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町田町太 - 2015年分

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


(無題)

  町田町太

セルロイドの曲線を数えたら二十四本の蕾で、しかしそれは造花でありました。泳ぐことを辞めた男は夜中のうちに独りになって、数十センチを溺れ、流されたような水の流れが、いっとうきれいな跡となりました。そして今朝、イェーン!(人間!)と鳴き発つ気配がしまして、見れば滓が所々に落ちていたので、起き抜けに皆は途方に暮れ玉砂利に立ち尽くして仕舞います。墓石が熱を帯びてゆくのを指差して、ああ時が過ぎるねぃ…影が早いわぁと口々に云ったあとで、山の稜線を見下ろして黙り、やさしい誰かが咳をするのです。さらに際立つ現在のそれぞれ、耳に低い気流が立ち込めて参ります。



―――本当ニ、皆、印象ダケニナルノダワ――ソレデ寧ロ濃イ影ニナルノネ――印象ダケガ生活ヲ続ケルヨウナ事ガアッテ――例エバチョウド、アノ笑顔―――春日井ノ父ガソウダッタワ――アラ小森ノ叔母サマモソウヨ―――イズレ写真ニナッタケレド―――本当ニソウネ――印象ダケガ呼応スルノネ――対話モネ、返ッテ増エタミタイデ――近頃ネ、ウチノ人ッテバ良ク笑ウノヨ――オイ、君ガ一生懸命箸デ拾ッテ呉レテイタノハ―――アリャア何ダッタッケ?――ソンナ具合ニ態ト呆ケテ笑ウノヨ―――アラ変ネィ、モウコンナニモ薄グライノネェ…



翠がかった煙のしみる瞼をおさえるハンケチを振り終える手の重なりが解かれる。砂利をまぶした木立のなかに同じ顔、同じ皺。赤い子靴がふざけて転び、ケロリと蛙は鳴いた拍子に飛び込む。ああそれ無しでは淋しすぎた道程なのです。白い足首が何回も、汚い泥をはねあげておりました。堰を切った時鐘が降る坂の途で…(蝉降る丘にてさようなら!)御影の詳細に手向けた花々…(蝉降る丘にてさようなら!)…にぎやかな団欒が宗教と往きます。ここからあなたに聴こえるでしょうか、セルロイドの弾く水は、殊勝な鈍い音がいたします。


(無題)

  町田町太

一九九七年、夏、沈黙は破られ

電気ドリルでも浴びたような奥歯だったけれど
というのは弁護人である青年は当時まだ十代半ばであり
にしては老け込んだ表情を固めて
それをそのまま湿気た中空にはりつけたまま
蒼褪めた唇で次のように述べたと記録にはある

ええ、仰る通りでございますその者は立方体の隅で饐えておりました!それはもう永久に萎んで仕舞った夕顔のような状態でおそらく誰も、少しも知らない間合いでしょう。こっそり其処へ忍び込んだに相違ないのです。その際に自らを取り巻く物体が瞬く間に酵母のように膨らむという当時の現在についつい気づかずに!いえ或いはそんな事などは承知のうえというBパターンも中途から芽生えたある種の諦念という状態(4)又は図解Cもこの場合は自ずと、云わずもがな容易に推察および仮定が可能ではありますが、ぎゅっとぎゅっと詰まってゆくあの空間自体を‥(青年は僅かに間をもって)、あの者が刻々どのような心で捉えていたものかどうかということととと(吃音ぎみに)そそれにそれに嗚呼いったいどどどうして何故このような‥失礼(ふるえる指の爪を噛みちぎる)要するにですねこの動機のきっかけこれに関して僕はどうにも解りかねます!とくにか…と、兎に角であります 果たしてそれが死因となって‥ぃんとなったからして‥‥!あの‥御免なさいやっぱり僕にはこれ以上…これいじょうはどうしても‥‥
ついに青年は声を詰まらせ、それきり黙りこみ、しゃくりあげるばかりなので、その後ろの男の番がきて

仕方ないといった調子でざわつく周囲に右手を翳し
ミルクのついたままの口髭を、ぬぐい
マイクを、握って、しきりにスイッチを確かめ確かめながら
上下の唇をしっとりと舐めて‥(という一連のあいだ傍聴者たちは、それはもうウズウズという様子で)

うむ、この村は四方を山に囲まれているわけです
つまりこの時節、なかなか陰気なものでして、はい
予報によれば今夜には、うん、強く長い雨が降るという
降らないなら?ふむ、さてはこれこの場も途端に
夢のひとコマということですなあ!
(とここで、じれったそうにしてざわつく一同を、再び制してから)

雨降れば、わたしたちはまた膨らんでしまうでしょう
哀しいかなわたしたちの孤独とは、云わば子嚢菌に類するものなのです
周囲に黙ってただ無性に増大する!(強い眼差しと拳骨をふりおろして)
いいですかな皆々様方、ここは一刻もはやくに帰るべきでありますぞ!
そして家族のいる者は、何を置いてもまず食卓を囲み
バタとパンとあたたかいミルクでも飲むのがよろしい
またそれが叶わぬ独身者は我が家にどうぞお越しください 
ええ、わたしもまた、孤独なのです
ふむ、正解を教えてくれないという結末、実にこれが結の論、そしてこの罪人‥でいいですね‥の唯一の尊厳なのであったと、我々は落着いたしましょう

(天井裏で様子を伺っていた少年が、
待ちかねたように鐘をうち鳴らす)

何かの虫が哀しげに鳴いて
暮れる陽は雲に隠れて見えなかったけれど
ぼんやりとした糸杉や、疲れた煉瓦だけ立体にしている

皆が、熱っぽい感想を口々にしながら広場へと溢れて背伸びしたり

頭をふりつつ散開しはじめる
誰かと誰かが肩を寄せ合い
誰かが誰かを安価な呑み屋へ誘って
道の両わきにはずらりと並ぶグラニット
その眼は虚空を見ていたとか、いないとか
そんなことは出鱈目であるとしても証拠がない

文学極道

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