということ、
それは悲しみではなく、
まして喜びでもなく、
するすると、ああ逃げていったと、そういった事実だけがぽおんと無造作に放り出され、
色のないこの部屋は、
相変わらず色を成さないまま、正確に時間を刻んでゆきます、

重ね合わせた両の手の、指と指の生むわずかな隙間から逃げていくそれは、まるでそうすることが一番良かったのだと、優しく囁くように風に消えました、
夢を見ることでしか生きられない少女に、一瞬の甘美な夢を与えながら、

肺に溜まった空気を
嘆きながら
じいん、と、吐き出すの、です 。


折り鶴

  緋維

懐かしさに購入した千代紙で、ツルを折ってみた
きれいにとがった側をしっぽにして 最後に羽を開く
手のひらに転がる一羽のツルは まるで見慣れたそれで
  それでも、
幼い頃は感じなかった思いが 傷口に染みて 眠らせていく 遠くへ

くっきりと手折られたツルに 何をおもうのだろう
ツルの背中に とすり、 大切な 大切な 何かが 乗っていて
飛び立つのですか
あなた、
飛び立つのですか
私を 置いて
あなたと私
その 時間的な隙間の中で
どれだけの 思いを 乗せそびれたろう

夏の暑さは それさえもが 隅に追いやられてしまうのは
手のひらに転がるこの一羽のツルが あまりにも 軽いから
決して 飛び立ちは 致しません
この、 手折られた、 私の、
そこに、 何を、 見たのですか

窓の外に広がるのが、どうか青空でありますように
手のひらに無責任に転がっている一羽のツルに、終わる夏の意味はありますか



  ――ねえ きっと
     彼女は美しくなることなんて望んでいなかった
    ただ 彼女はそうして 感じていたかった
                   それでも、 

文学極道

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