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白梅 弥子

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


お母さんに会いに行こう

  白梅 弥子


あぁ お母さんに会いに行こう

誰もいない場所で 古く白い階段を登って

ピーィ ピピィーッ
どこかで鳥の囀る声が聞こえる

キーィ ギギャーッ
どこかで猿の群れが鳴いている

隣にいる小鹿は何処に行っていいのかわからず震えている
きっと見守る親がいるからそっとしておく

お母さんに会いに行こう

素朴な椅子に腰掛けた吟遊詩人は
ずっと自分の武勇伝を歌っている

そこらにある花々からは
安らぎの香りが漂ってくる

もうすぐお母さんに会える

ギィーッ ギギッ

お母さん、お母さん
キィーッ キィキッ
お母さんは猿
お母さん、お母さん、私だよ
オカアサンオカアサンワタシダヨ
お母さんは九官鳥
お母さん、私だよ
よく来たね、なんで来たのよ!
キィーッ キキィ ギギャー!
お母さんはまた猿になった

ギィーッ ギギッ

またお母さんに会いに来よう


そこらの子鹿を眺める

吟遊詩人を眺める

手向けられた花束の香り


ギーィ ガチャン


カラスがコケコッコと鳴いたから

  白梅 弥子

カラスがコケコッコと鳴いたから
僕は時間の狭間へ落ちていく
デメキンがおよぐ深い星空には
控えめな太陽が光っている

ぬるりとデメキンの背ビレが頬を撫ぜる
その気持ち悪さに吐き気はしない
僕は狭間の中で星空を眺めながら
思考の果てにも落ちていく

ぶん殴ってから絶交したあいつは元気だろうか
あの娘に言った言葉は間違いだった
お母さんにもっと優しくしてあげればよかった
もっと勉強すればよかった

ああもうやめてよデメキン、僕は考えてるんだ
何がいけなかったんだ
やめろよデメキン、胸ビレで慰めるな
このまま落ちていけたらどんなに……

何がいけなかったんだ

元はと言えばあいつがいけなかったんだ
あの娘だってそんなに可愛くなかった
お母さんにはできる限り優しくしてあげていたはずだ
それなりの大学にだって行ったじゃないか

やめろよデメキン、尾ヒレで叩くな
僕をこんなにしたのは誰だよ

何がいけなかったんだ
こんなこと考えてしまう僕が嫌いだ
このまま落ちていけたらどんなにいいかと考えてしまう僕なんて要らない

そうだきっと
元はと言えばカラスがコケコッコと鳴いたからいけなかったんだ

カラスをぶん殴った

僕は学生になって、目の前にはあいつがいた


彼女の海

  白梅 弥子

真夜中にロングコートに素足で、足元に水溜まりを作りながら歩く彼女が好きだ


あのコートの中には母なる海があるから、水溜まりを作ることなんてきっと簡単なんだ


煙草を吸いながら歩いている彼女はなんの罪悪感もなく吸殻を捨てる


拾いあげてフィルターに残った真っ赤なルージュを舐めとる僕はこの世に要らないと思う


彼女を迎えにどピンク色の車が来た
運転席には立派なヒゲを蓄えた男が座っている
いや、よく見たらヒゲじゃなくてワカメを貼り付けていた
なんだって彼女はあんな奴が好きなんだろう


彼女はロングコートを脱ぎ捨てて車に乗りこんだ
車はそのまま行ってしまった


僕はその下半分がびしょ濡れのコートを拾い上げて匂いを嗅ぐ


ああ、もうこのまま死んでもいいと思える
コートのボタンを外さずに下から被る
そしたら彼女の大海原に入った気分になれるから
僕はそこにない彼女の足を愛でる
そこにない彼女の海を愛でる


もう夜明けが来たから帰らなくちゃ
僕は彼女のコートのせいだけではなくびしょ濡れになりながら帰路につく


今日も家に帰ったら
五寸釘をトイレに流そう

文学極道

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