#目次

最新情報


飯沼ふるい - 2014年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


六月三十一日

  飯沼ふるい

そして歩けばいい
積み重ねた故意の失意が
足跡を深める砂丘
錆びついた音響が
骨を震わせ泣いている
そのような
最果ての
更に果てを
歩けばいい
彼もまた誰かを真似て
青く弾ける火花のような
孤児の鎮まらない痛みを
一人抱えて
静かに
静かに
声も忘れて

/

なにもない
爪もない男の
指差すほうには
正確さを求めるなら
なにもなくなる、だが
同心円に
なにもない
が拡がっていくから
差し出されることのなかった
手紙のような、なんてものも
なくなっていくことも
ないのだが

/

ファミレスで昼食をとっていた。
彼には秘密があって、それを一度だけ、高校の同級生だったMに明かしたことがある 。
大分前から食べる気を無くしていたパスタをフォークに絡ませていた。 足をもがれた節足動物の群れがのたうち回るような、なまめかしい渦が、自らをそう遠くない過去へ誘う。その渦の中心で、Mの哀れみの目尻がちらついている。
人に言わないことそれ自体に、何かを期待していた。薄い皮膜に包まれた、蛹の意思。それが彼だという担保、あるいは自信。しかしそれには共感も必要だった。孤独で自身の硬度を保てるほど強くはなかった。
Mは鼻で笑って仕舞いにした。自ら裂いた皮膜の中身は、重たい粘りの、精液に似た汁でしかなかった。
それ以来、秘密の意味と自身との両方に失望している。彼はわざとあの日のように静かに席を立った。
路上で空を仰いだ。飛行機が遠くを流れていた。しばらく日向を浴びていると、羽化せんとする原型のない蛹の意思を感じた。真っ直ぐな熱があった。
人を刺す、たったそれだけの冴えない背徳に何を期待していたのだろうか。しかし彼でないままに生きた彼は今や、他人、その差異、その意味を確かめなければならなかった。
人を刺さなければならなかった。私ではない物を抉る。抉られない私がここにある。その新しい熱。
金物屋はどこか探す必要が出てきた。彼はついに気付くことなかったが、それだけで久しぶりに生きている心地に満たされていた。

/

額縁に収められた親指にマニキュアを塗る
飢えた純粋はまた裏切られ
経血が流れる
その寂しさ
嘗めとる
熱砂の味がする
黄金の血
飲み干して
下血する

/

あなたはミニバンの後部座席で退屈していた。自分で車を運転しない長距離移動は久しぶりだった。東北道を下っていく。
あなたは暇潰しに2ちゃんねるを流し見していたが、那須辺りで電波が途切れがちになった。窓を見上げると、飛行機があなたの乗る車の進行方向とは真逆に飛んでいる。


【朗報】通り魔あらわる、死にたい奴はさっさとーー駅に行け!

さっきからサイレンがうるさい件

俺の凶器も人前で暴走しそうです><


たくさんの人生が一筋の白い軌跡に纏まって、空を淡く傷つける、時速数百kmの緩やかな経過、


ガチ家の近くなんだが、テレビうぜ
ー、報道ヘリの数増えすぎ、うるせ
ーよ、今北産業、第二の加藤、やべ
ーなこれ、何人逝った?、犯人捕ま
った?、ちょっと現場見物してくる
、電車とまってる、おいふざけんな
、マジかこれ、起きてテレビつけた
らこれ、加藤再来、駅で身動きとれ
ない、警察の数がヤバい、現場近く
おるけど変わらず仕事やで、都会っ
てこえーな、田舎もんおつ、奴は犠
牲になったのだ、田舎の方が陰湿や
ろ、ヘリうるせーぞ!、メシウマ、
テレビに友達うつった、こういう風
にわたしはなりたい、これはチョン
の仕業、ネトウヨ働けよ、えげつね
ぇな、なにこれ、被害者の無事を祈
ります、通り魔とかこわ、俺の右腕
が疼きやがるっ!、最低だな、運休
きた、もっとやれ、早く捕まえろよ
無能警察、人類間引きしてくれたん
だろ?感謝しないと、通り魔に刺さ
れて終わる人生って悲惨だな、犯人
の名前まだ?、がんばれー、もう驚
かない、親があの辺出掛けてるんだ
が、被害者の数がおそろしいことに
なってる、こういう事件増えたな、
盛り上がってまいりました、まだ捕
まってないの?、また都会かよ、思
想もない自己中ね、犯罪評論家乙、
犯人の身内がかわいそう、他人の不
幸で飯がうまい、今日人生初デート
、学校休みキター!、わりとどうで
もいい、


それを眺めながらあくびをかます、あなたとは?

/

隣室の三人家族は三十二時間後、練炭で心中を執り行おうとするが未遂に終わる。ざらついた異形の繋がりや、唇の端で腐敗した言葉の滓、糞尿、その他の排泄物に満たされた家族は死ぬ夢から覚めた後、離散する。反対の壁の向こうから子供の明るい声がする。どのテレビ局も連続通り魔の報道に熱をあげている。アナウンサーの深刻な顔。煉瓦ブロックの歩道にこびりつく血の痕をおさめたTwitterの写真。救急車のサイレン。テレビのボリュウムを下げる。子供はおとなしく、アニメでも見ているらしい。明日の朝、アパートの前をパトカーと救急車の列が塞ぐのを見て、子供は訳の分からない不安に怯える。そんなことはない。全て滅多に飲まない焼酎のせいだ。事実は通り魔と、家族の数だけセックスがあるということ。通り魔は僕の妄想ではない。通り魔はいる。通り魔とのセックス。ペニス。通り魔の数だけセックスがある。死ぬというセックス。血濡れたペニス。家族という神話体系。通り魔が僕を煽る。僕を犯す。僕には十時間後、旗振りの仕事が待っている。テレビを消す。通り魔が消える。ペニスが消える。

/

振り向いてほしくて
彼のエプロンを掴んだけれど
するすると紐がほどけていくばかりで
衣服も溶けて
皮膚も筋肉も骨も腸も大気中に分解されて
とろとろの半熟眼球ふたつ、ぽたりと落ちた
白色蛍光の光に濡れた
水晶体がわたしを映す
出かけなくちゃいけないのに
朝ごはんはまだできない
彼がわたしのことを可哀想な目で見ている
いや可哀想な目でって笑
あんた目しかないっつーのにね笑
あー朝ごはんあー朝ごはん

/

春と夏の真ん中で
日射しが君の形をくり貫いた
後に残った蜃気楼
ゆらゆらと
そこだけ秒針が頼りなく
君との時間も途切れがちになっていく
横断歩道を渡ると
風が器物を吹き飛ばす
振り返れば
めくれあがった舗装路のすぐ下に
生乾きの肉がひしめいている

ジューンブライド、その慰めのような響き
君が遠く
屈折した熱源の裏側へ蒸発してしまったら
町の名もすっかり消えてしまった

ジューンブライド、君の影だけがよちよちと歩きはじめ
傍観者の歌う民謡が
さみしい風を呼んできてしまったら
視線のない景観だけが取り残された

さよならしか言えない
祝日のない季節
いつまでも時間が進まない
非日常の季節
歩いても歩いても
日は沈まない
夜は明けない

/

「あ、ひこうきぐも」
そういって、はやしくんが、そらに、ゆびをさしました。
「ほんとだ」
「ひこうきぐもって、なに?」
「きれいだね」
といって、おともだちが、みんなで、そらにかおをあげました。せんせいが、ぼくたちのことをみて、わらいました。
ゆういちくんが
「ぼくたちのこと、みえているかな?」
と、いったので、みんなで、ひこうきに、てをふりました。
ぼくは
「おーい!」
と、おうきなこえで、ひこうきにあいさつしました。たくさんあいさつしたけど、ひこうきは、あというまに、みえなくなりました。
ひこうきぐもが、きれいでした。ぼくたちのこえが、聞こえていたらいいなと、おもいました。そして、あしたもいいてんきだったらいいなとおもいながら、ずっと、そらをみていました。


空洞

  飯沼ふるい

仕事を終えて
アパートの玄関を開ける
先日
酔いすぎてもどした
消化途中の言葉尻が
まだ
黒ずんだ上がり框に
飛び散っている

向かいの棟の方から
チリチリと音がする
数日前から
あちらの
共用廊下の照明が切れかかっている

ノイズ混じりの黄ばんだその明かりは
台所の磨りガラスに張り付いて
三角コーナーに溜まった生ごみに
生き物じみた明暗を浮かばせている

「疑似餌」

そんな言葉をまた不快にこみ上がらせながら
わたくしということが
台所を過ぎる
と、
居間の方で
日めくりのカレンダーが一枚
剥がれ落ちた

影がない

斑に白く曇ったシンクの隅で
ひっそりと呼吸する
酸えた匂いは
輪郭の定かでない暗闇を
黴のように
あちこちへ撒いているが
あすこに落ちている日付の方角から
この部屋へやってきた
わたくしには

それに気づくや否や
目の前に
空洞が、空洞という存在があった
見えない、という大きなものが
ぽっかりと、認知された

 (これは虚無感の隠喩かしらん

言葉の滓はなおも
ひくひくと身悶えているが
しかし
わたくしはこの部屋で一人

ゆっくりとこちらへ歩み寄る空洞
わたくしの体は
身じろぎもせずに
捕食される

部屋が
一段と静まり返った
のではなく
わたくしの
 (わたくしの?
なかから
 (なかから?
先程までの
不快な言葉の淀みが抜けきったのだ
沈黙の涼しい時間が代わりにあった
そして
あなたは
いずれこの部屋へ帰ってくる

いつからの付き合いだろう
あなたは
思春期の盛りの夏
部活からの帰路
自転車に轢かれ
側溝の蓋に頭を強く打った

わたくしの
記憶を言った
それから少し経ち
玄関扉が開く
ぬるい気流が
生ごみの匂いを散らす

 (あなたとはわたくしの妄想かしらん

あなたがある
わたくしということが見えない
あなたが見るのは
空洞、
まるで惨劇のように
静かな部屋
そのなかで
あなたの影は
蝸牛のようだった

この狭苦しい部屋の向こうで
空は
愚鈍に延び広がる
冷たい尿が
薄い屋根板を流れる
軒下の砂利を洗う

いずれにしても
あなたということは
蜘蛛の巣のように疎ましい憎悪
であったり
脂汗のようにべたつく性欲
であったり
夕焼けのように痛ましい思慕
であったり
凪のように静かな不安
だったり
つまり
なにひとつわかっていない
だからこそ
あなたということにすがってみる
艶のない髪を撫でる
衰えた聖、その感触
あなた、わたくし、という
なにがしかの境界が裂けていく
意識、あなたの、未遂の

 (あるいはわたくしの隠喩かしらん

遠雷が遠くで鳴っている
カレンダーの新しい一面に
鯨幕が浮かびあがっては消える

これはいったい
どれほどの自我だろう
張りつめた動脈の遡上が
途絶えるまで続ける
口吻
春の色彩に包まれた
死期の味がする

あなたであるものを通してもなお
存在の密度が
ほろほろと
崩れていく

その感じ
それだけが
わたくしということを
強く訴える

これはいったい
どれほどの自我だろう
あなたもまた中指から流線型に形を崩し
気流に溶けはじめる
もとより気流だったのかもしれない
わたくしがいまここで空洞としてあるように
とすれば
もう誰もここにいやしない
わたくしとか、あなたとか、
そのような形骸を掘りこんだ
覚えていない日々の連なりが
空洞に包まれて
延長された命日だけが
過呼吸気味に息吹いている
百年の孤独とはよくいったものだと思う
これが
収斂していくということかと思う
先日
酔いすぎてもどした
消化途中の言葉尻が
まだ
黒ずんだ上がり框に
飛び散っている
そのまま
なにも残さず
揮発してしまえばいい

雨音は強く
そのなかに
向かいの棟を歩く誰かの足音が紛れていた
閃光は強く
そのなかに
わたくしのうしなはれた影が紛れていた
けれどあなたが風のひとすじになるならば
もう誰もここにいやしない
その為に
向かいの棟の灯りも事切れ
捲れた日付は
とうに
未来からも窺い知れない場所まで
わたくしたちを運んでいる

いつからの付き合いだったろう
眠気にも似ている
意識、あなたの、未遂の
いつも
抱き寄せようとして潰える
火照り
あなたはいたずらに
落ちた日付をひらと揺らしていなくなる
わたくしもまた消化され
ひっそりと、その形をうしなってしまうのだが
それから少し経ち
仕事を終えて
アパートの玄関を開ける
わたくしがいる


晩夏だったはず

  飯沼ふるい

ちょうどあそこの
宅地に囲まれた
整地もなされていなくて
誰も見ているけど
誰も知らないような
小さな野っ原
まずあの野っ原がなければ
始められない気がする

姿のない声が
はっきりとそこから聞こえる

「うしろのしょうめんだぁれ」

子供らの唄うはないちもんめ
けれど本当にそうだという確証はない
他の人には
ヒステリックな主婦の金切り声や
老いたサラリーマンの鼻唄に
もしかしたら泣き女の痛ましい嗚咽だったり
はたまた人外の虚のようなおののきにさえ
感じうるかもしれない
暮らしの中のふとした追想か
けれどそれは本当に子供らの声に違いない

そしてその日見ていたものは
晩夏の景色のはずだった

九月の暮れの小さな遊び場
夕暮れに染まる
子供らの声が
とろとろと延びる影に溶けていく
なんてことを書いていると

「三番線に
 列車が参ります
 危ないので
 黄色い線より
 下がって
 お待ちください」

そんなアナウンスが
無人の駅舎の方から聞こえてきて
近くの踏切で
乳母車をおす男が寂しそうに立っているのが見えてくる

男は赤子の寝顔を覗き
このまま乳母車を踏切に投げ込んでしまおうか思案する
赤子を供物に捧げよう
それが馬鹿げた妄想で
彼だって赤子が真実愛しいのだから
ずっとハンドルを握りしめている

二両ばかりの列車を見送り
踏切を渡る男の哀しい背中を見送り
あの野っ原の方を振り返る

するとどういう訳か
さっきまでの赤や朱の彩りはすっかり褪せて
白い陰や黒い陽射しの入り混じる
無声映画のような風景になっている

そうなると
薄暗い雲から
綿みたいな雪が降らないといけない
冷たいにおいが
もうそこらに満ちている
町は黙祷をはじめ
唱う子らの声も
降りしきる雪に紛れ
九月の暮れに落ちた影が
乾いた雪に埋もれていく
そういう風に書き換えた

そろそろ終わりにしたいのに
終わりようのない雪は降り続いている
そもそも終わりとはなんだろか
散歩の道すがら
野っ原を眺めるたびに考えた
このちっぽけな野っ原は人を欺く為にあって
本当にそこにあるのは荒涼たる原野ではないかとも考えた
考えているうちに
あれははないちもんめじゃなくて
かごめかごめだと気がついた
一つの正しいことに触れた途端
野っ原は真っ白に塗りつぶされていく
僕が見たもの
僕が聞いたもの
それら一切は印象からも脱皮して
このように
白々しい言葉と果てていく

「かごめかごめ
 かごのなかのとりは
 いついつでやる」

もう何も見えないし
何も聞こえない
明日になれば野っ原に
まっさらな雪のかむった墓石が並ぶ

そう書かなければ
終われない気がするので。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.