#目次

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草野大悟 (草野)

選出作品 (投稿日時順 / 全33作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


大学病院の医者達の傲慢が招いた脳髄膜腫手術失敗による1級障害者の創出とその責任について

  草野大悟


青空の下で
妻の手が
切り取られた鶏足のように
拘縮している


風を釣る

  草野大悟

ずっと
風をさがして生きてきた

たとえば
こんなよく晴れた朝には
釣り竿をかついで
山に行くのがいい

頂につくと
草原に寝ころんで
釣り糸を垂らすのがいい

錘はつけない
もちろん
はりも餌も
つけない

ただ
青空に
釣り糸を垂らすだけがいい

そよふく風を釣るために
はるかな風を釣るために


犯す月

  草野

娘といる。
犯している。
後ろからふかぶかと。

娘の尻は
お前の尻に
そっくりで
ぎょうてんしながら
腰を動かし続け
病院でvに固まった左手を
突きつけられ
思い出し
なおも
娘の尻を犯している。


笑う満月がある。


着色される風景

  草野

まっしろいシーツが
かぜのように気まぐれに
ふっと、ためいきをついたとき
けずられたきみの脳は
あたりの風景に色をつける


くりかえされる
ひかりのみえない毎日を
記憶から消去し
消し去り
消し去りして
きみは
まどのそとにひろがる
きみを
ながめている


ちいさな雲のむこうで
はじけるように笑っているのは
たしかに
きみの
あのころ


丘のうえにうかんでいる双眸は
たしかに
きみの
こころ

そして、ほら
純粋が体操している



手術から2年
雲のうえに
きみが
すわった日
青空いっぱいに笑う
ひまわりを見た


アネモネ

  草野大悟

よっつのかぜが
なかよく
てをつないでいる
あおぞら

たいようが
にこにこと
かがやいて
ひかりのなか

ぼくたちが
どこからきて
どこにゆくのか、など
うみにほうりこんで

ただ
ただ
くもとあそんでいる
いま

よっつのかぜは
きゃんばすのなかで
あのころとおなじように
よにん、てをつないで
うみをわたってゆく


哀しみの首

  草野大悟

哀しみが
哀しみの首を
絞めている


絞められた哀しみは
椅子に座ったまま
うなだれ


絞めた哀しみは
ぽっかりあいた空洞を
もてあまし


ただ
じっと
人である哀しみに
耐えている


嬰児がほくそ笑む五月


ダ・い・・ジョう・・・・・・・ぶ

  草野大悟

夜空に
子宮が
赤い泪の
月となって
浮かんでいる


夜空は
インディゴ
ブルシャンブルー
ビリジアン
幾重にも
幾重にも
ペインティングナイフで
塗り重ねられ
尖っている



窓辺の
テーブルでは
ラフランスが
ひとり
赤い月を
見ている



家族がみんな
寝静まった
深夜

ひとり

みち、
きみは
こんな
赤い月を
見ていたんだ

  ☆

ステロ
ちんけな権力」」」」」」
すてろステロ」」」」」」」」」」」

ちっぽけな自分ステロ
金を、車を、服を、食い物を、家を
すてろすてろステロ


すてろステロすてろ
年寄りを
親を、先祖を、墓を
SUTERO

しがらみ
血縁
娘ふたり
すてっちまえ
すてろすてろ
すっきりステロ


学歴職歴地位名誉
知識金力女の力
みんなみんな」」・・
すってちまえ

すてろ
ステロ
sutero
SUTERO
すてて
捨てて
すてつくして
あとに




きみだけが
いれば
いい


☆☆☆☆♂♀



あのとき
きみがすわっていた石に
おんなじように
すわって
釣っている



この川には
海がのぼってくる

夢が竜となって
うねりながら
のぼってくる


あのとき
きみは
夢のこどもを
三匹
釣り上げて
はしゃいでいた


そうだ
おもいだしたぞ
きみの
うれしそうな
得意満面の笑顔



これを食うと
百年長生きできるから
ふたりで食おう
と、言い張るおれに

「逃がしてあげよ、ね」
「帰してあげようよ、ネ」
 」」」」」」」」」」」」


帰された三匹は
おそらくは母夢のもとに
戻っただろうに
そうだろうに
きみがのぞんだように

だのに
きみの
すべてを
ねこそぎ、
おれらの
すべてを
NEKOSOGI
食いとっていった


ありがと
オヤスミ
さよなら


竜の眸して
きみは
三匹のこどもに
乳をやる

ダ・い・・ジョう・・・・・・・ぶ

ダ・い・・ジョう・・・・・・・ぶ

ダ・い・・ジョう・・・・・・・ぶ


ダ・い・・ジョう・・・・・・・ぶ




散歩をした
一ヶ月ぶりに
車椅子にきみを乗せて

きみは
新築中のおれたちの家を
見に行く約束を
楽しみに待っていたけれど

リハビリで
疲れ切ったきみを
おれは
新しい家まで
連れては行けなかった



散歩をした

車椅子のきみと
病院の近くの道を

子どものころ
きみが住んでいた町を



左腕を
左手首を
ねじ曲げられ

膝の曲がらない左足を
きみは
車椅子に乗せて
骨盤の歪みに耐えるように
顔を左四五度に向け
右手にタオルを握りしめ
嚥下障害の唾液を
懸命に拭こうとしていた



疲れた?
う〜んん、疲れてないよ

大丈夫?
ダ・い・・ジョう・・・・・・・ぶ

部屋に帰る?
ううん、外がいい

じゃ、外にいようね
熱くない?

ダイジョウブ
ATUKUなイ
ダ・い・・ジョう・・・・・・・ぶ

勝ち気だった
端正な唇から
粘りけのある唾液が
きみの泪のように
喉元まで流れてゆく


それでも
きみは
言うんだ
ダ・・・i...]//ジ//ョ・・U・・・ブ、、、、


ちっと
大丈夫じゃないのに
そんなにもつらいのに、苦しいのに
きみは。


かえらない

  草野大悟

両手で azayakani
Vサイン wo siteいた
太陽のカガヤキは、二度と
かEらナい

海の上を
走り抜けていった翼が
sukkari
oritatamarete
いびつに
ネジマゲラレテイルいま

カエらnai
太陽の笑顔

★、月、蛍、麦酒
汗、走る、田圃、蛙
向日葵、青空、海
風、雲、木々、光
輝き、純

かえらない
カエラナイ
戻れない
nidoto

あの
なんでもない
普通の暮らしに


風の音

  草野大悟

輝きは
ダンナが浮気したとかで
離婚じゃ、離婚じゃ
と、涙して
眸を引き連れ
海から跳びだしてくるし

光は
負けず嫌いが高じて
頭に
記憶の塊をため込むし

夢は
生徒の獲得と
焼酎のコレクションと
光の見舞いに
跳び回って
入れ墨背負ってるし

今年の暮れは
みんな
なかなかに忙しく

おれは
おちおち
病気にもなれない

から


潮の匂いのする河口で
きみが釣り上げた秋は
キラキラと
ヴァーミリオンの鱗を煌めかせ

すっぽりと
きみの心に還っていった


ぼくはといえば
あいかわらず
仕掛けを
空にたらし
風を釣ろうとするのだけれど
いつものように
あたりひとつない現実に
妙に満足している

日焼けした
ふたりの竿の先に
赤トンボが一匹ずつ
とまっている
夕まずめ
遠くで
風の音がする


だから
ぼくがひざをいためたら
すかさず
ひだりひざをいためてみせる

ぼくが
あたまに
未破裂動脈瘤をつくったら
すぐに
6センチの髄膜腫を
つくってみせる

きみの負けん気の強さは
中学2年のころと
すこしも変わらない

雲たちが
あきれはてている

温泉で
ぽかぽかにあたたまって
負けず嫌いが
すやすや
ねむっている

あした
入院する
負けず嫌いが
ほんのり
ねむっている


<<青い鳥の羽を>>

あしたは
きみが入院する日だから
ぼくは
青い鳥の羽を洗おう

すこしばかり疲れた
青い鳥の羽を
洗おう

ざぶざぶ
ざぶざぶ
なんども
なんども
洗おう

そしてそれが
小春日和の
きょうの空のように
鮮やかなブルーを
とりもどしたなら

明日
きみを
送っていこう

明るい顔して
青い鳥の
きみを乗せて

  @@@@∂∂∂


行って来るね
にっこり笑って
きみは
手術室に消えていってけれど

ぼくは
きみの笑顔が
太陽のように
また輝くものだと
信じていたけど

宇宙の闇に
飲み込まれたように
きみは
眠って
そして
眠って


眠る光


ぼくのひかりは
うでや
はなや
せいきを
いっぱいのチューブでつながれ
これでもかと
つながれ
えがおも
なみだも
ことばも
みんな
みんな
うばわれ
あたまの骨を
奪われたまま
やみのなかを
さまよっている

きこえているなら
まぶたを
うごかして

きこえているなら
ぼくのなまえ
よんで

ひかりをなくしたかげが
こごえるこころかかえながら
あしたへの炎を
もやしている

瞳を
きみが閉じたあとも
きみの携帯に
お知らせメールが届く

手術前のぞの日
ベッドのうえで
毛布から半分顔を出して
泣き出しそうに頼りなげに
きみは自分を写していた

心細かったんだ
怖かったんだ
側にいて欲しかったんだ
ほんとは
ほんとは
こんな手術なんか
受けたくなかったんだ

平成17年12月8日
きみが
闇の中に迷い込んだその日
きみの
光を取り戻す
ふたりの闘いが始まったのだ。。。。。。


☆☆☆☆☆△☆


ほんのりと
さくらいろに
咲くのです

闇をさまよい
脳をうばわれ
それでも
トクトク
トクトク
ちいさな鼓動をつづけてきた
ひまわりが

ほんのり
さくらいろに
咲くのです

 ささやき天使

爽やかな春風の中で
生まれたばかりの瞳して
きみは聞くのです

今日は何日?
今何月?
何曜日?

くっきりと
二重瞼を見開いて
きみは
ぼくを
見つめるのです

ねえ、今何時
お水飲みたい

きみの食事は
三食
チューブから
直接胃に流し込まれ
喉を通ることはないのです


ねえ
ささやくように
きみは
喋るのです

ねえ
頭かゆい

きみは
うまれたばかりの赤子のように
懸命に
言葉を紡ごうとするのです
懸命に
見舞いに来た人たちを
接待しようとするのです


ねえ
きょう
てんきいいね
うれしいな
てんきいいと
うれしいね
あめ
いやだね

ようちゃん



よいしょ
よいしょ

よいしょ
よいしょ

ちいさく
ちいさく
そよかぜが
ふく

よいしょ
よいしょ

よいしょ
よいしょ

かぜが
ささやいている

手を握り
うたた寝していた
ぼくが
目を開けると
きみは
かろうじて
動くようになった右足で
足元のシーツを
引き寄せようとしている

よいしょ
よいしょ

よいしょ
よいしょ

真剣な顔して
引き寄せようとしている

よいしょ
よいしょ
よいしょ
よいしょ

あの日から突然
どこかに行ってしまった自分を
呼び戻す」かのように

よいしょ
よいしょ

よいしょ
よいしょ

ちいさな
ちいさな
かぜが
ふく

泪のなかに
かぜがふく



!!!!!!!んがが





風の音がする
夜明けが近い


胸のあつさも

  草野大悟

手のぬくもりも
胸の厚さも
すっかり覚えてしまった

わたしの中には
いつも兄ちゃんの声がある
兄ちゃんの呼吸がある



むかしむかし
あるところに ひとりの少年が
おりました。
少年は空が大好きで
いつも だまって 見つめておりました。
少年がいくら
お話ししても
空は一言も口をきいては
くれませんでした。

ある日 少年が
いつものように
窓にもたれながら
星の輝く空を見つめていた
その時
戸を叩く音が聞こえます
トン トン・・・トン トン・・・

少年は
そっと 戸に近づいてゆきました
そして、そっと戸を開いてみましたが
だれもみえません。
少年は 不思議そうな顔をして
もう一度あたりを見まわしました。
しかし、やはり だれも
みえませんでした。


ねえ、みなさん
だれだったと思いますか?
少年をたずねて来たのは?

みずいろのドレスを着た空の精ならば・・・・
お昼の空は
みずいろでしょう
輝くみずいろでしょう

空の精は
少年に
みずいろのドレスを
プレゼントしたんですって。

少年は
オレンジのドレスを着た
空の精も 好きだったんです。

もちろん
キラキラ輝く星を
アクセサリーにした黒いドレスを着た
空の精も。

それでも
少年は
やはり
プレゼントにもらった
みずいろのドレスを着た
空の精が いちば〜ん
好きだったということです。

おしまい。

セザンヌの風景
アイロンですこしは
しわ のびたよ。


スカシカシパン

  草野大悟

太陽の海でポチャンと跳ねてみたい
そう思ったんだ
光の波を浴びて
金色の魚になって
ただポチャンと跳ねて
彼女のなかに沈んでゆこう
そう思ったんだ
温かそうで
幸せそうで
ぽかぽかぽかぽか
氷もとけるかなあって
でもね
聞いて
ここからが大切なんだ
でもね跳ねてみるとね
太陽って
凍えるくらい寒くって
木星か冥王星のほうが
まだましかなあ、って思った
ぼくはね
よく
思うんだよ
ひとは夢と言うけれど
ぼくは
これまで夢というものに
出会ったことがなくて
よく理解できないんだ

それでそのことを
知り合いの牛に相談したわけ
そしたら牛は太陽よりもっと凍えて
俺の守備範囲じゃないから
海牛に聴け
だって
海牛と言われてもねえ
だいいち
海ってなに?の世界だから
もう、えっ!?
って固まるしかないわけねこれが
困りに困って
う〜ん、なんて唸っていたら
よけい分からなくなって
あれ、なにしてんだろ
あれ、って
考えてんだか固まってるんだか
分からんない物体が腕組みしてるんだな、これが


雲の瞳

  草野大悟

あなたには教えてあげないわ
そう言って海がからかうので
べつにきみから教えてもらわなくてもいいんです
そんなだいそれたことでもないし
いそいで答えを出す必要もないことですから
と、いくぶん拗ねていると
青空を泳ぎながら話しかけてきたんだ
はじめてのことで
おれが教えようか、なんて
びっくりぎょうてんが走り回るほど驚いて
思わず
ありがとうほんとうにありがとう
涙目でこころからお礼を言うと
いやあ
照れ笑いして赤面している
ぼくらが
ぼくらの波長で答えを出そうとしていることなど
冥王星の輝きがここにたどりつくずっと前から知っているくせに
にんまり腕組みして言うんだ
俺たちを忘れそうになったら
風だ
きっと戻ってくるから
きみらの明日になって戻ってくるから
なんて


夢みればいつも

  草野大悟

夢みればいつも
きみは風


ぼくの右腕をまくらに
くうくう眠っていたきみは
もう、そこに吹くことをやめ
だれも頼れない青空へ
旅立ってしまった


夢みればいつも
きみは光

ねぇ、無責任な風の吹く
あの夏に戻ってみない?
草いきれの深夜
満月に放精するサンゴの
うす桃色の未来に
やあ、と声をかけて
あら、こんなところで
真実が死んでいるわ
なんて
月の光に囁いたりしてみない?


夢みればいつも
きみは虹

落ちてきたんだ
みごとに
ポトン、と
海に
よく知っている連中に言わせると
やっぱ、空に飽きたんダロ
ということになるけれど
どうもそうではなく
地中深く潜行し尽くした後に空に昇って
華やかに、どうよ!!、という生き方に
愛想が尽きただけ
ということらしい


夢みればいつも
きみは夢

海そのままに
腕と腕をしっかりと絡め合いながら
一生に一度だけの交接をするコウイカが
ふたりの命を持ち去ったとしても
満月が笑う夢の中を
ぼくらは
今日も
風たちを探して
彷徨ってゆくんだ


鉄のきりん

  草野大悟

エレベーター付きの新築のこの家で暮らすようになってからずっと
それ、は、4年前のカレンダーの「1日」だけを見ている

カレンダーは、手術前、10月になると毎年
妻がどこからか買ってきていたインドのもので
官舎の中で確実なステイタスを築いていた

12月8日に「赤丸」
12月30日{新聞取材」
12月31日「おせち受け取り」
自信に満ちた妻の書き込みがある

赤丸をつけた日に
自分が自分でなくなることなど
もちろん、妻は考えてもいなかったし
ぼくは、新年を妻と娘ふたりとで
「おせち」を食べてのんびり祝うつもりでいた

本棚の片隅で
妻が連れてきた鉄のきりんが
首をいっぱいにのばして
その日を丸飲みしようとしている


  草野大悟

人生の
のこり二十年くらいのところに
臍がある

むかし
へその緒と
つながっていた


かって
命を
食べていた


いま
生を
食べている


私には
三つの
臍がある

昔の臍は私のお気に入りの形をしている。かつての臍は口を完全に閉ざして動かない。今の臍は頼みもしないチューブで胃につながっている。

どれが
ほんとうの
臍なのか
私は
ときどき
分からなくなる


鋼板の行方(最終稿)

  草野大悟

ホオジロザメが泳ぐ小さな町で あのとき
なだれおちた
 
 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板
    鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板
       鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板

干からびたそれぞれの夢/月は秘密を脱ぎ捨て 干潟は干潟であることを捨てた
漁師は魚を捕れない/海は 海であった海のうえを 逆立ちしながら ぽろぽろ
流れ/血は プライドを纏ったまま//////////////息絶えている

ひらかれる

       鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板
    鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板
 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板 鋼板

漁師はイノシシなんか撃てない/透明なナイフだけが残されたおれたちには
切り裂かないで生きるか 刎死するかの どちらかの選択枝が残されている
///////////////////////////////だけだ

それでは おれたちの
 汗は 肉は 皮膚は 頭は 首は 胴は
    手は 足は 心臓は 脳は 肝臓は
       腎臓は 脾臓は すべての心は どうだ どうだ どうだ

どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ
どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ
どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ どうだ

        よく晴れた蒼が どこまでも深く広がってゆくのはたぶん
      蒼が蒼を捨てたがっているから だろう
    そんなこと叶わないって とうに
  分かっているのに

朝は 朝であったことをわすれている
  昼は とっくに溶けさって
    夜は 朝をおもいだせない
     ぴきぴききしみつづける
    ちいさな家の二階に
  海は いつだって
潜んでいる

 あふれてくる涙は
   海の組成とおんなじなんだよ
    と、ほんとっぽく笑う風は もう
     西のそらへ
    沈もうとは しない
  
   朝というなまえをわすれた朝が
  きょうも おおごえで
 あ〜っ っと叫びながら
やってくる
  
         


コードネームはカモメ

  草野大悟

おかあさんも
おとうさんも
おばあちゃんも
おじいちゃんも
あたしのことを そうよぶ

どこかの国のエージャントみたいで
ちょっと気にいっているんだ

そういえば
おかあさんも
おばあちゃんも
カモメを 飼っているみたい
なんとなく わかる


あたしのしごとは
パキラをやっつけたり
   うしろに立たれるのは大嫌い
おかあさんの髪ひっぱったり
男の子をけとばしたり
広告の紙をぐちゃぐちゃにしたり
いろいろあるんだけれど
いちばん気にいっていのは
やっぱ
男の子をけとばして
ピーピーいわせること
   男の子 強ぶってるくせに よわっちい
   あたしの かかとおとち(し)は すごいのだ
ごん、と けってやると
すぐにピーピー泣くので
この任務を
   Jobごんピー
と名付けているわ

でも 最近
男の子のおかあぁさんたちがバリヤーはるので
Jobごんピーの成功率が下がってきた
けど、めげない
それが あたしだって いっつも あたしのなかのカモメが言うもの

今日だって
男の子のおかあさんのバリヤー突破して
ピーピー泣かせてやった
男の子のおかあさんは
ものすごい顔して あたしをにらんだけど だいじょうぶ
むじゃきをよそおって
なんなくのりこえた
    けっこう得意なんだ
    むじゃきをよそうおうの


いま、つぎの任務にそなえて
ほふくぜんしんの訓練をしている
    これって けっこう体力つかうし
    あたし的には あんまり 訓練の必要性も
    かんじてないんだけどね ほら、あれよ
    上からの指令っていうの? あれ
だから やる気あるようにみせて 手抜きしている
    手抜きも得意だよ


まいにち 超いそがしいあたしの ただひとつの息抜きは
おふろと湯上がりの一杯ね やっぱ

あたし けっこういけるくちで
ぐびぐび飲んでやるの
そうしてるうちに
一日のつかれが すーっとぬけて すやすや眠れるの
だって いつ 例の、「上からの指令」がきて 任務につくかわからないじゃない
寝れるときにネル
これよ。


このまえは午前三時まで目をぱっちりみひらいて任務を完遂したわ
おかあさんも なんか つきあってくれてたみたいだけど よくわからない


わたしはテルマ
コードネーム カモメ
青空の はるかかなたからやってきた眉毛


うふっ  

  


風の折れる音(「末路」最終稿)

  草野大悟

ひまわりは もう
空いろのじてんしゃを
こげない
それが すっかり年老いて
杖をついて走っていることを
知ったから

風をたべていた鳥は
夢をたべはじめるようになってからずっと
お腹をすかせ
風は
その鳥をたべたせいで
空を吹けずに
地を這うようになった

たくさんの男たちと肌をあわせてきた女は
収納ケースのなかから
ほつれた糸をもてあましている
綻びた男を選びだし
雑巾にして
零れたミルクを
一度だけふき
涼しい顔してゴミ箱に
捨てる

それぞれの挽歌が
それぞれの殻をつけたまま
海の中を
ただよっている

とおく
はるかとおく
空のかなたから
ポキン、と
風の折れる
音がする


くじら帽子の女

  草野大悟

鯱の泳ぐ
ちいさな海辺の町の
ちいさな家に
海は潜んでいる。

右手で白いツバ広の帽子をおさえ
女は
吹き荒れるちいさな家の海を見つめ
今日も待っている。

気の遠くなるほど待って
気の遠くなるほどの苦痛を重ねても
跳びはねていたあのレオタードの頃には
戻れない、と知った夏
女は
話すことも食べることも立つことも笑うことも捨て
何もかもを捨て
風の鳥になって自分の中の海へと飛び立っていった。

空が笑う青のかなた
女がいつも被っていた帽子が
虹色の潮を吹きながら
鯱を食っている。


宝焼酎

  草野大悟

こるが一番うまか

そう言って親父は
宝焼酎のお湯割りを飲んでいた

焼酎9 お湯1
ほとんど宝な その飲み物を
一日の終わりに
旨そうに、グビッ、と飲む親父の顔には
幸せが貼り付いていた

おれは それを眺めながら
こんなエチルアルコールそのものみたいな
どうしようもない物をよく飲めるよな
そう
心から軽蔑していた

洋一郎
ある日
親父が言った
洋一郎、こらぁ、お湯で割っと甘うなって旨かっぞ

おれは 親父の言うことを聞き流して
高い酒ばかりを飲んで
高いことは旨いこと、そう思っていた

そんなおれを親父は、不思議な生き物を見るように眺め
いつも 必ず
おれが飲んでいる酒を一口だけ飲んで いつも 必ず 言った
 やっぱ 宝のお湯割りが一番旨か
親父の顔には 確信が貼り付いていた

2013年1月17日
親父は死んだ
87歳6ヶ月の大往生だった

親父はいつも
 おれは、絶対、人工呼吸器なんかで生かされたくはない
 洋一郎、余計な延命は絶対するな
 よかか、判ったか
宝焼酎を飲みながらいつもそう言っていた
 おれは、コロッと死にたい
 焼酎飲んで眠るように死にたい
 80で死ぬつもりだったて 長ごう生き過ぎたバイ
繰り返し そう言っていた

そのコロッと死にたい、との言葉どおり
今年の正月
歩けなくなって入院した病院で
入院した次の日
眠るように 死んだ

宝焼酎を飲んで
眠っているような死に顔だった


親父の遺言

  草野大悟

○ ガラスびんポリ容器のふたはかならすとる
○ ガラスびん
       ふたをとり水洗の上資源ゴミ
       油びんは埋立てゴミ
       ふたは金属のものは資源ゴミ プラスチックは埋立ゴミ
                              ↓
                            燃えるゴミ
○ その他のびん 陶器のものは埋立てゴミ プラスチックは燃えるゴミ
○ ポリ容器 資源ゴミ フタは金属は資源ゴミ
○ 発泡スチスロル 小さくして燃えるゴミ
○ 紙 ハガキより大きいものは 紙袋に入れて出す
○ ガラス類はびん類と同じく資源ゴミ
○ 傘、蛍光灯等ひもで結束し埋立ゴミの袋を巻いて出す
○ 燃えるゴミ、埋立てゴミは所定の袋に入れる




その他従前通り


妻の近況♯髄膜腫術後

  草野大悟

入院診療計画書

ねた切り、 植物に近い状況
末梢循環がおちて、均縮がはじまりつつある

ねた切り、 植物に近い状況
ねた切り、 植物に近い状況
ねた切り、 植物に近い状況
ねた切り、 植物に近い状況
ねた切り、 植物に近い状況
ねた切り、 植物に近い状況
ねた切り、 植物に近い状況
ねた切り、 植物に近い状況

植物に近い状況
植物に近い状況
植物に近い状況
植物に近い状況
植物に近い状況
植物に近い状況
植物に近い状況


アジェリッド(湧き水)

  草野大悟

地獄門から見えるこわれた海のかなたに入学式は待っている。
蝶たちはずいぶん長い間待たされ、いっそのこと青虫に戻ろうか
などと背負ったキャベツに相談を持ちかける。

鳥山が立つ海の深層には大きな迷いが泳いでいる。

七回忌にはたくさんの友だちが集まり
七歳の誕生日を祝った。
その席であなたは厳かに言ったのだ。

「私は死んだとき産まれているの」

あなたの言葉は魚になって海の中へと泳いでいき
海の中にいた魚たちは驚いて言葉を喋るようになり
歩き出した干潟が乳幼児の顔した永遠になった。

街では
水曜日のネコが
三日の過去と
三日の未来とを従えて
アンニュイを転がしながらリモンチェッロを舐めていた。

過去と未来がぶつかって
激しく渦巻く今日というネコの墓場で
わたしたちは
空ろな骨を食べた。

                    ふくっ
                  。
                ゜
              ○
            ○
           。
         ○
         。
        。
      ○
     ○
    。
  。
  
かすかな声がわたしたちの奥のずっとずっと深いところから  ゆらゆら昇ってきた。
 
                             ぷくっ
                         ふくっ
                      。
                    ゜
                 ○
              ○
            。
         ○
         。
        。
      ○
     ○
    。
  。
  
わたしたちはそれを体に含み たくさんの幼い言葉たちを宿した。

    


  草野大悟

ノアール以外は何もない。風も吹かない。山は音という音を忘れている。
「マリンスノウみたいだね」
「そうだね、マリンスノウみたいだ」
「雪の匂いがするよ」
「そうだね、雪の匂いがするね」
「これからどこへ行くの」
「どこへ行こうか?」
「あなたが決めて」
「それでいいの?」
「ええ」
「そう、いいんだね」
 シュラフの中で裸で抱き合いながら二人は互いの影を見つめた。
「ブランはどこ?」
「ブラン?」
「そう、ブラン」
「さあ、僕にも分からない」
「探しに行こう」
「ブランを?」
「ええ」
「今から?」
「ええ」
 ノワールに沈んだ二人が、ブランを見つけ出すことなど限りなく不可能。そんなことは分かっているんだ。言われなくても、分かっている。
 もう夜も遅い。それに、私たちは裸だ。シュラフにくるまれたまま歩け、というのか。無理な相談だ。私たちはなにも好きこのんでここでこうしてシュラフに包まれているわけではない。目が覚めたら、いつのまにか裸で抱き合っていた。
「ねえ……」
「ん?」
「赤や青や緑もいるかな?」
「そりゃあいるだろうよ。黄や赤紫や空色だっているかもしれない」
「かもしれない、なんて、ずいぶんいい加減だね」
「そう、いい加減だね」
色のない世界は、音を包み込み、溶かしさる。溶かされた音は、行き場を失い、ただ曖昧な笑いを浮かべている。
 私たちのまわりの多くの影が、このようにして実態を失っていった。裸で抱き合う相手は、風しかいない、と私たちのまわりの多くの影は知っているのに、だ。
 それは、たぶん、夢という劇薬のせいだろう。多くの場合、夢は叶わない。努力という観念も成就することはないし、流された涙や汗が実を結ぶこともない。
 生きてゆくということはそういうことだ。
叶わない、結ばないことを前提として歩むことだ。
 人生に絶望しました。そう言って、あるいは言わなくても自死する人がいる。幸せだ、と思う。
「自殺する人が幸せ? なんでそう思うの?」「なんでだろうね」
「ね、行こうよ」
「どこに?」
「だから、さっき言ったとこ」
「だから、どこ?」
「いやぁね、もう忘れたの」
「ああ、多分、そうかもしれない」
 シュラフの外には、いろんな色や音が溢れてキラキラ輝いてる。そんなお伽噺を信じている人たちは、みんな鯨を愛している。
 鯨は、それ自体が一つの大きなシュラフで、銀河系を幾つも包み込む包容力を保持している。だから、そこでは、色彩や音や匂いといった自己を主張する現象は必要とされない。
おそらく。
 シュラフの中には、半月や土星の輪や木星の惑星や火星の悲鳴があったはずだ。それから、今は抹殺された冥王星も。……あった。
「ねえ」
「ん?」
「ねえ」
「ん?」
「あのね、……、これ誰にも言っちゃだめだよ。い〜い、分かった?」
「うん、誰にも言わない」
「約束する? 絶対?」
「約束する。絶対」
「あのね、私ね、私の頭ね、左後ろペッタンコなんだよ」
「は?」
「だから、ペッタンコ」
「胸?」
「ばか‼」
 ふたりの言葉だけが行き交う空間。空気の存在。酸素だけでは生息できない。必要悪という媚薬も多くの人や多くの影は、あっ、それに多くの骨たちも、必要としている。
 多分、マンガンノジュールが海底深く沈積し、メタンハイドレイトがさして注目もされずにくすぶっていた現実とはそういうことなのだろう。
「あのさぁ」
「な〜に」
「きみは、圧倒的にブランだよね」
「え? な〜に、それ」
「だから、きみはシロ」
「唐突過ぎて理解不能です」
「そう、唐突過ぎるよね」
「うん」
 何も聞こえないということは、全てが聞こえるということだ。何も見えないということは、全てが知覚できると言うことだ。そういうことだ。耳や目や鼻や舌の宇宙は、それらを喪失した所から始まる。
 淫雨。
 これだけは確かなようだ。
 そう言えばこの時期、紫陽花が咲いていた。
心を紫陽花に例えてうたった詩人もいた。腺病質のその詩人に、きみが魅せられたことは
当然のことだ。きみは淫雨を扱いかねて、いつも戸惑い顔をしていた。ぼくは、そんなきみをずっと見つめていた。ただ、見つめ続けていた。
「困るよね。なんにもないなんて」
「そう、困るね」
「ものっすごく困るよね」
「うん、ものっすごく困る」
「ねえ」
「ん?」
「緑のヤツ、もう起きだしたかな?」
「う〜ん、どうだろう。赤は起きてるかも」
 色に就寝時間があり、起床時間があることを二人が知ったのは、つい最近のことだ。森という名の世界にいるオゾンが教えてくれた。
 色は音に似ている。そう誰かが言っていた。
誰だったか思い出せない。私だったのかもしれない。音は色だ。色は音だ。ノワールとブランみたいに。
 朝や昼や夜が、それぞれの名で呼ばれる瞬間、夢という幻が実像となって見える。上弦の月がそう断言した。嘘つけ。見えるくらいならもうそれは、絵画となっていなければならない。有史以来、誰一人、夢の実像を描いた者はいない。描こうとした者は、その者自体が夢になっている。
「もうそろそろ行こうか?」
「うん、行こう」
「服を着なくちゃだめだよ」
「えー、着るの−」
「そうだよ。もちろん」
「なーんか、うざったい」
「それは分かるけど、とにかく着ようよ」
「私、このままがいいんだけどな」
「僕は、このままのきみがいいんだけど、だけどね、人の目っていうのがあるじゃない」
「人の目? 目? って?」
「だから目だよ。目。人の目」
「私も人だよ」
「うーん、そうだけど、そうだけど」
「だけど、なんなの」
「そうだけど、人という他人の目」
「あーあ、他人ね。他人の目ね」
「そう、他人の目」
 他人の目には棘が潜んでいる。それが刺さる。刺さった棘が、体中を廻っているうちに、赤色を産むこともある。涙さえ流せぬうちに。
 恋人を抱えて空を飛んでいたあの絵描きは、今も相変わらず下手くそのままか? 下手を極め続けているのか? そいつはとっくの昔に消滅している。消滅に無関心でいられることは、ある意味幸せであり、ある意味不幸だ。 私たちは、そいつと同じくらい、おそらく人並みに不幸だ。何が? 不幸色という色を知っている。無限に変化する淫雨だ。
「グリに映っている五人の少女にヒントがあるのよ、きっと」
「そうだ! それだ! 五人の少女だ!」
「ほら、こちらを向いているのは四つの目。他は、下や右や左を見ている!」
「四つの目だ。確かに。こっちを見ている目は四つだ。他の六つのことは考えなくていい」 四つの目が探しているものと、私たちが探すものが同じだということに、なんで気づかなかったんだろう。今頃になって。
確かに探すものは同じだ。一言で言うなら色彩。しかし、根本的に異なることがある。それは、探しているものが重なったときに始めて明らかになる。
 明らかになるものを怖れてはいけない。大多数の人が恐怖に襲われて、せっかく手の中に入ったそれを落としてしまう。
 怖れないことだ。怖れを友にすることだ。凍り付くような友を持つことだ。大切なことは、そのことに尽きる。それ以外のことは、おそらくは、枝葉末節だ。枝葉末節を好むならそうすればいい。しかし、掌に入ってものを投げつけることだけは、忘れないで。
 さあ、私たちはここを出よう。心地の良いシュラフの暖かさと裸の心地よさを捨てて。 葉風は、いつだって私たちみんなの、みんなの産まれた頃を包むように、思い出させる。
やはり、私たちは、緑の記憶から逃れることはできない。また、逃れる気もない。
 葉風は、私たちのコア。原点。マンガンノジュール。私たち自身。Weg Nach Innen。内面の自分。自分への道。
 よく、しばしば、合う度に、行ったよね。
抱き合った。墓地の桜の老木の下。裸になって。すぐ後ろには多くの骨たちが埋められていた、と今になって理解した。
 君の肉体はとても輝いていた。白く。
 あなたの体は美しかった。どの墓石よりも。 やっぱり、桜の木の下には屍が眠っているわ。
 きみの言の葉。
「そう、梶尾みたいにね。僕らは、それを感じる。それに触れる。基次郎みたいにね」
「基次郎って、だーれ?」
「梶尾だよ。梶尾基次郎」
「何屋さん、その人?」
「うーん……」
「ね、何屋さんなの?」
「うーん…檸檬かな、檸檬屋さんだ、きっと」「なーに、それ。それって全然分かんない」
「いいんだよ。いいんだ。僕と一緒になればすぐ分かるようになるよ」
「いやだ。一緒になんかならない。あなたなんかと」
「そのとおりだよ。君と僕とは、一緒にはなれない。というより一緒になることが許されない」
「ねえ、じゃどうしてこんなシュラフに裸でふたりで包まってるの? ね、どうして?」
「うーん、必然かな? 必然という幻」
「そうかぁ、そうかも。だって、私は、あなたのこととても嫌いだったわ。初めて会ったころから」
「そう、嫌いだった、俺のこと」
「そう、嫌いだった。あなたはノミみたいに縮こまってみえたもの」
「ノミ? ノミねぇ」
「そ、ノミ」  
赤が歩き始めた。
 青も。
 緑も歩いている。
 どこへ行くのかは、あえて問うまい。
 彼らは、彼らの中の声のままに、声に従って歩く。その声は、私たちには聞こえない。
 聞こうとも思わない。
 耳に馴染みすぎた声。
あっ。星が流れた。
 大きな黄と赤紫が抱き合ってる。空色が、ぽつん、という音たてて佇んでる。寂しそう、空色。
 空色は、いつだって、どんな時代だって寂しい。そう決まっている。それが、空色の空色たる所以だ。それは、ひとつの定理だ。君やあなたが納得しようがしまいが、それは、定理なのです。
 光がいない、ということは、予想以上に遙かに厳しく、影までいないということは、もう、ほとんど、絶望色一色に塗りたくられている現実。蛍が道を辿っている。
朧月は、ふたりの言葉。
 眞実は、ふたつある。
 ひとつは、君の眞実。
 ひとつは、私の眞実。
 ふたつの眞実がひとつになったときに、産まれる。
 産まれるものの何かを、今は知らない。知らないことが、時として最上の解決策だったり、する。
「ねぇ」
「ん?」
「ノワールだね」
「そうだね。まったくのノワールだ」
「それもいいよね」
「うん。いい」
「ねぇ」
「ん?」
「私たちが歩いている所は、地面? 床?
それとも今まで歩いたことのないナニカ?」「さぁ」
「分からないってこと?」
「そうじゃなくて…、表現する言葉を持たない」
「なに、それ? 言葉なんてそこいらへんにいっぱい転がってるじゃない」
「確かに転がってるね」
「それでもダメ?」
「残念だけど」
「そーお。じゃ、言葉なんか捨てちゃえば?それならどーお?」
「あ、いいかも」
 言葉は、言葉であるが故に限界を内包している。まずは、一つの国という概念で。次に肌の色の違いで。さらには、星という現実。
あまたの銀河系。その相似形。と全く異質な惑星群。
 言葉は、それぞれの、ごく限られたエリアでしか、その機能を発揮し得ない。残念ながら。いや、それが宿命。
 色や音は、エリアを越える。越えた先に何があるのか、などという疑問が涌き上がる前に、越える。越えて、越えて、越え尽くしたところに、言葉が待っている。そんなこと、百も承知だ。言葉だって。
「ねぇ、赤が来たよ」
「来たね」
「青も来た」
「歩いてるね」
「緑も」
「来た」
「黄と赤紫と空色は、まだみたい」
「彼らはおそらく別の道を行くよ」
「どうして?」
「だって……」
「だって、なーに?」
「だって、それが彼らだから」
「行こうか。一緒に。赤と青と緑と」
「黄と赤紫と空色はどうするの?」
「彼らは、僕らには馴染まない」
「って、どういうこと?」
「今に分かるさ。今に……」
遅くやって来た風が、海の語りかけるように。黄と赤紫と空色は、戸惑っている。どこに行けばいいのか、どう歩くべきかを彼らは誰からも教わらなかったし、教えを請うたこともなかった。今、この瞬間、彼らは、そのことを心の底から悔いている。
 そのとき、涙の匂いがした。黄の涙。あるいは赤紫や空色の涙? いいやそうではない。
それは、ただ、涙だ。彼らを超越した涙なのだ。色彩ゆえの悲しみを彼らは悲しみ、涙に託そうとする直前に流れた、涙。
 泣くがいい。心ゆくまで泣け。涙よ。
「ほら、ごらん、涙が泣いている」
「え? うそーお。泣くの? 涙」
「泣くんだよ。誰だって」
「あ、じゃ、ひゅるるんも泣く?」
「何よ、そのひゅるるん、って?」
「ひゅるるんは、ひゅるるんよ。見たことないの?」
「ない!」
「そう。ないんだぁ」
「僕たちには見えないし、聞こえないんだ。きっと」
「そうかもね」
「雷雲の涙だったら知ってる」
「私も、知ってるよ。派手だよね。ずいぶん」
「派手過ぎるほど派手だし、うるさいよね」
「うん。静かに涙しろって感じ」
「そうそう、静かに! って」
 さめざめと淫雨は。降る。雨の中を歩く赤や青や緑は、もう十分に発情している。ふたりだってそうだ。雨は、色たちを欲情させる。 あの日だってそうだ。雨が降っていた。色たちと二人は、墓地裏の桜の老木の下にいた。
 傘なんか役に立たないくらい。もう、どうとでもなれ。濡れてしまえ。交わってしまえ。 桜の花びらが、ふたりと色たちを包んで、雨が流れた。交わってしまえ。桜は、十二分に淫靡だった。
 薄雪の中でも交わる。寒い。特に風は応える。裸の心は何色なんだろう? 薄雪を握りしめながらふたりとも、色たちも、思った。 交わりは、おそらく、空の彼方の、さらに彼方から瞬きする間にやって来る。瞬く薄雪と帆風。春になり、また、夏になる。いつまで続く? 四季。
「ねぇ」
「ん」
「あのね。私ね。出て行きたい」
「出て行きたいって? どこへ?」
「あの扉、開けた世界」
「扉? 扉ってどこ?」
「えっ! あなたには見えないの?」
「見えないのって、君には見えるの?」
「誰だって見える。そう思ってたのに」
「僕には、扉なんか、ない」
「そーお、ないの?」
「うん」
 緋鯉と梅雨寒がわずかに溶け合った世界は、やはり不条理という名が似合う。そう、「恐ろしいくらい」ピッタリ。似合う。
 扉を開けたい。扉なんか、ない。相反する渦巻きだ。二人は。そうやって生きてきた。
生きて? 確かに生きてきた……はずだ。
 炎天が待っていた。向日葵は君だ。じゃあ、あなたは? 僕? 僕はノミかな、たぶん……。炎天は、心の底のその人自身を焼き尽くす。のだ。炎天は、ハンカチーフを持たない。
 ゴッホだって。炎天がハンカチーフを持たない、なんて知らなかった。だから、炎天の向日葵や糸杉を描いた。
 青空が、きらきらと、夜になる瞬間を、貴方たちは、知らない。もちろん、私たちも、知らない。犯された眞実という虚実を、桜たちは、知っているかもしれない。おそらくは、
未定型で。
 遺伝子は、冷酷だ。いつも、私たちの裏をかく。一生懸命に生存し、目一杯やっても。
 どこへ向かおうとしているのか。と、何百年も、私たちは問い続けてきた。けど、まさに、そこ。科学を発展させること。我々は、結局は、結局はね、生態系に生かされている。
だから、だから田舎の林業を遣ってるところで、モモンガのいる集落を守るために、ニホンモモンガを守る、というシチュエーシュンでやってゆく。
 まず、ポイントを捉える。林業と、どうマッチさせてゆくかが見えてくる。
 きれいごとに思えるかもしれないね。問題は、体験だね。きれいごとばかりでは、誰も動かない。
「連れていこう」
「だれを?」
「赤だよ」
「赤だけ?」
「違う。青や緑も」
「それだけ?」
「いいや違う。黄も赤紫も空色も連れていく」「みんな、連れていくの?」
「そう、みんな」 
「そうね。賑やかでいいかもしれないね」
「賑やかな色彩たちと無彩色とのコラボ」
「コラボ。うん。確かにいい」
「じゃ、進もう。扉までSALCO」
「SALCO、皆でSALCO」
 なぜ、素直に、ぶらぶら歩こう、と言わないのか。SALCOなど、特定区域内の地域でしか使われない言葉を、得意げに、横文字っぽく喋っているところが青臭い。
 そもそも、そうすんなりと扉までたどり着ける、と思っていること自体が緩い。そんなに甘くはない。色彩の真実と無彩色の虚無が口を開けて待っている荒野を歩いていくんだ。
 口に落ちる覚悟がなければ、歩ききることはできはしない。
 泥鰌鍋でも食って、ぽかぽかになって行け。
 悪いことは言わないから、そう、しろ。
 それ以外に、たどり着ける方法はない。
 蜜豆!
 蜜豆をこの緊迫した状況の中で、誰が食う? 食える? そんな奴がいればお目にかかりたいものだ。
「ねぇ、さっきからなんか聞こえない? 泥鰌鍋とか蜜豆とか……」
「ううん。なんにも聞こえない。空耳じゃ?
それとも、君の内面の声? かも」
「ねぇ、みんなは聞こえなかった?」
「さあ、聞こえたような、聞こえないような……」
「どっちなの! 貴方たち色彩は、いつだって中途半端なんだから。もう! やっぱり、頼りはノワールとブランだけかしら?」
「おいら、どっちかっていうと、泥鰌鍋かも」
「だれ。今言ったの。泥鰌鍋かも、って言ったの。誰よ!」
 …………。
「いいわ。みんなでそうやって知らんぷりしてれば。覚えてらっしゃい。あんたたちみんな透明にしてやるから!」
 …………。
 苔色の地面には、若竹色の空模様が似合う。
 シャボン玉の表面を飾る虹は、白日の夕べ。見渡す限りの口の連続。落ちないように、気を張った、とたんに吸い込まれる。疲れ果てた雨粒に、ふるふるとうたれ、安らぎは溶けてゆく。
 優しいひと。ちらちら。優しいひと。ふわふわ。百日草。哀しみのひと。小糠雨。
 もう半分くらいは来ただろうか。空(くう)のただ中では、すべてが無意味だ。これまでに常識と思っていたものが非常識に変わったり、天使が悪魔になったり、クリオネの食事の瞬間を見たか? そんな感じ。ぐわっと、牙。
 いつか二人で積んだケルンは、今も、登山者たちを守っている。のだろうか? それとも、とうの昔に口に吸い込まれてしまったのだろうか? 少なくとも、こうして、ぶらぶら歩くものたちの邪魔だけは、しないで欲しい。
 横走りする稲妻が、直近を走ったとき、イオンの匂いがした。そのあと、雷鳥を直撃して焼き鳥にしてしまったことを、君は、隠している。それを食ってしまったことを、隠している。
 都合の悪いことを隠すのは良いことだ。その代わり、一生を賭けて隠し抜くことだ。中途半端が、最も悪い。隠しきること、これがすべてだ。それ以上も以下もない。雷鳥は、焼き鳥になった、それを食った。それでいい。
旨かったか、不味かったかなどは二の次、枝葉末節の論議だ。
 あのとき、かっ! が照りつけていた。照りつけていたのに稲妻だ。どうしたことだ!
誰に怒りの矛先をむければいい? 知っているなら教えてくれ。ずっと考え続けているけど、残念ながら、解を得られずにいる。このままでは、永遠に、解は見つからない。強くそう感じる。でも、いい。解なし。という解もある。
「さっきからずっと気になってたんだけど、番人がいないね」
「え?」
「いつも、すっくと立って見張っている」
「あーあ。ヤツのこと?」
「そう、青鷺」
「もう、飽きたんじゃない。番人に」
「飽きる? 想定できませんが、私には」
「だって、ヤツは、時の中に立ち尽くしてきたんだぜ。雨の日も、風の日も、雪の日だって」
「だから飽きたって言うの?」
「そ」
「でもさあ、私、いっつも不思議に思ってたんだ。番人、なんの番してんだろう? って」
「そう言われればそうだな。僕は、そんなこと考えてもみなかった」
「ね、不思議でしょ?」
「ヤツは、時の番人かも」
「時の番人? なーにそれ?」
「時の流れの中に立って、流れてはいけないものを見つけ出して食っている。そして、食ったものは、そいつが生まれた時に戻す。どーだい?」
「うーん、ほんとっぽいね、それ」
 そのころ番人は、青を捨てよう、と考えていた。青を捨ててくれるものを探していた。
 何人かいる番人が全部、そう考えて、青をすててくれるものを探していた。
 大きな翼でどこまで飛んでも、青は消せない。その現実を突きつけられて、絶望しかけていたときに、自分たちの役目に気づかされた。二人の会話が、青鷺の番人魂に火をつけた。そうだ、青を捨てるなんて、なんということを考えていたんだ。青鷺は、一声そう鳴いて、大きな翼で空をたたいた。
 翼のひとたたきで、番人の本来あるべき位置にもどったとき、二人とみんなの姿は見えなくなっていた。
 茜色になった風が、吹いてきた。
 番人は、口を大きく開けて風を飲み込んだ。
 風は、番人の体の中を吹き、青をより鮮やかに染めた。
 二人とみんなは、口に呑み込まれそうになりながら、扉を目指していた。赤が風を見つめながらハミングをした。赤紫と空色と黄も続いてハミングした。それは、カノンだった。
 重層的に奏でられるメロディが茜色の風に乗って世界中に流れた。
 外の生き物たちが動きを止めた。人間も車の運転を辞め、耳を傾けた。静寂の中にカノンは流れつづけた。扉が近いことが予想された。
 扉は、有機体を遮断することはできる。しかし、音楽や言葉や色や光や風を遮ることはできない。扉が、どうあがいても、それは不可能だ。歯ぎしりが聞こえた。扉が軋んでいる。歩き続けた。もうすぐ終わる。もうすぐ私たちは。
 夢や希望なんか叶うわけはない。断言したものに見せつけてやりたい。みんなの生き生きとした顔。色。見せつけてやりたい。叶わないものを叶えることが、私たちの仕事だ。
 扉の軋む音が大きくなった。恐竜の声。のたうっている。扉が、開けられることを拒んでいる。拒まれるようなことをしてはいない。
これから先私たちが存在する限り、そんなことは、決してしない。断言する。
 もう、どれくらい長い間、歩いてきただろう。分からない。ここには、時間などという煩わしい概念はない。しかし、体が、ずいぶん歩いた。一生分歩いた。そう、悲鳴を上げているのが分かる。
 頑張れ、青が叫んだ。
 みんなの顔がぱっと輝いた。
 頑張れ、もう一度、青が叫んだ。
 叫び声の真ん前に扉があった。足が歩くことを辞めた。もう、歩かない。そう決めていた。雨? いいや、秋空は澄みわたっている。
 涙? まさか。
「みんな、扉を開けるよ」
「うん」
「いち、に、の、さんっ!」
 赤と青と緑が一緒になった。光があふれた。
ブランが飛び跳ねている。
 黄と赤紫と空色も一緒になった。光に包まれて満面の笑みを浮かべたノワールがいた。


極夜

  草野大悟

頭の中で
ひっそりと眠っていた蝉が
摘出された冬
あなたは生まれ変わった

意識は確かにあるし 
五感もしっかりしている
でも ただ
転がっているだけの生を得た

新しい臍から注入される栄養剤と薬
ゴロゴロ ゴロゴロ
定期的に交換される下半身
日になんども鼻腔をつらぬくカテーテル
吸引される命の残渣
あなたの前でだけは
ただ笑うだけの鬼になろう
そう決めた

どこにも行きようのない二人が  
白々と物語を紡ぐ日常に
少しばかり倦んできたのは
時の必然かもしれない

煮詰まった空

真夏の占いで
ぼくらの名前は
絶句するほど神に見放されていることを
知った

そうか
ぼくらは
そんな螺旋の縛りのなかを吹いてきたのか

呟いたとき
鉛色の空に
ぽっかり
檸檬が浮かんだ
楕円形の笑いを浮かべたそれは
ひとしずくの涙さえ拒否するような
氷の衣をまとっていた

ぼくらは
どこに転がり
どこを吹けばいいのだろう
羽化してきたばかりの抜け殻に
戻ればいいのだろうか

蝉が寝ぼけ鳴く深夜
戸惑いが 迷子になった
蝉は行方を知っている
知っていて知らないでいる

雨が横殴りに降ってきて
夜をかき回すけれど
あのころ この部屋で泳いでいた鮫は
いったい どこへ行ってしまったのだろう

碧落に太陽は潜み
降り積もる夏が
ぼくらの眠るべき場所を
覆いつくす

エーテルが
青や緑にゆらめく極夜
白い馬が
太陽をもとめて
いまも飛びつづけている


秋櫻のころ

  草野大悟

花びらが螺旋をえがきながら
どこまでも昇ってゆくのは
風がすこしばかり
あかね色にふきはじめる
こんな季節だ。

まわりの空が
息苦しくなるほど
蒼く変わってゆく。
果てにあるものが闇であることは
周知の事実だよ。

さっきまでいた場所を見おろしたとき
きみは 
初めて
白になった父と母に気づくだろう。

初めて?
いいや、そうではあるまい。
生まれ変わる前から
そんなことは分かっていた
はずだ。

闇に潜むものの正体を
もう
きみは
じゅうぶん知っているね。
苦しみ、という言葉さえ
必要ないほど。

言葉が
言葉を脱ぎ捨てるとき
きみは
虹のうえに立ち
名もない光たちの母になるのだ。

今日
ぼくは
それを教えてもらった。

誰から? 


月と炎

  草野大悟

しずけさが
あるいてくる

やまゆきをふみしめ
うすあおい
ふたつのあしあとをのこして

天空につづくみちのかなたに
まんまるな月
ダム湖のなかにも
まんまるな月

ふたりが みつめあい
こころと からだが もえあがり
炎となって とけてゆく

とけあった ふたりは
はじめて ふるさとにくるまれ
いつまでも
いつまでも
ひとつになって
ふーっ、と おおきな息をはく


月と炎

  草野大悟

ゆきをふみしめ
しずけさが
のぼってくる

あおくひかる
あしあとをのこして
あのときが
あるいてくる

天につづくみちのかなたに
ひとり
果てのみずうみに
ひとり
まんまるな月が
うかんでいる

ながいながいときを
みつめあってきた

しーん、というおとのする
こんなよるだった

ひとり と ひとりが
とけあい
炎となって
銀河のかなたへとかけのぼっていったのは


空の底

  草野大悟

影が
はるかな青を見上げて
さくら色のため息をつくとき
アスファルトに貼りつけられたおれたちは
光となって舞いあがる。

ぽっと頬をそめた月が
なよなよ と
しだれかかってくるのは
樹の根元に
狂おしく眠っている
白骨たちが蠢きはじめる
こんな春の宵だ。

おまえたちよ
涙が欲しいか?
それとも怒りか?
おまらが求めるあらゆるものに
おれはなれる準備がある。

だが 
おまえらの
首を吊るあしたのためになど
涙をながしはしないし
まして
だれが太陽をさしだしてなんかやるもんか。

熱だ!
狂おしいばかりのネジの力だ!
鋏をふりかざす蟹の勇気だ!
おのれの屍を踏みこえていけ!
倒れるのもいい
泣くのもいい
愚痴だって
いっぱいこぼすがいい
空だって
大粒の涙や
人なんか吹き飛ばしてしまうような
ため息をつくじゃあないか。

風よ
空の底にすむおれたちにも
雲と手をつなぐ自由が
まだ 厳然と残されているのだ。


竹婦人

  草野大悟

補色の皮膚にくるまれた
みずみずしい
くれない色の球体、に
浮遊する
ありふれた夕暮れ

しゃりしゃり、と
浸食される空から
ふきだす
涙形の星が、
しゃぶり尽くされて
裏葉緑青の毒に化けた
蛇衣を脱ぐ

言葉たちが
まとわりつく肌に
相槌をうっている蚊帳、の
吐息がきこえる


火葬場

  草野大悟

股関節のなかで
硬質なまるい宇宙が
つや消しの歩みとなって
冷却していた。
(恥ずかしげ、に

船賃六文
、なんて
いまどき
、ないから。
(百五十円、でどう? 船頭さん

二年まえに
牛がわたった河原
、の向こうには、

いちめんのはな、はな、はな、
花、いちめんの。
(そよぐ、せいじゃく

迎えにもこない牛をさがす煙は
すがたのない森をただよい、
空の底をぬけ、
ぐれんの炎は、
八十八年の喉仏を
ベージュ色に
灼熱する。
(うつむく言葉たちよ

腰の曲がった
煙と牛の笑い声が、
手をとりあって昇ってゆく
あかね色の風のなか、
今日も、
目覚めている
、という夢をみている。


花氷

  草野大悟

とけてゆく
森の、
やわらかな落ち葉のうえに
ゼリー状のものに包まれて、
ふるふると
産みおとされていた
ことば。
(しんでしまう

夏の中に立っているきみ
、と
氷のなかの
ことば。
(とけてゆく


  草野大悟

(欲情する樹々
蜘蛛が
雨糸をゆらすと、
針の穴ほどの
光たちが
きらきら
溶けあい、
うっすらと
午前十時五十分の星座が
現れる。

(白濁する森
目覚めている
、という夢をみていて
逃げ遅れた妖精が
尻尾を踏まれ
魔物、と
よばれるようになったとき、
環のまん中で
磔にされていた
太陽の骸がわれて
虹がうまれたんだ。

(充満するオゾン

文学極道

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