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霜田明 - 2019年分

選出作品 (投稿日時順 / 全10作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


悪口の詩

  霜田明

   I

諸君が、もし恋人と逢って、逢ったとたんに、恋人がげらげら笑い出したら、慶祝である。
                                      (太宰治『富獄百景』)



   II

昔、もし作曲家をひとりだけ復活させられるとしたら
誰を選ぶかと問われたとき

私は冗談めかして
生きている人間の作品には愛情を抱けないから
復活は見送る、と答えた

   *

物心ついたころから
どんな作品に関してでも
それを褒め称える文章は
薄ら寒く見えた

  "批評とは正当な悪口のことだ
   称賛は愚かだから批評たりえない"

ミケランジェロの彫刻についてでも、
素晴らしいと褒め称えることには
神経質な無理がある

   *

モーツァルトのピアノ・ソナタ
第四番の第一楽章は
明るく演奏すると悲しくなる
悲しく演奏すると明るくなる
幼さみたいでやりきれない



   III

(ああ わたしも いけないんだ
 他人も いけないんだ)
              (八木重吉『一群のぶよ』)

   *

何もかも削ぎ落としたい
という気持ちがある

余計なもの、
余計なもの、
と切り捨ててみると

私は空っぽだから
なにも残らない

   *

波止場で座りこんでいると
海の方から
呼び声が聞こえる

呼んでいるのは
私の声である

自分が呼んで
自分で聞いているんだから
しょうがない

   *

テレビや映画をみていると
理由もなくにこにこしている人ばかりで
それが気障りに感じられる

無表情の大らかさが恋しくなる
クリスマスの街で点滅する
イルミネーションの遠い静かさみたいな

   *

最近になって、
モーツァルトばかり聞くようになった

この世のものは全部駄目だ
私も駄目だ

どこかに良いものがあるはずだと
思っていたけれど
例外なく駄目だった

ということに気がついて
音楽を聞くとき

モーツァルトの音楽は
本性がくだらなくて
本性のくだらなさが滲み出すみたいに
ただ独りで歌っている



   IV

あなたに届きえないとき
私は私自身において永遠になる
          (W. A. Mozart K.438)

   *

ぼんやり見ていたドキュメンタリー番組の最後
人々に背いてきた不良少年が
周囲と打ち解けているシーンが
明るい音楽とともに流された

   *

この数日で、桜が
はかったように、一斉に散り始めた
桜は美しさを欲望されてきた

拒絶によってではなく、
存在の必然によって
この世界のあらゆる植物も、
人も、
美しい存在ではありえない

   *

ロシアでモーツァルトが初演されたとき
子供が書いた音楽のようだと
観客がみんな笑い出してしまった
という話を読んだことがある

その光景が、
ユートピアのように思われた


屈折率

  霜田明

   I 

   悔恨のようなものが僕の心をくじく
              (『九月の風』黒田三郎)

   II


 悔恨のようなものが
 僕の心を訪れたとき
 僕は浴槽のなかで
 水という存在の
 不思議さについて考えていた

 友部正人の歌に

   両手ですくった川の水
   油のように燃えてるよ
              (『奇跡の果実』友部正人)

 という詞がある
 油のようにと言うけれど、
 水は油より火に近い
 水は燃えていないときにも
 燃えているようにみえる

   とおいむかし
   白々しいウソをついたことがある
   愛するひとに
   とおいむかし
              (『苦業』黒田三郎)

   III

 人生には
 死にどきというものがある
 ヒトラーを思い浮かべてもいいし
 ディオゲネスを思い浮かべてもいい
 もちろんゴッホを思い浮かべてもいい

 ゴッホの死に方は異端だった
 その異端さにこそ自殺というものがあった
 夕方、ひとり丘から帰ってきたゴッホは
 腹に銃創を負ったまま丸一日生き延びた

 既に自殺を済ませて
 ベッドの上でパイプをくゆらせながら
 「このまま死ねたらいいのだが」
 と、駆けつけた弟に語ったという

   IV

 とおい昔から思っていた
 どうしてこれほど価値ある日常が
 惜しみなく捨てられていくのだろうと
 僕がベッドに寝転んでいれば
 寝転んでいる姿には価値があった
 誰かがベンチで休んでいれば
 休んでいる姿には価値があった
 この世はあまりに豊かに時間を捨てていた

   V

 死を受け入れるということが
 小さな子供のように やってきて
 寝転んでいる僕の顔を
 覗き込んだとき

 小さな子供に見られるように
 僕はだれかに告げられた
 死を受け入れるなら、いつか必ず
 生を受け入れないとならないよ

   ゴッホは
   ベッドの上でパイプをくゆらせながら

 そのとき僕は 脱力した
 豊かな現在がいとも容易く
 捨てられていくことの意味が
 強く 解かれたから

   VI

   ぬくい 丘で
   かへるがなくのを きいてる
   いくらかんがへても
   かなしいことがない
              (『丘』八木重吉)

   VII

 悔恨のようなものが
 僕の心を訪れたとき
 僕は浴槽のなかで
 水という存在の
 不思議さについて考えていた


春の夕暮

  霜田明

*

僕はシーソーをしている
春には野糞のような重さがある

*

  原発事故が起こった晩
  「責任は私にある」と、
  心のなかで
  はっきりとした言葉で、
  ではないが、
  君も、僕も、
  呟いていた
  その距離、

*

僕は君の方へというよりも
水音のほうへ
  従順なのは [1]
歩いてきたのだ

  歴史的現在に [1]
    アンダースロウされた灰が [1]

*

  昨日、部屋を出ると日射しが強く、
  「こんなに放射線が強くなっている」
  と、心の中でつぶやいていた

*

世界への物質的依存だと考えていたものが
世界への精神的依存だったということに
はっきりと気がついたときの心境を
虫ピンで留めたような
夕暮れ

*

[1]「春の日の夕暮」中原中也


夕焼け

  霜田明

   I

僕は五年前に9980円で買った自転車を漕いで
夕陽の沈み終わった宵の海の中を
きぃきぃ走って行く
遠くの図書館へ行くためだ
その姿が相対化されていく

   II

世界がひどく単純化されていく
僕が今日の割り当て分の欲望を
あの夕陽の中へ埋葬したからだ
今日はその単純化の中で生きる
明日は明日の欲望を生きるのだ

   III

ほら 僕は確かに身体だったじゃないか
人間同士の関係は
性関係に近づくほど本質的なんだ
(夕焼けは回帰以前にいまここに張り付いて離れない)
ほら 僕が未来の性関係の中へ消えていく


そして人生はつづく

  霜田明

夜が僕を覆い隠す
酒が僕を覆い隠すときのように
海が絶え間ない波音で
世界の言葉を覆い隠している
残りは僕の中にある言葉だけ

僕は歩きながら
海と浜辺の境界線を探していた
波は若くて、
だから海はまだずっと遠かった
白く並ぶ歯のイメージが不意に浮かんだ
「波が砂を噛む」
という表現が
慣用句のように
僕の脳裏をよぎった

  *

風呂からあがったとき
「夏だ」と思った
春だ、を通り越し、
体感が冬から夏に飛んだ
ガラスにぶつかる雀のように、
自分の中の二元論にぶつかった

春の心を理解したと思ったことは
この人生でまだいちどもない
秋や冬は僕の季節だが、
春や夏は僕の季節ではないようだ

  *

モーツァルトも
ベートーヴェンも
シューベルトも
作曲家は
年を経るごとに良くなっていく
だが映画監督には
駄目になっていく人も多い

このあたりで止めておけばいいのに、
という表現の限界を
年老いた監督のいくらかは、
あえてのように踏み外すようになる
あたかも相対的な良し悪しなんてものには、
もう拘りたくないという
幼い主張を示すかのように

僕が仏像のように
絶対的に存在していたなら、
浮藻のように揺れ動く人々を見て
そんなところにいるな、
こっちへこいと言うはずだと思う
だが僕自身が相対的な存在として、
相対的な人々の中で何も言えないでいる

  *

寺山修司は処女作となった
短編映画「猫学」で
猫を屋上から投げ、
悶え死ぬ姿を撮影した

無差別殺人と同じように、
猫を「猫」としか見なさないところで起こる殺害では、
罪人としての彼の姿が浮かび上がるだけだ
そして彼自身がおそらく理解していたように、
その姿は表現に値しないような、
つまらない一個人のものに過ぎないんだ

  *

人生とは不可能性のことだ
可能性のことではない
生きるということは
つまらない一個人として生きるということだ
創作の中で暮らすように
どんどん良くなっていくことではない

陽の光も、月の光も、雨も、
この世に存在するものは、
愛する、あるいは愛される、
あるいは、静かに落ちていく

  *

取り替えの効くものとの関係だから
男性と女性との関係を代表とする
性愛というものは相対的なものだといえる

反対に、
もし取り替えの効かないものとの関係があるならば
それはすべて愛の関係と呼ぶべきものだ

  *

そして
絶対性というもの、
愛というものは、
性愛よりも身近な存在だ

現実における絶対性とは、
避けることが不可能であるとか、
そう収まらねばならないという
必然性のことだから


日記の詩

  霜田明

1.

無性に日記が書きたくなることがある
自分の大きさを確かめたくなるとき

人の言葉をきっかけに反感や不安が起こり
しかしふと冷静になって感情から身を離してみたとき

日記を読み返すことほど卑小な時間はなくて
一月経った頃破り捨ててしまう

過去は雨水のように棄てられていかない
棄てられてほしいという願望が影のようについてくる

2.

ひとの言葉について
考えながら帰った

真実が存在しないのならば
言葉の威力の理由はどこにあるのだろう

友部正人の歌の詞をときどき読み返す
他の歌手に比して一人だけ飛び抜けている

似たようなものと見なされているものの中に
飛び抜けたものを見つけるとなぜだか無性に恐ろしくなってしまう

1.

他人の不幸がなにげない顔でやってきて
部屋の隅に腰掛ける

不幸ですか?と聞くと不幸ですという
でもあなたはどうですか?と聞き返してくれないから

僕と不幸との関係は発展しない

2.

もっと、もっと、なんだよ
君が何かを成そうとしているならば

「良い」と見なせるものなんて
この世にいくらでもある

それでもこの世に背を向けたくなって
あれもこれも駄目だとさえ言いたくなるんじゃないのか

「良さ」なんかでは終われない
もっと、もっと、もっと、なんだ

1.

ありがとうと
どうもありがとうの違いはなんだろう

2.

すべての笑いは笑ってくださいという他者のメッセージに
無意識が応えようとする働きに由来する

存在は共鳴になれない
共鳴へのあこがれが表現を生む

失敗を笑う現象さえ失敗を笑ってあげようという
ある種の歩み寄りによって生まれている

3.

美しい女が抱きたいんじゃなくて
美しい女を抱く男に嫉妬しているんだ

嫉妬を引き算できるならば
残った価値はちょうど0になる

引き算を強いて諦めてでも持続する、
それが男性というものの根源だ


分断

  霜田明

浪費癖がある
財布のなかに金をいれておくと
すぐ使ってしまうからいれないようにしている

今日だって図書館から帰りながら
もう六冊も借りてきたのに書店で二冊も買ってしまった
五千円札が二百円になってその二百円で電車に乗った

子供のころ欲しい物が買えなかった反動だと思ってきた
それは判断を打ち切るための判断
子供のころの自分はすでに浪費に取り憑かれていたんだ

   *

図書館で詩集を立ち読みしていたとき
ずっと抱いてきた詩への反感が顕在化したように感じた
考えることを我慢しているような表現
あるいは考えるということを諦めているような表現への

嫌いな詩人に対して抱いたのなら
反感の顕在化なんて表現にはつながらなかっただろう

  わたしはそのことについて何もしりたくない
            『アンコール』ジャック・ラカン

   *

最近子供の姿を見かけると
心中に奇妙な動揺を覚えることに気がついていた
普段子供の姿を見かけるのは休日の道ばかり
今日は午後五時半に駅に着き、定時帰りの人の多さに少し驚いた

子供は僕の無知を象徴していた
数年前までは子供が好きだった
いまでは恐れている


格子

  霜田明

1.

チーターのような未就学児が
一斉に坂道をくだっていく 

不安を恐れるひとが息を吸い
不安に安らぐひとが息を吐く

風は飛行機のように遅く
一日は細分化すると短い

意識すればはるか遠く
意識しないとどこかで近い

2.

自然は行分けされて
リブステーキのような意味を運んでくる

意味をこえると夜中の横断歩道のように
足を掬いとる磁場がある

鉄は身体の外側から錆びていく
身体の内側へ沈んでいくために

怠惰な私たちは勤勉な人たち以上に
最大の効率を願っている


あまりに恥を感じている

  霜田明

僕は
僕がいないほうが良いところへ
居座っている
だが僕はそこを
動かない
恥知らずだから
ではない
僕はむしろ
あまりに恥を感じている
僕が消えないのは
強情だからだ

昨日
電車を逃して
歩いて帰り
家についてから
二時間しか眠れなかった
一昨晩は徹夜で
地続きだったから
眠気はひどかった
それに昨日は
精神的ストレスが大きかったから
睡眠時間の短さが響いた
こう響いたんだ
みんな良い人ばかりだよ

行き場のない
怒り
のなかに浮かび上がる
他者に対する
恨みの感情
人々は僕を
他者
として扱うことをやめない
でも
僕は
僕にとって
他者であれない
だから
僕は他者だろうか

他者へ問う
そのために
言葉を覚えた

彼らは僕を
居ないほうが良いもの
として扱うが
彼らは僕を
居ないもの
としては扱えない
そして僕も
そこを去ることができない
すると彼らは
僕の存在という
不安に
放り込まれる
困惑しているのはいつでも彼らのほうなんだ
僕は
僕を
要求しているのであり
困惑しているのではない
僕は
あくまで
困惑されている
この
自意識過剰
こそが
僕が
強情に取る
関係上の
立ち位置だ

僕は
彼らとの関係を離れ
君との関係へ没入するとき
ひとつの困惑を覚えたんだ
君は
君がいないほうが良いところに居る
だが
君は消えないのだ
君が恥知らずだからではない
君が消えないのは
強情だからだ


アルチュセールに

  霜田明

夜が平らな底でつまづいている
光が陰で均し続けてきた硬い底

君は夜空より遠くで暮らしている
僕は裸ではそこへ辿り着けない

街路樹が犬のように吠えている
あまりに分かりやすいものが世界を構成している

文学極道

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