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西木修

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  西木修

猫の尻を追いかけ裏へゆく
蚊をぱん、と潰して表へゆく
我々はその繰り返しで生きている
私はこの矛盾を、
この逆説を、
このシニスムを、抱き締めている


街は大きく欠伸をして
我々を見ている
コロッケが
見事な狐色に揚がると、
私はすべてを許す気になる
街は大きく口を開けて、
ひたすらに唾を撒き散らす


これを食べたいか、と
私は街に聞く。
街は大きく頷いて、
私はどうしてもか、と
俯むいた。


街は何度も頷き続け、
鋭い犬歯が
ヒッソリ口の中から覗いている。


お前は表か、それとも裏街か


……


「(o・mo・te)」


街は、声は出さず、
やっぱり牙をのぞかせながら
そう口を動かした。
それから、ニッと
街は三日月のように笑う。


私がコロッケを手の上にのせて、
(時が経ち、微かに温かいだけだ)
街の方へ差し出すと、
街はガブリと私の両手ごと噛み付いた。
血がぽととと、とたれている
涙もぽととと、地に落ちる


五歳の私は痛くて
ほろろ、と泣き続け、
二十二歳になって、
大人になった
未だに私は、
街の口から両手を
引き抜くことができない。


あの街 / この街と、
私の街


或る生活

  西木修

命有る所に、生活があった。
それは
台所の三角コーナー、
屠殺場
そして
ぬるくなったビールの中、
世界の果て


命有る所に、生活があった。
それは
カンガルーの子袋、
剥がれた天ぷら衣
そして
老人の目、
宇宙飛行士のヘルメット


命有る所に、生活があった。
それは
寂れたバス停、
生鮮食品のビニール袋
そして
ブラウン管のアナログ放送、
伝書鳩


命有る所に、生活があった。
それは
期限が迫る保健所と
不甲斐ない少年の情緒
そして、
盗まれたビニール傘と
中東に降る
クラスター爆弾の子ども


命有る所に、生活があった。
それは
母親の胎内、
スプーン一杯の蜂の巣
そして、
百を超える言霊たちと
公園の砂場に
置き去りにされた泥団子たち


最期は、
終わりなき快楽と信仰の、
(いえ、いつかは終わるのだろう)
交錯と、連鎖、そして、鮮血が
チェス盤の上で
織り成すもの全てを
幾度もなく、
掠め取っていった。


人間の生活とは普く
永遠に釣り合わぬ
鈍重な秤の上か


(またはかつての僧侶のように)
(唯一、その足と眼の均衡さに驚くか)


命有る所に生活がある。


ア ベースメント

  西木修

モグラの演説を
熱心に聞く者はいない


赤土を構成する
素粒子の一つ一つにこびりついた孤独へ
俺はダイヴする


蚯蚓のスパゲティは、
黄土をかけられ、
褐色の皿に同化する
銀色のフォークだけが、
ぶら下がった豆電球の光を
吸収し、それを反す


(この世で一番卑劣な奴らとは)
(自分で考えたみみっちい幸福論を)
(分別なしにそこら中に
撒き散らしながら地上を歩く奴らのことだ)


モグラの演説を
熱心に聞く者はいない


土を食べ、
暗渠で女を探す
覗き穴から見える
飴色のオブジェを
土を吐き、冷笑する
キューバ産の煙草を吸いながら、
(革命の匂いと、味がする)
土たちへの愛を、
俺は原稿用紙に落とし込む


ケラは
何かを思い出したように、
俺から逃げてゆく
土の中でさえ、
至極当然のように
何もかもが過ぎ去った


(信仰なくして、生きることがここまで辛いとは、私は知らなかったのです)


凡そは
通気孔から顔を出した
俺の頬にぽとりと落ちる
鈍色の水滴のように
蒸発を待たずして、
俺の孤独や自意識へと融合する


万歳、俺等の地下室よ


イシノトウ

  西木修

犬の小便がかかった
草叢と薄汚れた雑誌の束
僕はそれを睨みながら
今日、川を渡る


対岸には
三人の地蔵たちが
川原に鎮座しながら
石を積み上げている
一つ、二つ、三つ
僕はそれを睨みながら
真似をして
石を積み上げてみる

一つ
僕の悪意
二つ
僕の惰性
三つ
僕の嘘

三つを積み上げてしまうと
地蔵たちが
ケラケラと笑う
僕はそれをやはり睨みながら
立ち上がり、
石塔を蹴って、崩してしまう

石たちが転がって
がらん、と音を立て
地蔵たちはワッと驚き、
僕は少し悪びれる
もう一つの石とは
僕の憤怒のことだ

塔は、いつか崩れる。
いくら積み上げても、
中空を刺し貫き、
僕等が100年生きたって
塔は、いつか崩れ去る
一吹きの熱風、
一筋、曇天から覗く黄色い肌、
脱ぎ捨てられた、
穴の空いたダンボール、

僕は
いつまでも
崩れた石の山積みを
見つめている
紅いよだれかけが
震えるように靡いたら

四つ目の石を積んだ地蔵が、
どうしようもなく
泣き出した。


病院と蛇 / Bible

  西木修

I


もし、私を断罪したいのならば
まずは私を丸ごと飲み込め
それから、吐き出し首を切り落とすといい


それでなければ
地の果てまで這い逃げる
私は蛇 蛇 大蛇


死の匂いと、狂いかけの瞳を抱いた
一つの尿瓶を追いかけよ


僕らの前奏を無視しながら
蛇は進む


名名、老人は咳き込む
とりとめのない口先の方便
車椅子はキュルキュル進む
それは、あらゆる音の始まりのような気さえする


ルーティンの点滴と、
夜中の呻き声は彼等の遠吠えだ
その声は僕を呼んでいる
寸で止めるのは、
あらゆる地獄の門


干からびた希望に、水を一滴落とそう
蛇は恙無く立ち返って来、
病院の体を蔦のように絡めている

II


僕にとってのソドムは
新宿歌舞伎町あたりである


巨大なゴジラの人形が、
手前を上回る虚無と焦燥で、
身をよじているように見える


僕にとってのゴモラは
渋谷センター街あたりである


入口付近の
巨大な電光掲示板が
滅亡の流行りなアンバサダーに見える


僕にとっての聖書とは、
君に会いにいく電車の中での、
醜く小さき、打算のことだ


山手線外回り
ディスプレイに映る路線図が、
円形脱毛症の祖父の頭に見える


硫黄の匂いがして、
僕はひそひそ笑う
此処で
愛はアナクロニズムだと、
気付いてしまったか
総ての地獄とは、
蓋然性を途方も無く信ずる
我々の目の奥に有る

文学極道

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