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帆場蔵人 (帆場 蔵人)

選出作品 (投稿日時順 / 全15作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


耳鳴りの羽音

  帆場 蔵人

こツン、と硝子戸がたたかれ
暗い部屋で生き返る
耳鳴りがしていた
からの一輪挿しは
からのままだ

幼い頃、祖父が置いていた養蜂箱に
耳をあてたことがある、蜂たちの
羽音は忘れたけれど、何かを探していた
耳鳴りは蜂たちの羽音と重なり
ひややかな硝子戸に耳をあてて

蜂になるんだ

やみに耳をあて、描く、やみの先、花は
開き、一夜にして花弁は風にすくわれる
蜂は旋回しながら、花たちに惑う
風はすくわない

どこ?

いつかの夜に咲いた
花の手触りは、あたたかで
一層、孤独をあぶり出し
甘い蜜はより甘く、焦げた
トーストみたいなぼくは
いつもそれを求めていた

蜂になりたい
なんのため?

こころから飛び出した手、だれかの
こころ、触れたい、花から花へと
いくら蜜を持ち帰っても触れられない
こころに触れたい、この硝子戸よりも
あたたかいのだろうか、甘い蜜よりも
苦いものに、このこころを浸したいと
思えたときにはもう遅かった

一輪挿しにはまぼろしですら
花は咲かない、からの磁器は耳を吸いつけ
羽音は吸い込まれ、耳鳴りだけが返される

蜂に……

朝の陽に焼かれて蜂は
ベランダで死んでいた
女王蜂がいない養蜂箱は
死んでいる、耳鳴りだけの部屋


不純のスープ

  帆場 蔵人

"私"が溶けたスープ
血の匂いを隠して
不純なばかり

鶏の臓物をとりのぞき
鍋には野菜と鶏を放り込み
煮詰めればアクがでる
とりのぞき、澄んでいく
不純物が、濁りが、とりのぞかれ
それでも純粋にはもどれない
怒りに濁り、微かな血の匂い
求めあいながら嘘をつき
純粋を求めてスープを作る

罵り合うなかで
殴られた血の味と
殴り飛ばした血の味の
等しさを知る

"私"というアクをとれば
はじめてあった瞬間の
純粋に近づくという錯覚と
繰り返されるスープ作り

あなたが好きなのだ、スープを啜り
呟く、つぶやく、その気持ちに
濁りはないのだけれど、純粋ではない
それはきっと仕方ないことなのだ
あなたとわたし、ひとつ鍋のなか
生きているから、あの日には戻れない
それでも繰り返されるスープ作り

温かなスープを
あなたと
分かち
あいたい


台所の廃墟

  帆場 蔵人

ガラス瓶は古代遺跡か
墓のように寂と直立して、ある
ピクルスを漬けた叔母の形見
家と遺体を処理する金だけを
残して叔母は死んだ、終活は滞りなく
家の中はがらん、として人の気配は
消えて三十年前に死んだマルチーズの
首輪がテーブルに置いてあった

兄はアラジンのアンティークな白いストーブ
父は特に何も、母はティーセットを一式
残っていたのはピクルスの瓶たちと
首輪だけで捨てるのも忍びないから
首輪を使って輪投げをしてる

直立する瓶を並べ替えて
段々と右肩下がりに
したり左肩下がりにしたり
凸凹に置き換えたり凹凸にしたり

首輪を王冠のように引っ掛けてやる
胡瓜にパプリカ、キャベツの芯にらっきょう
瓶の中で眠る王族たち、やはり墓場だ
古代墳墓が台所に直立して
蓋を開けたら墓荒らし

だからまだピクルスの瓶たちは
静かに直立している、猫たちが
たまにその間を街路のように
縫っていく、台所に佇む廃墟


樽のなかの夢

  帆場 蔵人

ほら、樽のなかでお眠りなさい
煩わしいすべてをわすれて

檸檬かしら、いえ、林檎でもいいわ
樽のなかを香気で満たしてあげます

息を潜めて、あ、とも、うん、とも
言わないで猟犬を連れた
猟師たちが立ち去るまで

いいえ、いつまでいても構わない

やがて涙で樽が満たされたら
言葉も忘れて悲しみも忘れて
丸く円くまるく果実のひとつになって
檸檬でも林檎でもない不思議な果実に
なれることでしょう

綺麗に磨いてあげましょう

あなたの痕跡は果実の皮に
残された遊ぶ斑の模様だけ

丸く円くまるくまろい果実

出荷され輪切りにされても
もう誰もあなたに気づきはしない

ほら、樽のなかでお眠りなさい


さよならフォルマッジョ

  帆場 蔵人


戸棚のなかには古く硬くなりはじめた
フランスパンに安いチリ産のワイン
書きかけの手紙はすでに発酵し始め
こいつはなんになる? 味噌でも醤油でも
ない、カース・マルツ? 冴えないな

フォルマッジョ・マルチョのほうが
好みだけどな、あの手紙の宛名は
誰だっけ、お袋でもないし、友だちでもない

蛆のわいた腐ったチーズ
サルデーニャ人の羊飼いに
贈れば喜ばれるそうだが
そんな知り合いもいやしない

でもチーズは好きだな、蛆がわいてなけりゃ
もっといい、最高だ、みんな好きだろ?

The Cooper's Hill Cheese-Rolling and Wake、チーズを
転がし奪い合う、祭りだ
祭りには生け贄がいるんだ、この手紙に
書かれていたなにがしかの想いを捧げたら
生け贄にはならないか、血も所望?
安いチリ産ワインで許してくれよ

アルコールとは手を切って真っ当な
人生を歩みたかった、おまえが好きな
もの、たくさん教えてくれよ、また会おう
あの映画、朝日会館のアジア映画祭で観た
映画のタイトル、わすれたから、教えてくれ

真夜中のティータイム
向かいあうあなた
眠っているちいさな吐息
暖かな茶の薫りに満たされた
胸から吐息とともに言葉が
だれに向かうというわけもなく
あふれてあなたが拾いあげて
それを胸にしまっていく
また静けさが降りてきた

戸棚のなかはすっかり、がらんとして
余所余所しくハッカの香りがする
白いもの、ぼくはぷちり、と潰した
ゆび先を舐めてフォルマッジョとつぶやく
外国人の友人はいないから、さよならだ


冬の墓

  帆場 蔵人

枯れてゆく冬に名前はなく
キャベツ畑の片隅で枯れてゆく草花を
墓標にしても誰もみるものはいない

ただ今日一日を生き抜くことが
大切なんだと、うつむきがちに言う人に
ぼくは沈黙でこたえる、ただ春が来ると
ただ冬が終わったのだと、言うことはない

食卓に並ぶ皿に
ロールキャベツ
春だねと
呟いてもひとり
ただ今日一日を
生き抜くことだけが
大切なんだと
うつむきがちに
今日一日と噛みしめる

枯れてゆく冬に名前はなく
墓標は春に萌えでる草花にのまれて
畑ではキャベツの頭を仰け反らせ
そっ首に鎌を吸い込ませていく
そうして春もまた少しずつ
刈り取られていくのだ


わたしがミイラ男だったころ

  帆場 蔵人

ミイラ男だったころ
身体は包帯を巻いてひっかけるための
ものでしかありませんでした

歩けば犬が吠え、親は子どもを隠します
皮膚が引き攣るのでよたよた、していると
見知らぬ人たちが不幸だ、不幸だと騒ぐ

そんなことは知らない
痛みと熱、痒み、この爛れた皮膚
さらにぐるぐると巻けば包帯はすべて
遮ってくれる殻、蛹になりたい

ひととせふたとせ待っても
羽化もしない
身体を捨てたくなって
墓を暴く盗人みたいな
手つきで
包帯をといていけば
そこには何もない

空っぽ、あぁ、みんな包帯をみていたのか
包帯が風にさらわれていくなかで
何もないのに熱と痛みと痒みが
生きている、と訴えていた


追憶を燃やし舟を流す夜に

  帆場蔵人

夏の夜に眼を閉じて世間を遠ざける
蚊取り線香の燃えていく匂い

いえ、あれは父が煙草を吸い尽くす音
いえ、あれは兄が穴を掘る遠い音
いえ、あれは舟に乗せた人にふる音

どこに行けばいいの?と尋ねても
背中でしか語らない人たち
祖母に手をひかれて歩きながら
あかい椿を口から出して
ハンカチにくるんだ道は
前へとゆく今日と同じ道

しろい肌に包まれて
果ててゆく道の端にもう
どうしようもないぐらいに
違ってしまったいつかの
毛並みの悪い子の瞳が
転がっているのです

あの人と同じ
形のよい

背にあかい朱をひいて
癒えてはまた傷つけあう

赤児がないた

眼をあければ
爪の形のよさを
燃やしてしまいたい
けれど蚊取り線香は
燃えつきて匂いさえも
さ迷いながら去っていく

煙草はやめて家をでて
私を知らない土地の川で
舟を流す、それは海へ続き
あの日と繋がりながら
よく似た横顔で流れてゆく
あかい椿の刺繍のハンカチ

ふたりのゆびがからみあっては
とかれてまたふかくふかくからみあう
つめになどめをやることはなく


それしかないのだから

  帆場蔵人

おまえの手には
もう半ば潰れた
折鶴が死んでいた

そんな眼で見ないでくれ
だけど、告げなくては
いけないのだ、小さな手よ

おまえの手には死が、ぼくの
手にも死が織り込まれているのだと
あの煙りとなって空にとけていく
手にもそれは織り込まれていたのだ

鶴を、一羽、折ろう
陽が沈むまでに一緒に
鶴を、一羽、折ろう

半ば潰れた折鶴を、手に、祈ろう

すべ、ての
折鶴が
地に落ちる
終わりを
おまえが
信じて
いる
としても
鶴を折ろう


雨後に

  帆場蔵人

雨の雫に濡れた畑の瑞々しさ
自然を開き破壊して得た日々の糧
だからこれほど輝いているのか

ぬかるんだ畑に足あとがみえる
だれの足あとかは知らないが
きっとだれかの足あとで

あなたもこの畑の瑞々しい緑の間を
何が正しいのかと自問しながら
歩いたのだろうか、だれかの足あとよ
それは誰かのひとつの道だろうか

ひとつの道、わたしが進むべき
ひとつの道、さがしてたたずむ
ひとつの道、道をつくるのだ

ゆっくりと畑の足あとを追い
トマトを胡瓜を籠につみながら
よく肥えたトマトをひとつ残す
この後に来るだろう生命に残す

かたわらには水や雲の路があり
生命は常に動き続け過ちも悔いも
呑みこんで道を路をつくり続ける

もう自然ではあり得ないけれど
あの葉から滴る雨の足音のように
大地に足あとをつけてひとの道をゆく


倒れゆく馬をみた

  帆場蔵人

あれはいつだったか
陽炎にゆれながら倒れゆく馬をみた
北の牧場をさまよったときか
競馬場のターフであったかもしれない
或いは夢か、過労死の報を聞いた
快晴の街角であったかもしれない

或いはあの川面にぶつかったときか

なぜ、おまえが倒れたか
なぜ、おまえが息絶える
その眼に何がうつろうか
とおくとおくたくさんの
蹄の音が血をゆらして

あぁ!
もう狂い馬だ、狂い、馬だ
尻に火をつけられて、幸運の前髪を
掴め!と急かされる、皆、狂い馬だ
産めよ、増やせよ、やめてくれ
狂い馬!来るいまだ、走れっ!
鞭がはいる、無知なのがいる
焼き尽くされて、いく、理想とか
正しさ、なんて掴めないものに
尻に火をつけられる毎日だ

川岸でずぶ濡れの身体を抱いて

なぜ、おまえが倒れたか
なぜ、おまえが息絶える
その眼に何がうつろうか
なぜ、なぜ、なぜ、と
もう聞かないでくれ

陽炎のなかに
おまえたちは歩み去る

走る
ことも
働かされる
ことも

なく

もう、なぜ、などと
聞くものがいないところへ
たおれゆく
馬を
うつくしいうまをみた


そらの椅子

  帆場蔵人

その椅子はどこにあるのですか?

木製のベンチに根ざしたみたいな
ひょろ長い老人にたずねると
そら、にとぽつり言葉を置いて
眼球をぐるり、と回して黙りこむ

そら、空、いや宇宙だろうか
その椅子に誰が座るのだろう
とても永いあいだ空だという

その椅子に、誰が座るのだろう
あまりにも晴れ渡る空を眺めて
様々な言葉をその椅子に座らせてみたが
雲という雲が流れてきてすっかりそれを
隠してしまうのだ

その椅子にいったい
誰が座っていたというのだろう

ひょろ長い老人の微笑む皺のなか
その誰かがひょい、と顔をだしはしないか
老人の愛した誰かだろうか?
あるいは憎んだ誰かだろうか?

それとも、それとも、それとも……

話してないことも話したことも
あの皺には刻まれているだろう

その数だけ椅子があらゆる形や大きさ
重さでふわふわと漂っていて、やがて
そこにはぼくもひょろ長い老人もいて

椅子は椅子としてあらゆるものを
受け入れながら雲のように形を変えて
皆んな誰かの記憶のなか

そらの椅子に腰かけ漂っている


眩暈

  帆場蔵人

前庭に鯨が打ち上げられて
砂が、チョウ砂が舞い上がれば
世界は揺れて空と大地は
ぐわぁんぐわぁんと回転しながら
遠ざかったり近づいたり

もしチョウ砂が黄砂のように
気流に乗るなら、あの港をぬけて
沖へ沖へと耳は運ばれて大海を
泳ぐ魚たちの仲間入りができるだろうか

セミとザトウを獲っていた親戚から
もらった耳石は片方しかなかったので
鯨になり損なってしまった

そしてチョウ砂が舞う日は
三つの耳石が共鳴りをして
僕は前庭器官でダンスする
壁と天井と床を掴むように
ひとり踊る聴砂が舞う日に

ベランダから身を乗り出して
海を懐かしむ打ち上げられた鯨の耳


夏の記し(三編)

  帆場蔵人

1 夏雨

梅雨の長雨にうたれていますのも
窓辺で黙って日々を記すものも
ガラス瓶の中で酒に浸かる青い果実も

皆んな夏でございます

あの雨のなか傘を忘れてかけてゆく
子ども、あれも夏、皆んな夏、

皆んな皆んないつかの夏でございます

そろそろ夏は梅雨をまき終えて
蛍の光を探して野原を歩いております

***

2 夏の鶏冠

紫陽花寺の紫陽花が枯れてゆき
昼か夜か、ゆるりと池の蓮子はひらく
息をゆるりと吐くように息吹いてゆく

白雨に囚われた体から漏れるため息のよう
しかし、それは曇天を燃やしてやって来た

色褪せてゆく庭を
悠然と歩き時に奔放にかけ
地を啄ばみ曇天を燃やす
焔のような鶏冠を頂き
枯れゆくものを見送り
咲きくるものを迎える
使者のように

ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、の鶏が
梅雨を啄ばみながらその鶏冠で
終わらない夏に火をともす

いつのまにか蓮子がひらき
続いてゆく夏の小径を私の足は
軽やかに動き白雨を突き抜けて
入道雲を呼びつける使者になる

***

3 黄昏れる怪談

夏の放埓な草はらの彼方に
白く靡くのは子どもたちが言いますに
一反木綿だそうなのです

また海に迎えば落ちてきそうな入道雲
あれが見越し入道だと笑っています

片目を閉じて一つ目小僧、物置きの
番傘は穴あきのからかさ小僧、はてさて
では子どもたち君たちはなんの小僧か

あゝ、楽しくてこの怪談はちっとも
涼しくないのです、子どもたちは
手を繋ぎ私の周りを周ります

夏の夕べに誰彼と行き交う人が笑います

後ろのしょうめんだぁれ?と
聞くなかに見知った子どもはいないので
ひとつも名前を呼べません


予兆

  帆場蔵人

秋月の夜の樹々のざわめき
風の卵たちが孵化しはじめ
餌を求めている誕生の産声

雛たちはまだそよ風で
樹々から養分をもらい
ゆるゆる葉は枯れ雛は
みるみる成長しながら
嵐への導火線を引いて
はらはらと落ちたまり

颱風の
発生が
告げられ

風の雛たちは息を潜め
風切羽が膨らんでいく

ふつふつ、と滾る鍋のなか
溶けかけた眼が、みている

文学極道

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