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兎太郎 - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


舞妓さん

  兎太郎

紅藤色(ライラック)のぼんぼりに灯りをともしたその立ちすがた
花かんざしに 銀のかんざし 珊瑚珠(だま)
人形液でしあげられた白い顔
うしろすがたもあでやかに、だらりの帯はおしりをかくし
きみとぼくと舞妓さんの日々がはじまった

舞妓さんはくまさんのリュックを背負って(きみは舞妓さんのこどもっぽさをバカにする)
これでいいの。鏡にふりむき訊いてから バレエのお稽古へ、伽羅(きゃら)の薫る頬をして
ヨーイ、ヤサー。とアラベスク
きみとぼくは舞妓さんの舞台をみにいった
ヨーイ、ヤサー。で ゆきうさぎたちはいっせいに跳ね 
桃色や空色の花がさきそろう
どれがぼくたちの花なのか ぼくにはわからなかったが

舞妓さんの誕生日にぼくが買ったつげの櫛(千鳥の抜き彫りされた櫛 それはきみのものになった)
ちいさな千鳥はながれる髪の上 すべるようにとんでいき 
たおやかに整えられていくぼくたちの日々
きみが電話するといつでもすぐ  
ドールハウスから 紅藤色(ライラック)の振袖をはためかせ 舞妓さんはやってきた

セーラームーンのような恋にあこがれている舞妓さん
薔薇色に薫る頬をして 短いスカートひらひら 薔薇色のくらげのように
きみとぼくの先を小走りにかけていく、
セーラームーンになったつもりで 喫茶ソワレのゼリーポンチにむかって

暴飲暴食。
とうとつに舞妓さんがいった
あきれたおかあさんのようにきみが説明する、
まいちゃん今日は、かき氷ふたつとジュースさんぼん。 
舞妓さんのぽっくりは こみあげるしあわせの笑いをふくんで艶やかに沈黙する 
空には色とりどりの駄菓子がうかんでいた

雑貨屋のうさぎがだっこをせがむ
しょうがないからだっこして きみはあかるいおどろきの声(うさぎの下半身には砂鉄がつまっていた)
新生児の重さ
きみはよこだきにして 
きみとぼくの眼にみえはじめる そのうすい前髪のあたりをそっとなでる
それは舞妓さんがひとりで産んだこどもだった

まいちゃんには友達いない。
きみがいじわるいったことがある
おるもん!
花かんざしに 銀のかんざし はげしくゆれて 
舞妓さんの泣きだしそうな声(その声はぼくの口からでたようでもあった)
ごめん。ごめん。
そのときのきみこころは すなおな珊瑚珠(だま)
それからぼくたちは松彌(まつや)で 金魚と風鈴と花火のお菓子 三にんぶん買ってかえった
………………………………

蝶たちがみずからのすがたをあちらこちら刺繍していたあの街で
きみとぼくと舞妓さんの花が咲いていた


夜叉ヶ池

  兎太郎

少女の指はきつく閉ざされ 
その両手が掬った水が 山の上におかれた
そんな池のほとり 龍神さまのちいさな祠に
少年と少女は手をあわせた、
パーンの祠にいのるダフニスとクロエのように

少女をみつめすぎた少年は じぶんがかのじょになったようにかんじつつ
かのじょに乳房があることをふしぎにおもう
すぐそばにあった扉がひらかれ 未知のほほえみがあらわれた
少年ははじめて光に手をふれる
光は弾力をもち 意外なおもさ

少女はおもった、
この水に素足をいれても まむしにかまれる心配などしなくていいのだと
かたくのび ねじれていく少年
笑いながらくるしむかれのありさまに 少女はとまどったけれど
炭酸水のようにはじけながら 流星群がかのじょの喉をすべりおちていくと
龍神さまのこころにまんまんとみたされて 
かのじょはじぶんのやるべきことを悟り それをおこなった

もりあおがえるのおたまじゃくしが いっせいに身をふるわせ
微細な三日月やビーズ細工をまいあげる・・・・・・

くりの花のにおいとゆりの花のにおいがまじりあった
すずやかなひと掬いの水のそば むすばれあった小指と小指
少年はやわらかさをとりもどし 瞑目してあおむけによこたわる
かたわらに少女もよこたわり おおきな空をみあげる、
きらめく少年の眼で
さらさら さらさら ながれていく薄い雲
その底にしずんでうごかない濃密な綿雲に 血がにじんでいく


地蔵盆

  兎太郎

さいごの地蔵盆に 少女はおかあさんにお化粧してもらい 
お地蔵さんになる
かのじょの宝の箱はいっぱいになったので 
しずかな感謝のきもちで 少女は鉦(かね)をたたき 
年下の子どもたちにお菓子をくばる

つくつくほうしの行列が 昼さがりをあるいていく、
二度とくることのない夏休みをとむらいながら
お地蔵さんの少女にささげられる
原色の女の子のわらう顔 仮面のヒーローの生真面目にゆがんだ顔
少女のこころはなぐさめられる、
プールがえりの子どもたちのけだるい影法師にも 
子どものまま逝ってしまった者たちの到来をつげる風鈴の音(ね)にも

「あれ、血がおちてる。いややわあ、夢みるわ」

踏みきりにたくさんのひとが集まっていた
ほんとうに線路にあったくろく泡だつものに 
そのとき少女は繋(つな)ぎとめられた
真夜中に遮断機がとつぜん目ざめ 
いのちのないまま もうひとりのおかあさんのように歌いだすのを
それから少女は何度きいたことだろう

その踏みきりのむこう側にならんでおられたお地蔵さん
おかあさんと日赤病院にかよっていた頃 かならずお参りしたものだ
白い顔を咲かせたお地蔵さん
おかあさんはその口に ひとつひとつ まっかな紅をさしていた
それからふたりで合掌した
とかれた手はふたたびへその緒のようにつなぎなおされた 

もうながいこと少女はその踏みきりをわたっていない
籠からうずらがにげて そのむこうの空にはばたいていったのは 
あれはなん歳のときのことだろう
いつのまにか募(つの)っていたあこがれが うずらの翼を鴇(とき)色にかえていた
まもなく少女は 
日赤病院の打ち棄てられた裏庭のひんやりした土の上
ひとつの鴇色のなきがらとなるだろう 

ひぐらしがけんめいに今日の暑さを終わらせようとしている
ラムネを飲みながら 携帯ゲームをしている男の子
友達になって。といっているその背中に 
お地蔵さんになった少女はしずかに 遠いまなざしをそそぐ


バースディプレゼント

  兎太郎

えらばれたワンピースが歌っている、桔梗色して、
セーラー襟(カラー)には 純白のほほえみ 
そのしたでねむる黒豹
昼さがりの秋の陽の沈黙が マゼンタの毛なみをぬらしている
ちいさなあかい花ちりばめた地肌がすけてみえる
黒豹はねむりながら 魚たちに接客する
魚たちのよろこびのため こんこんとねむりつづる

誕生日にはぼくのかのじょも魚になる
水中花のあいだをおよぐ群れにくわわって 
しなやかに 珊瑚色のカーテンのむこうにきえていった
半魚人のぼくはただよいながら 待っている、
魚たちのよろこびがつむがれているあいだ

――待つことができなくて ぼくはみてしまった
そこは母胎のしずけさをたたえたアトリエ 
テーブルの上 みおぼえのあるふたつの手 
ついさっきまでぼくをみつめていたふたつの眼球、
瞳の色素がぬけて きらきらと女王さまの宝石のよう
そして豊満なぶどう 籠からこぼれおちそうになっている

黒豹はめざめ すらりとたちあがる
桔梗色した歌は なれた手つきでトルソからはがされる、
セーラー襟(カラー)に純白のほほえみ留めたまま 

「プレゼントになさいますか」
「はい、かのじょの誕生日なのです」
「冷凍パックにしていただいたほうがよろしいかと」
「それではそのようにお願いします」

チョコレートのようにとけてしまわないために つめたい包装紙
そこにはちいさなあかい花柄 
黒豹の つややかな漆黒にぬりつぶされ 
もはやみえなくなった 地肌にあったのとおなじ花柄
エメラルドグリーンのりぼんがむすばれて
ぼくは半魚人のまま ひとりぺたぺた それを手にさげあるいていく、
いちょう舞いちる 喪失のあかるさのなか 

文学極道

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