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選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


襲撃

  

コンクリートの波頭で
私は水平線の大きな射精をみました
どうして男たちは抗うのでしょう
どうして孤独に甘んじないのでしょう
もしかして私が見た大きな射精は
男たちの癒しようもない孤独だったのでしょうか
私は海から出現した
その山のような噴出物に驚いて
もう美や芸術を捨てました
それよりも もっと
身近なものを信じたかったのです
私は自分の買い物籠付き自転車を
今までに増して愛用しました
それでもふっと襲われるのです
夜に白熱街灯の道路をたどって行くと
それが男たちの愛の道標をたどっているようで
私は逃げ出したくなるのです
買い物籠付き自転車を止めて
今日買った物を
ひとつひとつ
泣きながら確かめるのです


海を見よ

  

モスグリーンの葉に
茶色がかかり
その樹を見る私も老ける
どういうわけでもないけれど
空を見上げると
雲の合い間から
エメラルドグリーンの海のような
その雲の縁どりはやや黄金色にひかっている岸辺
それは美しい海のような
地表に目を下ろすと
小さな子らが2、3人
砂遊びをしている
私は思った
きっとこの子らは
海辺で砂遊びをしているんだと
しばらくすると
また空に目を遣ってみる
今度は雲は雪の港になっている
輝く白のSNOW
ここは北国の最果て
海を見よ


川辺にて

  

川辺を歩くことにした
遠くから女の人が自転車の音で
せせらぎを運んでくれた
空には白い月が
バニラアイスのような待ちわび人
川をのぼる
つがいのカラスが餌をついばみ合っている
それを野草の小さな赤い花が祈るように見つめる
橋に着くとやきとりの匂いが鼻に付く
カラスに食わせてやればよかった
橋を折り返し地点にして
川をくだる
やがて森にさしかかると
ある筈もない銀杏の匂いがする
やきとりより腐った木の実を食べていたい
民家のあたりで
はっとひきしまった白い犬の目
口から舌を出しよだれを垂らす
食べたいのだろう
そして下流のほうへ
たくさんのすすきの穂がなびいている
が、私はちっとも寂しくない
そこに自生する柿の木の数多の色づき
川の散歩の終わりどき
夕日に胸が染まる


残響のように

  

夕暮れの波頭が残響のように聞こえる海だ
いま遊歩道の人影が石レンガに染み込まれていく
様々な影は様々な影だ
気になれば影はどれも元気に動いている
少し怖かったのは黙って石に染み込んでしまった影だ
それは本当に年とった人の影だろう

高みからとんびが餌を狙っている
とんびだって飛行機の真似をする
それを情けないと思うと
とんびは慌てて水平飛行を止めて
蠢く波をなじるように
海を覗くのだ
魚は 魚はと
その問いかけは誰にとっても涙ではない

海の漂着物にはオブジェのようなものもあった
どこから来たのかとその可愛い靴を返してみると
小さな靴なのにゴムに彫りがしてある使い物の靴だ
飾り物ではないのなら
これは涙と思うしかない


月とドーナツ

  

銀河鉄道999の定期は 地球-アンドロメダ 無期限 である
だからどこかのターミナル駅で途中下車し 
銀河鉄道の別列車222の通勤列車に乗ってもよい
それでメーテルと別れてしまっても
メーテルは実際 何かを言っているようで 何も言っていない
だからと言って メーテルを責めるわけでもないけど
長い金髪のメーテルはヨーロッパ人でもなければ革命的なアメリカ人でもない
母さんでもないし だいいち殺された母さんの仇はとっくに討っているのだ
いまさら地球に戻る理由もない
銀河鉄道999はそもそも機械の身体を手に入れるために乗っているのだから
そんな非人間的な野望を抱いたばかりに鉄郎はかえって命の危険に直面するのだ
だいたいどうして列車の食堂にラーメンがないのか?
鉄郎はラーメンを食べることこそ偉いことなのだとどこかの惑星の人間味のある男に教わった
彼の言ってることは味だったがそれは自分でラーメンくらい作れということだった
そこで 鉄郎は 
地球-アンドロメダ 無期限 の定期を売り払い
地球-アンドロメダ 800年 の定期に替えてもらった
それでもお金はずいぶんと余ったので
銀河鉄道666の各駅停車に乗って
のんびりとして景色のよい田舎に家を買った
昼過ぎに庭の手入れをした
そこから採れたハーブを自家製のカレーに入れ母さんを思いだした
沁みわたった牛肉とともに
夕闇に涙してすこし懐かしいと思った
女の子が来たら紅茶とドーナツをふたりで食べた
むかし別のある女の子はシュークリームをくれると言った
その女の子はけっきょく通勤列車に乗って別れてしまった
鉄郎はハープの草を嗅ぐとき
その別れてしまった女の子が作ってくれたかもしれない
きつくて甘いバニラエッセンスをたまに想った


不敵

  

きょうはおいらより若い男に殴られそうになった
横断歩道には店々の光と信号機が威勢のいい若い男を照らしていた
その男は彼女を連れていたし おいらはその男の彼女をにらんだわけでもなかった
その男をにらんだわけでもなかったのだ
横断歩道の信号が変わりいっせいに歩きだす
知らない他人同士のさっきまでの10メートルの距離が
心もち他人同士の目礼とともに縮まりあいまみえたときだった
その男は親愛なるファイターのようにおいらに襲いかかろうとした
もし本当に殴られたら一応殴りかえそうという準備はいつもしている
だが本当に殴られたくはなかったので
おいらはコートに手をつっこんで立ちどまり下を向いて落ち着いてみた
一瞬ふくらんだように見えたその男はそのまま音もなく過ぎた
その男には去り際に吐くような傷心がなかったので
おいらもそのまま傷つかなかった
本当に殴られることはないだろうけど
人に殴られるということがどんなことか
どうして殴られなくてはいけないのか?
殴られたらきっと頭ががくんと来て
頭のなかががちんといって
おまえが殴られるはずないだろう?と思いつつ
そうだ おいらはほんとうは殴られるはずはないと思いながら
本当に殴られたら一体どうしようかと考えてみると
おいらはその横断歩道で倒れふし 頭の痛みとアスファルトの痛みを混同して
街中のクラクションというクラクションに煽られ
人目のふし穴というふし穴に落ち込み
怒っているのか笑っているのか?信号器のチカチカという瞬きだけで
知らないおばさんの助けようとする声も嬌声か叫び声かにしか聞こえず
子供はなぜか赤の他人のおいらを見て泣きじゃくっている
それでも疲れて打ちのめされていたらやはりおいらだと思って馬鹿のふりをしているしかない

文学極道

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