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選出作品 (投稿日時順 / 全7作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


牛的欲求

  

となりの牛は
よく草食む牛だ
ムシャムシャと
味わい深げに
実によく食む牛だ
食むほどに
とろんとする表情
モォーと 一声
腹の底から
気持ちよさそに
実によく鳴く牛だ
うん、いい動物だ


海馬

  

 










 空からぶらさがる朝。眠りの残る背のかたさを気にしつつ、やや大きめの欠伸をすると、海面から降り注ぐ陽の光の眩しさに、おもわず、海藻に絡めた長い尾に力が入ってしまうのを、海馬は少々疎ましく感じながら、ふくらむお腹を見る。
 




  海馬のお腹がふくれているのは、妻との交尾によってできた、多くの卵を入れているためであり、孵るまで海馬が守り続けている。妻はその間に海底へと向かい、険しい岩石や泥地に付着するベントス、付近を漂うネクトンを補食し続ける。
 




   妻は普段、ベントスやプランクトンを求め、穴に潜むものや、隙間に隠れたままでいるものをも補食するため、海馬は心配になるが、背鰭や胸鰭を震わせ静観している。この頃の妻は特に激しく交尾を迫るため、海馬にとり辛い時期となる。
 




  妻との交尾や、重くなるお腹に落ち着かなくなると、岩礁近くの大きな藻場へと、海馬は小刻みに体を震わせ、生暖かい海をのんびり出掛けることにしている。藻場では互いのお腹を見せあう者達で溢れ、褒めたり貶したり賑やかに過ごす。





 藻場での一時を楽しんだ海馬は、月の光が射しこむ帰り道をゆらゆらと進む途中、お腹に熱が帯びるのを感じ始めると、その蠢く熱にうながされるように家路を急ぎつつ、生まれてくる子らを妻とともに祝福する姿を、ひとり、静かに想う。




 



 
 



  ・海馬‐タツノオトシゴ(seahorse)
  
  ・ベントス‐水底の岩 砂 泥に棲むもの 底性生物の一種
  
  ・ネクトン‐岩や砂の表面から離れて暮らすもの
  
  ・プランクトン‐浮遊生物 水中を漂って生活する 小型甲殻類 魚類の幼生など


two prose.

  

 



【塵】

いつか隕石学者がやって来て、新種発見だと騒ぎ、ひとつの呼び名を与えるのかもしれない。ほうぼうに散らばるおれのかけらに。土星だった頃は周りを高速で回転する環の存在など気にもしなかった。闇から吹き狂う風と引力とのバランスを取りながら、軌道に沿って廻りつづけていさえすればよかったのだ。今では飛来した巨大な隕石によって粉々に砕かれ、空間中をさまよいながら、どこへ向かっているのかもわからないままに、表面温度は徐々に失われはじめている。このまま急激にどこかで廻りつづける惑星へと引き寄せられ、環を構成していたおびただしい塵と化した場合、天文学者はおれを何と名付けるだろう。発見するだろうか。







【目】

目を見ていた。伏し目がちな女の目を。おれを見上げる時の目が何より魅力的だった。水晶体に埋め込まれた漆黒のダイヤ。一つの完全な円を描いてたたずむ、潤みがちな瞳孔が麗しく輝いていた。おれは女を心から欲した。逢うたびに抱きしめ、そして見つめた。女も見つめていた。しかしある日、女は突然倒れこみ、抱き起こし呼び掛けようとも、すでに心臓の鼓動は聞こえず、一切反応を返さなくなっていた。瞬時の出来事だった。あまりにもあっけない幕切れに、女の亡骸のそばでおれはただ茫然とするしかなかった。開ききったままの女の目には真っ青な冬晴れの空が広がり、その中でおれは一本の木のように立ちすくんだままだった。


詩に関する私の原初の記憶について

  

 
 それは、一冊の海だった。



両の手のひらを重ね合わせたぐらいの厚さがあり、見た目の分量よりも重く感じられました。くすんだ生成色のカバーに、白黒のやや粗い調子で刷られていた、年配の男の顔写真に見覚えはなく、背表紙の部分に彩色された、熟しはじめた柿の実を思わせる色がほのかな暖かみを伝えていました。明朝体だったかによる墨色の文字で書かれた、現代詩手帖-谷川俊太郎という、その語感のなめらかで明朗な響きを持つ人物の名は、身のあちこちをまだ幼い利発な子どもが無性にくすぐるといったようでした。増刊号だったか別冊だったか、頁を繰れば谷川俊太郎という人の詩が、他の幾人かや本人による、それぞれの作品や谷川俊太郎という個人についてのコメント、解説や批評らしきものを挟みながら紹介されていて、一頁目だったか、数頁ほど繰った先の頁だったかに載せられていた、ほんの数行の一つの詩を、気づけば私は繰り返しなぞるように追い、



 あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
 何かとんでもないおとし物を
 僕はしてきてしまつたらしい

 透明な過去の駅で
 遺失物係の前に立つたら
 僕は余計に悲しくなつてしまつた



白い頁に縦書きの表記によって綴られていた、米粒大ほどの黒いインクの文字群は、往還を繰り返す私の眼の網膜によってとらえられていながら、けして触れることはできず、私の中をいつまでもふわふわと浮遊するかのように散らばり、文字群と私を隔てる何かがありながら、いつしか、私のあらゆる部分は、だんだんと文字群をすり抜けて頁の紙に沈みこんでいき、手の中の海をわずかに吹く微風を受けて進む、一艘の小さな船となっていました。レジで海を差し出して、お小遣いとして持っていた中から代金を手渡すと、書店専用の紙袋へ入れられた海を店員から受け取り、店を後にしました。その時の季節がはっきりとしないのですが、出口から踏み出すと音のない世界に降り立ち、街並みにうっすらと茜を染めていた、真っ直ぐな光を放射しながら、遠くかすむビル群へと埋もれてゆく夕陽へ向かうように、私は家へ帰りました。


思い返せば小学生のころにまでさかのぼるようです。国語の教科書に載っていた、授業で取り上げられた作品の一つで、そらまめというタイトルだったかと思いますが、作者の名も内容ももう思い出せませんが、青空に高々と浮かぶ大きな一粒のそらまめ、土手の叢の中に立ってそれを見上げている、そんな絵画的でのびやかなイメージ、それが今でも強く印象に残っています。そらまめはフランス語でフェーヴと言い、そして幸せの象徴だそうです。鮮やかな緑と艶やかさが眼にも美味しく、私も好きな植物のひとつですが、大袈裟な感じがしなくもありません。なぜなのかはわかりませんが。けれども少しはわかる気がします。詩についてなどわからない、幸せについて何かを答えることなどできないのですが。








  *途中引用 谷川俊太郎「かなしみ」


ノルウェーの猫

  


家の軒先から猫があらわれるたび人間たちが押し寄せ、ふさふさとした金色の毛にくるまれた四肢を撫でまわすかとおもえば、膝の上へ抱きあげふっくらまるい身をあやすように湿る鼻頭に頬擦りを繰りかえす、あるいはマタタビをちらつかせ喉元へ一斉にマイクを立てるなど、嬉々として騒ぎだす。しばらくすると猫は喧騒の中するりぬけゆったりした足取りで歩をすすめ、地にだらり横たわり人間たちへちらと眼をなげあくびする。猫については昼夜様々に飛び交っていて、たとえば、よく晴れた春の日にお向いの塀をよじのぼり太陽をころがしていた、しきりに雲をかきむしっているうちねむりこんでしまった、ぽつぽつと雨降りの日に銀髭を弾く雨粒の一粒一粒へ耳をそばたててないていた、夕空にうっすら架かる虹を舌先でちろちろなめあげ肩口へなでつけながらきえた、など。家主によるとノルウェーの道中で足元をうろついていた野良であり、いざ連れ帰ってはみたもののニャーニャーなくばかりで好きにさせている、また、ある日の深夜に突如魚をくわえたまま窓の庇をけりあげとびさっていき、尾っぽをぢりぢりかがやかせて隣町のビルの谷間へ無数の白い線条をひいておちていくのを見た、とも。


あのこ

  


宝物は怪獣大全集
ウルトラマンに登場する怪獣
38になるのかな
一度貸してくれたとき
手にすると少し重くて
表紙が照り光っていて
そこそこ年季が入っている
売ればお金になると言うと
苦笑いをして首をふった
大事なものなんだと知った
ダイヤモンドのように見えた
肌身離さず持ち歩くのは
そのためなのかな。


舟券売り場がお気に入りで
お茶や水がタダだと言うので
競艇に興味はなかったけれど
行ってみるとそのとおりで
熱々の緑茶がおいしかった
暗算が苦手だからと
ゆっくり裏側へ書きつけて
答えをだすための舟券も
束になって置かれていた
どの職場でも大変で
臨時の仕事ばかり続くのは
そのためもあるのかな
役所にわからないように。


ご無沙汰しているけれど
どうしているのかなと思う
仲間がいると話していたし
悪さもされていないというし
元気なんだろうけれど
それでも心配にはなる
家にいては電気代がと
詰めこんだバッグ片手に
通行人を眺めているのかな
ケータイが鳴ったと思えば
公衆電話からで切れてしまう
ぐんと寒くなるだろうし
どうしているのかな。


一度牛丼をおごったとき
店員さんに水をこぼされて
さすがに困った顔をして
パンツ濡らしたままで食べて
おかしくてずっと笑った
よく見れば中々イケメンで
ウルトラマンに似ている
とさかなどはないけれども
横顔あたりが時々とても渋い
ウルトラマンなのかな?
まだまだがんばらないと
年中部屋にわくっていう
害虫退治するためにも。


煙ノ街デ

  


コンビニへ行き
たばこを買う
店員は無愛想だが
釣り銭は正確だ
セブンスターがいい

パチンコを打ち
元が取れたなら
評判のカレー屋で
カツカレーを食べる
たばこを吸う

労力を要するのだ
たばこひとつ
パチンコひとつ
カツカレーひとつ
皆等しくそうだ

よく考えるんだ
コンビニへ行くのも
無愛想に耐えるのも
たばこを吸うのも
皆等しくそうだ

吹く風が冷たい

とぼとぼと歩き
居酒屋へ行く
暖簾をくぐれば
客足はまばらだが
御主人の声が響き
にわかに活気づく
一代目だという
創業五十年という

通りを往来する人々
ありふれた会話
気晴らしになる
長い一週間だった
永遠のようだった
渋々ここにいる
いつものことだが
そんな気になる

今夜は
何を頂くとしよう

文学極道

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