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南雲 安晴

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


スペアタイヤ

  南雲 安晴

走ったことのない場所なんてないかのような貫禄の
形ばかりの一本のスペアタイヤ
トレッドの溝はほとんど失われ
全体は土埃に覆われて灰色をしている
横にして取り付けられて
常に地面を眺めている

かつて特別な生まれ方をしたわけではなく
工場で続々と大量生産された中の一本に過ぎなかったそれ
香り高くイエローハットの店内に積まれていたところ
仲間三本と一緒に買われ
道へと乗り出したのだった

何を運んでいたかは
気になることではあった
しかしそれはこのタイヤにとって
どうしても生の周辺のことであった
荷や人間の劇のことなど
確かにそれらを支えはしたが
よく見えずただ重かった
四本のタイヤは何より脇目も振らず
地面に噛みついていなければならなかった

タイヤたちは回転し
走った走った走った
そのうち次第に我々の愛すべき一本のタイヤだけが
どうやら道には果てがないようだと悟っていった
それにつれて
走り続けることに疑念を抱き始めた
道に果てがないならば
いったい何のために走るのかと
走ることに対する無関心に襲われてきたのだ
走る意味を欲し始めたのだ

いっそうの情熱をもって
このタイヤは走り続けた
だがその走り方は
病的な勢いを帯びてきていた
このタイヤにとって
走る意味は何なのかを深く考えることは
自然なことになっていた

路面を削るように走った
同時に削れてゆくのは自らでもあった
そんな走行のうちに
このタイヤは幸福さえ感じていた
他の三本のタイヤとは
もはや調子を合わせられなくなっていた
その走りは
他の三本のタイヤを凌いで力強かった
トラックの乗り手は運転中
何か異様な感じをハンドルから受け取るようになった

ついに他の三本のタイヤは
このタイヤを非難するようになった
君だけそんなに力を入れて走ると
荷と人間とを安定させて運ぶことができないじゃないかと
言われた時にはこのタイヤには
自らの何が間違っているのか分からなかった
誰の目も見ず
ただ一生懸命走っていた
自分が一生懸命であれば
他の三本のタイヤも荷や人間も
同じように一生懸命になって良好に活動するものだと信じ切っていた
しかし現実はそうではなかった
このタイヤは独りで
走る意味などという夢を追っていたのだ

必要なのは形を持ったことであった
トラック自体が一定の均衡を保って限られた道程を進行することこそ
肝要なことであった

道に果てはない
それは確かなことかもしれない
でも車体に装着された以上
タイヤはそんなことを考えるべきではなく
自らの役目を見つめなければならないのだ

トラックはねじ曲がりそうになった
タイヤたちの間に不和があり
我々の愛すべき一本のタイヤがその原因を生み出していることに気付いた運転手は
混乱と苦痛を四本のタイヤに与えながら
これらすべてを新しいタイヤに交換した

限界はあったのだ
道にではなくタイヤ自身に
そしてもう地面に足跡を残すことはない
いったい何のために走ってきたのか
あれだけ走って
何かを創造できただろうか


切符

  南雲 安晴

控え目に言ったとしても 僕は気を失っていたのだ
その間 切符は軽く風に飛ばされて 僕の手にはすでにない
気づけばそれは遠くまた遠く 線路の上を風に煽られて舞っている

見知らぬ人たちと話すための切符だった
でも 今や僕の意識は覚醒を極めている あんな切符など必要ないくらいに
それに もう 間に合わないかもしれないのだ

行かねばならないのは分かっている
もう間に合わないとしても 僕は確かに到着するだろう
同じ切符を買い直すのだ 金はある

そうだ 思い出した 僕は夢を見ていたのだ
僕は僕の名前を知っていて僕をその名前で呼ぶ女に会った
僕は時間に追われているのを意識していたけれども
快楽からは逃れられなかった
僕は油にまみれてその女を長いこと抱いていた

意識が何だ 時間が何だ それらは快楽の中に埋もれている
しかし快楽は最後には苦痛となるらしい だから
僕は意識を取り戻し 時間の中に帰って来た
実際人間の起き臥しなんぞもそんなものだ

ホームに立ち尽くす僕
見知らぬ人たちと話すためだとて 行く先が社会というものだとて
切符はあまりに小さく軽く
切符はあまりに小さく軽く

文学極道

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