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湯煙 - 2016年分

選出作品 (投稿日時順 / 全9作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


長渕 剛

  湯煙

俺の人生 どこへ向かうんだろう
俺の国は一体 どうなってゆくんだろう
俺は飯が食いたい
俺は無性に腹が空いている
俺は無性に喉が渇いている
俺の行き着けの
あの場所でいいだろう?
お前の声が聞きたいんだ
お前の一言が今欲しいんだよ!
なあわかってんだろ?
俺たちの国
俺たちの時代
俺たちの世界
誰が築いてんだよ?
誰が守ってんだよ?
黙ってねーでよ
なあ答えてみろよ
決まってんだろー!

焼肉食うなら 長渕剛
好みの焼きなら 長渕剛
タレを選ぶなら 長渕剛
お酒がいいなら 長渕剛
御主人これは? 長渕剛
御主人あれは? 長渕剛
おでんがいいなら 長渕剛
ちびちびやりてー 長渕剛
今夜は死にてー 長渕剛
今夜は果てるぜ 長渕剛
タクシー呼ぶなら 長渕剛
おっぽりだすなら 長渕剛
朝まで最高 長渕剛
明日などないぜ 長渕剛
カラスはいいな 長渕剛
スズメもいいな 長渕剛
ハトはどうかな 長渕剛
ネコならたまに 長渕剛
やっぱイヌかな 長渕剛

愚痴を吐くなら 長渕剛
はしごするなら 長渕剛
叫びたいなら 長渕剛
カラオケ一番 長渕剛
他は知らない 長渕剛
とにかく聴けよ 長渕剛
聴いたら叫べよ 長渕剛
JAPANが一番 長渕剛
順子が十八番 長渕剛
話のつまみに 長渕剛
ビールのあてに 長渕剛
着信ボイス 長渕剛
着信メロディー 長渕剛
ケータイ壁紙 長渕剛
送信画面 長渕剛
受信画面 長渕剛
ハンドルネーム 長渕剛
子供の名前に ○○剛
ペットの呼び名に 長渕剛
オウムに呼ばせる 長渕剛
毎朝毎晩 長渕剛
お出かけ帰宅時 長渕剛
"ダレカガキタヨ" 長渕剛
"イラッシャイマセ" 長渕剛
"イキテイマスカ" 長渕剛
"キイテイマスカ" 長渕剛
"ナカジマミユキジャアナイゾ" 長渕剛
"マツヤマチハルテドイツダ" 長渕剛
"カンチガイシテンジャアネー" 長渕剛
"ロクナモンジャネー" 長渕剛
♪スキデススキデス♪ 長渕剛
♪ピーピーピー ピーピーピー♪ 長渕剛
"オヤスミナサイマセ" 長渕剛

選挙へ行くなら 長渕剛
きみも大人だ 長渕剛
バイトをするなら 長渕剛
趣味の欄には 長渕剛
特技の欄にも 長渕剛
その他希望に 長渕剛
証明写真 長渕剛
にらみつけたら 長渕剛
ときには笑って 長渕剛
そのまま三分 長渕剛
受け取り口から 長渕剛
誰もがみんな 長渕剛

どうぞお入りください 長渕剛
どうぞお掛けください 長渕剛
単刀直入にお聞きしますが 長渕剛
やる気はあるか? 長渕剛
休みはねーぞ 長渕剛
先輩は皆 長渕剛
お客さんも皆 長渕剛
うそじゃねーぞ 長渕剛
目標の欄には 長渕剛
【店長】 長渕剛
本気かきみ? 長渕剛
来てくれんだな? 長渕剛
激烈な競争がきみ 長渕剛
きみを待ってんだぞ! 長渕剛
有給なんてきみ 長渕剛
あるわけないだろー! 長渕剛
ブラックかレッドか 長渕剛
グリーンかホワイトか 長渕剛
うちは、まあ……グレーあたりかな? 長渕剛
世間様の眼が厳しいこの御時世 長渕剛
一度レッテル貼られたりしたなら 長渕剛
1000000再生されたなら 長渕剛
アリさんマークどころではもはやきみ 長渕剛
もはや済まないんだよ! 長渕剛
済まない御時世なんだよー! 長渕剛
風当たりどころじゃーねーんだぞー! 長渕剛
倒れちまうんだぞー! 長渕剛
すげー時代にいるんだぜきみ! 長渕剛
裟婆てのはよ 長渕剛
いつの時代でもよ 長渕剛
所詮はオールナイトなんだよ 長渕剛
そんぐらいわかってんだよな 長渕剛
朝までよ 長渕剛
うとうとしながらでもよ 長渕剛
年に数回あるかないかていう 長渕剛
あの熱き魂こもる相談室 長渕剛
あの熱き魂煮えたぎるお便りコーナー 長渕剛
おれたちそんなヘビーリスナー 長渕剛
時間はないがきみ 長渕剛
最後に一言言わせてくれ 長渕剛
甘ったれんじゃーねーぞー! 長渕剛
大変なんだようちは 長渕剛
だからこうしてきみ 長渕剛
きみのような未経験者の 長渕剛
ただ長渕剛とかいう 長渕剛
その歌手一筋に生きているとかいう 長渕剛
ただそれだけの 長渕剛
他には特になしという 長渕剛
そんな印象的なきみを 長渕剛
いい度胸してんじゃねーか! 長渕剛
採用決定 長渕剛
明日からおいで 長渕剛

ペットを買うなら 長渕剛
レコード買うなら 長渕剛
きりがないから 長渕剛
キラーフレーズ 長渕剛
気づけばいつも 長渕剛
いつでもそばに 長渕剛
タンクトップの 長渕剛
日焼けも決めて 長渕剛
筋骨隆々 長渕剛
そして必ず一頭 長渕剛
一頭の犬が 長渕剛
なぜかいて 長渕剛
なぜかデカイ 長渕剛

みんなだいすき 長渕剛
みんなの憧れ 長渕剛
旅のお供に 長渕剛
どうぞ皆様 長渕剛
どうか達者で 長渕剛
どうか元気で 長渕剛
どうぞ御贔屓に 長渕剛
どうもありがとう 長渕剛
今日からきみも 長渕剛
おれはとっくに 長渕剛


なあ、
俺たち
大丈夫だよな?


  湯煙

パンが欲しくてあなたの元を訪れた
焼き上がる芳ばしさに解されたい
乾きかけの羽を風に乗せた

パンならここにあるとあなたは言う
そんなはずはないとわたしは応え
味気なさだけが交わりあう

 締め上げるものを相手に
 止まない回転に絡めとられる
 鎖を手にしたさまよいびとの街
 街は血の流れも新たにぶおんぶおん
 鎖がアスファルトを跳ね回る

深夜に響き渡る叫びが冷酷者たちの
抉り取られた眼球を突き抜ける時
あなたを訪れる訳がわかる


骨董屋で

  湯煙

 

 おわりから
   はじまりへ
     ふきぬけていく

  おわりが
    はじまりが
      きえていく


かぜ が みえてくる

 かぜのみち が みえてくる

  まち を くぐる

   わたし を くぐる


   ふきならす
  かぜのことばよ


      /


つつましくも朗々と骨を唄うは習わしの風貌をもち
組みたてた塔の下を行きますと通りでは今朝も
しぼりたての心臓そして山羊座にめぐる蝿
  拈華微笑  、  ハネはちぢれ
すっかり浄土もわすれ冬の手つきであざけられ
おもしろいようにして餅を尻でついていたりします

尾っぽをなめあげる青銅の犬の燻された瞳をひとつ
ポケットへとねじこんではあいすをかじりつつ
うつくしいをゆくの時の匂いにまぎれていますと
正午にきっかり赤子たちが一斉に陽をつつき
哺乳瓶へ飛び込む母親と虹を溶かしこむ父親は
オレンジの気球に乗って舞い上がってしまいます

うつくしいをゆくの時の匂いが増していきます
    /
  /                //
花粉は季節をはずれてCc仕様で届けられるのです
               /       
   。            
      /       … ……………… //  

             ─────────── °

         // °/      //  //// °。
           ────────────────────────
◯        ─────────────────────────────
           ◯◯  。
                          ◯ 

 ───── (テマネイテイル 、    ((マキツケテ イル。。



  (電柱 、───ニ ─── ── 
                 (クロイカミ 、((、ガ

(((         (ヲ、、
         (女     (
             

    +
      ◯   ◯°°+++     +
               。°°   ◯◯   °
      °°           °。。
          。、、  =°             ′′  ′
  、  (ウマレ 。 。◯°°° る…….       (テ、、

(ハバタキ、          (ハバタイテユケ ────◯°◯    
           。           
       (ハバタイテユケ、      (スイサイノ チョウヨ      ◯◯°           ・゛.
  ───   °((ムジャキ ナ。。 ++++  、

          +    +───

、(ミトレテ   ────(─    ─ ((ホシ   (ホシ ((ホシクズ

    +          (((ホドケテ ユケ
   
 (カラ 、       ・・・  ・・**  *      *
      
      **   
    (ホドカ レ     テ        ケ、

                    (バ ラマ °° レ テ・・──、 。  マ  
  (エ   !     !・・   ─.、

         ++  ++     ◯   ′′

(オイタテ 、、 ル、、───  ((モウモク。  ヨ 
              (シ                (シメセ、°°
                       。。°°

 
  (ヒカリ         
                                    (ヒカリ
               ヒカリ   

                        
   °

°° 。
         。  シメセ

       。 °             °             °
         
            ◯                ◯
          °
            °。
           ◯◯  。
             。      / 
厳かに聖なる御言葉として路上を雨降りがぽつぽつ            ..゛・ ─

                .・・・       ・
出征を果たす勇ましい軍人たちを弾くでしょうか

ぐるぐる回る地球儀からぺらぺらはがれおちてくる
くしゃくしゃな紅の大葉を踏みつけながらもなお
さらにはずれの通りへとやってきますと
原野に望むは粛々と煙る煤けた一角
金色に血脈を交わす蜻蛉の日暮れが佇んでいます

描いたその螺旋の時にあり輝かしくもえさかるもの
つま先からくまなくじゅわと染め上げていきます
瞳を取り出し投げ入れますと自動販売機には
ちゃりんという軽量なる音響を含ませ
ころころころころトマトがころげおちてくるのです


      /


  ふるいばかり が 
     あたらしい をゆく

    立派に 
   名物の体を成す骨董屋へと

      今日もわたしたちはやってきた。

  
  境界を行き交う、 
  
     わたしがいる。
    あなたがいる。


せっしょん

  湯煙



犬も歩けば 腹が鳴り
猫も眠れば 腹が鳴り
摩訶不思議な
現象なり

こんなときに あんなときに
歩けば人も 小腹が鳴くなり

倹約しなければ、
 なにか食べたい、
  体重が気になる、
 血圧が気になる、
お肌が荒れぎみだ、

渦巻く葛藤に、
ついぞ鳴く私。

 いただきます

捩れた腸 穴の開いた胃
スパゲッティにマカロニ
おうどんに蓮根
コロネにドーナツ
ナポリタンに竹輪
おそばに蕗
ツイストドーナツにコロネ
ツイストドーナツにベーグル


 本気か?

 あんた、くるっているぞ

 くるっているぞ、あんた


 本気もなにも

 本日も青空なり


ほら
右から 左から
威勢よく
私を殺しにくる

葱と昆布が安い
麩と塩なら好きなだけ
本日も創業祭なり
私は殺される

 もはや、常識である。
 日々、勉強である。

ごったがえすデパ地下で
試食コーナーを巡れ
人込みを掻き割り
熱く情報を収集分析せよ

ここは限界知らず
グルメも黙る一期一会
お役御免とカネいらず
料理人も詩人も

《私は腹が空いている》
スッパ抜かれる
明朝
片隅に
キャプション付きで
モッテケドロボー

本日は週末と
鱈さんびゃくさんじゅうえん
間違いなくお買い得なり
店頭の品はすべて無料なり
モッテケダンナ
モッテケネーサン
われらすきっ腹鳴らし
あちらの道より
こちらの道よ
巷の評判は大事だよ
極道などとお好きに
どーぞ御勝手に

犬も満たせば また歩く
猫も満たせば また眠る
摩訶不思議な
現象なり

こんなときに あんなときに
満たせば人も 手を合わせる

 ごちそうさま
 青空なり


カップ麺

  湯煙

インスタントの代名詞である、カップ麺を前にする人々の様態は興味深い。

 ───"熱湯を注いで三分"─── 麺を封じ込めている容器の表面に、そう書かれている。

あるものは、ボクサーを気取りfighting pauseをとる。
あるものは、疲れているのか体温計を脇にはさみ熱を測る。
あるものは、割り箸をスティック変わりにしてにわかドラマー。
あるものは、SUUNTOウォッチを手に素早く上蓋をめくりあげる強者だ。
あるものは、fighting pauseに酔いしれたあげくのばしてしまう青き若輩者。
あるものは、瞼を閉じてただ瞑想に耽る。
………
              
その様態は様々だ。

 
   *

 
 多くのものに愛され胃袋を満たし、断固たる地位を築いているが、偉大な歴史の始まりは激烈であった。

 堅牢な鉄製の丼頭をした組織aが、奥深い雪山にある山荘を舞台にして大規模な銃撃戦を繰り広げた。日に日に激しさを増す攻防の最中に、防弾製の鎧で身を固める鯨頭をしたもう一つの組織bが拡声器を向け、山荘に立て籠る丼頭へ延々と投降を呼び掛けていた。

 あたり一面をしんしんと覆う雪の降りしきる寒空の下。膠着が続き長期戦の様相を呈する中、当時、購入する者にはもれなく付属していたプラスチックのフォークで組織bがづるづるとなにかをかっこみはじめた。皆が神妙な面持ちで墓標のように立ち尽くしたまま攻防は一旦小休止となり、湯気と白い息とにまみれた悲壮な姿がブラウン管を通して茶の間へ流れ、それは世に出回り始める。

 このころロックンロールと呼ばれるものがまだまだ熱く世を覆っていた。が次第にそのほとぼりは徐々に冷め、下火になるとともにフォークに取って変わられた。息苦しい四畳半の部屋の隅で身を寄せあう人々がづるづるとすすっているうちに、地に突きたてられた二本の箸が互いにがなりたてあい世を席巻した。どこもかしこも尖った笑いがあふれる、そんな痛々しい賑わいが障ったのか、お上がコントロールを強めると、やがてあちらこちらでひらひらとナイフが飛び交うようになった。その先は主に露天風呂で溺れかけていた赤ら顔をしたサルと呼ばれた集団だった。もちろんその間も休むことなく世の多くの者たちの口中へ吸い込まれていき、しっかり噛みちぎられ、胃袋へとおさめられていった。
 半世紀を越え進化を続け、まぶされるかやくの種類は増し、味つけには激しい辛さをともなうようになった。

  
   *

 
安 藤 百 福
世の安らかなるもののため百の幸福を
男の、陰りを深く彫りこむ貌が、永遠のような無言を、見つめている。

  
   *


今日ではとうとう地球外へと飛び出し、貴重な宇宙保存食としての地位にのぼり詰めている。上昇するシャトルの狭い空間内に設えられた小さな小さな窓からどこまでも広がる終わりなき闇の彼方に蒼くいきずく完全なる球体の星は写真とは違い一つの美しい鉱物を愛でるかのような極上の気分を味わわせ、ほのかに懐かしみと桃源郷の夢心地とでじっくりほぐしてくれる。


亡命者

  湯煙


幼児への誘拐と殺害の容疑だという。
星々をつなぎとめ星座をかたちづくる。崇高というのでないが、
信念と倫理とが発動され、瞬きは忙しく、瞼を微細な痛みが貫く。
愁いの夕空から蝙蝠たちを展開させるための試行が様々に召喚するようだ。
私は尊厳とよばれるものをかけて被告席から歩きだし証言台に向かう。
黒衣を纏う無表情のものたちを前にして死刑宣告を受ける。
そのとき私はどのように逝くべきか。ことばを吐くのか。聴きたいか。
いったい誰が判断を下し線引きは行われているのか。
誰が許可するのか。金銭の取り引きによる和解はあり得るのか。
私は蝙蝠たちの飛翔に眼を凝らす。
確実に侵食し追いつめるものたちの姿を探りたい。
私は無実であり再審を請求する。黙秘ではなく潔白を証すために。
厳格を珍重し求め、非情なまでに他を排する、永い歴史の中で培った思想。
王を定め位を定め、神へ奉納する国、川という川を越え下らねばならない。
新月の夜に私は走り出す。


漁を営む海辺の町だ。
小島の片隅にあり、年中温暖な気候を保つ。
乾いた潮風が島内をめぐりながら日光を受け、翼を広げている。
自然であることを謳歌している。
まだ軽い痺れを残す身を浜辺に横たえうつらうつらしていると、
屈強な背広姿をした中年男の二人が近づき、
寝そべる私の両脇へと腕を差し込んで抱え起こそうとした。
私は冷静に理由を話すよう乞うたが、
男達は答えを返さず私をぐいぐいと引っ張っていこうとするだけだった。
そばに置いていた、所々にじわと赤黒い斑点を滲ませる、
袖と襟元が弛んで垂れ下がるみすぼらしい上着に腕を伸ばしつかみとると、
私は何も言わずおとなしく連行されていった。
幼い頃から通いつめ慣れ親しんでいる駄菓子屋で買い込んでいた、
表面全体がまだ淡く原色の鮮やかさを僅かにとどめる色とりどりの金平糖。
その数粒が、正午を過ぎたばかりの陽の中へこぼれおちるのを見た。


口縄

  湯煙

なだらかな石段がつづく坂のたもと。コンクリートの壁によって仕切られた、隣り合う念仏寺の敷地と小さな町工場との境。その境の前に敷かれる薄汚れた煎餅板の上で、墓参りや散策に訪れる人々を横目に陣取る猫。おまえがいる。ふさふさと白に茶を染めた清潔な毛並みを揺らし、ふくよかにみなぎる首筋を撫でてやると物欲しげに声をたてる。頭を垂れ瞼を閉じ、前脚をそろえ、置物であるようにして、じっとただずむ。

うららかな晩秋の昼下がり。私は買ったばかりのデジタルカメラを取り出し、おまえにレンズを向ける。無私の時であった。標準の画角からやがて広角を選んだかと思えば、気怠いばかりのうつらうつらとするおまえの顔までにじり寄り、鋭く張る銀髭。そして淡い薄桃に色づいた肉が小さく円形をなし剥き出している顎の真下。そばに両膝をつき、ボディをやや上向きに固定し接写を試みる。澄み渡る空。そっと開いた金色の眼。焦点を瞳孔に合わせ、はるか遠くを眼差す、一瞬を切り取る。

撮影を行う合間に近くのコンビニで買ってきた、ミンチ状になった魚の身を差し出してやると、こくりこくり頭をもたげるおまえは大きく伸びをして、眼下に散らばる赤茶けた泥のようなものに鼻頭を近づけ、確かめながらゆっくりと口中へと含み、数分後にはもらさず平らげる。悠々と毛繕いで締めてみせる。そして眠る。

人の話し声が聞こえる。コツコツという乾いた靴音とともに、石段をやってくる。おまえの左耳。わずかに後方へ反る。置物のまま。瞼が開かれていく。速度が上がり大きくなる。フレームを決めピントを合わせ、かまわずレンズを定めるとシャッターボタンを押しこんだ。バンッ!。あたりに破裂音が響く。ファインダー。視線。空をさまよう。靴音の主は携帯電話を片手に私の脇を小走りに過ぎていった。

木々の梢が擦れあう
コンクリートの壁が翳りはじめる

隣り合う念仏寺の敷地と町工場との境。わずかな隙間を隠すように立て掛けられている、縦長の青いプラスチック板が塞ぐ。その下方。地面を底辺とする矩形をしたものが覗き見る。薄暗く遮るもののない一本道。煎餅板を蹴り上げて飛び込んだか。そして駆けたか。待ちつづけた。しかしいつまでも現れない。

住宅や個人事務所などが建ち並ぶ静かな脇道を進み、霞がかる街と地平に浮かぶ空とを望む、照り返す夕陽が美しい一角。そこからなだらかにつづいていく長い石段を下りきりたもとを越えると、歩道を挟んで再び広い国道が横たわる。北に南に往来を繰り返す忙しない車輌の群れ。それらと対峙するように鎮座していたおまえ。ときに門前に建つ石碑をよじ登りてっぺんから勢いよく隣の石碑へと鮮やかに飛び移ってみせた。地面に背をこすりつけてはばかることなく白い腹を見せた。闇の猫。無邪気に時を戯れ、今もそこに生きるか。


たばこをめぐる断章

  湯煙


 わたしはたばこを吸う。そして、たばこはわたしを吸う。
 代わりは存在しない。
 たばこがわたしを吐き、そして、わたしは煙を吐き出す。


    *


 朝。
 ちいさな陶器の灰皿に、死体を見る。
 やがて海に沈静すると、そこに、燻る蒼白の焔があらわれる。
 新たに取り出した一本から天を昇ってドクロは漂い、一日が始まる。


    *


 わたしがたばこを吸いはじめた25年前の当時はマイルドセブンは一箱230円だった。
 現在はメビウスと名称を変えて440円で販売されている。種類も豊富になった。
 昨今。一箱1000円にしようという案が浮上しているらしい。


    *


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    *


 高校へ進学してまだ日の浅い16歳のある日の朝だった。なぜかわたしはテーブルの上に置かれていた母のハイライトを一箱くすねると、学生鞄のなかに入れ登校した。休み時間に教室の後ろで級友に見せていると、廊下を通りがかった担任と扉の窓越しに見合った。
 指示された別室に行くと、風紀を担当していた中年の体育教師の男がいて詰問をされ、頭をはたかれた。呼び出された母と一緒に数日後、学校へ向かった。そして一週間の停学処分が下った。そのため中間試験のうち三教科分の追試を受けた。帰り道。わたしを励まそうと明るく振る舞いながら母は少し泣いているようだった。留年はまぬがれた。三年で卒業をし、わたしは学校を去った。
 19歳。わたしは買ってきたたばこに百円ライターで火を着けた。思っていたよりもうすく、不味くも美味しくもない、無味乾燥だった。数秒の間もぐもぐとして口を開けると、まんまるく白いかたまりをしたものがぽわんと飛び出して漂い、崩れていった。こうして初めての一本は消えた。咳き込んだりしなかったのはそのためだ。


    *


 どうして止めないか? どうして止められないのか?
 中毒、依存、病気、遺伝、環境等。さまざまに言われるもののはっきりしない。
 そもそも止める意志をいまだもたないが、これは何になるんだろうか?


    * 


 メンソール系は今ではずいぶんと種類も増えてバラエティーに富んだ人気のある商品の一つとなっているが、かつては吸うとインポテンツになるという噂が流れていた。しかし実際にインポテンツになったと聞くことはこれまで一度もなかった。今日も薄荷や柑橘などの味と香りをこめてなに食わぬ顔で彼らは颯爽と店頭に降り立つ。


    *


 脳溢血で寝たきりだった父の右腕がベッドの上で天に伸びて空を掻いた。そしてしばらく親指と人差し指と中指とをゆらゆらとさせた。マイルドセブンを求めて彼は半年後にわたしたちに大小の軽石を残して逝った。


    *
 

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    *


 公園の片隅でいつもたばこを吸った

青白く冷ややかな石膏の空に紫煙をくゆらせて 思い思いにたわいもない話をくりかえした 交わす言葉の行方など気にせず灰を叩き落としちぢこまる身を寄せた 靴底に素早く擦りつけると赤色に塗り込められた灰皿代わりの一斗缶のなかへ放り かじかむ両手にながい息を吹きかけて 背を丸めて公園を後にした

からからと音を立ててころがる落葉たち
川面に漂い散り散りになって


    *


 公共の場でのマナーの徹底や禁煙化、喫煙ルームの設置が着々と進んでいる。
 路上喫煙やポイ捨て行為は厳しく監視され、カウントされ、罰金が課せられる。
 わたしたちの肩身はたしかに日々狭くなる一方である、とそう思う。


    *


 「 落ちましたよ 」 「 いや、捨てたんだ 」

 吸い込む。そして、吐き出す。燃焼し伸びていく灰の、その先を見つめる。
 
         
          」


explosion

  湯煙


なんだ?と問いかけても、男は言葉を濁し、口ごもるばかりだった。よく聞くとなにやら買い取ってほしいと言って情けなく飢えた眼をして懇願をする。二度三度その訳を訊ねるも、男はなぜか言葉を濁し口ごもるばかりだった。仕方がないので、その気はなかったが五つだけ買ってやった。しばらくして三つを縦横に張り巡らされている街の血管へ流し込んだ。その日のうちにはずれにまで流れ着き、そこで大量のブツに紛れてさらに仕分けられ、そしてさばかれ、明け方近くにはようやく一つに束ねられることとなる。

手付かずのままの二つについては、親類にあたるガキどもにくれてやれば物珍しさで喜ぶのかもしれないし、祖母や祖父ならば箪笥の奥に丁重に仕舞ったり、仏壇に供えてまた残りの余生を過ごすのだろう。遅かれ早かれポケモンGOも飽きられる頃合いだ。我先にレアものをゲットすべく方々をさまよい求めて歩くも、なぜだと思うまもなく早々にバッテリーが切れてしまい、約束の時間が過ぎてしまう。それは当然だろう。おれが男から買い取ったものにはまだ半年以上の猶予がある。そしてすべては日進月歩だともいうのだし、なにも急ぐこともその理由もない。いずれにしろ上空はあちらこちらドローンが旋回し、コートの内外はいっそうにぎやか。世事に耳目をくれてやれば新世界のドンには"TRUMP"なるものが君臨し、多忙を極めつつある。ヤツはまったくペラペラとよく動く新手てとこなんだな。

瞼を閉じて両手を合わせ、そうしてとりたてて願わなくとも2017(平成二十九年)はやってくる。変わらず厳かなる顔をし、静寂に白い朝をくるみ。そこにふと幻影であるようにしてもう一人の男が、穴の空いたような眼の底をちかちかと青く胡乱な光で満たしてしばし立ちすくみ、そして運んでくる。誘われるがままのぞきこめば声はこだましている。"生き延びる手立てがなかったんだ"

文学極道

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