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滝本政博

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


履歴書

  滝本政博

生まれ そして 死にました
子供であり父であり祖父でした
馬に乗ってとぼとぼと歩きました
汽笛を鳴らし 出発しました
乾きと空腹のなかにいました
熱風のなかにいました
戦禍に巻き込まれてゆきました
銃を担ぎどこまでも歩きました

ほら 空はこんなに薄っぺらい蝶の翅
開閉し 反転する影絵だね
鳥影は擦り切れた音盤の中を飛びました
歳月もぐるぐる回って過ぎて行きました

収穫の秋に子供が生まれました
子供は春には走りまわりました
子供は犬を飼い
何処に行くにも一緒に連れまわしました

生き そして 死にました
あの人を愛しました
あの人にあうときは なにごともうわの空
駆け出して 胸に飛び込みました
あの人は毛並みにそって撫でてくれた
ひっくり返ってみる 
でんぐり返ってみる
あの人の胸の中で

ほとんど眠れませんでした
病院のベッドにいました
病院を抜け出して映画を観にゆきました
サーフィンの映画でした
スクリーンに海が映りました
盛り上がる波を乗りこなしました
ああ なんという美しさでしょう


エンプティチェア

  滝本政博

テーブルには二脚の椅子があり
その一つに座っている
対面する椅子には誰もいない
何処にいるのだろう
椅子に座る人は
誰かのベッドに入り込んでいたり
ひとりで町を歩いていたりしているのか

椅子に座ってわたしは待つ
何処にいるのだろう
わたしの周りから消えていった人たち
みんな最後には何処かに行ってしまう

あの人 と よべる人が一人いて
今でもわたしを悩ませる
はるか遠い昔に
別れた人だ
何処にいるのだろう

あの人を椅子に座らせて 対面する
言わなければいけない言葉があった
はずだ 遠い昔 あの時
いまでもなかなか言葉になってくれないが
どうか幸せであるようにと願うばかりだ

眠りから覚めても自分が自分であることの不思議
何処にいるのだろう
わたしはずっと愚かなままだ
いつのまにか時は過ぎ
またこの椅子に座っている


わからないことばかりなので

  滝本政博

眠っているあなたがいる
きれぎれの眠り
泥濘んだ眠りの道を歩く
曇天 空は撹拌され濁りを増す
夢は何層もの思い出の重みに発熱する
あなたが触ってくれる時
どんな顔をしていいかわからない
二人で抱き合ってきれぎれの眠りを眠る
あなたとわたしは千にも分断されて
朝が来るのを遠くに引き延ばす
何度も目覚めては抱きしめ合う

あなたのスカートの中で暮している
というのは比喩だが
すべてはメタファーである
だが何の?
わたしの放った鳩が
あなたの胸まで飛んでゆき白い花を咲かせる
理解するのではなく到達するこころみ
だが何処へ?

そこにいるのですか
雨がなにもかも濡らしてゆく
流されてゆくだけの感情があれば
また感情が戻ってくるのならば
あなたの腕のなかで
どのような雨も心地よかった
雨の音を聞いていると
血管のなかを幸福の種が巡るようだ

あの日
日が暮れて
夜になっても捜しに来てくれたあなた
わたしだって捜していたのだ
どこにいたのですか
あなたは
あなたが救ってくれるはずだった
差し出される白い手にすがりつきたかった
帰って行くのはあなたの湿った匂いの中だ


出奔

  滝本政博

瞼を開けた朝は直立した眩い裸体だ
はたして わたしは そこにいた 
あなたが そこにいたからには  
鳥達は今日も空で生きる 
わたしたちは あなたは 笑うだろうか 
野辺に咲く花のように香るのだろうか 

季節の風を身に纏う芳しいあなたと 
野茨の靴で戸外へと歩き出す
幾多の昼と夜を超えて進む 
移りゆく空の色彩 
地の輪郭に沿って 隆起の丘を越えて 
窪みに沿って 森を向け 小川を渡り 
途中までしか書かれていない小説のような 
開かれた頁の上を踏む 
読めない展開を進む  

滲み広がる赤 
夕焼けを飲み込み 
半開きの空が閉じてゆく 
太陽が最後の瞬きをする
二人を掴み揺さぶる明暗
ひととき山裾を燃やして空は暮れてゆく
  
夜を歩いてゆく 
今日の公演はお終いと劇場のカーテンを引き 
人々が犬とともに眠りについたその後で 
川に沿って海までゆこう 
海はいいね 
眠る海の胸は上下して 
海の底冷え 風はぴいぷうだ

渚 足を水に浸し 
あふれ 胸を張るものを前に 
注ぎたそう千粒の涙を 
幾億粒の砂より掘り出そう 
埋もれてしまった 何もかもを 
樹々を その果実を 
わたしたちの恐怖を 巡る季節を……

景色は息づいている 
輝く瞳の揺籃期は 
見るものすべてに意味があった 
魚が 蛇が 動物が 蝶が 花開き 世界に組み込まれてゆく 
あなたの白い胸に散る雀斑の数さえ 
宇宙の星と繋がる

元気よく手をふって歩いてゆこう 
唇には歌を 唄いながら
春の歌を唄え 冬の歌を
ここにわたしはいる あなたの傍にいる
 
春 雲は胸のあたり 半身を出し淡い色彩を歩く
夏 二人は薄く汗を着て いまだ物語が始まるずっと手前にいる
秋 絡まる橙と青の静脈の毛糸 ほころびてゆくとき
冬 狼の横顔 馬の尻 あなたの歩く影に雪が降る

歩きつづける 二人は旅人
空の下 地平の彼方からやってきた 
わたしたちのことは忘れていい
遠くまだ見ぬところへ歩いてゆくのです
空の下で眠り 空の下で起きる
二人は夢をみる 大抵は悪夢を
でも、ときおり 美しいものがちらりと見えたりするのだ

文学極道

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