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雪香

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


十六夜

  雪香

水が割れるのです
いま、
指先の銀の引き潮に
水が割れるのです

うなじを笑い
去ってゆくものたちには薄氷の影の匂い
たちこめてゆきます
たちこめて
ゆくのです

むらさき色の風呂敷包みには水母が群れています
案じてくださる必要などは微塵もありません
病みが染みついているのは寧ろ、あか
舌先ひとつで嗅ぎ分けて
うまく此処まで辿り着いたつもりです

鉄の肌触りに濡れている夕刻が
ながらく凪いでいた岩礁の果てに
そろり、そろりと爪を研いでいるのです
その耳を丁寧に閉じて
みてください

ほら、
指先の青の満ち潮に
雨が誘いをかけています
傘を持たない灯籠はそうして土へと溶けてゆくのです


涙のすべてにやさしき羽を
柏手ひとつで
流れるように
涙のすべてに
やさしき羽を

黄色の小花の表門にて
うつむく瞳を小指で持ち上げます
いま
吹き閉じてゆく
雲の真下で


  雪香


峡谷を照らすのならば
三日月が良い

牙をおそれる者たちはみな
果実の甘さにかじりつくのだから
瞳をみたす満月を
切り立つ岩のその頭上に
輝かせてはならない

刮目せよ
か細い月光は
そのか細さゆえにこそ
姿を鋭く映えさせる
獣の形を映えさせる

なだらかな平地と
けわしい頂と
その中間の
誰にも触れられぬ空間で視線が合ったとき
遠吠えは始まる

きびすを返した瞬間から
すべての命は
背中に集約されてゆくのだ
三日月は
その影を随所に縛り付けながら
東へと傾いてゆくだろう
鼻の利く者に味方するでもなく
足を頼る者に味方するでもなく
刻一刻と
夜を冷たく傾けてゆくだろう

寝床を探せ
天が満月を育てあげる過程を
知らずに済ませられるような
寝床を探せ
場合によっては
その牙
その爪を
穴掘る道具に置き換えながら

文学極道

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