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中田満帆 - 2018年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜[2004]

  中田満帆





 おもてに広がっていく夜
 たった二つ三つ文字盤を擦っただけで
 もう、そとは黒
 ひとはマッチをたずさえ
 夜というものにそなえる
 黒のなかに姿が消えてしまわないよう
 ロウソクに火を点し
 音が消えてしまわないように
 楽隊を呼ぶ
 そうしてみなは呼ぶのだけれど
 おれの楽隊は皿の料理から生まれ
 食卓のなかでいつもゆがんでいる
 ほら、
 フォークを掴んだら
 演奏が始まった
 この音がそちらにも聞えるだろう
 この姿が近眼のあなたにもおわかりだろう
 もっと近づいて
 よくごらんください
 あいつのトロンボーンの舳先へ
 ゆっくりと流れていくやつの唾液を
 あいつのギターの弦から染み出した肉汁を
 ドラムのヘッドで踊るコンソメスープと具の玉葱を
 もっと近づいて
 よくごらんなさい
 お気に召しましたか
 この気持ちのよい演奏を
 しかし食べ終わると同時に崩れてしまうのです
 もっと近づいてよくごらんなさい
 トランペットとトロンボーンが
 仲良くハンバーグに融けましたね
 サックスはライスをギターに吐きかけて消え
 ベースは声をあげてドレッシングの壜に倒れた
 最期にピアノが余韻を残しながら
 残ったスープに沈んでいく
 おれの楽隊はいつもこうして崩れてしまう
 もはやロウソクの火も消え
 黒に染まりながら
 悲しみに堪えきれなくなったおれは
 やけになって皿に顔をうずめる
 そして心にもないことをいうのだ
 やめてくれという胃のなかの悲鳴を聴きながら
 おれのからだは
 半分、黒
 ああ、もうすっかり不良少女になってしまったYよ
 染まりきらないうちに結婚してくれ
 いま、おまえが欲しいのだ
 おれの楽隊は消えて
 もうなにも残らない
 ただ夜があるばかりで
 もうおれもいない


詩集「ぼくの雑記帖」無料配布記念 


鉛の塊り

  中田満帆




   *

 死んでいったもののためにできることはない
 去っていったものたちのためにできることもない
 だからか、
 おれはおれの断片を刻み、
 それは麦となり、
 荒野なり、
 驟雨となる
 ぬかるみのなかの眼
 おまえはきっと幸せになるだろう
 なぜって?
 それはおれからはなれていくからだ
 麦をしながら
 おれは読み、
 荒れ野しながら
 おれは書く

    *

 あらゆる天体はおれ自身がうつろであることを告ぐ
 あらゆる地層はおれがつかのまでしかないことを捧ぐ
 あらゆる生物はみな淘汰されながら生きながらえ
 姿を変えることで時代をいなおる
 魚が魚であることによって海は青く
 狐が狐であることによって森は繁るけれども
 ひとがひとであることによって町はぬかるんでる
 もはや赦されることなどひとつもなく
 おれはきみのかげを踏んづけて遊ぶ
 
    *

 死んでいったもののためにできることはない
 去っていったものたちのためにできることもない
 だからか、
 夜更けた通りを中心地まで歩き、
 かげで遊びながらずっと、
 ずっと遠くにいる、
 きみのなまえを
 いま呼んでる


ざくろ/きらきら

  中田満帆

ざくろ


 その男はいった、
 息子が死んだよりも柘榴が折れてしまったのが
 なによりもかなしいと
 その木は根元から大きな嵐と抱き合って 
 そのまま死んでいた
 その男は柘榴を燃やし、
 その灰を柩にした
 そして黄昏の光りのような女と暮らし、
 やがて死を迎えた

 その妻はいった、
 あなたが死ぬよりも
 あなたのかつての息子が死んだのがかなしいと
 かれは咽に林檎をつまらせて死んだ
 かれはいまも墓に葬られず、
 埃をかむった闇のなかで眠る


きらきら


 すべての訓示をやぶり棄てたときから、 
 そうしてふたたび滝のおとが失せた
 あまりにねぐるしい、
 にんげんの家で
 だれもが耳を
 欹てる
 たったひとりぼくは廚で麺麭を焼いてる
 だれかが庭で黄葉を踏む
 たしかに滝は枯れてしまったんだ。 

   *

 斑鳩の空にいまだ、
 たどり着いてないというのに
 もうきみは眠くなって、
 ぼくにだだをいう
 それでも、
 決してはなれないでいる
 それはやさしさのためでなく、
 最愛を滅ぼすため、
 見なよ、
 柘榴の木が燃えてる。

   *

 鶺鴒の森は焼かれ、
 打たれるがまま、
 欲しいままにされて、
 うつくしく濁る、
 水よ、
 水よ、
 石の柩にきみは跨がって、
 黄金水を放てばいい
 報いをくれてやれ、
 塔の主に、
 城の主たちに、 
 かれらは遁れ、けものがれ、
 われらは両目をつりあげて、
 やがて狐となりました。

   *
  
 きらきらっ、
 光りがまぶしいね
 きらきら、
 光りがきれいだね
 きらきらっ、
 みんなと一緒だから怖くないって、
 きらきら、
 ないにも見えない、もう聞えない
 きらきらっ、
 きみはもういない
 きらきら、
 斑鳩の果て、
 雲路に、
 毒が、
 混ざっております、 
 あれが鰯雲です。
 

文学極道

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