#目次

最新情報


凪葉 - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


世界

  凪葉

見渡すと、
目線を越える細長いものや
大きな塊が、いくつも立ち並んでいた
遠くの雲は薄赤く染まり
もうそろそろ暗闇が来ることを告げている
その、移り変わりを眺めていた
  
「昔は、もっと緑が溢れてたって、父さんが言っていたのを思いだしたよ」
「うん?」
「いや、」
そしたらもっと、住みやすいのかな、
吐き出すように出た言葉に、
きみはこくりとうなづいた。
 
 
 *
 
 
カーブを曲がると、さっきよりも空が赤くなっているのに気が付いた
「空、きれい」
隣に座る彼女が言った
ぼくは、道が直線になった所で、窓の外に目を向けた
「建物があってわからなかったけれど、もうあんなに赤くなってるんだね」
「ね、きれいでしょう」
「うん、田舎は空が広いなぁ」
    
電信柱と、街灯が等間隔で配置されている平坦な道は
どこまでも真っ直ぐに続いているかのように思えた。
 
 
 *
 
 
段々と、薄赤く染まる世界
辺りには、青黒いベールが段々と降りてきていた。
向こうは、なんて明るいんだろう
「向こうまで行ってみる?」
「ううん、ここでいい」
ここがいいの、と、ぼんやりと夕空を見つめながら
きみは言った。
ぼくは肌が触れるくらいまで、
そっと近づいた。
 
「もうちょっとここに居てもいい?」
そう言ったきみの瞳が、赤く染まっていた。
ぼくは、「いいよ。」と言って、沈んでゆく世界に目を向けた。
乱立する塊が
ひとつひとつ、ゆっくりと燃えていく
 
きみは、燃える世界を
何も言わず
まっすぐに見据えていた。
 
 
 *
 
 
バックミラーに反射する光
周りに降りてくる夕暮れ
さっきよりも大分陽が沈んでいるのがわかる
  
「燃えてるみたい」
後ろへ倒した助手席に寝転がる彼女が言った
 
地平は燃え、
通りすぎる建物は
夕色に染まっていた
アクセルをはなし
急なカーブにさしかかる
カーブは夕陽の方へ向かっていた
 
先に広がる景色と、先に続く道とを平行して見ていると
何段か高くなった場所に
何かを仕切るように置かれたフェンスが見えた
  
網目から光が散らばる、
その上に、二羽のカラスが座っているのが見えた
地平を焼く光をあびながら
寄り添うようにして
夕陽を見つめていた。
  
 
 *
 
 
カーブを終え、落ちる陽の先へと向かう
きれい、と、また彼女が呟く
ぼくは、もう見えないとわかっていながらも
バックミラーに目を向けた
フェンスの上、
暮れゆく世界を見つめる、二羽のカラスの残像が
いつまでも、意識から離れなかった。
 
道はまた
まっすぐに続いていて
やっぱりそれは、
どこまでも続いているかのように思えた。


深海

  凪葉

なまぬるい水の中で溶けていくような、そんな感覚をいつも感じながら落ちていく。 そこはふかく、吸えない空気を探すことを止めたのはもうずっとむかしのことで、時折射しこめる薄日に眩しさを感じ手で覆う、そんなことを繰り返していると、なにも見えないことがそのうちに、見えてくるような錯覚に陥る。
光はいつも、違う角度から射し込んでいた。
 
 
愛、を知っていた。
愛すること、愛されること、
コップに入れたココアの粉を溶かすようにゆっくりと、溶けていった季節の数は今も続き、入れすぎた砂糖は、えいえんの甘さのように、感覚は、
だんだんと侵されてゆく。
愛を知っていると、変わらないまま変わった愛に別れを告げた、とおいむかしのことのように、
夜空の星をひとり数えていたけれど、すべてを数えることは、いつもできなかった。
 
 
毎日のように雨が降っていた。
止むこともあるけれど、スコールのように激しいのだって珍しいものじゃなかった。
溢れかえったはずの海は、いつからか凪を手にし荒波も、徐々に和らいでゆき、
そこに生まれた深海に届く、僅かな光もじきになくなるのだろう、と、雨の降る、空を見上げた。 季節はいつも変わらないまま。時間だけは確実に、流れていった。
 
 
ふかくふかく染みこんだ日々にまでとどいていきそうなくらいに、響く音があった。 それは風の音で、雨の音で、鳥のさえずり、
重力にあらがうように太陽に向かう草木だった。 けれど、
地球のそこのように終わりがあるわけではなく、水嵩が増えていくまま深海は深さを増し、
命動のような響きもやがては鎮まるのだと、灰色の瞳をうかべて視線をまっすぐに、空白を見つめ続けていた。
 
 
風の静けさを手にいれた朝も、外は相変わらずに雨が降り、続いていた気だるさは重力へと変わり、はきだした言葉は氾濫をくりかえしながらしゃぼん玉のように消えていってしまったので、
わたしの中の質量が無くなりそうなのだと、機織りのように延々と続く言葉を紡ぎながら、
沈んでゆくわたし、を、止めることができないまま雨はいつまでも降り続き、
もはや海は、わたしから溢れそうだった。


無題

  凪葉

取り残された時間は今日に置き忘れたふりをする
そうしてそのまま、風化を見届けることもなく
長袖の上にもう一枚服を重ねて
くりかえしの中のひとつになっていって
物干し竿に真新しい記憶を干しては生まれかわるならと
朝に思いを募らせていく

たぐりよせた風は途方もない年月を覚えていて
よく晴れた雲ひとつない空にわたしを広げていくから
わたしは、広げられたわたしを眺めながら
やがて思いだされていく懐かしさをひとつひとつ手に取り
無言のまま風へと繋げていく

それは、遠い昔のことのようで
鮮やかな景色の輪郭に触れながらわたしは、段々とわたしをわからなくなる
ただ空が、空は、その青さでえいえんに瞳を奪ってしまうから
ぼんやりと見つめることはもうできないのだと
わたしはわたしをわからないまま足を前に
いつかもそうやって足を、前に、だそうとしていた

伸ばしていた四指の爪を切り落としながら
やさしさ、みたいに曖昧なものを携えていく道にも
色褪せることのない青は染みて、染みていくから
もう、どうすることもできないこと、知っているそれでも
渡り鳥の指す方向へ消えていく今を見送る眼差しだけは
たいせつにして、いきたいと

雲ひとつない空から落ちてくる青と
気まぐれな雲の白と
暮れていくことを知りながらに目をあけて、目をとじて
すべては、笑いながら傷ついていくこと
その青さで、何もかも呑みこんで
なにも、残りはしないから
くりかえしは終わらない
だからきっと、きっとね
明日のわたしは今日のわたしを、覚えてはいない

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.