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椎葉一晃

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ジルコニア

  椎葉一晃

1 試作


巨大な高架を支える橋脚の柱石に
落ちている赤いライターを
右折車線の窓外に見る

 (あっちの崖でさ)
 (うん)
 (あの山の、海に突き出してる・・・)

下校する高校生 ベビーカーを推す女を
田舎の道で
フロントガラスの向こうに見る

 (一番大きい?)
 (そこらしいよ)
 (じゃーあれ嘘だったんだ)
 
ガード下のうらびれた公園の脇に落ちる階段
その真裏の支柱を背に車を停め
買ってきたハンバーガーを食べる

 (多分)
 (あたし海いきたいなー、家やだ)
 (あの崖のカーブ、海に突き出した・・・急な)

夕暮れの空に カーステレオが鳴る
ホルダーのシェイクに手をつける
空席のナビシートには目を遣らない

 (いこうよ)
 (海?) 
 (うん)

夜 山麓を川沿いに抜ける国道を走る
あの時と同じ景色
もう一度 海へ
 
 (行こうか)



川?
うん
川沿いなんだな

 (黎明の野に鬱勃する森の影
  遠景の稜線に朝陽が留まる
  静止した分暁の空)

暗いねぇ
夜の山だから
んー 

 (女は森へ その歩行に呼応し湧出する大理石が
  彼女の蹠を受け止める 歩揺する長い黒髪は
  その一揺れに束と落ちる)

やばい眠い、危ない
川がきれいだ       

 (女を追う 大理石の経路には
  瘢痕に蝕まれた肢体の残片が
  縷々と連なり重なっている)

見えるの?
ううん
ん?

 (ウッドソールと大理石の衝突に
  明滅する言葉らが、
  足元に散る肉塊を整複していく)

見えないけど
どっち
きれい

 (歩一歩と 致命的な歩み)



色石を展べた渥美の肌に
とりどりの華辞が彫金される

 (ここはシルバーでなく
  イエローゴールドで)

削りだされる浮文の四肢に
恍然と浅笑する女

 (シトリンを埋めて 半貴石がいい
  濁った石が好きなの)

肉体を失った言葉の幽霊が
逸遊する この際涯

 (虚辞の海風がまた私の肌を磨く
  この石も あの風も 一体誰の言葉なのだろう)
 
圏点を打たれた黒髪が号してる
シフォンの海 鉄の海畔 布と金属の海景

 (でも、どうしよう)
 

2 君へ

いつか、あの女との海へのドライブを、
記憶の捏造によって再開する為に。
そして君と、
意識の上に偽造した世界で再会する為に。

そう思っている。


春、翼燃す 春

  椎葉一晃

能う全てを
走る そこで別のお前 恭しく擡ぐ疾走の春
おはよう川の神 その能う全てを お前の全て
の力をだ お前の望むように 俺はもたぐ物 
かい走する明日のその影に産まれたんだ 燃え
る女のリネンのケープ燃えながら走る女が「い
いえあなたは川の神、番う者、辺縁の全ての」
糜爛した辺縁の全ての皮膚まとい 俺は まと
う女が その春の燃えながら体燃えながら駆け
る女の消火するため後追い駆ける男(そうだ彼
は体焼き燃す女を消火するために女の後追う鉄
の男だ!)
壊乱する明日の痕跡に一輪の薔薇挿した(彼が
)挿した一輪の
ある日、駅前の一等地 都市の大商業地区に一
輪の薔薇が現れた。それは
それです、体焼き燃やし走る女 あたし出現し
ました。あたし一人阿鼻地獄!同時に彼は川の
神と番う者、俺は 待て女!「街を商業地区に
する気か!」
足跡を踏み出す 一歩 おはよう川の神 その
水面を私たち全てはすべった 子供たちの投げ
出した石の打つ水紋を 吐瀉された眼があふれ
る羹の上を、いつか海へ出てしまう いいえ私
は「川の神、と番う者」ですか?
都市の大商業地区 梅田のファッションビルを
焼身の女が駆け、男が「追っている、あの女を
消火するつもりで、リネンのケープが灼き付く
前に」
あなたはそれでいいだろう、だが私はどうなる
?この知らせ知らす私は?
「ほら」街を街たる意味に殺ぐ 太陽が我々を
切り分けるもう少し手前、線状に交錯するあの
激烈なる微笑の断面にガラスのように辱められ
るその前に 街だ、お早う川の神「あたしは身
を燃し焼き上げる女」お気に召しまして、川の
神、おはよう川の神、その能う全てを、お前の
全てだ、産まれたんだ、リネンのケープ燃して、
壊走する明日の影の痕跡に、お前は消火するん
だ、俺たち燃え回る子供を、のたうち傷開く、
予定されたあらゆる傷開く─美しい子供たちだ
! 


海の指紋

  椎葉一晃

※各章、各節の番号は進行する順番を示す
 同一番号の章は同時に進行する
 同一番号の節は同時に進行する



1(1-5)
1.犬の視線の先を私と呼ぼう
 例えば
 稜線の向こうには青空が広がっているという
 本能と区別のつかない予断のように

 犬の視線のとどまる場所を私と言おう

2.稜線の裏側には青空が連続しているという
 本能と区別のつかない予断
2.遮られ
 滞り
 偏って
 時にはなでたり

3.舐めてみたりする
 だから

4.犬は、私を見ている
4.だから、犬は私を見ている
4.かろうじて定位した輪郭線

5.それなら、四角く区切られた海は私だね
 それなら、四角く区切られた海は私だね



2(1)
1.昔耳に触れた雷鳴より美しいものを見たくて
 私は肘を洗っていた
 聴いてはいけなかった
 音響と区別がつかなくて、私は、肘を洗っていた

 やがて落下する私の眼球が
 たらいの向こうへ、四角く区切られた海へ

3(1-4)
1.私の眼球が
1.海を忘れた海として

2.四角く区切られた海を遡る
2.溺死したことを忘れた水死体として

3.やがて上昇する私の肘
4.海はたらいに掬われて、今、女の肘を洗う

3(5)
5.二人を死なすまいとする力が砂浜に鉄塔を建設した…

4(1-2)
1.交錯する先は砂浜の鉄塔
 彼と彼女を死なせないために

2.昔、耳に触れた美しいものを見たくて
 私は肘を洗う

 やがて落下する私の眼球が
 たらいの向こうへ、四角く区切られた海へ

5(1)
1.俺たちは
 犬を捨てに
 遠くを目指して

 出発したときには
 生きていたが
 電車の中で
 絞め殺した

5(2-10)
2.眼球はたらいの向こうに続いている
2.もう落ちそうだよ

3.四角く区切られた海からやがて女の肘が上昇して
4.すべてが見えるね

5.二人は犬の死体を引きずりながら歩いた
6.もう犬は何も見ない?
7.違うよ、肘だよ、肘が持ち上がるんだよ、

8.ビル街に落ちる所々遮蔽された日射しに
9.街から全ての視線を引き抜いて歩こう

10.俺たちの勝ちだ
10.焼かれながら歩いた

6(1)
1.拡散していたものがつかの間交錯する
 砂浜の鉄塔で
 おそらくいくつもの目にいくつもの目が映る



7(1)
1.雷鳴が轟いた
 海は四角く区切られた

 犬が埋葬された
 砂浜は、誰の目からも隠れた

8(1)
1.昔耳に触れた雷鳴より美しいものを見たくて
 私は肘を洗っていた
 聴いてはいけなかった
 音響と区別がつかなくて、私は、肘を洗っていた

8(2 繰り返し)
2.雷鳴が轟いた
 海は四角く区切られた

9(1-4)
1.やがて落下する私の眼球が
1.海を忘れた海として

2.四角く区切られた海を遡る
2.溺死したことを忘れた水死体として

3 やがて上昇する私の肘
4 海はたらいに掬われて、今、女の肘を洗う

9(5 繰り返し)
5.犬が埋葬された
 砂浜は、誰の目からも隠れた

10(1)
1.稲妻が落ちる
 あらゆる海に亀裂が走る
 海面から巨大な肘が上昇した
 燃え盛る女の眼球が天から落下した

 女は眼窩に惑星を収めた
 全ては把握可能だった

10(2-4)
2.眼球はたらいの向こうに続いている
2.もう落ちそうだよ

3.四角く区切られた海からやがて女の肘が上昇して
4.すべてが見えるね

10(5 繰り返し)
5 稲妻が落ちた

11(1)
1.割れ続ける海の
 あらゆる格子状の海面から
 埋葬された犬が上陸を目指し立ち上がる

 幾億の群れが天を見た
 巨大な肘を噛み砕いた
 惑星は血を流し

11(2-5)
2.二人は犬の死体を引きずりながら歩いた
2.もう犬は何も見ない?

3.ビル街に落ちる所々遮蔽された日射しに
4.街から全ての視線を引き抜いて歩こう

5.俺たちの勝ちだ
5.焼かれながら歩いた

11(6 繰り返し)
6.二人を死なせまいとする

12(1)
1.海は凪いだ

13(1)
1.昔耳に触れた雷鳴より美しいものを見たくて
 私は肘を洗っていた
 聴いてはいけなかった
 音響と区別がつかなくて、私は、肘を洗っていた

13(2)
2.全ては浜辺の出来事だった
 区切られてはいない、彼らが架空する限り広がる
 無限の浜辺だった

13(3 繰り返し)
3.砂浜の鉄塔に

14(1)
1.崩壊したのは鉄塔で
 海はただ静かだった
 女は海に飛び込み、男は犬の骸を見た



15(1)
1.昔、耳に触れた雷鳴より美しいものをみたくて
 私は、肘を洗っていた

 やがて落下する私の眼球が
 たらいの向こうへ、四角く区切られた海へ

文学極道

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