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中島恭二 (島中 充) - 2014年分

選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

  • [佳]   - 島中 充  (2014-07)
  • [佳]  みのむし - 島中 充  (2014-08)
  • [優]  ピーコ - 島中 充  (2014-09)
  • [佳]  水溜り - 島中 充  (2014-10)
  • [優]   - 島中 充  (2014-11)
  • [優]  白鱗 - 島中 充  (2014-12)
  • [優]  思慕の詩 - 島中 充  (2014-12)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  島中 充

 蛍
                            島中 充
 山の峰に沿って死者は葬られ、墓に囲まれた深い谷に少年は育った。
少年に手淫を教えたのは中学の体育教師だった。少年は一人になると、毎夜ズボンから性器を出し、擦過し、つかの間の高揚感に酔った。
友達から、「手淫を教えられた猿は、狂ったように手淫に耽り、死んでいくのだ」と聞いた。その夜、少年は医師である父の部屋から顕微鏡を持ち出し、自らの精液を見た。プレパラートの上に無数の長い鞭毛のスペルマがあった。スペルマは素早く動き金色に光っていた。
 少年に蛍のことを教えたのは、父であった。谷川一面に群がり明滅する蛍は、一週間の命を生きる。ただ交尾をするために。ただ産卵するために。相手を求め明滅し、老いることなく死んでいく。
 少年はうっすらとした川あかりの草むらから乱舞する蛍をみていた。少年は狂ったように草の土手を進んだ。そして数匹の蛍を手に握って帰った。真っ暗な部屋で手のひらを開くと、蛍は光りながら宙を舞った。少年はシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、素裸になった。少年は深く椅子に腰をかけ、股間の性器を握った。少年の性器はまだ未熟であった。少年は皮の被った性器を剥いた。そして、一匹の蛍を捕まえ、濡れた亀頭に点した。 蛍は静かに明滅していた。明滅に合わせて、闇の中で少年の裸体が光った。

* メールアドレスは非公開


みのむし

  島中 充

妻はゆっくり狂い始めた。階下から甲高い声で私を呼ぶのだ。
「アナタァー。」 また始まる、始まってしまった。

開け放たれた窓から、花冷えの寒気がなだれ込み、投げ出された掃
除機の横で、床の上にスフィンクスのように、両手、両膝を着いて、目
を据え、開かれた昆虫図鑑を妻は睨んでいた。
「アタシ、蓑虫じゃないわ。蓑虫なんていや、大嫌い。」
蓑虫の雌は一生を蓑の中で暮らす.雄のように蛾に成ることもなく、
蓑の中で交尾し、産卵し、死んでいく。
「あなたの世話をし、子供を育て、台所に閉じこもって、死んでいくの
はいや。よそにおんながいるんでしょ。アタシを抱かないのは、よそに
おんながいるからでしょ。」いつもの詰問を、妻はまた始めた。
「ほらごらん。」私は昆虫図鑑の、蓑から半身を出している蓑虫を指さ
し、「五十をとうに過ぎ、私の性器はこの蓑虫のように萎えているよ。
あなたを抱いても、あなたの性器のまわりを這う、半身を出している
蓑虫になるだけだよ。」私は懸命に説明するのだった。
「違うのよ、優しく、ただ抱いて欲しいだけなの。」と妻は言った。
私は妻の肩を抱き、優しく抱き起し、「さあー行こう、蓑から出よう、
散歩に行こう」と誘った。

住宅地をぬけると斎場が在り,斎場から山頂に向かって、満開の桜の
広い公園墓地があった。桜の木の下を、手をつないで、私たちはゆっく
りゆっくり歩いた。あちこちの木陰から私たちをじっと見つめるもの
たちもいた。ここは捨て犬のメッカだった。不意に交尾する二匹の犬が
木陰から眼前に現れた。妻は私の腕にしがみつき、私はぎょっとして、
急いで踝をかえし、家に逃げ帰った。交尾する二匹の犬の姿が頭から
離れない。犬の交わるペニスの赤が、目に焼き付いていた。

「アナタァー」、階下からまたあの声がした。
私は階段の上から覗き込んだ。妻は飼い犬を仰向けにし、腹を撫でて
いた。仰向けのまま飼い犬は尻尾を振っていた。妻はふぐりを掴み、し
きりに赤いペニスを出そうとしていた。仰向けの姿勢では、犬はペニス
を出すことは出来ない。妻はそれがわからないのだ。すがりつくよう
な目で、大きな目で、どうしてなの、どうして出ないの、妻は私を見上
げていた。私が答えないでいると、妻は急に目の色を変え睨みつけた。
つり上げた目で、また始めるのだ。
「他所におんながいるんでしょ。白状なさい。」


ピーコ

  島中 充

     ピーコ             
ぼくは大切に飼っていたのである
泥川からザリガニを取ってきて 喰わせた
嘴の一突きで赤い頭を割り ピーコは喰った

切り株のうえに 
おとうさんは羽を押さえ ピーコをおさえ
なたの一撃で首を落とした
タッタッター 
首のないそれは二メートルほど駆けた
「くぇー 」
おとうさんは尻もちを着き 鶏の声でさけんだ
小さいとさかを掴み ぼくはごみ箱にすてた
首だけのピーコは薄目を開け 僕をみていた 
いつもの目で

すき焼きは美味しかった
ぼくの誕生日のご馳走であった
「お腹の中から透き通るような白い卵が出てきたわ きっと明日生む分よ」
肉を摘まみながら お母さんが言った

おとうさんとおかあさんは首を伸ばし 頭をくっつけ話していた
「できたらしいわ」
ぼくは鶏のように 首を捻って聞いていた
きっと 赤いとさかのあるものを身籠ったのだ


水溜り

  島中 充

うたを 水切りするひとに                 
私は 陸橋を通って 傘を返しに行く

さびしく おぼれた驟雨
私は 平泳ぎで泳いでいる
花柄の傘 
こころは折りたたんだまま
水を切って 返す

雨もあがり 急ぎ足にあゆむ
傍らの池の水があふれ 
アスファルトに鮒がはねる
みずごころとは 
水たまりで生きる 寂しいこころを
手のひらから 水に戻され 
あなたは 鮒になって
泳ぐ

詩の零れるあなたに
私は 陸橋を通って 会いに行く
幾万のひとたちに磨り減り 
階段にうすい水溜りができる
爪先立ったこころで 
水溜りに 転ぶ


  島中 充

雑木林の木々に囲まれた 湿った寂しい坂道を登ると
不意に緑の沼に射すくめられる。
ホテイアオイがゆっくりと揺れ 
ボーボーとウシガエルが鳴いていた。
あの年 
この沼にまるまるふとった川エビがわいた。
子供たちは網ですくい取り 
村人たちは おいしいおいしいと食べた。
そしてゆっくりと緑の底から 
おんなの死体が浮き上がってきた。
髪の毛や顔にびっしり川エビが群がった
おんなの裸体。

君が殺したのだ 君が
たとえ 僕が手淫を教えたとしても
たとえ 僕が雑誌を貸したとしても
たとえ 僕たちが
解剖皿の蛙の白い腹を見ながら
おんなの死体がほしいと話し合った事があったにしても
殺したおんなの 陰部を鉛筆で開き
鉛の薄黒い痕跡を残したのは 君だ
君が殺したのだ

ハイライトに火をつけ 夕方の 水面を見ている
昔のようにうすくさざ波が立ち
ホテイアオイの中からウシガエルが鳴いている
二十六年前  君がおこしたあやまちを思い出し
帰郷した僕は またこの水面を見ている

やにわにギャーと悲鳴があがり
水しぶきがあがった
1メートルもある巨大なオタマジャクシだった
尻尾を蛇のようにくねらせ 
頭の手足をばたつかせたので
ウシガエルのおしりに 噛みついている蛇だとわかった

僕は 僕たちの思い出を 忘れたい
僕たちがウシガエルだったということを
君が今どうしているのか 僕は知らない
ただ思い出を 蛇の住む沼に 突き落とす

僕には息子がいる 中学三年生になり 
性に目覚める頃 解剖皿で蛙の腹を開き
手淫を覚える年齢になった

そう そのとおり
僕たちの過ちは 中学三年生の時だった
はっきり問えばいいのだ 僕に 
お前が殺したのかと
そうだ 僕が殺したのだ













 


白鱗

  島中 充

 中国山地のなだらかな山の中に、その滝はあった。落差が七十メートルを
越える、白蛇の滝。白く水の落ちるさまが名前の由来である。秋には紅葉
の渓谷を、春には桜並木の堤に抱かれて、その美しさは錦と称えられ、錦
川と呼ばれた。真夏に、時折白い蛇が体をくねらせながら、その川を渡った。
白いチョークで怪しい美しさが川面に描かれ、人々を驚かせた。白い蛇は青
大将の白子で、おぞましいほど白く、細い舌と目は、血が透いて、真っ赤で
ある。
少年の家は山のふもと、錦川の堤にあった。川に沿って坂道をのぼって行
くと、鎮守の森があり、社の庭園に大きな池が造られていた。池のなかに
数匹の錦鯉が飼われ、その中に白鷺のように真っ白で、鱗がキラキラひか
り、目の赤い、白鱗がいた。少年は六十センチあるその巨鯉をいとおしく
思っていた。
 少年には血の繋がる者の中に複数の発狂する者がいた。もうすぐ自分も狂
うかも知れない。すらりとした長身の姉もその一人だった。狂って、ぼさぼ
さの長い髪、薄汚れた服に包まれている悲しい姉。村の子供たちは、お前の
姉さんがまた素っ裸で、川で泳いでいたぞ、と少年をからかった。狂っても、
まだ見事な泳法を見せ、深い川をひゅるひゅると、白い蛇のように渡った。
水にぬれると長い髪は黒々と輝き、恥毛はしっとり濡れ、白い肌は陽に照ら
されていっそう白く、引き締まった小さな乳房だった。子供たちは橋の上か
ら、おーいと呼びかけ、大人たちはその美しい裸体を欄干からじっと眺めて
いた。
 姉の姿を少年は白鱗に見ていたのかもしれない。夜明け前、いつもムカデ、
イモリ、ときには蛇を殺し、輪切りにして、池にやってきて、巨鯉にあたえ
ていた。鯉は差し出す少年の手の平に乗って、パクパク餌を食べるほどなつ
いていた。
 敗戦の年、この村にも飢えがやってきて、社の池から鯉が盗まれるように
なった。村人の食用になる前に、白鱗だけは助けてやらなければ、逃がして
やらなければ、と少年は思った。
まだ暗い内に起き出し、少年はヤカンに油を入れて、火にかけ、水滴を落
とすとジュウと音のするまで熱した。そしてその熱油を注意深く、一升瓶
に注ぎ込んだ。ガラス瓶は、油を注ぎ込んだ深さに見事にピリッと音を立
て、ひび割れた。底の抜けた一升瓶は丸い鋭利な切り口になった。鯉を傷
つけないために、切り口にゆっくりゆっくり、ヤスリをかける。ガラスを
こする甲高い音、少しでも力が入るとガラスはピリッと新しい切っ先を作
って壊れ、少年の指先をシュッと傷つけた。流れる血をシャツになすり付
けながら、注意深く一回一回ヤスリをかけた。
底を抜いた瓶を抱いて少年は朝焼けの中、池に走った。一升瓶の注ぎ口か
ら糸と釣り針を通し、イモリを餌にして、瓶をゆっくり水に浸した。いつ
もの朝のように、何の疑いもなく、ぱくりと白鱗はイモリを飲み込んだ。
いっきにぐいと糸を引っ張ると、鯉は頭から、半身をすっぽり一升瓶の中
に、はまり込んだ。まったく身動きできない。あばれることもなく、音を
立てることもなく、社の人に気付かれる心配などひとつもなかった。そし
て、汗臭い血の付いたシャツを脱ぎ、鯉を瓶ごと大切にくるんで、一目散
に滝壺まで走った。針を外してやり、抱きかかえて、鯉を水の中に離すと、
大きく体をくねらせたかと思うと、目にもとまらぬ速さで、白鱗は水の落ち
る深みに消えていった。
 それから三年、少年もまた姉の発狂した年齢になった。すでに去年の夏、
姉は失踪していた。村人も少年もそれを不思議に思わなかった。捜索も行わ
れなかった。それがこの血筋の宿命のような気がするのだ。姉は鉄格子のあ
る大阪の気違い病院にいるとか、外人相手のパンパンをしているとか、村人
はうわさし、子供たちは、川を下って、あのヒトは白蛇に変身したのだと言
った。
 滝壺に白鱗を求めて、少年は毎日のようにやって来た。小高い岩の上から
滝壺を見つめた。深くえぐられた水底の穴倉にでもいるのか、まったく白鱗
は姿を現すことはない。毎日毎日、水面を見つめていると、見えるはずのな
いものを、いるはずのないものを、薄く霧のかかる水面に見るようになって
くる。すこしずつ狂ってきたのかもしれない。薄汚く、はだけた胸で村人か
ら乳房をのぞかれ、野良犬のように村の中を歩きまわった姉。姉のようにな
る事ことを、少年はひどく怖がった。自分も少しずつ姉のようになってきた
のでは、と恐れていた。あるはずのない光景が少年の眼の前に現れるのだ。
数匹の真っ白な蛇が体をくねらせながら縺れ合うようにゆっくり滝壺を泳ぎ
回っていた。深い底から真っ白な一メートルを超える大きな鯉が浮かび上が
って来ては、水面に鰭をゆっくり左右に振りながら、悠々と泳ぎ、白い蛇た
ちと互いに体を触れながら、もつれあい、戯れていた。そして白い鯉は仰向
けになると胸鰭を広げて、少年を手招きするようにさえ動かした。深く水の
なかにもぐったかと思うと、突如空中へ高く飛び跳ねた。その姿は、まさに
乳房のある姉の姿だった。下半身は鱗がひかり尾鰭のある白い裸体。見える
はずのないものに羽交い絞めにされ、少年は心を決めた。
 苔の生えている、水しぶきのかかる岩と岩の隙間を、木々を掴みながら、
草を掴みながら、すべりやすい岩場を四つん這いになって、蛇のように身を
くねらせながら登って行った。水で重くなったシャツを脱ぎ、草履を脱ぎ、
ズボンを脱ぎ、頂上の岩の上に立ったときは、擦り傷だらけの半裸であった。
少年は白蛇の滝の頂上から滝壺を覗き込んだ。真っ白な巨大な鯉が黒い滝壺
を悠々と円を描きながら、泳いでいる。これは幻ではないと思った。少年は
身をのりだし、そして、そのまま滝壺に向かって落下して行った。からだが
岩にぶつかるたびに白い飛沫に血がにじみ、頭蓋や背骨を折りながら、少年
は彼方に落ちていった。

 堤の少年の家は誰も住まない廃家になった。父は戦争で、母は八月六日終
戦の年、広島の軍需工場にいた。一九五一年、岩国市を襲ったルース台風で
土石流のため家屋は倒壊し、流木や土石を取り除くと、その下から肉の付着
している骨があらわれた。少年は姉を殺し、床下に葬っていた。


思慕の詩

  島中 充

  ***
1、水溜り
うたを 水切りするひとに            
私は 陸橋を通って 
傘を返しに行く

さびしく 
おぼれた驟雨
私は 平泳ぎで泳いでいる
花柄の傘 
こころは折りたたんだまま
水を切って 返す

雨もあがり 
急ぎ足にあゆむ
傍らの池の水があふれ 
アスファルトに鮒がはねる
みずごころとは 
水たまりで生きる
寂しいこころを
手のひらから 水に戻され 
あなたは 鮒になって 泳ぐ

詩のあふれるあなたに
私は 陸橋を通って 
会いに行く
幾万のひとたちに磨り減り 
階段にうすい水溜りができる
爪先立ったこころで 
私は 水溜りに 転ぶ

   ***
  2、菊
薬を与えられ
曝し首にひとつひとつ丁寧に並べられて
菊は咲く
結ぶ露にさえ重すぎて
添え木に縛られ 立ったまま咲いている

花の高さにあなたは背伸びをして
「真夜中にも美しく咲いているのね」
どうしてその言葉が私には悲しいのか
「苦い甘さなんだ」
わざと食用菊の話ばかりで 
私は答えた

花は花の用を失うまで花に作られ
言葉は言葉の意味を失うまで比喩にうたわれ
棺を埋める花々のなかで目覚め
詩を愛する日々に
辛いものばかりでうなだれる

そうして 私はあなたに捧げる 花をだいて
まるで墓所に行く淋しさだ
口にすれば嘘になる思慕をうつむけたまま
血のような言葉を しかたなく かくまっているのだ
比喩なんかいらないと

    ***
   3、耳
その人は初め 水のこころについてはなした
澄んだ水の中からうまれる
詩について
素早く動く魚影を追って
澄んだ水の中にだけ住む言葉を
手掴みにして詩をすくう 

その人は今日 死者の位置について語った
生まれる前の事を話しましょう
死の病に侵されて 最後の教室になります
生まれる前と死んでから 
その隙間にある詩への思慕と徒労
棒をふるように逝くでしょう

その人は今日 赤いシフォンをまとっていた
「真赤なドレスを君に 作ってあげたい君に」
昔の歌が高い空から聞こえる
赤い花の並木をおりていくと 赤い花の並木
私は耳の形にうずくまって 泣いた

文学極道

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